4−5 MARADの燃料電池プロジェクト
(概要)
本報告書の各所で自動車の排出規制について述べたが、船舶も程度の差こそあれ似たような状況下に置かれている。特に港内においてEPAやCARBの定める排気或いは排水基準を守れない場合の罰則が問題となっている船主は多いが、カリフォルニア州では更に港内での排気規制を強化する動きがある。ここで紹介するMARADの3つの燃料電池プロジェクトも全て港内における船舶からの有害物質のゼロ排出と関係している。
米国の沿岸で船舶からの排気が問題となっている地域は、南カリフォルニア沿岸、サンフランシスコ湾、ピュージェット・サウンド、アラスカ沿岸等であるが、特に対策を急がれているのは南カリフォルニア沿岸である。南カリフォルニア沿岸はロサンゼルス港、ロングビーチ港を含む南岸大気盆地(South Coast Air Basin)に接する沿岸である。南岸大気盆地は、サンベルナルデイーノ、ロサンゼルス、リバーサイド、オレンジの4郡を指し、スモッグで何時も空がどんよりしていることで有名である。この4郡が共同で設立したカリフォルニア南部沿岸大気管理庁が出した1988年の排出規制が、バラード社の燃料電池開発に追い風となったことは前述の通りである。
Acurex Environmental CorporationがEPAの委託を受けて1997年に出した報告書「南岸大気盆地における船舶からの排気分析」によれば、2010年サンペドロ湾諸港(含ロサンゼルス港、ロングビーチ港)において、船舶が1日に排出するNOxの総量は52.5トンとなっている(第4−2表)。また、それら諸港を訪れる外航船が1日に排出するNOxの総量34.6トンの約40%、13.6トンは、船舶が停泊中に船内電源等を賄うために排出しているものであり、市外区域に近い場所で排出されるため、特に都市の大気環境保護の観点からは問題となっている(第4−3表)。外航船以外の船舶も加えると、停泊中の船舶から排出されるNOx量はさらに大きな数値となる。
サンフランシスコ湾も、太平洋との出入り口が金門橋だけで周りが山に囲まれた盆地状になっており、また主要な道路が橋でつながれていることから渋滞が多く、この自動車交通を如何に水上交通を含む公共交通機関に誘導するかが大きな課題となっている。また、この水上交通を利用する場合、既存のディーゼルエンジンからのNOx排出量が無視できない量であるので、フェリーのクリーン化が一つの研究課題となっている。サンペドロ湾にせよ、サンフランシスコ湾にせよ、停泊中の船舶は陸電を使うことが奨励されているが、クリーン技術を使った発電バージのようなものがあれば港湾のクリーンに貢献するところ大である。
(舶用燃料電池向け水素貯蔵システム)
ニュージャージー州EatonにあるMillennium Cell社は、安全性に優れ、環境負荷が小さく、コンパクトな水素吸蔵物質(ナトリウム硼素水酸化物)に水素を貯蔵し、必要な時に化学的に水素を供給するシステム(Hydrogen on Demand System)の船舶への適用可能性に関し、商業交通技術開発センターCCDOTT(Center for Commercial Development of Transportation Technology)の基金で実証実験を実施している。CCDOTTは、DODがスポンサーとなっている連邦政府出資の開発センターであり、カリフォルニア州立大学ロングビーチ分校内に置かれMARADが管理に当たっている。
本プロジェクト推進の中心となっているのはMARADである。MC社が2002年4月15日発表したところによれば、MARADの船舶排ガス削減に関する研究プログラムの一つに同社の水素燃料システムが組み込まれ、その実用性に関し実証試験が行われることとなった。MC社のシステムはナトリウム硼素水酸化物(NaBH4)の形で貯蔵された水素をNaBH4+2H2O=4H2+NaBO2という化学反応により取り出すものであり、単位溶液当たりガソリンと等量の水素を貯蔵することが可能であること、貯蔵に圧力タンクを必要としないこと、溶液の毒性が低く輸送が容易であること、且つその95%の再生利用が可能であること、更に次世代推進システム用燃料として現存の石油燃料供給施設をそのまま使えるという優れた特性を持っている。ちなみにNaBH4は一般に硼砂として知られており、燃料として使用された後の副産物は水と硼砂である。
現在のところ同社が開発した水素燃料システムは、燃料電池駆動の普通乗用車に使用可能な程度の規模であり、船舶用推進システムや港湾施設の動力プラント等の燃料システムとするためには今後の研究が必要であり、MARADの実証試験の結果が待たれている。MARADのプログラムには、商業用技術の実証試験に続き、船舶用推進システムの検討及び設計の2つの段階が含まれており、2002年1月から18ヶ月の予定で実施されている。MC社は1998年「Hydrogen on Demand」技術の商業化のために設立された会社であり、水素を燃料電池或いは内燃機関の燃料として使うことを目的としている。ナトリウム硼素水酸化物は硼砂から作られるものであり、硼砂は世界中に存在し米国での供給量は多い。水素の発生機構は、水素を吸蔵したナトリウム硼素水酸化物を特殊な触媒に触れさせるだけである(第4−4図)。この反応は安全且つ無機的で、クリーンな状態で水素が得られる。水素を吸蔵したナトリウム硼素水酸化物溶液は不燃性、不揮発性で安全に運搬することが可能である。
(燃料電池発電バージ)
MARADの第2の燃料電池プロジェクトは、燃料電池発電バージである。MARADは、市販の天然ガス燃料電池を使った発電バージプロジェクトを支援している。前記と別の調査では、カリフォルニア州全体で外航の大型船から1日当たりNOx80トン、PM7トンが排出され、その1/3は停泊中に排出されると報告されている。MARADでは、停泊中の船舶への給電を排気が清浄なこのパワーバージを用いることにより停泊中の船舶からの有害物質の排出を削減できると考え、燃料電池発電バージ開発・実証プロジェクトを助成することになった。
本プロジェクトは下記2ステージより成り立っている。
■ステージ1−Sure Power社の燃料電池技術の船舶過渡的負荷への対応能力テスト。本テストは、2002年3月に船舶負荷のシミュレーション装置を用いて陸上で行われた。SP社の技術はDCリンク/フライホイール/整流器を含み、燃料電池単独では対処し得ない過渡的負荷にも対処可能である。燃料電池の燃料としては改質天然ガスが使用される。
■ステージ2−バージ上にシステムを搭載し、システム全体の信頼性を確認する。プロジェクト全体のコストを節約するため、燃料電池以外に2−5節で紹介したマイクロガスタービン発電機を搭載し合計電力を調節している。発電バージは非自航で甲板上には200kW燃料電池/マイクロガスタービン発電機/DCリンク/整流器/フライホイール/CNGタンク/配電システム等が配置されている。
(燃料電池推進コミューターフェリー)
MARADの第3の燃料電池プロジェクトは、燃料電池推進フェリーの実現プロジェクトである。現在、米国では陸上交通の混雑が問題となっており、その一部を海上交通で代替することが構想されている。橋梁やトンネルの増設に比べて、フェリーの増便や新しいルートの設定は容易であり柔軟性に富んでいるので、近年フェリーサービスが増加中である(但し、これは道路混雑解消のため政策的に助成金が与えられていることも背景であり、この助成金が減少したワシントン州ではフェリールートの再構築が計画されている。)。特に、ニューヨークのマンハッタン島周辺やサンフランシスコ湾では地形がフェリーボートに適しているので需要が多い。
1999年、サンフランシスコ湾の陸上交通を緩和するためにサンフランシスコ湾水上交通局WTAが新設された。WTAは環境に優しいフェリーシステムを選ぶ責務を負うこととなり、バイオディーゼル、水エマルジョン・ディーゼル燃料、天然ガス等の新しい燃料、有害排気の少ないディーゼルエンジン、燃料電池等の検討を実施した。サンフランシスコ湾のフェリーボート運航業者はWTAの要請に応えて種々の技術に挑戦している。
Blue & Gold社(バイオディーゼル2−1節)、Red & White(混焼エンジン2−3節)、Golden Gate(水エマルジョン・ディーゼル燃料)等である。WTAは連邦政府補助金$100,000、自己資金$25,000で、米国初の燃料電池推進フェリーボートの詳細設計を設計、コンサルタントJJMA(John J.McMullen Associates)に発注した。連邦政府補助金は交通支出法で充当されたもので、プロジェクトの遂行にはMARADが深く関わっている。詳細設計の完成は2003年夏で、サンフランシスコと1993年まで海軍基地として使用されていたTreasure Island(現在は住宅地及び職業訓練施設等となっている)間を結ぶ予定である。
JJMAでは本船の主要目を全長20m、アルミニューム製カタマラン、2軸推進、15ノット、乗客49人と発表している。更に連邦補助金が出る場合には、WTAは2005年に実船を運航する計画である。カリフォルニア州は、環境負荷が低く次世代推進システムと考えられる燃料電池推進に熱心であり、2001年にもDCH社に委託して、同社の技術による燃料電池推進水上タクシーの実証試験を州内の主要港湾で実施している。
表4−2表 サンペドロ湾の船舶NOx排出量(トン/日)
Vessel Category |
1990 |
1993 |
2000 |
2010 |
Oceangoing,San Pedro Bay Ports |
28.1 |
24.0 |
26.8 |
34.7 |
El Segundo traffic |
0.5 |
0.5 |
0.5 |
0.5 |
Transiting vessels |
5.7 |
5.7 |
5.7 |
5.7 |
Tugboats(harbor) |
1.7 |
1.4 |
1.5 |
1.9 |
Tugboats(oceangoing) |
0.4 |
0.2 |
0.4 |
0.4 |
Harbor vessels |
2.1 |
2.1 |
2.1 |
2.1 |
Fishing vessels |
6.3 |
6.3 |
6.3 |
6.3 |
U.S.Navy |
0.1 |
0.1 |
0.1 |
0.1 |
U.S.Coast Guard |
0.8 |
0.8 |
0.8 |
0.8 |
Totals |
45.7 |
41.1 |
44.2 |
52.5 |
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表4−3表 サンペドロ湾の航洋船NOx排出量(トン/日)
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Cruise |
P-Area Cruise |
Maneuvering |
Hotelling |
Totals |
Main engine/boiler |
15.8 |
1.2 |
1.5 |
0.5 |
19.0 |
Auxiliary engine |
1.6 |
0.9 |
12.1 |
14.6 |
Auxiliary boiler |
− |
− |
0.0 |
1.0 |
1.0 |
Totals |
18.6 |
2.4 |
13.6 |
34.6 |
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表4−4図 Hydrogen-On-Demand水素発生装置
出典:Millennium Cell
(拡大画面:58KB) |
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