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7. 日本企業がとるべき戦略
7.1. オーストラリア高速旅客船業界の成功と限界
 オーストラリアでは、前述したように、全ての企業が小規模な造船会社として始まり、成長における各過程でアルミ船の建造に特化してきた。現在に至っても経営陣は柔軟性に富み、「事業の全レベルで直接関与する」経営方式をとっている。そのため、従業員はチームの一員としての意識を高めることができる。そして、企業家としての能力と「意欲的」な方針が相まって、柔軟的かつ革新的な事業形態が支えられているこれらの経営資源を有効に使い、革新的な経営をすすめてきた、企業家精神の高い経営者の努力も、成功の要因の一因としてあげられるであろう。
 
 しかしながら、これまでのオーストラリアの高速旅客船業界の成功も、ここにきて行き詰まりをみせている。とくにアジア市場においては、通貨危機以降、目立った成約をあげていない。これは、オーストラリアの弱み、というより、アジア経済の状況があまりにも悪化したことが一番の要因であろう。とくにインドネシアは、自国通貨の下落が最も激しかった上に、暴動、政権交代が続き、通貨危機から5年たった今でも、安定したとは言いがたい。唯一、需要が見込める観光用旅客船にしても、2002年のバリ島におけるテロ事件で、観光産業が大打撃を受けた。
 
 イラク問題、北朝鮮問題や、テロ組織の活動といった、不安要因が多く、アジアだけでなく世界的な景気の見通しは不鮮明であるが、いったん景気が回復に向かえば、オーストラリアの高速旅客船業界は、再び、前述した強みを武器に、積極的なマーケティングを図っていくと思われる。
 
 これまでみてきたように、オーストラリアの高速旅客船建造造船会社の成功の要因は、
・  政府の支援(船舶建造やR&Dに対する補助金)
・  EFICの輸出金融(融資や保証)
・  エンジンメーカーとのタイアップによるファイナンスの提供や調査
・  オーストラリアの高速メーカーの企業家精神
・  低廉な労働力や高い生産性
などであった。こうした強み、戦略をもって、オーストラリアの高速旅客船造船業界は、世界市場で大きなシェアを占めるに至った。
 
 東南アジア、特にインドネシアやフィリピンには多くの島があり、高速旅客船の潜在的需要は大きい。インドネシアでは、スマトラ、ジャワ、カリマンタン、スラウェジを結ぶ航路用が不足していると指摘されていることは、第5章で述べたとおりである。オーストラリアの高速旅客船メーカーも、性能に比して価格が安い、品質のよさで定評があるといった強みに加えて、エンジンメーカーとのタイアップによるファイナンスの提供などで船主の関心をひき、ある程度までは東南アジア市場でも成功をおさめた。しかし、一部観光向けの航路を運航し、外貨で収入を得ている船主を除くと、ほとんどの船主は現地通貨で収入を得ており、外貨建ての新建造船の購入は負担が大きい。また、アジア通貨危機以降、エンジンメーカーも、オーストラリアのEFICも、東南アジア諸国へのファイナンスの提供には慎重になっており、ニーズがあったとしても資金調達が難しい状態にある。
 
 ただし、東南アジア経済もいずれは景気も回復していくであろう。オーストラリアの高速旅客船建造造船会社にとって、今後、景気が回復し、再度アジア市場に挑戦していく際に最も大きな強みとなるのは、エンジンメーカーとのタイアップによるファイナンスの提供や調査、およびそれをバックアップするEFICの輸出金融制度である。
 
7.2. プロジェクトプロポーザル方式の検討
 オーストラリアの高速旅客船業界の成功の要因のうち、日本の造船業界が最も注目すべきものとしては、「エンジンメーカーとのタイアップによるファイナンスの提供や調査」である。ファイナンスと航路採算性などの調査をパッケージにしたプロジェクトプロポーザル方式の売り込みは、日本の造船業界はこれまであまり行ってこなかったもので、一考の価値がある。欧米式のプロジェクトプロポーザル方式と日本の営業スタイルを比較すると表10のようになる。
 
表10 プロジェクトプロポーザル方式と日本の営業スタイルとの比較
項目 欧米
(プロジェクトプロポーザル方式)
日本
船主へのアプローチ エンジンメーカー単独もしくは、造船所と共同 造船所
航路の採算性 エンジンメーカー関係コンサルが試算もしくは、船主と共同試算 船主が試算(造船所、エンジンメーカーは船主のコスト構造が不明なまま)
船舶仕様 造船所とエンジンメーカーの共同提案 船主もしくは、船主と造船所の共同作業
建造資金 エンジンメーカーの関係ファイナンス会社が融資もしくは保証 船主、一部造船所もある
 
 日本の造船会社が、このプロジェクトプロポーザルを行うには、自ら調査能力、金融知識、リスクマネージメントなどのノウハウを身につけるか、それらのノウハウをもったエンジンメーカーとのタイアップが必要となる。日本の造船所としては、国内のエンジンメーカー12に積極的に働きかけていく、欧米のメーカーとのタイアップを図るといった方法が考えられる。
 
7.3. 日本の造船業界にとってのビジネスチャンス
 日本の造船業界にとって、今後有利に展開すると考えられる点は、最近の旅客船の需要が小型、中型の高速旅客船に傾きつつあることである。数年前までオーストラリアの造船業者は、とりわけ旅客や車両そして貨物を運搬する高速旅客船については、大型のものが主流になると予想していた。しかし、大半の航路ではこれら大型船舶を運航させる経済性について疑問視する声が高まっている。小型高速旅客船の建造技術は、海外の競合他社にも真似することが容易で、オーストラリアにとっては技術的優位性が弱まるが、これは、日本企業にとっては好機といえる。
 
 しかし、軍用艦艇、貨物、高級クルーザーなどの市場においては、オーストラリア企業の競争力はいまだ揺らぎないものがある。オーストラリアの企業は、この隙間市場で先行しており、これらの船舶の建造における技術革新、技術力、デザイン能力、柔軟性、強い費用競争力をもっており、今後も有利に展開していく競争力がある。また、米国の軍用高速船市場参入には、ジョーンズ法による規制があるため、現地パートナーとの合弁企業の設立が不可欠であるが、すでにAustal社、Incat社はこの分野での先行投資が実り、契約を締結している。この分野では日本企業が新たに参入しても、苦戦を強いられるであろう。
 
 以上のような点から、日本企業の高速旅客船のビジネスチャンスは、アジア市場における小型高速旅客船が有望である。
 
7.4. アジア市場における競合とビジネスチャンス
 日本企業が今後高速旅客船市場に参入していく上で、アジア市場では大きなビジネスチャンスがある。その理由としては以下のとおり。
 
12 しかし、2000年にジェトロが実施した調査によると、日本のエンジンメーカーは、プロジェクトプロポーザル方式に消極的、あるいはオファーできる内容に限界があるようであった。
 
・  同地域では小型、中型高速旅客船の需要が高い。
・  大半の顧客の財務状況が良くないため、ファイナンスの提供が不可欠となる。
・  インドネシアやフィリピンなどへの販売については、オーストラリア政府機関からの融資や保険を確保することが難しい。
・  これらの市場では、オーストラリア造船会社の存在感が薄い。
 
 ただし、東南アジアにおいては、シンガポール企業との競争も激しくなってきているので、日本企業は、価格設定、ファイナンスとのパッケージなどの面で、魅力的な提案を出していく必要があろう。そのためには、低価格で船舶を建造するため、オーストラリアやアジアの造船所とタイアップする、ファイナンスに関してはエンジンメーカーとタイアップする、などの戦略を構築していくことが重要である。
 
 このようにアジア市場においては、日本企業も様々な方法で参入できる可能性がある。表11は、日本企業がアジアの高速船市場に参入するためのいくつかの選択肢と主な条件をまとめる。
 
表11  日本企業のアジア高速旅客船市場に参入するための選択肢と戦略
選択肢 戦略
オーストラリアの設計を用いて、小型・中型の高速船を日本で建造し、東南アジアに輸出する
可能な限り自動化製造とし、競争力のあるコストを維持する。
ファイナンスを提供する。(とくに初期段階)
機器の購入については柔軟なアプローチをとる−米国や欧州のエンジンは、アジアにサービスエージエントを持ち、市場での人気が高い。
オーストラリアのメーカーと合弁で、アジア各国向けの船舶を建造する
オーストラリアのノウハウを利用して、アジア向けに価格競争力のある船舶を建造する
顧客向けにファイナンスを提供する
保守や再装備などを合弁企業の設備で行う
地場企業との合弁で、域内に新たに造船所を設立する。域内市場向けに小型船を建造する
高速船専用の造船所とする
顧客向けにファイナンスを提供する
保守や再装備などを行う
将来的には、新規市場にも参入する
Incat社の全てあるいは一部を買収し、それをべースとしてアジアやその他の市場に参入する このオプションは管財人の管理化にあるIncat社が将来どうなるかによって異なる
 
 いずれの戦略をとっても、ファイナンスの提供が不可欠となる。日本企業が得意の自動化技術を駆使し、低価格の船舶をオファーすることができても、資金調達の手立てが少ないアジアの船主に売り込むには、ファイナンスを提供するための仕組みの構築が重要な課題となろう。







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