第2部
1)医学・公衆衛生の立場から
村上 正孝
(労働福祉事業団・茨城産業保健推進センター所長)
プロフィール
村上 正孝<むらかみ・まさたか>
1935年 長野県生まれ
<現職> |
茨城産業保健推進センター・所長 |
<学歴> |
東京大学社会医学系大学院博士課程修了 |
<職歴> |
国立環境研究所環境保健部長、筑波大学社会医学系教授 |
<主な著書> |
MURAKAMI.M「Influence of public health and disease: Physical and Chemical Environment, pp.In: R.Detels et al.Eds: Oxford Textbook of Public Health. Oxford University Press, Oxford, 1997:199−209、「中小企業の安全衛生活動への産業保健推進センターの役割」2002年労働の科学、「産業アレルギーのサーベランス」2001年日本職業アレルギー学会誌 |
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私はただ今、ご紹介いただきました茨城産業保健推進センターに勤めております。このセンターは厚生労働省の外郭団体である労働福祉事業団に所属し、労働災害の防止や快適な職場をつくるための企業の活動をサポートする組織です。
ご存じだとは思いますが、労災病院は、勤労者および労働災害を受けた方の病気やけがを治す病院です。それに対して労働災害による病気やけがをした人を治療するだけでは十分ではない、もっと予防に力を入れなければならないということで、産業保健推進センターが10年程前から、各県に次々とつくられ、あと数県を残すまでになりました。当センターは6人という非常に小さな世帯ですが、その目指そうとしている理念と目的は非常に高いものがあると考えます。従来、労働者の方々の健康を企業の方が守ろうとする取り組みを行政が後押しして参りました。例えば、労働基準監督署が企業に行き、いろいろ指導してきました。
しかし今はそういう時代ではなくなってきています。むしろ企業それぞれが自主的に病気やけがをなくそうとしています。その企業の取り組みに対してサポートするためにセンターが設立されたわけです。しかしなかなかお客さんが利用されないのが実情です。せっかくよいものをつくったのですから、その成果が上がるように、そこで働く私を含めて、職員、企業の方々、行政の方達が協力していかなければいけないと、日々考えて仕事をしている次第です。
人口問題とは
さて今日のテーマである人口問題ですが、午前中のセッションで先生方がお話しになられましたように、大変、悲観的な状況だと私も思います。しかし、我々が生存し生活していくためには、そして次の世代が幸せに暮らしていくためには、当然のこととして何らかの手を打っていかなければならないわけです。
私は人口問題あるいは国際保健の専門家ではありません。大学の医学部を出まして、その後、公衆衛生を学びました。今たずさわっている産業保健の領域あるいは国立環境研究所にも在籍しましたので、特に大気汚染などの環境問題の専門家であると申し上げてよいと思います。今日は公衆衛生を学んだ者として人口問題をどう考えるかという視点からお話をしたいと思います。また、私なりの答えを申し上げたいと思っています。
さて人口問題とは何かということですが、私は次のようにとらえます。我々が住んでいるこの地球の中には、いろいろな国あるいは地域があります。その地域に人口が張り付いて生活しているのですから、その人口集団が生存し生活するために必要な生活資源を地球なり地域なりがどれだけ提供できるのか、という視点が1つあると思います。午前中のお話は、それに関わるものであったと思います。しかしながら、私はもう1つの視点があると考えます。すなわち人口を構成している個人個人、一人一人に注目したいのです。その一人一人が地域で生存し生活し、しかも次の世代を産んで、そして育てるわけで、そのために個人がどれだけの資源を利用できるのかという問題に置き換えたいのです。
個人個人が、生存・生活するその権利は、我が国の憲法におきまして「国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」ときちっと明記されています。「国はすべての生活面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上および増進に努めなければならない。」それに向かって、我が国は進んでいこうではないかということが、書かれているわけです。しかも、その前文におきまして、「われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」と、「われらは全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と謳われているのです。すなわち、我が国は国際貢献を国として行うことを高らかに宣言し、その路線に沿って努力していると言ってよいと思います。
また、国際社会に目を転じ、国連開発計画(UNDP)の人間開発報告(97年版)を読んでみますと、「貧困は、単なる所得の貧困にとどまらない。人間らしい生活のための採択と機会が奪われているという状態だ」と言い切っているわけです。貧富の差が地域、世代を超えて不公平を生み、地域のみならず地球全体の持続可能な発展を妨げていると指摘し、開発途上国のあらゆる経済・社会分野の開発促進のための技術支援の重要性を力説しているわけです。これができるかできないかは大問題でありますが、それを行うことが国際社会の常識になっています。
しかしながら、現実を直視いたしますと、極端に貧しい地域として、サハラ以南の国々が挙げられており、しかも、その収入は1950年と変わってないと指摘されています。しかも悪いことに、その対外債務が増え続けているというわけです。しかも、近年、戦争や乱開発により地域の生活環境は著しく劣化し、基本的に必要な、清浄な水、栄養十分な食料、衛生的な住居などの生活資源が奪われる中で、彼等が貧困の生活を強いられていると指摘されています。これはテレビや新聞で報道されているところで、国際誌の『タイム』に目を通せば毎号出てくる話題ですが、私を含めて、何か少し距離があるような感覚をもって我々は受け止めているのではないかと思います。
一方、我が国をはじめとして、世界の富を集めている国および地域に住む人々は、極度の効率化を求める産業社会の中で、各種のストレス、リストラで苦しんでいる方々がたくさんおられますが、極度の貧困に直面している状況ではないと思います。
このように、地球上の人類は経済的、生活的な資源の分配に著しい格差のある、それぞれの地域の中で生存・生活していますが、個人あるいは個人が集合している人口集団の健康水準は、まさにその地域の環境衛生、食品衛生、保健栄養など、与えられた生活資源のレベルに対応して多様な状況を示しているわけです。例えば、人口集団の体格を見てみると、1950年以来、日本人の身長、体重の伸びは大きく変化しています。こういったことは常識だと思いますが、体力についてもそうです。健康・障害のパターンである疾病構造、死亡構造も利用できる生活資源のレベルに対応して決まってくるわけです。
発展途上国インドネシアと先進国日本との比較
一般的なことばかり話をしても始まりませんので、開発途上国であるインドネシアと日本を比較してお話ししたいと思います。インドネシアの公衆衛生活動の支援に長く従事されている群馬大の鈴木庄亮教授から、インドネシアに関する貴重な話をうかがいました。
インドネシアの場合、1人当たりの国民の経済的生産力を示す指標GNIが2700ドルです。日本の場合、2万5000ドルですから、約10分の1で、中程度の開発途上国と位置づけてよいのではないかと思います。
ただ、貧しい国ほど、その農村と都市との経済的格差が大きいために、統計データでおしなべて考えるのは問題があるとは思いますが、一応、統計データからインドネシア全体を考えてみたいと思います。現在、この国の人口は2億1000万で、30年前と比べますと75%増えています。我が国の場合、30年前、約1億程度でした。現在20%ぐらい増えたということになります。これが安定状態になるのも、そんなに遠い将来ではないということです。
インドネシアの人口は多いと言われますが、現在、世帯平均の人口規模は45人です。現在67歳である私が幼かった頃の日本では、友人が「私は8番目の息子だよ」と言っていました。私自身も兄弟が4人でした。あの頃の日本は、“貧乏人の子だくさん”ではありませんが、地域には非常にたくさんの子供がいたという印象でした。インドネシアの年齢構成は15歳以下の子供の人口が全体の3分の1、65歳以上の人口が4%で、平均寿命は66歳です。日本の平均寿命66歳は1960年でした。インドネシアはその辺りまでレベルが到達しているようです。
インドネシアの人口動態統計を見ますと、現在人口1000に対して出生率が23、死亡率8、乳児死亡率41、それから妊産婦死亡率は、出生10万に対して470です。1950年頃の日本でも妊産婦死亡率は176でしたので、妊産婦死亡率470は非常に高いと言えます。この妊産婦死亡の指標を除けば、1950年頃、すなわち第2次世界大戦直後の日本の年齢構造、人口動態と同じレベルです。ちなみに現在の日本は出生率が10、死亡率7、乳児死亡率4、そして妊産婦死亡率が12で世界に冠たる水準になっています。
繰り返しになりますが、現在のインドネシアが1950年頃の日本の年齢構造、人口動態とほとんど同じであるというように理解してもよいと思います。ここまでくるのには、この20年間の保健衛生改善の大変な努力の成果があったからと鈴木先生は言われています。
もう少し疾病・死亡構造を詳しく分析してみましょう。現在インドネシアの死因構造の第1位は周産期死亡です。つまり生まれたばかりの子供の死亡が非常に多いということです。そして、次が心臓病、脳卒中、インフルンザ・肺炎など呼吸器疾患、さらに結核、交通事故と続きます。1950年頃の日本の死亡順位は、若い人に多かった結核がトップで、次に脳卒中、がん、心臓病、事故、肺炎、自殺でした。現在の日本では、結核による死亡は稀となり、がん、心臓病、脳卒中、肺炎、事故、自殺というようになっています。
インドネシアの場合、周産期死亡がかなり多い。それから乳児死亡率も結構多い。感染症にかかることが多いことなど気になることですが、チフス、アメーバ赤痢、ジフテリア、破傷風、狂犬病、結核などの感染症で亡くなるほうが他の疾病に比べて多いというわけではありません。インドネシアも、既に死因としての感染症や栄養失調などを克服して、生活習慣が大きく影響する成人病を主体とした疾病・死亡構造に変わってきているのだと理解しなければなりません。それぞれの国がどのような健康状態にあるのか理解しながら、その国の人達との交流、支援をやっていかねばならないと思います。
現在インドネシアの、国家予算に占める保健・医療費は0.7%です。GNIが2700ドルという水準では、これに回すことができるお金には限りがあるためだろうと思います。しかしこの所得水準であるにもかかわらず、成人病を主体とする疾病・死亡構造に変わってきて、平均寿命も66歳まで伸びてきたということです。
先進国の疾病構造である成人病を主体とした病気のかかり方、死に方になってくると成人病の予防あるいは対策、治療に非常に多くのお金が使われます。日本の場合を考えてみたら直ちに理解できることです。我が国の国民所得の8%が国民医療費に使われており、現在医療改革が盛んに議論されているところです。インドネシアにおいてもこれから大変なお金がかかってくると予測されます。
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