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7.4 外乱下におけるプロペラ逆転停止性能
 プロペラ逆転停止時のTrack Reachを実船試験で検証するとき、風、波等の外乱による誤差の混入は免れず、外乱影響をどのように取り扱うべきか、運用上の課題となっている。特に、プロペラ逆転停止性能は、停止もしくは船速の遅い状態での運動性能であるため、相対的に外乱の影響を受け易い。
 ここでは、タンカー船型を対象として、このような外乱下でのプロペラ逆転停止性能の問題を取り扱い、シミュレーション計算でプロペラ逆転停止性能に及ぼす外乱影響について議論する。
 
表7.1 外乱条件
  Case 1 Case 2 Case 3
Wind Velocity (m/s) 0.0 8.0 10.7
Significant Wave Height (m) 0.0 1.25 2.5
Averaged Wave Period (sec) 4.3 6.1
 
表7.2 種々の波方向に対する初期船速
χ(deg) Case 1 Case 2 Case 3
0,360 15.0kn 15.3kn 15.9kn
30,330 15.0kn 15.2kn 15.5kn
60,300 15.0kn 14.9kn 14.6kn
90,270 15.0kn 14.8kn 14.4kn
120,240 15.0kn 14.6kn 14.3kn
150,210 15.0kn 14.4kn 13.5kn
180 15.0kn 14.1kn 12.8kn
 
 シミュレーション計算における初期船速は風・波のない状態で15knとし、そのときのプロペラ回転数(72rpm)で直進するものとした。計算では、表7.1に示す無外乱状態(Case 1)ならびに2種類の風浪(Case 2、Case 3)を仮定し、波と風の方向を種々変化させた。波漂流力の計算では規則波を仮定しており、規則波中での波高Hと有義波高H1/3と関係をHH1/3/6 とした。
 風圧下での初期船速は次のように設定した。風浪下において、オートパイロットを作動させて、方位一定の状態で直進航行させ、そのときの船速を初期船速とした。種々の波方向(風の方向)における初期船速は、表7.2に示す通りである。正面から外乱を受けるときには船速が大きく低下し、船体後方から外乱を受けるときには船速がわずかに増加している。
 シミュレーション計算では、プロペラ回転数は既知として取り扱った。主機特性が明確でない現時点では、プロペラ逆転の指令に伴う実際のプロペラ回転数変化を予測することは困難であるため、プロペラ逆転の発令とともに直ちにプロペラ逆転が行われるものと仮定し、プロペラ回転数は正転時の80%であるものとした。
 図7.3に、無外乱下における航跡ならびに船速UとTrack Reach Sの時刻歴結果を示す。本船は右側に偏針する特性をもつことが分かる。船速が極小になった時点を停止状態とみなした場合のTrack Reachは12.2 Lであった。
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図7.3 無外乱下でのプロペラ逆転停止運動の航跡と時刻歴結果の比較
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図7.4 種々の波方向に対するプロペラ逆転停止運動の航跡
 
 続いて、図7.4に、外乱中におけるプロペラ逆転時の航跡図の比較を示す。外乱ありの場合には、追波方向の外乱の場合を除いて、Track Reachは小さくなる方向にある。正面向波方向の場合、外乱がそのまま抵抗となるため、Track Reachが減少する方向となる。横方向からの外乱は、偏針の度合いを大きくするため、旋回運動に伴う前進抵抗が大きくなり、Track Reachは小さくなる。Case 2として設定した外乱(有義波高1.25m、風速8.0m/s)は、大きな外乱と言えるものではないが、プロペラ逆転停止性能に及ぼす影響は小さくない。Case 3の場合には、当然ながら、Case 2での結果よりも外乱影響が大きくなり、追波方向を除いて、Track Reachは小さくなる。
図7.5 波方向に対するTrack Reachの計算結果
 
 図7.5は、波方向を横軸にとり、そのときのTrack Reachを図示したものである。外乱のない場合(Case 1)には、波方向とは無関係に、12.2 Lという一定値をとる。外乱がある場合のTrack Reachは、追波方向(χ=−30°〜30°)において、外乱の無い場合よりも増加することが示されている。Case 2において、最もTrack Reachが大きかったのが、χ=−30°(330°)における外乱であった。この外乱方向は、プロペラ逆転時に右舷側へ偏針する特性を持つ本船の特性を打ち消し、まっすぐに進行するように外力が作用する方向と見なすことができる。Trach Reachは最大17%増加している。一方、χ=−30°〜30°以外の波方向においては、Track Reachは減少する。最も減少する波方向は、χ=90°〜180°であり、本船のように右舷側へ偏針する特性を持つ船の場合には、左舷側からの外乱が、Track Reachをより小さくする方向となる。Track Reachの減少率は、Case 2(有義波高1.25m、風速8.0m/s)において最大11%、Case 3(有義波高2.5m、風速10.7m/s)において最大27%である。無外乱時のTrack Reachに対して10%の誤差が許容されると仮定しても、Case 2の条件は外乱として大きすぎることを意味する。Case 2の条件は、一般に厳しい外乱条件とは言えないが、停止もしくは船速の遅い状態での運動性能であるプロペラ逆転停止運動は、外乱の影響を受け易いことが分かる。
 
 前章までの検討により、大型船の停止性能が実船実験からのデータベースあるいは精密な数学モデルを用いたシミュレーションにより精度良く推定できることがわかった。しかし、その推定には実際の海象状態によりかなりの影響を受ける。そこで、本章では、模型船を用いた自由航走実験を行い、GPSを用いた精密な船位計測を行いながら、過去に実施した実験あるいはシミュレーションとも比較しながら、検討を加えた。
 供試船として、VLCC(ESSO OSAKA)の3m模型船を用いた。実験は船速をFull Ahead、Half Ahead、Slow Ahead相当の初速からそれぞれFull Astern、Half Astern、Slow Astern相当の回転数にしたときの実験とさらに、遊転時間trの影響を調べるため、0、3、10、20秒に変化させた実験も行った。実施した試験の一覧を表7.3に記す。実験は大阪大学自由航走実験池において2003(平成15)年1月に実施した。
 計測項目はプロペラ回転数n、スラストT、トルクQ、方位角ψ、旋回角速度r、舵角δ、船位(x, y)であり、前進方向速度uと横流れ速度vは船位と方位角から計算によって求めた。船位計測はRTK-GPSにより行い、以下の航跡図においては0.5秒毎に船位を表示した。なお、比較のため、1984(昭和59)年に実施したシミュレーションを重ねてプロットした。シミュレーションは当時のもので、芳村の増減速の応答モデルを用いている。また、遊転時間の影響を1次遅れで近似しており、その時定数Tn=1秒としたものである。
 
表7.3 実験内容一覧
  Full Ahead Half Ahead Slow Ahead
Full Astern tr = 20, 10, 3, 0 (sec) tr = 0 (sec)
Half Astern tr = 0 (sec) tr = 20, 10, 3, 0 (sec)
Slow Astern tr = 20, 3, 0 (sec) tr = 20, 10, 3, 0 (sec)
Dead Astern tr = 0 (sec) tr = 20, 10, 3, 0 (sec)
 
 実験結果の一例を図7.6に示す。Tnの影響はほとんどないものと思われ、実験結果とシミュレーション計算はほぼ合っているものと考えられる。また、図7.7に遊転時間trの影響を調べた実験結果を示す。遊転時間はほぼ確実に停止距離に影響し、初速が速ければ、ほぼ遊転時間に比例して停止距離は伸びるが、当然遊転時の外乱・初期運動影響が大きく、初速が遅い場合にはその影響は複雑である。
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図7.6 停止運動計測の一例
 
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図7.7 停止距離に及ぼす遊転時間影響
 
 停止性能を推定する実用的な方法について検討を試みたのをはじめ、停止距離に及ぼす主機逆転操作時間の影響、風や波などの外力が停止性能特性に及ぼす影響、さらに停止運動の数値シミュレーション計算による検討の一環として模型試験を実施し、停止性能に関する基準への具体的な、また実用的な観点からの推定法について調査検討を行った。
 主機逆転操作時間は停止距離に大きな影響を及ぼし、その操作時間によっては停止距離が数船長の変化をもたらすことになり、停止運動時には充分な注意が必要であると思われる。また、停止運動時の風や波などの外乱影響については、外乱がない場合に比べて原針路からの変位量やTrack Reach に大きな相違が生じる事がある。従って、プロペラ逆転停止性能に関しては、今後も詳細な検討が必要である。
 これらの検討結果は停止性能に関する基準の対応に関し、その推定法や基準値あるいは海上試験の方法等において非常に有用なものであると思われる。







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