2.2 波浪中船体運動の3次元計算法の現状と問題点
非線形影響を考慮した波浪中船体運動計算法として、ストリップ法をベースとした時刻歴計算法が広く用いられている。我が国では、TSLAMもしくはSRSLAMと呼ばれる手法がその代表であり、これらの手法に関する詳しい解説がすでになされている [5][6]。本節ではそれらの説明は省略することとし、近年多くの研究機関で計算が試みられるようになった、境界要素法をベースとした本格的な波浪中船体運動の3次元計算法について概説を試みる。
なお、3次元計算法としては、粘性流場を取り扱うことができるCFDによる方法が提案されているが、これについては、2.5節で解説が行われるので、ここでは取り扱わないこととする。
2.2.1 Lin & Yueの方法:LAMP
Lin & Yueの方法は、非定常な線形自由表面条件を満たす時刻歴グリーン関数を用いた3次元パネル法である。自由表面条件は線形もしくは弱非線形の境界条件を満足させる反面、船体表面条件に厳密な境界条件を課す。したがって、時々刻々船の姿勢にあわせて、船体表面パネルの再配置が必要となる。
この計算プログラムは、LAMP(Large Amplitude Motion Program)と呼ばれており、SAIC(付録参照)からコマーシャルコードとして販売されている。LAMPには種々のバージョンがあり、今のところLamp−1からLamp−4の4つが提案されている。Lamp−4では自由表面条件を入射波面上で満足させるという非線形影響を考慮できる。さらには、荷重計算においてwhippingの考慮が可能、不規則波中でのシミュレーションも可能であるというように、耐航性能計算に必要な機能は一応揃っている。また、本プログラムは、波の遠方場における放射条件の取り扱いに問題がないことから、船だけでなく、前進速度のない海洋構造物を計算対象に含めてアピールすることが多く見られる。Wave piercerやtrimaranの計算例がすでに公表されており、高速船についても対応可能である。
Author(s) |
Year |
F-S B.C. |
Hull B.C. |
Matrix |
Examples |
Ref. |
Lin,Yue |
1990 |
Linear |
NL |
|
Wigley in waves |
[7] |
Lin et al. |
1994 |
Weak NL |
NL |
Multipol e |
C/S, Cruiser loads |
[8] |
Shin et al. |
1997 |
Weak NL |
NL |
Multipol e |
C/S whipping |
[9] |
Weems et al. |
2000 |
Weak NL |
NL |
|
Wave piercer, trimaran |
[10] |
Weems et al. |
2002 |
Weak NL |
NL |
|
|
[11] |
|
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C/S: Container Ship, NL: nonlinear |
図2.2.1:内部領域と外部領域
図2.2.2:船体上計算格子
図2.2.3:Heave、pitch運動振幅
2.2.2 Maskewの方法
Maskewの方法は、ランキンソースを用いた3次元パネル法である。船体表面条件ならびに自由表面条件において、厳密な境界条件を課す。本計算法は汎用コードUSAEROの非定常自由表面考慮版とみなすことができ、 doublet sheetによるlift効果の考慮、境界層計算も可能である。コマーシャルコードとして販売されている。時刻歴ランキンソース法による非線形時刻歴計算のパイオニア的存在であるが、初期の計算結果は、パネルの数が十分ではなく、計算精度に問題があったこと、また基礎マトリックスの解放にdirect法を用いていたこともあり、計算時間が膨大であるといった欠点があった。ただし、波浪中におけるFrigate艦の打ち込みやスラミングのシミュレーションを通じて、計算法のポテンシャルの高さを誇示していた。高速艇にも十分に対応可能と考えられる。
Author(s) |
Year |
F-S B.C. |
Hull B.C. |
Matrix |
Examples |
Ref. |
Maskew |
1991 |
Full NL |
NL |
Direct |
Frigates in waves |
[12] |
Maskew |
1992 |
Full NL |
NL |
Direct |
S-60, SWATH in waves |
[13] |
Maskew et al. |
1994 |
Full NL |
NL |
Multipole |
S175, Frigates in waves |
[14] |
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2.2.3 Beckらの方法
ミシガン大学のBeckらのグループが取り扱う方法は、full nonlinearの境界条件を満足させる時刻歴ランキンソースをベースとしている。Maskewらのランキンソース法と異なる点は、特異点の配置を船体表面や自由表面上に配置するのではなく、表面上の内側、すなわち船体の内部や自由表面の上方に配置するDesingularized Method(Raised panel method)を採用している点にある。ただし、公表された結果を見る限り、船体運動計算にまで至っていない。
Author(s) |
Year |
F-S B.C. |
Hull B.C. |
Matrix |
Examples |
Ref. |
Beck, Cao, Lee |
1993 |
Full NL |
NL |
GMRES |
Wigley starting from rest |
[15] |
Beck, Cao et al. |
1994 |
Full NL |
NL |
GMRES |
Wigley with forced pitch |
[16] |
Scorpio et al. |
1996 |
Full NL |
NL |
Multipole |
Submarine in waves |
[17] |
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2.2.4 Sclavounosらの方法:SWAN
MITのSclavounosらのグループによって開発されたSWANは、時刻歴ランキンソース法をベースとした波浪中船体運動計算プログラムである。当初は2重模型流れをベースとした線形問題(DB linear)を取り扱っていたが、最新のバージョンでは入射波をベースとした弱非線形(Weak NL)自由表面条件ならびに非線形船体表面条件を課している。本計算法の特徴は、Higher order panelを広く用いている点であり、少ないパネル数でも高い精度の計算が可能である。ただし、解が不安定になることもあり、low pass filterによるsmoothingが導入されている。その後、DNVがこのSWANをベースにコマーシャルコードとして発展させており、不規則波中でのシミュレーション計算も可能となっている。
Author(s) |
Year |
F-S B.C. |
Hull B.C. |
Matrix |
Examples |
Ref. |
Nakos, Kring et al. |
1994 |
DB Linear |
Linear |
LU |
Wigley in unsteady |
[18] |
Kring et al. |
1996 |
Weak NL |
NL |
|
C/S motion & loads |
[19] |
Adegeest et al. |
1998 |
Weak NL |
NL |
|
C/S irregular waves |
[20] |
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図2.2.4:計算格子
図2.2.5:船体運動の様子
図2.2.6:Heave運動振幅
2.2.5 Bunnik & Hermansの方法
Delft工科大学のグループが開発した本手法は時刻歴ランキンソース法に基づく手法であり、船体運動と同時に抵抗増加の値を特に短波長域において高精度に推定できることを特徴としている。自由表面条件は非線形定常波面上で線形化された非定常自由表面条件を満足させており、これは周波数領域のランキンソース法においてBertramが用いた自由表面条件と同一の条件となっている。自由表面上のパネルに関してはDesingularized method(Raised panel method)を用いて非線形定常流場の計算を行い易くするなどの工夫をしている。放射条件はMITグループの開発したNumerical beachを採用しており、したがって低周波数域では放射条件を満足することはできていない。 LNG(Cb=0.7)を対象とした計算例では、抵抗増加の計算精度は短波長域でも実験と良好な一致を見せている。残念ながら肥大船や高速船への適用例は示されていない。
Author(s) |
Year |
F-S B.C. |
Hull B.C. |
Matrix |
Examples |
Ref. |
Bunnik & Hermans |
1998 |
擬似NL |
NL |
|
|
[21] |
Bunnik |
1999 |
擬似NL |
NL |
|
数学船型、LNG |
[22] |
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2.2.6 Colagrossi & Landriniの方法
イタリアのINSEANグループが開発した時刻歴ランキンソース法であり、自由表面条件は二重模型定常流上で線形化された非定常自由表面条件を課している。自由表面上のパネルに関してはDesingularized method(Raised panel method)を採用し、放射条件には MIT開発のNumerical beachを適用している。したがって低周波数域への適用はできない。船体近傍にfine gridを採用することにより船体近傍での分解能を向上させている。
Author(s) |
Year |
F-S B.C. |
Hull B.C. |
Matrix |
Examples |
Ref. |
Colagrossi et al. |
1999 |
Linear |
NL |
|
Slender Ship |
[23] |
Colagrossi et al. |
2000 |
Linear |
NL |
|
Catamaran, Trimaran |
[24] |
Iwashita et al |
2000 |
Linear |
NL |
|
Series-60 (Cb=0.8) |
[25] |
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図2.2.7:計算格子
図2.2.8:Heave運動振幅
図2.2.9:Pitch運動振幅
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