●世界遺産(自然遺産)
白神山地を訪ねて
世界最大級と言われる原生的なブナ林は、総面積約13万ヘクタール。うち、約1万7000ヘクタールが世界遺産(自然遺産)として登録されている。コア・エリア(核心地域)の青森県側は、入山手続きの上、決められたコースに沿って登山などの利用が可能(秋田県側は全面入山禁止)今回の交流会で訪れた暗門の滝周辺は、コア・エリア周辺に設けられたバッファー・ゾーン(緩衝地帯)に位置し、遊歩道やキャンプ場などのレジャー、木工体験等に活用できるようになっている。
森には、人が手をかけずにそっとしておく森と、伐って活用すべき森がある―。「森林との共生を考える会」inみやぎの活動が根ざす土壌とも言える、ふたつの森のありように触れる旅が初秋に催されました。世界遺産登録地・白神山地の青森側である西目屋村から臨んだ林業体験と自然散策、そして森について語り合った二日間をレポートします。
●雨の枝打ち体験
9月15日、午後1時30分。白神山地散策の拠点施設・アクアグリーンビレッジANMON駐車場に降り立った私たちは、多くのハイカーとどこか雰囲気が違っていました。セリフを当てはめれば、「やるぞ」「よっしゃ」とつぶやいているような意気込み。仙台からバスに揺られ約5時間。小雨の中、「体験隊」は枝打ち作業の現場へ向かいました。
世界遺産登録に当たって検討された「線引き」の結果、ただ一カ所登録域内に入った杉の造林地が、その現場です。植林は昭和47年ですが、冬の積雪のために根曲がりを生じた木が多く、直径20〜30cmに育っている木は極端に少ない様子。そもそも杉が育ちにくい場所であることがうかがえます。
「そこで数十年の時間をかけて、針葉樹と広葉樹が混じる混交林の段階を経て、いずれは広葉樹(ブナ)林へと導いていく計画なのです」と解説してくださったのは、案内役の草薙津軽森林管理署長です。作業上の注意を聞いて、さあ本番。秋雨の森に散りました。
見当をつけた杉の立木を見上げれば、下枝がにょきにょき・・・。これを、手が届くものは手ノコで、高い場所は柄が伸びる高枝ノコギリで伐り落とします。やぶと闘うガサガサ音、ぎこちないノコ引きの音。足元が滑ったのか、「うわあぁ!」と、時折甲高い声が響きます。一帯はずいぶんにぎやかになりました。
●汗の成果、森に差す光
ごく一部の会員を除けば、森の作業はみんな初体験。それでも1時間ほど続けると、だいぶ慣れてきたようです。サクサクと枝を落とし、巻き付いたつる植物を成敗し、育ちが極端に悪い杉は根元から伐採しました。当方もカメラを、高枝ノコギリに持ち換えて挑戦。ざくりとノコギリの歯が木肌にくいこむ感触が手に伝わります。届く限りの枝を伐り、杉はずいぶんこざっぱりしました。しかしある時点から、首が・・・首が痛い!この「上を向いて歩こう」状態を延々と続けるのは、極めてキツイですゾ。それでもなんとか立木を5〜6本処理した午後3時30分、集合の笛。雨は本降りになってきましたが、樹間からのぞく空は、作業を始めた当初よりずっと広くなっていました。ホオやウリハダカエデ、キハダなどのまだ細い広葉樹が、だいぶ光を浴びられることでしょう。
一般参加の伊達多喜子さんは、「本当に大変なお仕事ですね。でもこの光をいっぱいに受けた広葉樹が大きく育っていくことはすばらしいと思います」と顔をほころばせていました。修士論文のテーマを探すために参加した大学院生、島貫陽さんも語ります。「人の生き方は、いろいろなものを壊してばかり。自分は自然からもらうだけでなく、補うような生き方を、この先選んでいけたらいいと思っています」
そして草薙所長が次のように締めくくり、体験作業は終了しました。「私はこの森がすべて広葉樹になった姿を見られるかどうかわかりません。でも森の手入れもこうした体験会も、続けて行くことが大切です。10年、20年先までどうか見守って頂きたい」雨と汗でずぶ濡れになった私たちは宿泊先へ移動し、冷えた体を温泉でいたわりました。夜は親睦と交流の会。木や森についての話もはずみ、一夜はあっという間に過ぎていきました。
●ブナの小径を歩く
翌朝7時30分、宿を発ち再びアクアグリーンビレッジから、暗門川に沿って散策を楽しみました。前夜の雨で川は明らかに増水しています。散策路の橋が水をかぶっていたため、最奥にかかる暗門の滝までは行けなかったものの、川沿いからブナ林に登って戻る道を、2時間ほど歩きました。樹木医、森林インストラクター、林業家も名を連ねる会からの参加者と、森に興味津々の一般参加者だから、一木一草に向ける関心と知識が違います。立ち止まっては詳しい説明を受けながら、まるで観察会のようなフンイキ。ちなみに近辺はすべて、大正から昭和にかけてブナを伐採した跡に成長した二次林です。今後伐られることはなく、再び原生的な環境に還りつつある森の美しさに一同のため息がこぼれました。
世界遺産登録地の核心地域1万7000ヘクタールでさえ、厳密な意味において「手つかず」ではありません。マタギが山菜やキノコを採り、クマを追い、猟の小屋を造るためにはブナを伐って使いました。山の生活では「命の奪い方」が無理のない形で通されてきたし、命を奪うことイコール活かすことでした。そんな共存の基本を考えさせる、また一番理解しやすい場所が現在の白神山地ではないでしょうか。クマを、山菜すべてを採り尽くさない。自然に増える「利息」だけを頂いて暮らせば、元本が消えて無くなることはありません。木についても、きっと同じこと。日本の人工林の年間生長量は、百数十万戸の家を新築する量に相当する、という話が思い起こされました。
ようやく晴れた空の下、色づくリンゴ畑を走り抜ける帰路の車中、皆さんの表情は充実感に満ちて、終始和やかな旅でした。
(フリーライター渡辺征治)
★白神山地交流会は「緑の募金」から一部助成金をいただいて開催されました。2002年6月にも再びこの活動を行いますので、皆様ご参加下さい。
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