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4−2. UKにおける統合的沿岸管理政策の歩み
 本節では、MSRにおいて記述されている「統合的沿岸管理に関するEUとUKの政策の歩みについて、補足説明を行う。
 
4−2−1. EUの統合的沿岸管理政策の歩み
 EU域の沿岸線は総延長89,000kmにわたり、総人口の約半数が海岸線から50km以内に居住している。「EUの統合的沿岸管理政策」では、「沿岸地域の自然保護・生態系の保護を戦略の中心に据えつつも、沿岸地域の社会経済的ポテンシャルの開発促進」をも目指すものである。ICZM実施による社会経済的効果はEU域全体で42億ユーロに達するという試算もある。(参考文献[11]参照
 
 欧州における、調和した活動を通じての「沿岸線保護・開発促進の必要性」は1980年代から認識されていた。その初期の成果は「欧州沿岸綱領(European Coastal Charter)」に見ることができるが、1986年に欧州委員会は、「綱領の適用が不十分であり沿岸地域における統合計画が必要」であると結論した。「沿岸地域プログラム」は、「一国家の次元」だけではなく、「欧州ワイド=地域国際的な次元」で検討される必要があり、メンバー国が独自に活動していたのでは解決できないことが認識されるにつれ、EU内でICZM(ICMとも呼ばれる)に対するアクションを起こす機運が高まっていった。
 
 「第5次コミュニティ環境行動計画(the Fifth Community Environmental Action Plan)」では、2000年までに「統合計画と管理に関する実行可能なフレームワーク」を作成するという目標が設定された。
 
 欧州委員会は、1996年から1999年に亘って「ICZMデモンストレーションプログラム」を実施した。このプログラムの目的は、欧州におけるICZM奨励のために必要な施策についての総意を得ることであった。「デモンストレーションプログラム」は35の個別ICZM実験プロジェクト及び6つのテーマ別研究から成っていた。UKにおいては7つの実験プロジェクトが実施されている。
 
 1999年に、欧州委員会は「欧州ICZM戦略に向けて:一般原則と政策オプション(Towards a European Integrated Coastal Zone Management(ICZM)Strategy:General Principles and Policy Options)」及び「ECによるICZMデモンストレーションプログラムから得られた教訓(Lessons from the European Commission’s Demonstration Programme on Integrated Coastal Zone Management)」の2種のレポートを発表している。
 
 これらのレポートに対し、各研究機関、NGO、各国の地方自治体などから171件の意見回答が寄せられたが、そのうち40件以上はUKからのものであり、「デモンストレーションプログラム」を契機としてUK内でICZMに関する関心が高まっていった様子が伺える。
 
 2000年に、欧州委員会は欧州議会及び欧州理事会に対し、「EU域内におけるICZM実施に関する勧告提案」を行った。この「勧告提案」では「沿岸管理の戦略的アプローチ」が改めて強調され、以下の活動プロセスが設定されている。
 
●国家レベル戦略の策定
 
●国家レベルの「棚卸」(沿岸地域計画・管理に関連する法律・制度・利害関係者を分析するための全般的調査)
 
●共同活動
 
●報告と見直し
 
 国家レベル戦略策定期限は、2006年春季とされている。この「EC勧告」は2002年5月に欧州理事会及び欧州議会によって採択された。
 
 EUのICZM政策は、「観光開発」、「沿岸漁業」、「運輸」、「沿岸地域都市化」、「侵食」、「汚染」、「生物生息地」など、幅広い問題をカバーするものであり、前述の様に、環境問題と社会経済問題の統合管理を目指すものである。ECでは、ICZMによる「社会経済的対費用効果研究」、「沿岸侵食に関する研究」、「沿岸地域における観光産業管理研究」など、ICZM実施に向けた活動を行っている。
 
4−2−2. UKの統合的沿岸管理政策の歩み
 UKにおいては、「沿岸における活動計画と管理の改善必要性」は早い時期から認識されていた。1960年代には「イングランド田園地帯保護委員会(The Council for the Protection of Rural England)」が非効率な沿岸計画に関して問題提起を行っている。
 
 一方、自然保護の観点からは、チャリティ団体である「ナショナルトラスト」が、自然の沿岸線保全を目的として1965年に「エンタープライズ・ネプチューン・プログラム(Enterprise Neptune Programme)」を開始している。ナショナルトラストによる沿岸地域の土地買収の歴史は古く、最初の沿岸地買収は1897年に行われている。2002年12月現在で、ナショナルトラスト所有の沿岸線は約965kmに及んでいる。
 
 ICZMに向けたUK政府の動きは遅かったが、1990年代のNGOによるロビー活動やEUの動きを受け、1992年に下院の「環境選抜委員会(Environment Select Committee)」が沿岸地域防護と計画についての諮問を行うなど、UK政府内においてもICZMの検討の必要性が徐々に認識される様になっていった。
 
 しかしながら、1990年代のICZMに関するUK中央政府の活動は、「主に見直し、諮問、行動規範ガイドの作成」など「ハイレベル」に留まっており、具体的な施策は「地域限定的な自発的沿岸管理活動や各地沿岸フォーラムの設立」によって展開されてきた。これらの活動の殆どは「法的なフレームワーク外の単体プロジェクト」として実施されており、「イングランド沿岸フォーラム」の様に実質的に既に活動を休止したものもある。
 
 本報告書「4−1−3−1現行のUK法制概略」において補足説明した様に、UKにおける沿岸管理施策は中央政府及び地方政府によるハイレベル政策ガイドラインである「計画政策ガイダンス(Planning Policy Guidance。略記はPCG)」に従って、各地方当局が計画を策定し、実施するという体制で行われている。前述のPPG20及びスコットランドのNPPG13が作成され、政府主導でイングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドの「各沿岸フォーラム」が設立されたのも90年代である。
 
 ECの「ICZMデモンストレーションプログラム」の終了と、それに続く「EC勧告提案」が「UK国家レベル」のICZMへの取り組み開始の主な契機となったと言える。「欧州レベル」でのICZM活動の前進と国内の各種団体からの要請を受け、MSRに記載されているとおり、UK政府としてICZMの必要性が認識され、「国家戦略の策定」と「具体的活動の約束」に至っている。
 
 「UKにおけるICZM前進の阻害要因」は、特に「実地詳細レベル」で考えた場合には、地域特性なども反映して複雑で多岐に亘ると推測される。しかしながら、極めてハイレベルで概観した場合には、主に以下に示す3項目を根本原因として挙げることができる。
 
●「UK全体レベルでのICZMに関する政府の明確な戦略・政策方針の不在」
 
●「実地レベルでの、明確な目標に基づいた広範かつ実効的な関係者の参画と意見調整の仕組みの不在」
 
●「施策実施関係者等の活動から得られたアウトプットの中央政策への反映するフィードバック仕組みの不在」
 
 「UK全体レベルでの政府の明確な戦略・政策方針の不在」については、MSR第三章の最後で明言されているとおり、「イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドの統合戦略」を柱とした、「UKの沿岸線の未来に関するUK全体の包括ビジョン」を2006年までに完成することが目指されている。
 
 政府の統合戦略策定のためには、「実際の沿岸計画策定・実施当局や、沿岸地域関係者(ユーザー)からのインプット」が必要である。特に「人間による活動の種類が多岐に亘る沿岸地域」では、関係者の政策策定参画がICZM実施のためには極めて重要である。
 
 MSRに続く諮問文書として2002年11月にDEFRAから発表された「変化の海」では、政府方針として、特に関係者参画の促進、及び関係者・政府間の協調の改善に関して幾つかの具体策が提案され、関係者の見解が募られている。
 
 以下、「変化の海」に記述されている今後のUK政府の活動方針提案のうち、ICZMに関連する部分について要約する。
 
(1)関係者参画の促進
 
 UK政府は、「海洋自然保護調査(RMNC)ワーキンググループ」や、「スコットランド沿岸フォーラム」など沿岸問題関係者機関等と、最新の政策問題の情報と意見を交換するための会合を開催している。その他に、例えば「海洋モニタリング」など、特定項目に関する関係者間会議も開催されている。
 
 政府の考える関係者間コミュニケーション手段として、ミーティングの他には以下が挙げられている。
 
●文書による諮間の実施
 
●閣僚を含む公務員の各種会議参加
 
●政策文書・研究報告書・大臣演説・プレスリリースなどのWEBサイトを通した情報公開
 
●DEFRAの沿岸政策年刊ニューズレター「Wavelength」によるMSR発表後のイニシアティブ活動状況アップデート
 
(2)新たな関係者グループの必要性
 
 まず、「政府と関係者間の対話は、組織化され、目標が絞られ、意味のあるものでなければならない」と述べられ、「イングランド沿岸フォーラム」が目立った効果をあげられないまま休眠状態に入ってしまった原因の一つとして、「明確な焦点」を持たなかったことが指摘されている。
 
 政府は、「イングランド沿岸フォーラム」を「新しい専門家グループ」に置き換える」ことを提案している。この「専門家グループ」は、イングランドのICZM戦略に関してDEFRAとは「独立」したアドバイスを与えることを任務とする。グループは10人以下のICZMに実地に関わっているメンバーで構成され、年に2、3回の定期会合を開き、活動プログラムはICZM勧告で取り上げられているテーマに焦点を絞って行われることになる。
 
 このグループは「公的なものではなく、政策実施における意思決定を行うものではない」。意思決定における公式な関係者参画の手段としては、政府による「文書べ一スの諮問プロセス」が継続して利用される。ICZM勧告実施におけるUK全般のコーディネーションは、中央政府及び地方政府代表者からなる「実行グループ(steering group)」によって行われる。
 
 UK政府の見解として、「UKの全ての海洋・沿岸政策問題をカバーする新しい広範な傘的関係者組織は必要無い」とされている。新しく「大規模包括組織を作るよりも、現存の、そして新たに提案されているフォーラム間の調整を改善する方針」である。
 
 「変化の海」諮問文書に対する回答期限は2003年2月28日であり、MSRに対する最初の関係者からの意見の集約となるため、その結果が注目される。







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