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4−3. 海岸線管理計画(SMP)と沿岸生息地管理計画(CHaMPS)
 1993年に、農業・漁業・食料省(当時)とウェールズ省(当時)により、新たな「洪水対策と沿岸保護戦略」が発表された。それに基づき、イングランドとウェールズの全沿岸線をカバーする最初の「海岸線管理計画(SMP)」集が作成されたことはMSR第:三章に述べられているとおりである。
 
 また、SMPに関連して「沿岸生息地管理計画(CHaMPS)」についてもMSRで触れられているが、MSRに記述された内容だけではその内容に不明な点があり、SMPとCHaMPSの相互関連も不明瞭なため、本節ではMSR内容に対する補足説明としてSMPとCHaMPSについて解説する。下図4−1に本節で説明される各組織とプログラムの俯瞰図を示す。後続の説明と併せて参照されたい。
 
図4−1:SMPとCHaMPS関連俯瞰図
(拡大画面:35KB)
 
4−3−1. 海岸線管理計画(SMP)
 1993年のイングランドとウェールズ「洪水対策と沿岸保護戦略」では、政策目的が以下の様に述べられている。
 
 「技術面・環境面・経済面において合理的で持続可能な防護方策の準備により、人々及び開発された環境または自然の環境に対する、洪水と沿岸侵食によるリスクを削減する。」
 
 また、「戦略的アプローチ」として、「海岸線の特定部分毎に沿岸防護グループ(Coastal Defence Group)」を設立し、海岸線管理計画(SMP)を作成すること」を奨励するとしている。
 
 「地域別沿岸防護グループ」は、洪水対策と沿岸保護戦略の目的達成のための活動を行っている。現在、イングランドとウェールズには計18の「地域別沿岸防護グループ」が存在する。「沿岸防護グループは法定のものではなく、地域関係者のボランタリー・フォーラム」として、SMPの策定に寄与している。「各沿岸防護グループ」は地方自治体、イングリッシュ・ネイチャー(イングランドの自然保護当局)、環境エージェンシー(イングランドとウェールズの環境規制当局であるDEFRAの下部組織)、DEFRA、ウェールズ政府、その他の民間関係組織などの関係機関からの代表者で構成されている。
 
 「UK国家レベル」での共通事項論議の場としては、各沿岸防護グループの会長と政府代表者間のフォーラムである、「沿岸防護フォーラム」が存在する。
 
 「SMP作成の責任」は、地域別沿岸防護グループではなく、沿岸防護政策実施当局(通常、環境エージェンシーまたは地方自治体)にある。
 
 洪水対策と沿岸保護戦略に基づき1995年には、「堆積セル(Sediment Cell)」と呼ばれる、地質学上の管理単位が定義され、SMP作成ガイドラインが農業・漁業・食料省(当時)とウェールズ省(当時)から発表されている。
 
 堆積セルとは、「砂利の移動に関して比較的自己完結的な海岸線の一部で、隣接するセルに及ぼす影響が甚大でない」ユニットと定義されている。イングランドとウェールズの海岸線は11ユニットの「メジャー堆積セル」でカバーされており、各「メジャー・セル」中に、個々のSMPによる管理対象範囲の単位である複数の「サブ・セル」が定義されている。(詳しくは前ぺージの図4−1:SMPとCHaMPS関連俯瞰図を参照)
 
 個々の「サブ・セル」に対応したSMPは、政府ガイドラインに基づいて、その「サブ・セル域」をカバーする行政当局によって作成される。「堆積セル」は、上記の様に自然のプロセスをベースとして「セル分割」されており、一つの「サブ・セル」が複数の行政区分に跨る場合がある。また、「セル区分」と「上記の沿岸防護グループ」がカバーする海岸線範囲は必ずしも対応していない。一つの「サブ・セル」が複数の行政区分に跨る場合には特定の行政当局が「代表当局」として指定されることになっている。
 
 SMPは、「洪水対策と沿岸保護施策に関する現状政策と施策のギャップ」を特定し、ギャップを埋めるために必要な調査やモニタリングに関する「勧告リスト」を提供するものである。従って、SMPは、新たな情報や状況変化に応じて見直しされ、更新されるべき文書である。
 
 「洪水対策と沿岸保護戦略」発表以来、UKの洪水対策と沿岸保護戦略には以下の変更が加えられている。
 
●環境的に重要な「自然資産の保護スキームを追加するための戦略」の拡張
 
●「地方分権化政策」に伴い、1993年当時はウェールズ省管轄であった、ウェールズにおける政策責任を「ウェールズ自治行政府」に移管
 
●「国家河川当局(National River Authority)所管機能」は1996年4月から「環境エージェンシー」に移管
 
●「暴風波浪警報サービス(STWS)」を気象局(Met Office)の「暴風波浪予測サービス」で置換
 
 2001年6月には、DEFRAにより、第一世代のSMP見直し結果を基に、新たな「SMPに関する沿岸防護当局向けのガイド」が作成されている。(参考文献[12]参照)。このガイドの中で「海岸線管理政策オプション」として、以下の5つのオプションが挙げられている。
 
●現行防護ラインの維持
 既存防護設備の補修・補強
 
●現行防護ライン前進
 既存防護ラインから見て海側に新防護設備を建設
 
●管理的再配置
 新たな防護ライン位置を特定し、適切な場合には既存防護設備から見て陸側へ新防護設備を建設
 
●限定的干渉
 自然プロセスに沿った施策により、自然の沿岸変化が起こるのを許容しながらリスクを軽減
 
●無干渉
 沿岸防護設備・活動無し
 
 対象となる沿岸地域の状況に合わせて、これらの「政策オプション」が選択され、適用されることになる。最適オプション選択のためには、「防護設備の耐用年数・設備敷設の結果としで引き起こされる沿岸線変化・野生生物や生息地に対する影響など、多面的考慮に基づくアセスメントが必要であり、かつ50年から100年に亘る長期スパンでの考察」が勧告されている。
 
 ガイドでは、SMP作成プロシージャや、計画書のフォーマット・内容に関する具体的な勧告も盛り込まれおり、計画策定者の実用に供することが目指されている。
 
4−3−2. 沿岸生息地管理計画(CHaMPS)
 「沿岸生息地管理計画(CHaMPS)」は、EUの自然保全プログラムの一つである「LIFEプログラム」からの助成金を受けて進められている「Living with the Seaプロジェクト」を通して開発された活動である。「Living with the Seaプロジェクト」は、イングリッシュ・ネィチャー(イングランドの自然保護当局)、自然環境リサーチカウンシル(貿易産業省管轄下の政府系研究委員会の一つ)、環境エージェンシー(イングランドとウェールズの環境規制当局であるDEFRAへの下部組織)とDEFRAの「パートナーシップ」によって進められている。
 
 このプロジェクトは1999年12月から2003年12月までが実施期間とされている。今後50年間に「ナチュラ2000サイト」に多大な変化が起こると予想される、イングランドの沿岸地域に焦点を当てており、「生息地指令」、「野鳥指令」、「ラムサール条約」による「義務を遂行するための、具体的施策の開発と試行」に寄与するものである。プロジェクトでは、沿岸防護と生息地保全に対する持続可能な解決策を提供するために、「自然に沿う形の活動を促進」していくことが目指されている。
 
 「プロジェクトのねらい」には、7ケ所の地区に関する「パイロットCHaMPS」の作成・実施が含まれている。
 
 CHaMPSとは、「地変化(増減)を定量化し、将来の生息地減少を防止する手段を勧告するための管理計画全般」を指し、「生息地に対するダメージを避けるため洪水対策と沿岸防護オプションの変更、生息地の回復、また生息地消失が避けられない場合には代替生息地再生の必要性を判断する」ことも含まれる。
 
 CHaMPSの大きな特徴は、上記の計画を「30〜100年という長期的視野」に立って検討することを目指している点である。将来の変化を予測するための「生息地モニタリングプログラム」もCHaMPSに含まれる。
 
 プロジェクト開始の背景には、過去に構築された粘土ブロック製洪水防護壁など『自然のプロセスを堰き止める」方針で構築された設備が長期的には機能せず、修繕にも多大なコストがかかることが一因としてある。例えば砂丘などの「Soft Defence」と呼ばれる、「自然のプロセス」に沿う方向へ、「洪水・沿岸防護対策」をシフトする可能性の検討も提唱されている。
 
 また、「生息地指令」、「野鳥指令」、「ラムサール条約」などの国際協定・条約に定められる義務を遂行するために、沿岸地域における「ナチュラ2000サイト」や「ラムサール・サイト」などの保全関連事項を、洪水対策・沿岸防護対策計画過程で「計画フレームワーク」に統合させる必要がある。CHaMPSは、海岸線管理計画や洪水・沿岸防護戦略とそのスキームに生息地保全要素を「統合していくためのツール」として位置付けることができる。つまり、管理計画策定者は、CHaMPSを利用することにより生息地保全の面で、国際法令・条約及びUK国内の規制に準拠した計画・戦略の立案が可能となるわけである。前述の2001年度版「SMPに関する沿岸防護当局向けガイド」においても、CHaMPSが実行された地域においてはその結果を「SMPプロセス」に反映する様、勧告が為されている。
 
 CHaMPS自体には「法的拘束力」は無いが、沿岸防護政策実施当局(通常、環境エージェンシーまたは地方自治体)の観点から見れば、CHaMPSを利用することにメリットがある。「プロジェクト・パートナー」には環境エージェンシーが含まれており、政策実施当局の観点から見ても実用的であるCHaMPS開発が期待される。
 
 「Living with the Sea projectプロジェクト」のCHaMPSパイロットは、「EU指令や国際条約に定められた義務遂行」と、UK政策としてMSRで示された「持続可能な開発、生物多様性保全」といった理念を具体的に実地の管理施策・活動に反映・統合していく際に必要となる「手段あるいはツール」を開発・提供する試みであると言える。
 
 CHaMPSの成果は、生息地保全のみでなく、より多くの要因(例えば社会経済、文化など)を考慮に入れて作成される「海岸線管理計画(SMP)」に反映される。CHaMPSによって生息地保護の必要性が明確化された場合、実際の対応施策は、SMPとその「実行スキーム」を通して実施されることになる。







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