第3章 気象モデルの改良
沿岸・内湾での海霧予測の実用化研究(平成13年度事業)では、気象モデルANEMOSを用いて、瀬戸内海の海霧予測を行った。その結果、晴霧はある程度再現できることが示されたが、雨霧は再現性がよくなかった。
晴霧は暖気の移流が冷たい海水によって冷やされて発生する移流霧であるが、雨霧は種々の原因の複合的役割によって発生する極めて複雑な現象である。したがって、雨霧を予報するには、気象モデルにおける水分量の分布を詳細に予報できる必要がある。
昨年度は気象モデルANEMOSの水分量予報に関して以下の点が指摘された。
1. 暖かい雨のみ考慮しており、降雨量に誤差が生じている可能性がある
2. 土壌湿潤度をパラメータで与えているため、降雨後の地表面過程に誤差が生じている可能性がある
本研究では上記を踏まえて、気象モデルANEMOSを変更し計算を行った。
変更する項目は、基礎方程式、降水過程、地表面過程である。本章では、変更箇所や方法について記述する。
沿岸・内湾での海霧予測の実用化研究(平成13年度事業)では、基礎方程式は、ブシネスク(Boussinesq)近似で浅い対流モデルを用いた静水圧方程式であった。浅い対流モデルは注目する擾乱の鉛直スケールが大気のスケールハイトと比較して十分小さい場合にのみ有効な近似である。しかし、本研究では低気圧によってもたらされる雨や雲など鉛直スケールの大きな現象も対象にする。したがって、大気密度の高度変化を考慮した深い対流の方程式を使用する必要がある。ただし、水平・鉛直の運動スケールが同程度で鉛直加速度が重要な現象を表現することが主目的ではないので、昨年度と同様に静水圧近似の方程式系を用いた。
浅い対流と深い対流モデルの主要な相違は、連続の式に鉛直密度変化を考慮することである。浅い対流は密度が温位だけの関数で表され密度変化は浮力項でのみ考慮される。しかし、深い対流では密度は温位と圧力の関数で表され浮力項と連続の式や運動方程式で密度変化が考慮される。したがって、密度変化の無視できない高い高度の計算をすることができ、浅い対流モデルと比較して上空での風などがより適切に表現できると考えられる。
*スケールハイト
仮想的な大気の厚さを表す指標で、気圧が0になる高度をとる。温位が300Kの等温大気を考える場合スケールハイトは約30kmである。
気象モデルANEMOSの浅い対流モデルの連続の式と運動方程式を(3−1)、(3−2)に示す。浅い対流モデルは密度変化を浮力項のみで考慮するので、連続の式や運動方程式に密度は使用されない。一方、深い対流モデルは鉛直密度変化を考慮するため、密度を含んだ方程式(3−3)、(3−4)となる。
沿岸・内湾での海霧予測の実用化研究(平成13年度事業)では、降水過程で暖かい雨のみ考慮していた(以降warm rainスキーム)ため、降水量に誤差を生じている可能性が指摘されていた。本研究では、水蒸気と水に加えて、氷も考慮することによって雪や雹も計算する。(以降cold rainスキーム)その際、水蒸気⇔水の相変化によって発生する熱に加えて、水蒸気⇔氷、水⇔氷の相変化によって発生する熱も考慮しなければならない。したがって、熱力学方程式を変更する必要がある。
熱力学方程式と水分量方程式の水の相変化に関連する項のみを示す。
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Θ |
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温位 |
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Qv、Ql、Qi |
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水蒸気、雲水、雲氷混合比 |
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σvl、σvi、σli |
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凝結率(水蒸気→雲水、水蒸気→雲氷、雲水→雲氷) |
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Lvl、Lvi、Lli |
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凝結熱(水蒸気→雲水、水蒸気→雲氷、雲水→雲氷) |
(3−7)、(3−8)式に係数をかけて(3−10)式に代入して凝結項σvl、σli、σvi、をそれぞれ消去した熱方程式(3−11)を定義する。同様に、(3−6)、(3−7)、(3−8)を加えることによって凝結項を消去した水保存式(3−12)を定義する。
以上から導出される2式からcold rainスキームでの予報変数は、以下の準保存量Θl、Qwとする。
Lvl=2.50×106J/kg、Lvi=2.83×106J/kg
水蒸気・水・氷の3相を考慮した模式図を以下に示す。
相変化のパラメタリゼーションはバルク法を用いたLin(1983)から引用した。
Lin(1983)のパラメタリゼーションでは、雪は雪片や雪の結晶や小さいあられを含んだもので、雹は直径5mm以上、雪は直径5mm以下としている。
水蒸気・雲水・雲氷の比は、以下の方法で求めた。
1. 凝結を統計的な方法で確率的に求める部分凝結のモデルから、水蒸気と水蒸気以外の比率を求める
2. Fletcher(1966)から氷晶核の数密度を(3−15)式で与え、代表的な粒径を使用して氷晶の密度、分圧を求め、飽和水蒸気圧との比率から雲氷と雲水の比率を求める。
またFletcher(1966)からn0=10−5、β=0.6とした。
バルク法 |
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大気中の水物質を雨や雪・雹などいくつかのカテゴリーに分けて、代表的変数(混合比など)で定式化しその時間発展を解く方法 |
図3.1.1 cold rainスキームの模式図
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