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4. 統合的沿岸管理
 「沿岸地域における人間の活動」は多岐に亘っている。「分野別に細分された現行法規制」、「利害を異にする多くの関係者間での意見調整の仕組みが確立されていない」こと、「分野を跨って統合的管理を実施するためのフレームワークの不在」など「統合的沿岸管理」を促進する上で解決しなくてはならない現実的な問題は多い。
 
 後述する様に、「統合的沿岸管理問題」に対するUK政府としての対応は積極的なものではなかったが、2001年3月のブレア首相表明に始まったUK政府の一連の「海洋政策見直し」において、統合的沿岸管理実現に向けた政府の活動が本格的に始動した感がある。MSR第三章冒頭では、まずUK政府の「統合的沿岸管理実現」に向けたアプローチの基本方針が述べられている。
 
 MSR第三章では続いて、以下の順にUKの「統合的沿岸管理政策」に関する事項が説明されている。
 
●「UK政府活動の主要契機の一つである、EUの統合的沿岸管理勧告をべ一スに、統合的沿岸管理の目指す目標、管理原則を解説(本報告書4−1−1節及び4−1−2節)」
 
●「これまでのUKにおける海岸線管理の経緯、現行の法規制概略を説明し、将来の統合的沿岸管理に向けてUK政府が取るべき次の行動ステップを提案(本報告書4−1−3節)」
 
●「現行の洪水対策・沿岸防護施策と、進行中の「沿岸生息地管理プラン」策定プロジェクトの説明(本報告書4−1−4節)」
 
●「水質改善に関するEU指令と、指令遵守のためにUK政府が行ってきた施策の説明(本報告書4−1−5節)」
 
 MSRの第三章の内容は、UK政府の現在までの「統合的沿岸管理施策」をリストアップするとともに、今後のUK政府の取り組みの基本方針を示すものとなっている。
 
4−1. MSR第三章「統合的沿岸管理」
 MSRの第三章の内容を整理し、以下のように必要と思われる個所では補足説明を加えて以下に紹介する。
 
4−1−1. UK政府の統合的沿岸管理実現に向けたアプローチの基本方針
 UKの沿岸は地理的・生物的多様性に富んでおり、海岸線総延長の三分の一以上が、景勝地指定を受けている。沿岸地域は常に浸食などの自然のプロセスに晒されており、これらは地球温暖化につれて増加していく傾向にある。2080年までに、気候変動と陸地移動によって、海水レベルが南西イングランドでは最大86cm、西部スコットランドでほ最大58cm上昇するという試算もある。
 
 UKでは、3人のうち1人が海岸線から10km以内に居住しており、沿岸地域では様々な活動が行われている。多くの地域社会が、その沿岸ロケーションに特有な社会的経済的問題(例えば季節的な失業、入手可能な値段の住宅供給の不足など)を抱えている。
 
 MSR第三章では、「UK政府目標」として、「沿岸地域の未来に関する新たな共有ビジョン」を確立することがまず言明されている。
 
 上記の様に、沿岸地域はあらゆる海洋域においても「人間による活動の多彩さ、稠密度」が顕著である。「UK政府の戦略的目標」は、これらの相反する活動・関係者間の「圧力バランス」を模索することである。自然資源の保全目的と、沿岸地域で行われる経済的・社会的活動とのバランスに配慮した、「持続可能な沿岸地域管理」を促進していく方針であり、多様な特性を持つ個々の沿岸地域において、現地の状況に即した柔軟な対策を取る
べきであることが提案されている。
 
 政府の「統合的沿岸管理に向けたアプローチ」は、特定の沿岸関連事項を管理するため、例えば開発計画や港湾コントロールなどの「規制フレームワーク」を整備すると同時に、全般的沿岸地域管理については、実際の関係者による「柔軟で自由裁量的なアプローチ」を奨励することである、と説明されている。
 
 「規制」する側の政府系関連機関においては、「地方当局(Local Authorities)」、「港湾管理局(harbour authorities)」、「環境エージェンシー」、「その他の法的責任を持つ機関」の「現行の法的義務」は既存行政体制に基づきそのままとしながらも、「適切なレベルでの共同活動体制」を確立していく、つまり、管理分野を跨った政府内機関の「横断的な連携」を図ることが目指されている。
 
 実際の「沿岸管理実施」に関しては、政府による直接の「規制統制」を行うのではなく、「国の政策の明確なフレームワーク内で、関係者の参画による地域特性に即した具体的施策・沿岸地域利用における機会開発を奨励する方針」である。
 
4−1−2. 統合的沿岸管理
 
4−1−2−1. 統合的沿岸管理の概念
 「統合的沿岸管理(Integrated Coastal Zone Management。ICZMと略記)」の概念は、「生態系をべ一スとしたアプローチ」の中心を為すものあり、「共通のゴールを達成するためのフレームワーク内において全ての関係者が沿岸管理と利用に関わっていくこと」を意味する。「統合的沿岸管理」の目標は、沿岸環境を保護すると共に沿岸地域における「経済的社会的活動の持続可能なレベル」を確立することである。
 
 「統合的沿岸管理」には、「地方当局」、「規制組織」、「地方自然保護団体」、「ビジネス団体」、「レジャー産業」など関係者間の「パートナーシップ」が必要である。管理計画は「地域特性」に合わせたものであるべきであり、通常、「沿岸開発」、「自然保全」、「余暇活動」、「歴史的遺産」、「洪水対策」、「観光」など多くの問題を視野に入れることになる。
 
 UKにおいては現在、上記の組織・団体が共同して、ある特定の沿岸線に関する「共同行動計画(Joint action plan)」を作成している。この「共同行動計画」は法定のものではないが、自発的に広く実施されている。
 
 MSRでは、統合的沿岸管理原則として以下がリストされている。これらの原則は、後述の「欧州委員会(European Commission。ECと略記)」によるEU全域における「統合的沿岸管理」め実施勧告で述べられているものと同様である。
 
●長期的な視野に立つ
 
●幅広い全体的視野からのアプローチ
 
●適応的管理
 
●自然プロセスに合わせた施策
 
●全ての関係行政組織によるサポートと参画
 
●方策の組み合わせ利用
 
●関係者参加計画
 
●地域的な特色の反映
 
4−1−2−2. EUの統合的沿岸管理政策
 「欧州委員会」は、2000年9月に「EU全域における統合的沿岸管理の実施勧告の提案書」を発表した。この勧告では、「自国の沿岸地域計画・管理に関連する法律・制度・利害関係者を分析するための全般的調査」が、EUのメンバー国政府に要求されている。
 
 調査結果に基づいて、各国政府は「国家沿岸戦略」を作成しなくてはならない。この「国家戦略」は、以下の項目を特定するものでなくてはならないとされている。
 
●沿岸地域における多様な関係者の役割
 
●ICZM原則実施のための適切な複合的方策
 
●公衆のさらなる参画を促進するための手段
 
●地域的イニシアティブヘの長期的援助のための財源
 
4−1−2−3. UK政府のEU勧告対応方針
 UK政府は、勧告採択後、個々の地方政府毎沿岸戦略草案に対する諮問プロセスに入る前にまず、「沿岸線に影響を及ぼす全ての制度・法律・関係者の幅広い見直しを行う」ことを計画している。(注:EC勧告は、MSR発表後、2002年5月に欧州議会と理事会により採択された。)
 
4−1−3. UKにおける海岸線管理
 
4−1−3−1. 現行のUK法制概略
 過去10年間に政府及び地方政府は、「沿岸地域管理に関する政策意思決定者のために、計画策定ガイダンスなどアドバイス」を提供してきた。
 
 現行のUKの沿岸計画策定システムは、「計画政策ガイダンス(Planning Policy Guidance。PPGと略記)」として示される政府のハイレベル政策ガイドラインに従って、各地方の計画当局が干潮水位(low−water mark)より上の沿岸開発計画を策定するというものである。
 
 PPGは、自然保護、運輸など項目毎に作成されており、「イングランドにおける沿岸計画に関するPPG」はPPG20として知られている。また、スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの各地方政府の設立により、沿岸管理に関する政策ガイドライン作成権限も各地方政府に委譲されている。例えば、「スコットランドにおける政策ガイドライン」は、スコットランド地方政府によりNPPG13として示されている。
 
 各地方自治体及び特定管理当局は一定の範囲で「条例制定権」を有しており、これらの条例の中には「沿岸地域管理」に関するものも含まれる。1998年に、「UK政府はイングランドとウェールズにおける沿岸関連条例の法的効力の見直し結果」を発表した。UK政府は、地方当局に与えられている「法的権力の範囲を明確化」するための「ガイド」の作成を計画している。
 
4−1−3−2. 地域イニシアティブ
 イングランド・スコットランド・ウェールズ各地の「沿岸フォーラム(coastal forum)」は、沿岸活動に関係する様々な分野からの代表者をメンバーとしたフォーラムである。1990年代に政府主導で設立されている。最も活発に活動しているのは「スコットランド沿岸フォーラム」である。スコットランド沿岸フォーラムの初期の活動は、主に既存の管理体制の見直しであったが、現在は独自の沿岸戦略の開発に着手し、既にいくつかの研究調査報告書が作成されている。
 
 さらに狭い範囲では、「セバーン川・河ロパートナーシップ」や「ドーセット沿岸フォーラム」など、特定地域レベルの「自主的パートナーシップ活動」が行われている。
 
4−1−3−3. UK政府の今後の活動計画
 「統合的沿岸管理政策」を促進していくための、UK政府による「具体的なステップ」として、MSRでは以下の計画が示されている。
 
●「EUのICZM勧告が採択された後に、各沿岸フォーラムと、北アイルランドの主な関係者を集めて共同会議を開催する。勧告実施に関する政府計画の議論には、地域レベルのパートナーシップ代表者も招く予定である。」
 
●「海洋管理に対する生態系をベースとしたアプローチの実現のために、沿岸問題も含めたあらゆる海洋問題をカバーする様な、関係者協議グループの必要性の有無について意見を求めていく。」
 
●「沿岸地域での様々な活動に配慮し、沿岸地域開発に関する規制の見直しを実施する。海洋環境保護レベルを低下させることなく、規制システムを単純化し合理化する方法の検討が目的である。」







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