過去50年間に、約3倍以上の穀類生産を進めてきた現在の農業技術は、高生産性農業または高収穫農業と言ってよいだろうと思います。この高生産性農業は、4つの資源、すなわち環境資源、生物自然、技術資源、それからエネルギー資源、これら4つの資源を必要に応じて、セットで、しかも安価に利用できることによって、展開されてきたと言ってよいだろうと思っています(表(4))。
表(4)
この高生産性農業を地域地域、または各国で展開するためには、その地域または国に、非常にすぐれた科学技術研究力と、すぐれた工業生産システムを持つことが非常に大切だということを意味します。現在の世界のいわゆる食料輸出国というのを見ますと、だいたい開発途上国ではなく先進国です。それは、この高生産性農業を展開するのにどうしても、いろいろな科学技術、それから資源利用技術が非常に大切だということを意味しているのです。
私達人類は、約1万年前に農耕を覚えたと言いましたが、それ以来、多くの人々が生産力を上げるため、または安定して収穫を得るために努力を重ねてきています。そして、地域地域のそれぞれ適した農業、または作物がつくられていますが、現在、食用に使われている作物は、約900種あります。それから、さまざまな工業原料をつくる作物が1000種、飼料とか緑肥(堆肥)をつくる作物として約400種が知られています。
現在世界中で栽培されている作物種として約2300種が知られています。しかし、今私達が一般に目にするのは、これの10%程度だと言われています。一方、いわゆる学名がきれいにつけられている植物種は約30万種が知られています。それからみますと、私達の生存を支えている、これらの作物は、植物界のエリートと言ってよいだろうと思っています。こういうものを選び、育て、そして改良してきたのが、私達、人類の農耕の歴史だと言ってよいと思っています。(表(5))
表(5)
特に、現在の61億の人を支えているのは、図(4)に書いてあります、小麦、トウモロコシ、お米、ジャガイモ、それから大麦、大豆、サツマイモ、キャッサバ、サトウキビ、ソルガム、オート麦、ライ麦、ピーナッツ、ビーン、ピート、この15種で食料生産のほとんど80%から90%を占めています。
これからわかりますように、私達の生命、61億人の生命を支えている作物種は非常に限られていると言ってよいだろうと思っています。
では、今現在、私達は、これらの作物を使って、すぐれた農業技術を使って、どのくらい食料を生産しているかを考えてみましょう。地球の表面積のうち、陸地面積は、148.89億haあります。そのうちに、普通の作物をつくるのに約13.8億ha、それから永年作物を作るのに1.29億ha、それから牧草・放牧に使うのが約20億ha。こういうのをみんな合わせてだいたい30億haを超えていると思います。その中で、穀類を20億t、イモ類を5.67億t、大豆を1.5億t、豆類を12億tつくっています。こういうものをつくって、その一部で家畜類を飼養して世界人口約61億人が生きています。
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図(4)
一方、広い表面をもつ海の中からは、魚として8000万t、甲殻類、軟体類として1200万t、海藻類1200万tを得て、これを使って私達が生きているということになります。その他、世界の森林34.54億haから、図(7)に示されているような量の木材を毎年使って、そして、豊かな文明生活を私達は送っているということになります。
これからみますと、陸上植生がつくってくれる植物生産量を私達がどれくらいさまざまな目的に使っているかということを大まかに計算することができます。
今後、私達の近未来で食料の需給を左右する大きな要素には、いかなるものが考えられるだろうかという点がもう1つ重要な問題となります。まず、需要面では、開発途上国を中心とする、人口増加の問題があります。それから第2番目に、豊かさの上昇に伴う、飼料穀物の消費の増加があります。生産面では、耕地面積と穀類収穫面積の横ばいが、既に現れています(表(6))。
表(6)
第3番目に単位収量、すなわち1ha当たりの収量増加の伸びが最近とみに鈍化してきています。4番目に、過剰使用による耕地の劣化と、また家畜の過放牧ということによって、砂漠化が進行しているということです。5番目に、淡水資源の逼迫・劣化という問題があります。特に、発展途上国の多くが、半乾燥地域に広がっていますので、これから淡水資源の逼迫は、非常に大きな問題になると思っています。それから次に考えられるのが、今後、さらに続くと思われる地球温暖化などによる異常気象の激化の問題があります。一方、先進国では環境保全型の農業様式への関心の強まりと、それへの移行という問題があります。最後に、人間活動による耕地環境の劣化の広がりと激化という問題があって、今後の食料生産の伸びを予測する上で、安易に現在までの傾向を先に延ばす形で予測することは非常に難しく思っています。
人間活動による耕地環境の劣化の広がりと激化の問題の1つには土の問題があります。現在、私達は先程の計算では15億haを既に耕地として使っていますが、その中で非常に環境条件がよくて、地味も良くて、すなわち、肥沃な土壌条件を備えているのは、30%くらいしかありません。残り70%近くは、環境があまり適していないということです。一方、農業開発に関わっている人達の多くは、さらに17億haぐらいの農地を開発できる余裕があると言っていますが、残されている耕地開発予定地は、自然環境がかなり不良です(図(5))。
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図(5)
その環境の要因としては、先程も触れましたが、傾斜が急である、土が痩せている、それから、土が汚染されている、排水不良、降水不足、すなわち、乾燥地域であるということなどが挙げられます。したがって、残された17億haの開発予定地を農業生産のために開発することは、かなり大きな無理があるだろうと思います。
それからもう1つ重要なことは、ここに開発予定地として残されている17億haは、多くの野生生物にとって安全なすみかであり、自らの生存エネルギーの生産地帯であるということです。
さらに長期的に見た場合に、人類の1人当たりの土地面積を問題にすることが重要です(図(6))。
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図(6)
先程も申しましたように、陸地面積は、南極大陸、ゴビ砂漠などを入れても、1489億haしかありません。2050年で世界人口が93億人になると推計されているので、その頃の1人当たりの陸地面積は15haぐらいになります。しかし、気候条件や土壌条件が植物の成長に適している土地はそのほぼ半分ですから、0.75haになります。この0.75haは、現在、私達が、食料生産に用いている土地面積とほぼ同じです。ということは、2050年頃になりますと、土地資源の絶対的な不足が農業生産の前に広がってくるだろうと思っています。
次にもう1つ重要な問題は、陸上における植物生産量の配分の問題です(図(7))。
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図(7)
陸上の植物生産は、148.9億haの上で行われているわけですが、植物生産量は年間で800億から1200億tと推定されています。この年間の植物生産量が、人類と家畜、家禽類、それから大中の動物類、小型動物類、それから微生物と、まあ、そういうものに分配されていると言ってよいと思います。すなわち、800億から1200億tを基盤として、地球の生物扶養能力(Carrying capacity)が決定されていると言えるだろうと思います。
現在、人類および、家畜・家禽類の生存のために使っている植物生産量はどのくらいかと言うと、私達の推計ではその約25%から30%を既に使っています(図(8))。ですから、現時点で他の生物、野生生物に残された量は70%から75%であろうと思っています。ところが2050年の時点、すなわち人口93億では、食生活の向上またはGNPの増加などを考慮しますと、人類と家畜家禽類の生存のために植物生産量の約40%から50%を消費するようになるだろうと思います。そうしますと、野生生物に残された量は、50%から60%になります。これはどういうことを意味するかというと、地球の植物生産力、すなわち地球のもつキャリング・キャパシティーの半分以上を人類が独占するということです。そういうことになったときに、私達人類と同じ仲間であり、約40億年の歴史を持ち、進化の歴史を持つ野生生物にとって、現在でさえ、もはや既に住みにくくなっているこの惑星地球が、非常に住みにくい星になってしまい、今から6500万年前の白亜期に起きたような大絶滅に相当する生物の大絶滅が起きる可能性があるということが、この数値からわかります。
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図(8)
これをどうやって私達が避けることができるかが、現在に生きる私達に、そして、これから生きる人に課された大きな問題ではないかと思っています。
近未来の食料生産の最大制約しているのは何か。それには地球環境の問題もあります。しかし、私は、人間圏と野生生物界での「緑のアトラス」の扶養能力、すなわちキャリング・キャパシティーをどう適正に配分するかということが、未来の食料生産を決定的に決める最大の制約条件だと思っています(図(8))。
図(7)
もし、この「緑のアトラス」のキャリング・キャパシティーを人間圏と野生生物界でうまく適正配分することに成功するならば、人類と野生生物群との持続的な共生が可能であろうと考えますし、もし、失敗するならば、野生生物群の壮大な大絶滅が発生するだろうと私は思っています(図(7))。
こういうことから考えますと、人口問題は、単に私達人間の問題だけではなくて、私達以上に長い進化の歴史を刻んだ全生物にとっての大問題であるということです。その生存のカギを握っているのは、私達の生活スタイルだと思っています。
広瀬:
内嶋先生、貴重なお話ありがとうございました。
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