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第4章 わが国造船業における技能教育・伝承問題
 以下は、(社)日本造船学会情報技術研究委員会が委員の所属事業所(10事業所)を対象にアンケート調査した結果である。
 
表4.1 わが国大手造船所における技能伝承の実情
2.1 貴事業所で技能伝承が必要とされている分野 2.2 上記の技術伝承で具体的にとられている現状の方策、施策 2.3 公的あるいは業界共通で取組んだ方が良い分野
マニュアルの整備 技能講習会の開催 外部講習会への派遣(通信教育含) ベテランによる若手の指導育成 視聴覚教材の作成、活用 ナレッジマネジメントの利用
図面の読解   60% 20% 10% 0% 0% 40% 10% 10%  
現図 生産用線図フェアリング 50% 40% 20% 0% 20% 80% 0% 0% 30%
外板シーム/ロンジランディング 50% 40% 10% 0% 0% 80% 0% 0% 20%
内構部材の展開 70% 30% 50% 10% 0% 90% 0% 0%  
鋳物(ベルマウス、ボス等)の現図 50% 30% 0% 0% 0% 60% 0% 0% 30%
成形 鋼板曲げ 90% 60% 30% 0% 0% 100% 10% 10%  
型鋼曲げ 80% 50% 20% 0% 0% 100% 0% 0%  
歪み取り 90% 70% 10% 0% 0% 100% 0% 0%  
組立 取付 80% 60% 30% 0% 0% 100% 10% 0%  
溶接 50% 40% 20% 10% 0% 80% 10% 10%  
搭載 位置決め 80% 60% 30% 0% 0% 90% 20% 0%  
計測 70% 20% 0% 0% 0% 70% 10% 0%  
船台・進水 盤木配置・調整 40% 0% 20% 0% 0% 40% 0% 0%  
                     
検査・掃除 気密・水密テスト 70% 40% 20% 0% 0% 70% 0% 0% 10%
ブロック検査(組立精度、溶接) 50% 10% 0% 0% 0% 50% 0% 0% 10%
タンク掃除 10% 30% 0% 0% 0% 30% 0% 0%  
配管 配管加工(ユニット分割、曲げ等) 30% 20% 10% 0% 0% 40% 0% 0%  
管船内取付 70% 40% 30% 10% 0% 80% 20% 0%  
塗装 錆落し、ブラスト 40% 30% 10% 0% 0% 60% 10% 0% 10%
塗装 50% 30% 10% 0% 0% 80% 20% 0% 10%
船装 保船、係留ワイヤー調整 50% 50% 30% 0% 0% 80% 0% 0%  
保温・防熱 0% 10% 0% 0% 0% 10% 0% 0%  
左官(床舗装等) 0% 10% 0% 0% 0% 10% 0% 0%  
機装 機械仕上げ 50% 40% 30% 0% 0% 70% 0% 0%  
据付・運転調整 50% 80% 50% 20% 10% 100% 20% 0%  
電装 航海計器類据付・運転調整 20% 50% 0% 0% 0% 70% 0% 0%  
制御機器/盤据付・運転調整 40% 40% 10% 10% 0% 70% 0% 0%  
設備メンテナンス   50% 40% 20% 0% 10% 40% 0% 0%  
その他 船内特殊溶接 30% 30% 20% 10% 0% 30% 20% 0%  
管突合せ裏波溶接 50% 50% 20% 10% 0% 40% 10% 0%  
アルミ溶接 30% 30% 20% 10% 0% 30% 10% 0%  
溶接手直し 30% 20% 0% 10% 0% 40% 0% 0%  
平均 49% 37% 17% 3% 1% 63% 6% 1%  
 
 本調査は、回答数が10事業所と少ないが、首都圏から九州西部までほぼ全国を網羅していることもあり、わが国造船所の技能伝承の実態を良く表していると思われる。以下、同委員会の好意により、そのまま転載させていただく(出所:「すうちせいぎょ」第83号、H14.12月)。
(1)ほとんどの職種で、質的に危惧を感じている。特に、危機感の大きい技能は、
・現図(内構部材の展開):70%
・成形:鋼板曲げ加工および歪取りが各90%、型鋼曲げ加工が80%
・組立(取付):80%
・搭載:位置決めが80%、計測が70%
・検査・掃除(気密・水密テスト):70%
・配管(船内取付):70%
(2)質的に危機感を感じていない技能として、
・タンク内掃除(検査・掃除):10%
・配管加工(配管):30%
・保温防熱、左官(船装):0%
・航海計器類据付・運転調整(電装):20%
 の4技能があげられているが、いずれも外注中心の職種と考えられる。
(3)量的には、質と比べてそれほど問題を感じていないが、全国的に逼迫している技能は、
・歪取(成形):70%
・据付調整・運転(機装):80%"
(4)都会に近接した地域では、大半の技能が量的に不足している。
(5)技能伝承方法は、
・ベテランによる若手の指導、育成:63%
・マニュアルの整備:17%
・視聴覚教材の活用:6%
・技能講習会の開催:3%
・外部講習会への派遣:1%
・ナレッジマネジメントの活用:1%
(6)視聴覚教材(いわゆるVTR)が技能伝承に有効と回答された技能は、
・現図(線図フェアリング):10%
・成形(鋼板曲げ):10%
・組立(組立、溶接):各10%
・搭載:位置決めが20%、計測が10%
・配管(船内取付):20%
・塗装:20%
・機装(据付・運転調整):20%
・その他:船内特殊溶接が20%、裏波溶接、アルミ溶接が各10%
(7)ナレッジマネジメント活用の対象と考えられている技能は
・図面の読解:10%
・成形(鋼板曲げ):10%
・組立(溶接):10%
 の3つが挙げられている。
(8)公的あるいは業界全体として教育に取り組んだほうがいいとされた技能は、
・現図(線図フェアリング、外板シーム/ランディング、鋳物(ベルマウス)の展開):30%
・検査(気密・水密テスト、ブロック検査):10%
・塗装(研掃、塗装):10%
 
 本部会では、同様のアンケート調査は行っていないが、この調査結果は、訪問調査結果とよく符合していると思われる。上記アンケート結果と部会が実施した訪問調査を総合すれば、下記のことがいえる。
(i)技能伝承が困難な職種は、概して、単能職より、現図や位置決め、機関仕上げなどいくつかの要素技能が複合された職種に多い。
(ii)要素技能が複合された技能ほど、技量(質)低下が危惧されている。
(iii)溶接、配管、塗装など陸上と共通の職種経験者であっても、用語や構造・工作法に造船固有のもの(サーピン、キャンバなど)があって、技能習熟の障害となっている。
(iv)組織だった本格的な技能伝承策はなく、もっぱら先輩の指導(OJT)に委ねられている。
(v)都会地、あるいは造船集積地から離れた地域に立地する造船所では、あらゆる職種で人員確保に苦労している。
 
(1)職業訓練センター
 技能教育・訓練を行う最も一般的な形態は、「学校での集団教育、実習」である。この職業訓練、技能教育でもっとも知られているのが、職業訓練センターである。この組織は、現在、平成11年3月公布の「雇用・能力開発機構法」に基づいて、平成11年10月に設立された雇用・能力開発機構に引き継がれている。教育訓練には、下記の階層がとられている。
(1)職業能力開発総合大学校:1校。職業能力開発リーダー(指導員)養成、実践技術者育成を主とするわが国唯一の機関で、長期課程(4年制)とその後の研究課程(2年)がある。
(2)職業能力開発大学校:10校。ポリテクカレッジの愛称をもつ本学校は、実践技術者および生産現場でのリーダー育成を行う教育機関。専門課程2年、応用課程2年の2課程がある。
(3)職業能力開発短期大学校:1校。愛称は、ポリテクカレッジ。2年間の専門課程が設けられている。
(4)職業能力開発促進センター:60校。愛称は、ポリテクセンター。地域における職業能力開発の総合的センターとしての役割を担い、求職者を対象とした短期間の各種職業訓練や在職者向けの能力開発セミナ等を行っている。
 (4)の各地域におけるポリテクセンターで行われている技能訓練で造船に関係のある技能としては塗装、配管、仕上げ、木工、溶接などがある。ただし、該当する技能は、その地域の特性を考慮して選択されているので、すべてのセンターで同じカリキュラムをとっているわけではない。
 公的職業訓練学校としては、この他、専修学校と工業高校、水産高校が存在していることは周知のとおりである。
 学校での集合教育は、国や自治体が設立、運営するので設備、テキストが整備されているのが大きな特徴である。反面、自社に必要な技能を、希望する期間と費用で訓練してくれるなど、派遣する事業者のニーズにあわせてカリキュラムを編成する融通性には乏しい。したがい、造船所の視点にたつと、一般基礎技能教育の域を超えない。
 
(2)造船所における技能教育の例
 かつて中大手の造船所は、構内に「養成工(あるいは訓練生)学校」を設置し、専任の教育担当者をおいて新人教育にあたっていた。この養成工学校が、不況のあおりをうけて、各社で閉鎖ないしは簡素化された。
 一方、相応の従業員を抱える造船所では、人事の活性化、後進へ道を開く目的で「役職定年制」をひく会社が多い。この役職定年した班長、作業長経験者を指導員として、新卒者数名を預け、専任で教育、指導にあたってもらう技能指導員制度を発足させた造船所がある。
 該社は、基礎訓練後は、1人の指導員と少数(5人前後)の被訓練者を一組として、正規の作業を請負わせるというユニークな実践訓練方式をとっている。実績としての時数が、指導員の成績につながり、これまでの経験の質・量、名誉を問われることになるので、自身のノウハウを熱心に伝授する結果、仕事の面白さ、楽しさが被訓練者に伝わり、従来の一人前になるまでの期間が大幅に短縮されているという。なお、基礎教育訓練は半年、以後の実践教育が半年で期間はあわせて1年、対象職種は、船殻の組立鉄工職(組立、船台)、溶接職(組立、船台)である。
 別の例として、鉄艤装品製造会社の例をあげる。
 この会社は、いわゆる社内カンパニー制をとっていて、受注物件ごとに各チームリーダーと価格、納期が協議・設定され、緻密に原価記録を収集してチームの業績を把握する。ここでユニークな方法が、自分より高能率、高品質をあげる他人に時間1000円で作業委託することができる仕組みである。この方法を導入して以降、経験の少ない若手は、熟練者に例えば歪取作業を依頼し、熟練者は通常、多くの年輩者が苦手なパソコン操作を若手に作業依頼する。
 他人に作業を依頼するときは、作業内容と希望作業時間(予算)を記入した依頼伝票を相手に切る。依頼伝票は経理担当により厳密に集計され、“他者に依頼した作業時間×1000円”だけ、自身の収入から差し引かれる。
 一方、カンパニーの構成を小規模(5〜6名)にすることで、年輩者と若手のそれぞれが長所を活かしあう家族的な雰囲気の集団を作り上げた。
 このよう方式をとったところ、若手は熟練者の作業方法を真剣に観察するなど技量向上意欲が大幅にあがり、その結果、生産性が著しく向上しているという。
 以上、要約すると、前者の例では、役職経験者による「マンツーチーム教育」による積極技能伝承、後者は、能率給方式をうまく活用して「技能習得意欲を高揚」させた技能伝承例といえる。
 
 「技能」とは、所要の知識だけでなく、当該作業の作業手順、作業方法・要領など作業に関わるあらゆるものが「体」(あるいは「腕」)で覚えられていて、作業を前にすると体が独りでに反応し、行動する状態までに至っていることを指す。したがい、技能には「経験の量」が大きな要素となる。仮に必要知識が十分だとしても、一度も作業そのものを実践したことがなければ、いわゆる“畳の上の水練”に同じである。別の視点で言えば、工事量の多い造船所と年間1隻しか建造しない造船所とでは、自ずと経験量が大きく異なり、かなりの程度「技能レベル」や「習熟期間」に影響することになろう。
 経験量が技量程度に影響するのであれば、習いたての初心者と、ある程度の実践経験のある技能者への技能伝承法は、違ってしかるべきである。したがい、技能伝承の方法は、次のように技能レベル、もしくは経験量に基づいて行うべきであろう。
(1)対初心者あるいは初級者
 設備や工器具の名称と取扱方法、作業場所のレイアウト、作業のコツ、関連知識など基礎習得を中心とする。これは、先輩が後輩にOJTで伝授するより、ビデオなどの視聴覚教材を使うのが、有効かつ効率的であろう。
(2)対中級者
 一通りの実践体験をしているので、“作業のコツ(勘所)”の再教育や、いろいろな作業状況(例えば、前工程の不良であるとか、設計ミスなど)での経験を積むことが重要になる。前者はビデオや座学で対応できる。対して、後者は実体験しかないので、グループリーダー(いわゆるボーシン)や先輩のOJTが重要な役割を果たすことになる。
 また、短期間に向上するには、作業の都度、「目標」や「改善すべきテーマ」を設定して、作業にあたることが重要である。
 1人作業が一般化されている溶接やガス切断、さらには板継、小組立などの単能作業は、指導すべき上位技能者が傍にいないのでOJTができない。このような1人作業では、定期・定時(1H/週など)に“出来映え評価”機会を設けて、上位技能者が作業結果を評価し、改善点を指摘するのが有効と思われる。
(3)対熟練者
 相応の経験をつんでいるので、ひとえに経験量の蓄積と後輩への技能伝承方法(年齢、経験の差、性格などをふまえた技量の伝授)を中心に考えるべきである。これに有効なのが、自社だけでなく他社のいろいろな作業状況を写したビデオであろう。
 後工程や船主監督、運航者などからのクレーム情報も、技能をさらに発展向上させるのに有用な情報である。不具合の手直し、修復方法の記録をコンピュータのデータベースに残しておけば、現象や先人の対処方法を学ぶ一助とすることができ、不具合そのものの防止策にもつなげることができる(ナレッジ・マネジメントの活用)。
(注)ナレッジ・マネジメントについては、若手技術者の育成に適用すべく、(社)日本造船工業会が中心となって検討中である。







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