4−4 米海軍の研究動向
(研究の経緯)
燃料電池は、米国でもカナダでも1950年代から軍部の関心の的となっていた。1950年代、米陸軍は通信隊の携帯用レーダーにユニオン・カーバイド製のテスト用燃料電池を使用していた。陸軍が燃料電池に注目したのは、騒音を出さず、排気がきれいで敵に感知されるほどの熱を出さないことから発見され難いという点である。1960年から70年代にかけて、DODはさまざまな燃料電池研究開発を助成した。飛行場の携帯型照明、通信、衛星、潜水艦、ブイ等で、燃料にはメタノール、酸化剤には空気が使われている。DODが開発助成したこれらの装置は、小型の場合はPEMFC、大型の場合はPAFCが用いられた。当時のDODの燃料電池検討委員会は、燃料電池の信頼性は高まっているが、コストは300Wのシステムで$15,000−20,000、つまり、kW当たりで$50,000−67,000であると指摘している。従って、上記委員会も軍用として燃料電池を使う場合、200wからせいぜい1kW程度までの出力のものが最も魅力的であると結論付けている。
海軍は勿論敵に見付けられにくい動力源(特に潜水艦用)として燃料電池に注目していたわけであるが、1980年代に入っても燃料電池で潜水艦が動かせる技術水準にはなっていなかった。当時、大型燃料電池の主流と考えられていたPAFCは、電気分解で得られるような純粋な水素を必要とすることが欠点である。一方、前述の通り、米軍と密接な協力の下に燃料電池の開発を進めていたカナダ軍が、メタノールのような手に入りやすい液体燃料を低純度の水素に改質した燃料で作動するPEMFCの開発競争入札を実施したのは1983年である。また、カナダ軍は同時にPAFCの潜水艦適用可能性調査をユナイテッド・テクノロジーズ(プラット・アンド・ホイットニー)に依頼している。その後カナダ国防省はGEのPEMFC技術を買収した。1986年にはバラード社によりPEMFC用のデュポンのナフィオン膜はダウケミカル膜に置き換えられ、プラチナ触媒の使用量も減少し、PEMFCのコストも下がってきた。また、高温で作動するSOFC(900−1,000℃)やMCFC(600−700℃)の開発が進み、プラチナ触媒が不要となり、燃料電池の潜水艦推進用への利用の可能性はさらに高まってきた。1980年代後半にはPAFCの技術成熟度が高まり、大型燃料電池の研究の中心はMCFCへと移っていった。
カリフォルニア州サンタクララにあるERC(Energy Research Corporation)は、サンタクララ市向けに出力2MWのMCFC発電装置を納入し、1996−97年にかけてテストしたが成功であった。海軍とUSCGはこのテストを常時モニターしていたが、テスト終了後、両者は別々にERCと船舶推進用MCFCの開発契約を結んだ。MARADもMCFCの舶用化を検討中である。ちなみにSOFCがMCFCのレベルに達するのには更に5−10年が必要と考えられている。
(艦船用燃料電池)
米海軍の燃料電池研究は、主としてフイラデルフィアのNAVSEA及びその下部機構のNSWCCDで行われている。NAVSEAが500−625kWのサービス用燃料電池の開発を進めている件は4−3節で述べた。第4−3図はDDG51クラス駆逐艦に燃料電池推進を採用する場合の燃料消費量と重量/出力密度を示す図である(NSWCCD研究報告書「水上戦闘艦の燃料電池プラントの評価」)。本報告書は1994年に出されたもので、当時の技術水準を基に検討されたものであるが、DFC(MCFCのような高温燃料電池では改質器が不要であり、海軍ではこれをDirect Fuel Cellと呼んでいる)もPEMFCも更に重量/出力密度(縦軸)、燃料消費量(横軸)が減らないと、燃料電池の利用がメリットのある範囲(Benefits in All Application)の面積は大きくならない。特に、6気圧中で作動するPEMFCはその傾向が大きい。エンジン効率は燃料消費量(1bs/kWh)0.264ならば熱源の利用で70%に達するが、PEMFCは燃料消費量0.410で熱源を利用して45%という数字となっている。
米海軍は2005年迄に燃料電池の出力効率を1,400kWh/kg、2008年迄に6,000kWh/kgに上昇させることを計画している。このため、燃料の貯蔵方法についても圧力容器、水素吸蔵合金、化学溶液、極低温液化等を用いた種々の方法が検討されている。但し、圧力容器による貯蔵や極低温液化方式による貯蔵は戦闘で被害を受けた際に危険であり、戦闘艦艇には不向きである。このためナトリウム硼素水酸化物(NaBH4)を用いた化学溶液貯蔵方式が戦闘艦にも利用できる方法として注目を集めている。(4−5節)
(無人潜水艇用セミ燃料電池)
無人潜水船AUV&UUV(Autonomous Underwater Vehicle & Unmanned Underwater Vehicle)は、エネルギーを含む鉱物資源や水産資源等の海底資源探査、リグや海底作業のサポート、海難事故時の救助等の分野で軍民両用に使用されている。AUV及びUUVは必要とされる推進力は小さいものの、オペレーションの効率を上げるために大容量のエネルギー源が必要である。現在、米海軍ではセミ燃料電池と呼ばれる動力源をこれら無人船に適用する研究が進められている。
ロードアイランド州にある海軍海中戦闘センターの研究者達は、AUV、UUVを推進させる高エネルギー電気推進源セミ燃料電池の37時間デモンストレーションに成功した。将来の海軍ではAUV、UUVが多くの役割を担うことになる。AUV、UUVの電源としては、高電圧でエネルギー貯蔵能力の高いこと、蓄えたエネルギーを長時間安全・確実に出せることが必要である。ONRのRich Carlinは、セミ燃料電池がAUV、UUVに適していると述べている。燃料電池は安く、安全な方法ではあるが、水素及び酸化剤が必要であり、発生ガスのコンテナが大きくなるのでAUV、UUVには適していない。一方、バッテリーはコンパクトで効率は良いが、現在のバッテリーはAUV、UUVに要求される運航時間を再充電無しでは担保できない。セミ燃料電池はバッテリーと燃料電池の欠点を補完しあうハイブリッド・システムである。陽極はアルミニューム或いはマグネシューム・メタルでセルの中に入っており、過酸化水素と反応して酸化反応を行う。液体過酸化水素は電気化学セルの外に置かれ、出力が必要な時にセルに呼び込まれる。バッテリーの液体には海水が使われ海水中のイオンがセミ燃料電池の中で電流を伝える電導性を与えている。
第4−3図 DDG51の燃料電池推進検討図
(拡大画面:80KB) |
|
|