日本財団 図書館


青年期の学力問題―学びの全体性の回復を―
石井拓児(名古屋大学大学院)
 
●「青年期」とは
「その胸中に未来のあるもの、これを青年と呼ぶ」(植木枝盛)
 
●子ども・青年の「学力低下」問題とは何か
1) マスコミの「学力低下」キャンペーン
「授業についていけない大学生」「大学でも補習授業」
新学習指導要領批判としての側面をもちつつも・・・
大学批判→大学「改革」(独立行政法人化、公教育のスリム化)を導く世論づくり
責任追求におわらない議論の組み立てと視野の広さが必要
 
2) 大学人からの指摘(『分数ができない大学生』東洋経済出版社、1999年)
受験学力の弊害、基本的な知識量の減少
自宅での学習時間の減少
IEA(国際教育到達度評価学会)調査によると
校外学習時問: 世界平均3.0時間/1日
  日本平均2.3時間/1日(1995年)→1.7時間/1日(1999年)
世界37カ国中30位(95年)→35位(99年)
 
「学ぶ意欲が見受けられない」ということと「学ぶ意味がわからない」ということ
「学ぶ」ことと「自由」になること
深刻に受け止めるべき問題として「学ぶ」の意味の問いかけ
 
3) 「学力低下」キャンペーンの導くもの
大人の子ども・青年に対する厳しい目
「学力低下」の自己内面化、そして「学力低下」の集団的規定
 
4) 本当に学力は「低下」しているのか?
いつから「低下」し、どの程度「低下」したのか?(大人の「学力低下」?)
もともと「できる」ことを中心に組み立てられた学校教育内容
国民全体の「教養」の水準の問題として捉え返す cf.愚民政策・衆愚政治
 
偶然学力が低下し始めたと見るのはまちがい
子ども・青年の意識を規定している社会的要因を探り、そのもとで生じている「学力問題」を構造的に捉える
社会そのものの改善を目指しながら、一人ひとりの「学び」をどうつくりあげていくのか、創造的な視点を持っこと
 
●「学力低下」問題の経済的・政治的背景
経済的背景―現代日本多国籍企業展開(経済のグローバル化)―
1980年代 国内産業(製造業)を中心にして日本企業の一人勝ち状態が続く
強い日本製品に対して外国からの不買運動や技術提供を拒否する動き
   ↓
  バブル崩壊、未曾有の大不況
1990年代 他国に遅れて海外進出が一気にすすめられた
国際的競争力に打ち勝つ新産業の創設が大きな課題
海外展開する企業で現地労働者を使用する能力
   ↓
  少数のエリートの養成が経済界の主要な関心になってくる
  cf.日経連『新時代の「日本経営」』(1995年)
 「長期蓄積能力活用型」(従来型の終身雇用)
 「高度専門能力活用型」「雇用柔軟型」(有期雇用契約)
日本国内の階層格差化 cf苅谷剛彦「母親の学歴と子どもの学習時間」
 
政治的背景―文部省の「学力破壊」政策と「教育改革」―
(1)「労働力の二層化」政策と対応する「教育改革」
公教育のスリム化、教育内容の3割削減
学習指導要領の改訂「できないのも個性」「できる子は3割でいい」
公立学校の衰退傾向は一層顕著に
全員を低学力にそろえる、という考え方
エリート養成は学校選択制度、私費負担(塾や私学)で
寺脇研(文部省政策課長)氏の発言
学力分業論という考え方ですよ。昔はすべての子に、国語も算数も理科も社会も大好きなできる子になってほしいという美しいフィクションがあって、全部を押しつけてきた。今後は『自分は数学という分野で日本社会の活力となっていきますよ』という学力分業性の考え方でいい」「『全部百点が取れるようにしますけれど、学習内容の範囲はいままでよりは狭くしますよ』と、きちんと約束していかないといけない」
「二○○二年にはわからない子は一人もいないという状態を見せなきゃいけない。それは至上命題です。そのことを教育界に携わる人間が共通認識として持っているのかといえば、そうでもない先生もいる。それを早く先生にわかっていただきたい」
 
(2)日本型企業社会統合の収縮→新たな統合形態の模索
大規模なリストラ、中小企業・農業切捨て政策→自民党安定政治の危機
 ↓
国民全体に対する「学力破壊」攻撃、政治的教養の貧困化
ボランティア(奉仕活動)の強制
 
(3)“家族への依存”政策
→社会的コスト削減政策(女性・高齢者・若者を低廉な労働者として活用する)
学年進行につれて男女の学力差が拡大する傾向(日本のみの特殊な傾向)
 
●青年期の「学力」問題を、人間的な発達(知育・体育・徳育の全面的な発達)の観点から捉え返す
・青年期の二重構造=階層格差化がもたらすもの
働く人々や社会的弱者に対する蔑視傾向
自主的・自立的な学習の組織化の困難さ
「子ども・青年の異常」「子ども・青年の学力低下」という捉え方は、大人が青年を見る視点を混乱させているというだけではなく、青年が青年を見る見方を著しく貧困化させている。このことの方が極めて重大!!
自己内省型青年(=非社会的青年)
 
・青年の心とからだの問題
青少年の基礎的運動能力の低下傾向が続く
テレビの視聴時間の拡大(テレビゲームの普及)
受験勉強や睡眠不足、ダイエットなどの複合的な要因
性的退廃
「遊び」「子ども文化」の断絶
 
・学びの抽象性(→非合理的な社会の状態)
学んだことが非合理的な社会の中で、整合性を持たなくなっている
超常現象・カルト宗教の流行
政治離れ
 
・地域社会活動から遠ざけられる青年
→結局消費文化の中に取り込まれるしかない
⇒「自己評価の低さ」は消費文化の中に放り込まれた青年が「禁欲」の度合いでのみ下した自分に対する評価
 
・職業的自立、政治的自立、経済的自立、そしてその根本にある人間的自立の課題
学校に在籍していないし労働市場にも登録されていない「無職青年」の実態
地域の産業を復興させていく地域的な取り組みが必要
 
・未来展望の喪失
地球的規模で進行する環境破壊
新自由主義改革に対抗する改革構想の欠如
「長生きしても仕方がない」「楽をして生きたい」
「まじめに生きることがバカらしい」「正直者が損をする社会だ」
 
「なぜ人を殺してはいけないか」
「豊かな社会の維持・発展のために社会の安全が守られなければならない」という議論が、現代社会の中で説得力を持たなくなってきている
社会そのものを「よくする」ということに対する絶望感
 
●「学び」の全体性の回復を
(1)一つひとつの学びが重なり合うことを確かめる
総合知と分析知―あらためて「総合的な知」の意味を考える―
社会科学、あるいは自然科学ということ
「できる」と「わかる」の違い
 
(2)「学び合い」「励まし合い」―親子の話し合い、友人・恋人との語り合いのなかで、豊かな感性を育む―
想像(imagine)することの意味
地球の裏側に住む人々、過去の人々、未来を生きる人びとの気持ち
映画やドラマ、小説、音楽の感想を交流しあう
 
(3)学んだことと現実世界とが深く結びついていることを確かめる
学んだことが豊かに社会と結びつきあう実感
あくまでも重視されなければならないのは、身につけるべき知識の量ではなくて、現実社会を貫いている体系的な合法則性に対する信頼と理解
具体的な社会現実へ深く関わる
 
(4)生活を鍛え、体を鍛え、心を鍛える
 
(5)「学びの意味の問いかけ」の根底にある「生きるとはどういうことか」をしっかり考えること
細分化された個別学習「受験勉強」ではなくて、共に学ぶ力・共感する力
青年が青年に呼びかける学習の組織化
 
(6)非合理な社会のあり方そのものを批判し、未来を展望する力をつけること
社会性・政治性の回復
地域社会の取り組み(地域産業の復興、地域コミュニティ)
大事なことは・・・
社会の構成員として社会に寄与・貢献するという関心
そのためにこの「社会」の仕組みと成り立ちを学ぶ
働くこと、の意味
 
<参考文献>
佐藤学『学力を問い直す―学びのカリキュラムヘ―』(岩波ブックレット、2001年)
門脇厚司『子どもの社会力』(岩波新書、1999年)
井深雄二『現代日本の教育改革―教育の私事化と公共性の再建―』(自治体研究社、2000年)
「現代若者論」(『日本の科学者』水曜社、2002年1月号)
堀尾輝久『日本の教育』(東京大学出版会、1994年)、同『教育入門』『現代社会と教育』(ともに岩波新書)など
竹内真一×田中孝彦「職業、若者の自立、学校教育の行方」(学生新聞、1999.8.28付)







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION