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調査目的と背景
 
 近年、海洋環境の保全問題は世界的な潮流となっており、島国の英国(United Kingdom、以下UKと略称)にとって、「海洋環境保全政策」は国家としての重要事項である。
 
 1992年の「リオデジャネイロ地球サミット」、2002年の「ヨハネスブルグ・サミット」の主題である「持続可能な開発」に向け、各国の実際的取り組みが必要であるという認識は、深刻化する環境問題や資源枯渇の懸念に伴い、益々広範なものとなっている。その中でも特に海洋問題は、その特質から問題に対するグローバルで統合的な取り組みが最も必要とされる分野である。しかしながら、今日までに環境問題に対する「全世界レベル」、「地域国際レベル(複数国家を含む特定エリアを指す)」、「国家レベル」のそれぞれで、対応が遅れてきた分野でもある。
 
 「生物多様性条約(Convention on Biological Diversity)」が採択された1992年の「リオ地球サミット」では、持続可能な開発に向けての行動計画である「アジェンダ21」が合意されている。アジェンダ21の第17章は、「海洋(Oceans and All Seas)」をその範囲としている。
 
 1994年に発効した「国連海洋法条約(United Nations Convention on the Law of the Sea。UNCLOSと略記)」は、海洋問題をグローバルイシューとして捉え、「航海」、「海事境界」、「漁業」、「海洋環境」、「海洋科学調査研究」などを含む海洋に関する広範な法的枠組みを提供する最初の全世界的な条約である。「海洋全体を統合的な生態系として捉え、従来の項目毎の個別対応ではなく、相互に密接に関係している諸問題に全体的に対応していく思想」に基づいた内容となっている。
 
 欧州地域では「欧州連合(European Union Mと略記)」による野生生物保護や環境保全に関わる一連の「指令(Directive)」、「北海会議(North Sea Conference)」、「北東大西洋海洋環境保護のためのOSPAR条約」など、欧州及びUKが直接関わる特定海域に関する多国間条約・協定・会議を通して、海洋問題に対する取り組みが行われている。
 
 「UKの国家レベル」における海洋管理は、分野(セクター)や項目(サブジェクト)毎に個別のシステム・プログラムに細分されているのが現状であり、「海洋政策への国家としての統一的な取り組み」は最近まで為されていない状況であった。政府としての取り組みは、主に国際条約で規定される目標達成義務が推進力となっていた。UK政府の「統合的な海洋環境管理政策」の制定に向けての動きは、1998年に発行されたリーフレット、「より清潔な海(Cleaner Seas)」に、最初の兆候を見ることができる。このリーフレットは、UK近海の海洋環境に対する脅威と、それに対応するために政府が行ってきた措置を整理したものであるが、政府としての方針・戦略・政策は明記されておらず、また将来に向けての方向性や政府の具体的な活動計画にも触れられていない。
 
 2001年3月にブレア首相がUKの海洋環境政策方針について、政府は内外における海洋環境保全を改善するための措置を開始する」旨の発表を行った。措置には一連の「海洋管理報告書(Marine Stewardship Report。MSRと略記)」の作成が含まれる。この方針を受け2002年5月にUK初の海洋管埋報告書である「私たちの海の保護:海洋環境の保全と持続可能な開発のための戦略(Safeguarding Our Seas:A Strategy for the Conservation and Sustainable Development of our Marine Environment)」が「環境・食料・農村省(Department for Environment, Food&Rural Affairs、DEFRAと略記)」から発表された。
 
 本報告書は、UKの海洋管理政策に関わる近年の動きを、上記のUK初のMSRをべースとして最新情報を調査しまとめたものである。
 
 第一章では、UKの行政システムの概説を含めてUKの海洋管理政策に対するアプローチ方法を概観する。第二章では、MSR全体の具体的内容について概略を紹介する。第三章から第七章にかけては、MSRの中で取り上げられている項目のうち、「海洋の生物多様性の保護」、「統合的沿岸管理」、「海運と港湾の重要性」、「オフショア事業と再生可能なエネルギーの貢献」、「海洋科学の最善利用」について、MSRの内容を整理・補足する形で解説する。
 
 本報告書全体にわたって使用する、注意すべき語彙について説明する。
 
 「地域国際」とは、例えば欧州地域の様に、「全世界レベルから見た、特定の地理的部分」を意味する。英語の「region」が、「全体に比した地理的一部分」を意味するため、国内の特定地域についても「region」という単語が使用される(例えばイングランド南東地域など)。本報告書内で「複数国家を含む特定エリア」を意味する場合には、地域に対する全体が全世界であることを明確にするために「地域国際」という言葉を使用した。
 
 また、「英国全体」を意味する場合、「UK」という表記を用いた。後述する様に、UKにおいては中央政府から大幅に権限を委譲されている地方政府が存在する。UKには、国内のイングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの4地方が各々高い独立性を持っているという固有事情がある。UKの全体政策が、施策段階においてどの様に地方政府、地方自治体の活動に反映されているかを調査するには、常にこのUK固有の地方政府というレベルを念頭におく必要がある。
 
 一方、日本においては慣習的に「England」を「英国」と訳する例も散見される。本報告書においては、「UK全体レベル」と「UKの一地方としてのイングランド」の違いを明確にするために、前述の4地方を包含する国家全体の呼称として、Englandと混同されやすい「英国」ではなく、UK国内で一般的に使用されている「UK」という呼称を用いることとした。
 
 本報告書の作成にあたっては、2002年5月発行のMSRを調査ベースとしている。しかしながら、MSRの発表後、UK政府は「MSRで示された理念の実現に向けて活発な活動」を行っており、また、UK政府組織やEU政策もダイナミックに変化し続けている。MSR発行後、本報告書作成時点(2002年12月)までに新しく起こった動きについては可能な限り追跡調査を行い情報追加することに留意したが、完全ではない可能性があることをお断りしておく。







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