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1. UKの海洋管理政策に対するアプローチ
1-1. 海洋管理
 まず、本報告書の調査対象であるUKの「海洋管理報告書(MSR)」の根幹を成す、「統合的海洋管理」の意味について考察したい。
 
 「統合的海洋管理(Integrated Stewardship)」という声葉が使用される場合、統合されるべき対象とは具体的に何を指すのであろうか。以下の複数の次元が考えられる。
 
(1)管理対象となる海域の地理的範囲
 
●全世界的(Global)
●地域国際的(Regional)
●国内(National)
●国内地方(Local)
 
(2)管理活動に参画する関係者範囲
 
●国際社会(条約、協定など)
●地域国際社会(条約、協定など)
●国内レベル(中央政府関連全世界的省庁)
●国内地方レベル(地方自治行政府、地方自治体、その他規制権限を持つ地方公的機関)
●産業界
●活動に直接関わる各種利用者、利害関係者
●一般公衆
 
(3)管理活動の時間軸
 
 海洋関連活動の計画立案段階から最終的な活動停止段階に亘る、活動の全ライフサイクルを通じた統合管理
 
(4)管理対象となる活動種別
 
 従来、活動内容に応じた分野別管理が為されていた以下の海洋関連の活動管理を、複数活動間の相互影響と相反する利害調整を考慮して統合的に管理
 
●環境保護
●生息地と生物種の保護
●海洋汚染対策
●洪水対策、沿岸防護
●海底鉱物資源開発
●漁業
●オフショアエネルギー開発
●海運
●研究開発
 
(5)管理活動の視点
 
●経済的
●社会的
●政治的
●法制的
●環境的
 
 海洋管理の難しさは、「管理対象である海洋の広がりが地球全体に亘っており、海洋に関する特定の活動が、他の海洋利用活動・環境・生態系など、様々な側面に影響を及ぼすという点」にある。従来の特定活動の特定側面だけに着目した「ピンポイント的な管理」に替わって、上記の様に「様々な項目が相互に関連した複雑な単一系である海洋の統合管理」を実現するためには、その実際的なステップとして考慮されなければならない様々な問題がある。
 
●「如何に実際的に管理可能なレベルに管理範囲を設定するのか?」
 
●「その範囲内で管理対象として何を統合管理するのか?」
 
●「管理方針、政策の枠組み整備(方向性の定義)をいかに進めるのか?」
 
●「管理方針、政策に沿った管理施策の策定、実施をいかに確立するのか?」
 
●「統合管理施策の実効性を如何に評価するのか?」
 
 今回、本報告書の調査対象としたMSRは、上記の「多次元メッシュ構造」をもつ海洋管理問題を、「一国家レベルで環境の視点から切り取り、全体の俯瞰を試みたもの」であると言える。環境政策の責任省であるDEFRAの視点から作成された報告書であるために、MSRで提唱されている「生態系をベースとしたアプローチ」による社会経済的な影響についての言及は少ない。
 
 従来、「UKにおける海洋管理政策及び施策の統合化(国内での整合性調整)」は、政府内においては分野毎に関連する政府系機関の「共同委員会やフォーラム」の形で実施されてきた。例えば、「環境保護問題に関して共同自然保全委員会」、「海洋汚染問題に関して海洋汚染モニタリング管理グループ」などが組織間調整のための場として設立されている。また、沿岸管理など、国民生活に密着した管理が必要とされる分野においては、広範な関係者を集めた「参加型民主主義の試み」の一例として、各地の「沿岸フォーラムの設立」が挙げられる。
 
 統合的管理のためには「国家レベルでの管理フレームワーク」と「その枠組み内において地方特性に合った実地施策」が必要である。国家レベルの管理フレームワークを実地施策に反映する際に、ギャップを埋めていくための具体的なメカニズム−「トップtoボトムの政策反映メカニズム」が必要である。また逆に、具体的施策から得られた成果を継続的に政策策定プロセスに反映するメカニズム−「ボトムtoトップヘのフィードバックメカニズム」も重要である。この2つのメカニズムが「双方向的」に機能して始めて、国家として「整合性そして一貫性のある海洋管理」が実現可能となる。
 
○UKにおける海洋管理
 
 UKにおいては、まず、「国家レベルでの管理フレームワーク」の整備が遅れていた。今回、MSRとしてUK政府としての理念・戦略の枠組みを示したことは、国家として海洋管理問題への対処の有益な最初のステップである。
 
 政府としての理念・戦略フレームワーク整備の次のステップは、「理念・戦略を実際の施策に反映させ、実行していくための具体的なメカニズム」の確立である。このメカニズムには、前述の様に「トップダウンとボトムアップの双方向性」を持たせることが重要である。「トップダウンの方向性」の顕著な例としては、国家として一義的な「海洋法」を立法化し、規制と統治によって施策を進めていく方法などが挙げられる。このアプローチを取って、「海洋法」を既に持つ国の例としては、カナダなどが挙げられる。
 
 UKにおいても、国家としての海洋管理フレームワークの最上位にあたる「海洋法」策定の必要性が、環境NGOなどによって提唱されてきた。しかしながら、MSRのフォローアップ諮問文書として2002年11月にUK政府が発表した、「変化の海(Seas of Change)」において、UK政府の方針が以下の様に明言されている。
 
 「政府が考える好ましいアプローチは、一義的な法律(訳注:「海洋法」を指す)無しに可能な限り成果を上げることである。目標達成のためには新法制定以外の手段が無いと判断された場合に限り、具体的現状に即した法制の審議を行う。義的法律によって「私たちの海の保護」に示された様な理念や戦略を規定する必要は無いと確信している。」
 
 一方、「ボトムアップの方向性」とは、「広範な関係者の政策策定への参画」を意味する。関係者参画については、MSRにおいてもその重要性が繰り返し述べられている。前記の様に、過去においては「関係者意見の政策策定プロセスヘのフィードバックメカニズム」が不十分であるという問題点があった。また、「国家としての政策フレームワークの不在」により、関係者間協議は「明確な焦点」を持たず、結果として意味のある成果を上げられないというケースが散見された。
 
 この問題についてもUK政府は認識している。「変化の海」諮問文書において、「中央政府が積極的にリーダーシップを取り、関係者との直接会話方式で具体的施策を進めていく方針」が、政府が中心となったワークショップの開催などの実例と共に明記されている。
 
 MSR本文においても、理念実現のための具体的な方法として「統合的管理(Integrated Stewardship)」がまず挙げられている。報告書(MSR)の呼称自体にも含まれている「Stewardship概念」について、MSRでは以下の様に述べられている。
 
「Stewardshipとは、コミュニティ・ケアの責任を、そのコミュニティに属する人々に委任することである。つまり、海洋を保護し、海洋が提供する資源を賢明に利用することに人々が関与していくことを意味している。Stewardshipに依る利点には、より良い意思決定・規制への依存の減少・個人と組織に積極的な役割を与えること・より広範な包含性などが含まれる。」
 
 以上を総合すると、UK政府の統合的海洋管理へのアプローチ基本姿勢は、「トップダウンによる規制管理については現行法制をベースとして実地に即した整備を行い、ボトムアップの関係者意見の政策反映については必要な場合には政府がリードして広範な関係者間での直接対話を促進すること」と要約できる。その概念図を下図1−1に示す。
 
図1−1:UK政府の統合的海洋管理へのアプローチ基本方針
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