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3 米国の海事産業支援政策
(1)Title XIと貨物留保政策
 最近、MarAdは十分に周知することなく、さらに通常の規則制定手続きによることもなく、Title XI融資保証制度の「運用」を厳格化した。これにより、Title XIにより債務保証を受けて建造される船舶に外国製品を搭載する場合、米国籍船で輸送するか、MarAdから免除を受けて外国籍船で輸送しない限り、運賃を債務保証プログラムの対象としないこととなった。
Title XIによる債務保証を受けて建造される船舶については、「実船価」を算定し、この87.5%が債務保証額の上限とされている。従来から、船舶に搭載される外国製品については「実船価」への算入を認められていなかったが、価格的、性能的、納期的に適当な米国製品が無い場合、MarAdの免除を受ければ外国製品であっても「実船価」への算入が認められていた。今回の運用の厳格化は、この外国製品の輸送に米国籍船を充てさせようというもので、一種の貨物留保政策である。船主が海外の舶用機器メーカーと共同で開発した機材であっても、この貨物留保政策は適用される。
 今回の運用の変更は、船主と造船所に数々の問題を引き起こしている。第一に変更に関する公式な通知は一切無く、またMarAdも手続きに関するガイダンスを公表していない。第二にMarAdは、変更に伴う船主や造船所の負担増を全く考慮していない。運用が変更される遥か以前に設計や仕様が固まった船舶であっても、変更の一年以上も前にMarAdから債務保証の承認を得ている船舶であっても、貨物留保政策は適用される。第三に、運用の変更により造船事業者や部品納入業者は外国製品が米国籍船(あるいは免除を受けた外国籍船)で輸送されてきたことを実証的に証明することを求められているが、現在のところ、このような証明手段は存在しない。
 また、この運用の変更は、米国建造船のコストをますます高くさせるだろう。造船事業者はTitle XIの利用が予想される場合は、例え実際の申請の前であっても、即ち初期的な計画の段階から米国籍船利用の可能を考慮しなければならないことになり、輸送コストに加え、エンジニアリング・コストの上昇も余儀なくされるであろう。
 最後に、米国籍船を利用できない場合にMarAdが与える免除についても、MarAdの判断基準と実際の運用について明らかにされておらず、不透明である。
 ちなみにTitle XIの融資保証予算の現時点(2002年12月)残額は2,000万ドルであり、4億ドルまでの債務保証が可能である、という。2001会計年度の債務保証承認額は7.3億ドル、2002会計年度は2.25億ドルであるが、申請されペンディングとなっている案件は総額58億ドルに達している。これまで、ブッシュ政権はTitle XI融資保証予算の全額カットを要求してきたが、その都度、議会で復活されている。ただし、復活額は3,000万ドル程度であり残っている案件と比べると十分と言えない。
(2)ジョーンズ・アクト船に対する海外からの投資
 ジョーンズ・アクトは1996年に改正された。改正前のジョーンズ・アクト船の要件は、75%以上が米国市民により保有されていること、担保の設定は米国市民にのみ認められること、外国市民が担保を設定する場合にはMarAdの事前承認を得ること、リース契約は米国市民に限られること、となっていた。1996年の改正により、外国市民による担保設定やリース契約が無条件で認められるようになったが、この改正と効果については賛否両論がある。
<賛成派>
 ジョーンズ・アクト船の建造需要が表面化しないのは、主に米国船社の資金調達能力が低いためである。ジョーンズ・アクト、特に内航船に関する規制により、内航船社は安定的な経営環境を享受できるため、ジョーンズ・アクト船に対する投資は、本来、有望な市場であるはずである。
 1996年の改正によりジョーンズ・アクト船に対する投資市場は対外的に開放され、Title XIや一般の長期ローンに対する代替手段が出現し、投資市場の競争は促進された。これにより、建造意欲が刺激されたことは明らかであり、米国で建造された船舶数は、1997年が自航船479と非自航船1,034、1998年が自航船413と非自航船1,381、1999年が自航船312と非自航船1,181、2000年が自航船323と非自航船1,199であり、近年にない高水準となっている。
 ジョーンズ・アクト船に対する海外からの投資は、米国建造要件を維持する上で必要不可欠なものとなりつつある。
<反対派>
 1996年の改正により、米国の大手外航海運会社は、ことごとく海外、特に欧州の海運会社に実質的に買収されてしまった。これは、この改正が海外船社によるジョーンズ・アクト船の実質支配を容認したためである。
 海外船社によるジョーンズ・アクト船の実質支配形態を見てみると、大きく2パターンある。第は、海外船社が米国のリース会社に資金を100%提供しジョーンズ・アクト船を建造、これを米国船社が裸用船した上で、海外船社が支配する船社が定期用船する形態である。第二は米国船社が所有するジョーンズ・アクト船を、海外船社が支配している米国船社が定期用船する形態であり、この場合、船主も海外船社のコントロール下にあることが一般的である。
 これは競争上不公正である。第一に海外船社は海外政府から、直接又は間接の助成を受けていることが多い。第二に海外船社の米国子会社は、米国政府から税制面等での優遇措置を受けている。第三に海外船社は規模の利益により、海運市場を支配できる。最も重要なのは、この種の海運取引に対しては、米国の反不公正貿易法が適用されないことである。
 次に安全保障土の問題がある。米本土のセキュリティ面では、どのジョーンズ・アクト船が海外船社に実質支配されているかが不明であり透明性がなく、海外船社がジョーンズ・アクト船をどの航路に就役させ、どのように使用しているかも不明なことである。また、米国を巡る海運市場が海外船社に実質支配されていること、有事の際の米国籍船による戦略輸送の信頼性が揺らいでいることも問題である。
(3)米国中手造船業界の次期議会に対する期待と関心
 米国の中手造船所で構成される米国造船協議会(Shipbuilders Council of America:SCA)
が、中手造船業界が次期議会に期待することや関心事項について説明した。
 2005年に更新時期を迎える米国籍外航商船に対する運航助成プログラム(MSP)については、プログラムの延長を支持するが、MSP対象船は緊急時の修理を除き米国造船所で整備すること、MSP対象船の内20隻以上を10年以内に米国籍船とすること、を新たに助成の要件として追加すべきだ。また、このために発生するコストに応じて助成額を引き上げるべきだ。
 船舶建造資金引き当て制度(船舶建造資金を無税で引き当てられる制度。ただし、米国建造が条件となる。CCF)については、現在、五大湖航行船や外洋航行船等の一部の船舶にしか適用されていない。CCFの対象を、内航船全般に拡大すべきだ。また、フェリー、オフショア、浮きドック等も新たに対象とすべきだ。
 ジョーンズ・アクト体制を堅持するとともに、Title XI融資保証予算を拡充すべきだ。特に上院では海事産業保護政策反対派のマッケイン上院議員が通商・科学・運輸委員会委員長に就任することとなっており、懸念される。
OPA90(油濁防止法)を確実に施行は優先課題である。OPA90により退役する船腹量は十分な代替需要となるはずであったが、実際に建造された船腹量は驚く程小さい。適切な内航タンカー船隊を維持することは、エネルギー産業一人の利益を守ることよりも重要である。議会は、代替建造が順調に進展しているかについて、公聴会を開催してもらいたい。
 
4 考察
 今回の会議では、米国の大手造船業界と中手造船業界の意見が分かれた。大手は海軍からの受注に支えられており、今や6造船所の内、5造船所までが商船を建造していない。このため、海軍の方針、特に艦艇建造予算への関心が強い。これに対し、中手は商船建造が主体であり、米国籍商船隊の老齢化が進む一方で代替建造需要が顕在化しないために、経営的にも苦しくなっている。従って、商船建造を促進させる政策や制度に関心が強い一方で、議会等で海軍予算程の関心を呼ばないことに苛立ちを深めているようだ。ただし、ここ10年程、海軍の艦艇発注も低迷しており、大手6造船所の操業水準も決して高いものでない。このため、大手、中手を問わず現有の能力の維持に困難を感じているようであり、特に中手は深刻であると思われた。
 2003年の8月には、下院軍事委員会の海事パネルで海運造船政策に関する公聴会が開催されることが決定しているが、大手造船業界と中手造船業界がどのような主張を展開するか、注意して見てみたい。なお、議場では「議会に大手と中手が分裂しているような印象を与えるべきでない」とする意見もあった。
 米国建造船の船価が異常に高いことについては、生産性向上も重要であるが、購買の効率化も重要である、とする意見があった。以前、日本からエンジンを買おうとしたが、ライセンサーが認めず買えなかった、という事例があったという。ライセンサーの制約については、造船所側の努力のみでは解決できない問題であり、苦労しているようだ。
 Title XI融資保証制度と貨物留保政策については、ほとんどの出席者が知らなかった、という。ある関係者によれば「最近もTitle XIで債務保証を受けている船舶向けに、外国製のエンジンを外国籍船で納入したが、何の問題も起きなかった。」とのことであり、実際の運用状況は不明である。また、MarAdの担当者によれば「以前から、外国製品の輸入運賃は報告させており、今回の運用変更は適用を厳格にする、ということだけだ。」とのことである。今後の運用状況等については、引き続き注目していくこととしたい。
 ジョーンズ・アクト船に対する外国からの投資規制の緩和については、内航と外航に分けて考える必要がある。内航側は資金調達の選択肢が増え、建造意欲が刺激された、と評価している。
 一方外航側は、米国外航海運が実質的に海外船社に支配されたことに強い懸念を持っており、また、議会等でMSPの更新に際して海外船社が支配する米国籍船を対象に含めるかについて議論されていることが背景にあると思われる。なお、米国外航船社が海外船社に買収されてしまったことについて、結局米国船社が競争に敗れたということであり、ジョーンズ・アクト改正は一つの要因に過ぎない、という意見も出された。
 海事産業保護政策については、依然としてジョーンズ・アクトの堅持、Title XIに代表される助成策の拡充を求める意見が強かったが、大手造船業界は、むしろ艦艇発注の増加に強い期待を示していた。一方、次期議会で保護政策反対派のマッケイン上院議員が上院通商・科学・運輸委員会に就任することや、これまで海事産業保護に尽力したロット共和党上院院内総務(当時)が、人種差別発言で苦況に立たされている(後、院内総務を辞職)ことで、関係者一同、次期議会の成り行きについて懸念を示していた。
(以上U.S.Monthly Maritime Report 2002−IX
(2003年1月13日付)より)







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