B 背景
B.1 新造船契約へのファイナンス
大型資本財の場合がそうであるように、商船の建造は、契約への署名から船舶の引渡しまでかなりの期間にわたって、多額の資本が必要とされる。このため、ほとんどの新造船契約で、造船所及び船主双方による取引へのファイナンスが必要となる。さらに、ほとんどのファイナンス案件で適当な保証を伴うものであることが必要となる。
調査対象となっている制度の理解を促進するため、以下にこうしたファイナンスの仕組みを簡単に記述する。
B.1.1 造船事業者へのフイナンス
造船事業者は、論理的には、自己資金や請負事業者への後払いによって、船舶の建造に必要な資金をまかなうことができるが、資金が巨額に上るため、通常、建造資金を(i)船主からの前払い、及び/又は(ii)金融機関からの融資によって調達する4。
(i)船主からの前払い
前払い金は、造船所にとって重要な運転資金源となりうるものである。従って、支払条件は造船契約の非常に重要な部分である。一般的に支払条件は、造船所毎及び契約毎に大きく異なる。しかしながら、契約、鋼材切断、起工、進水及び引渡し時といった建造の節目に分割して支払うとの支払条件が標準的である。例えば、20%ずつの分割払いもあり得る。韓国ではこれが標準となっている。あるいは、契約から6ヶ月以内に船価の50〜90%の支払といったトップヘビーな支払条件や、引渡し時に70%といったテールヘビーな支払条件もあり得る。
支払が引渡し後に及ぶ場合、造船所は船主に信用を供与することとなる。これについては、船主へのファイナンスの項で後述する。
例えば、テールヘビーな支払条件では造船所の経費が高くなり、論理的には結果的に船価も高くなるといったように、支払条件は明らかに船価に直接影響を及ぼす。
(ii)金融期間からの融資
船主と合意した支払条件に関わらず、造船所は船舶建造期間中の操業に追加的なファイナンスを必要とすることがよくある。こうしたファイナンスの具体的な条件は、造船所の財務状況、所要資金額及び融資期間によって決まる。
また、当然ながらこうしたファイナンスは、造船所の信用度にもかかっている。得られるファイナンスの金利は、船価に影響し得るものである。例えば、財政事情の非常に悪い造船所は、債権者を高いリスクに晒すこととなるため、財務状況の良い造船所より高い金利を払う必要が生じるであろう。同様に、捕助性を伴う融資は造船所に商業金利での融資を利用した場合に比べて低い船価の提示を可能とするであろう。こうした融資制度は船主には明らかにされないことが多い。
B.1.2 船主へのファイナンス(輸出信用)
船主は、自己資金で船舶の購入をまかなうことができる。しかしながら、その(多額の)金額のために、船主は通常、(i)自身が選択する銀行からの信用(これは自己資金を用いるのと同等である)、(ii)建造造船所からの信用(サプライヤーズクレジット)5や(iii)建造造船所の国の金融機関からの信用(バイヤーズクレジット)によって資金調達を行う。
後者の2ケースの場合、船舶の引渡し後の延べ払いが可能である。
こうした形式の信用は、以下の理由から「輸出信用」6と呼ばれている。
−(i)常に外国の買い手7に便益を与えるものであること
−(ii)生産者の国の金融機関によって供与されるものであること
−(iii)船舶引渡し後の期間に信用を供与するものであること
輸出信用案件は、(サプライヤーズクレジット、バイヤーズクレジットの双方とも)それらが建造造船所よりも買い手の信用度に依存するため、必ずしも船価に影響を及ぼすものではない。
これらが公的支援を伴うものである場合、輸出信用は買い手が商業ベースで利用可能なものより優遇的な条件を提供するものであり得るが、こうした制度は、船舶を対象とした「公的輸出信用ガイドライン取極め 附属書I」によって規制されている。この取極めは、より優遇的な公的支援の条件が建造国や建造造船所の選択の決定条件とならないように、最も優遇的な公的支援の条件に基づくものではなく、品質と価格に基づく輸出者の競争を促進することを目的としている。(下記B.2参照)
B.1.3 保証
上述したようなファイナンス案件は通常、造船所や船主名義で双方に便益を与える様々な保証を伴う。こうした保証は、金融機関発出の信用状や買い手の他の資産による担保、ファイナンスされる船舶の抵当権、これらの組み合わせといったように、色々な形態をとる。
以下に本調査の対象となった、造船所による前受金返還保証及び輸出信用保証・保険の2種類の保証について検討する。
(i)造船所による前受金返還保証
船主の造船所に対する引渡し前の支払について安全を確保するため、ほとんど全てのケースで造船所から船主に対して前払金の返還保証が行われる。この保証によって、造船所に債務不履行が生じた場合、船主は前払い金の全額に通常は利子を加えた額の払い戻しを受けることとなる。この返還保証は船主が了解する銀行(政府の輸出信用機関を含む)から供与されることとなる。保証の供与は必然的に保証人への保証手数料という形で造船所に追加コストを生む。保証手数料の額は、当該造船所の信頼性、信用度によって変わる。
保証の存在が成約の重要な要素であることを勘案すれば、市中より安い手数料のように商業ベースによらない造船所のための保証の供与は、造船所の選択及び造船所が提示する船価の双方に影響を及ぼし得る。さらに、保証が利用できることによって、造船所が重要な運転資金源である前払い金を受け取ることを確実なものとしている。保証が無ければ、船主は最低限の前払い金以上の支払いを渋ったり、支払制限のついた口座への前払い金の振込みを要求したりすることができ、結果として造船所は建造資金の調達の代替手段を探さざるを得なくなる。
(ii)輸出信用保証・保険
輸出信用保証は、海外の船主が支払い不履行となった場合に、造船所(サプライヤーズクレジットの場合)あるいは貸出銀行(バイヤーズクレジットの場合)と合意された延べ払い条件に従った所要の支払いを確保するために供与される。問題とされる保証は、信用を供与する造船所や金融機関にメリットを与える形で第三者(通常、貸出銀行又は輸出信用機関)から供与される。例えば、輸出信用機関は、韓国建造船舶の購入に対して融資を行う銀行にメリットを与えて保証を行っている。保証・保険料であるプレミアムは、そのままあるいは輸出信用の金利に上乗せする形で賦課される。
輸出信用保証が付くかどうかが輸出信用を得る上で極めて重要な条件となっている。保証が無ければ、リスクに晒される金額や延払期間のために、外国船主に所要の輸出信用を供与することを渋るだろう。
公的輸出信用(政府の支援の下に輸出産品の外国の買い手に供与される信用)の競争歪曲効果を限定するため、OECD加盟国は「公的輸出信用ガイドライン取極め」(以下、「取極め」という。)を策定した。この取極めは、産品及び/又はサービスの輸出に対する、償還期間が2年以上の全ての公的支援又はファイナンスリースに適用される。これは、輸出信用に関する公的支援が直接の信用/ファイナンス、リファイナンス、利子補給、保証又は保険などの形態の如何を問わず適用される。
取極めは、船舶のように特別のガイドラインが適用される一定の分野を除き、全ての産品に適用される。船舶に関する特別な規則は「船舶輸出信用了解」(以下、「了解」という。)に定められている。本了解は、取極めの附属書Iに含まれており、船舶の買い手に対する優遇条件の上限値を規定している。8
了解では、以下のいずれかに該当する輸出信用に対して公的措置9を供与してはならないこととされている。
(i) |
引渡し後8 1/2年10を超える最大期間で、通常6ヶ月、最大12ヶ月の一定間隔の等額分割返済以外の返済 |
(ii) |
契約額の20%に満たない引渡しまでの支払い |
(iii) |
全ての諸掛を除く正味としての8%未満の金利11 |
了解の第2項では、公的支援が信用の全体に与えられているか、その一部に与えられているかにかかわらず、8%の最低金利が公的支援をもって造船事業者から買手に供与される信用(サプライヤーズクレジット取引)あるいは、造船事業者の国内の銀行又はその他の者から買い手又は買い手の国内のその他の者に供与される信用(バイヤーズクレジット取引)に適用されると規定している。
また、了解の第3項では、公的支援が信用の全体又は一部に与えら得ているかどうかにかかわらず、最低金利が、買い手又は買い手の国内のその他の者に信用を供与することを可能とするため、造船事業者の国において造船事業者又はその他の者に対してこの了解の参加国政府の支援を持って与えられる信用にも適用されると規定している。
一般的なコメントとして、了解の全ての規定は船舶の買い手に最終的に利益を与える公的支援を対象にしていることを指摘しておく必要がある。了解は、直接(バイヤーズクレジットの場合)、間接(サプライヤーズクレジット又は船主に信用を供与するために造船事業者に与えられる信用の場合)の如何にかかわらず、買い手への輸出信用の形態に該当しない造船所への支援の問題を取り扱うものではない。
了解は、参加国に上述の条件よりも優遇的な条件をいかなる方法でも買い手に提示しないことの確保に最善を尽くすよう義務付けている。参加国は、了解の対象船舶について取極めで許容される条件より優遇的な条件の信用を支援しようとする場合、当該参加国は他の参加国に当該条件を通知しなければならない。通報のための手順は、取極めの第49条に規定されている。
4 まれではあるが、債券発行といった方法が用いられることもある。こうした方法は船価との関係は無い。
5 この場合、造船所が買い手への信用供与のコスト負担をすることは通常ほとんど無い。造船所は通常、銀行に信用の割引を依頼する。言い換えれば、銀行は船舶の引渡し時又はその直後に割引料を差し引いた全額を造船所に支払うのである。なお、造船所は正式には、生じ得るクレームに責任を有する債権者でありつづける。
6 次節のOECDの船舶輸出信用了解を参照のこと
7 造船所にのみ便益を与えるファイナンスと対照的である
8 取極めは、了解で規定されていない船舶に適用される。ただし、本調査が対象とする全ての商船は了解の適用対象である。
9 公的措置とは、政府又は政府機関によって、あるいは直接又は関節の形で政府が参加することによって、信用を保険し、保証し、又はこれに資金を融通することのできるものをいう。
10 LNG船の取引の特別な性格として、この船種に限って正統と認められる信用機関は10年に延長される。
11 全ての諸掛を除く正味の金利とは、信用コストの一部(いかなる信用保険料及び/又は銀行手数料を除く)であって、信用期間を通じて一定の間隔で支払われ、かつ信用の額に直接関係するものをいう。
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