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2−2 天然ガスエンジン
(天然ガスのメリット)
 舶用推進システムは燃料が石炭、石油、天然ガスに移行するに従い、脱炭素化が進み、より環境に優しいクリーンなシステムとなっている。天然ガスの次に考えられるのは水素燃料であるが、一般的に利用されるには若干の時間がかかると考えられている。水素燃料を内燃機関に利用するプロジェクトは1−4節AF5に組み込まれている。また、燃料電池は水素を燃料とするが、これについては4章で詳しく述べる。
 
 現在、従来の技術の延長線上にあり、資源量からも環境に優しい点からも最も注目されているのは天然ガスであり、既に都市輸送や発電部門ではインフラストラクチャーが確立されている。これらの技術は系統的に舶用分野にも移転されつつあり、天然ガスのコストが舶用ディーゼル油に対抗できる程に安価であるため、天然ガスエンジンが舶用エンジンの主流となる時期があってもおかしくない状況である(燃料の貯蔵の問題を除く)。
 ディーゼルエンジンの環境上の問題点にっいては1−3節で述べた通りであるが、ディーゼル油に比べれば天然ガスは大気汚染物質の排出量が極端に少なく、MARPOL付属書VIの基準を満足することは容易である。ディーゼル油は58%が炭素であるのに反し、LNGは25%であり、特にCO2の排出が少なく、地球温暖化への影響は少ない。第2−1図は2,000kWクラスの高速船で年間(4,000時間)の1000kW当たりのディーゼル油とLNGのCO2、CO、NOx、HC、PMの排出量を比較したものである。LNGはディーゼル油に比し、CO222.6%減、CO74%減、NOx89.7%減、HC50%減、PM66.6%減となっている。また、硫黄の排出はゼロ、黒い煙ゼロ、癌の元凶であるベンゼンはディーゼル油の97%減である。第2−1図に示す計算(通常のフェリーを天然ガス燃料とした場合の比較)によれば、ディーゼル油では年間この船の排水量の100倍ものCO2を大気中に排出している。天然ガスは法規上機関室で使用を許されている唯一の気体燃料である。天然ガスは一つの気体ではなく、その大部分(93.7%)は毒性も揮発性もないメタンであり、ガスが漏れたとしても空気より軽く、大気中に拡散されるので安全である。
 
(燃料の貯蔵方法)
 船舶の推進燃料をディーゼル油から天然ガスに代えると、燃料システム、機関室配置、区画、ペイロード、燃料タンク等の配置等が大幅に変わることになる。特に圧縮天然ガスCNG(Compressed Natural Gas)を使用する場合は安全問題が大きく浮上し、設計変更の度合いは液化天然ガスLNG(Liquefied Natural Gas)よりも大きい。
 天然ガスは船舶用燃料として用いる場合、CNG或いはLNGとして搭載される。CNGは天然ガスを250Barに圧縮したものであり、LNGは天然ガスを大気圧中で−162℃に冷却して液化したものである。LNGの生成過程でO2、CO2、硫黄化合物や水分が取り除かれ、メタンの組成を100%近くまで上げることができる。LNGと天然ガスの体積比は1/1,600で、無色、無臭、非腐食性、非毒性である。天然ガスは空気との混合比5−15%の間でのみ可燃であり、LNGが少々こぼれたとしても蒸発して空気中に逃げ、また、発火温度がディーゼル油より高いので火災の危険はない。天然ガスを非閉区域で爆発させることは不可能である。
 CNGを保存する容器は鋼製或いは複合材製である。天然ガスは燃料消費量が多く、且つCNGは容積効率が悪いので、これがCNGの最大の欠点となる。高速船の場合、燃料容積はディーゼル油との比較で、CNGで6倍、LNGで2倍となり、それだけ多くの燃料貯蔵場所の容積が必要である。LNGの方が容積が少なくて済み、安全性も高いので、一般的にCNGより好まれているが、LNGを液体に保つには圧力に関係なく少なくとも−50℃に保つ必要がある。参考資料14によれば、サンフランシスコ湾で1リットル当たりのディーゼル油の価格は$0.34、LNGは$0.14であり、LNGの燃料消費量がディーゼル油の2倍だったとしても、まだLNGで運航した方がコスト的に有利である。また、天然ガスを燃料として使用する場合、潤滑油はクリーンとなり、エンジンの損傷が減るので、オーバーホール間隔が長くなり、メンテナンスコストが節約され、エンジンのライフが長くなるのでリターンが大きい。
 
(天然ガス燃料エンジンの特徴)
 大部分の天然ガスエンジンは、ディーゼルエンジンのように圧縮した空気の中に燃料を噴射して圧縮点火させるのではなく、あらかじめ空気と燃料を混合したものをシリンダー中に送り、圧縮し、パイロットディーゼル油を噴射して爆発させる。これにより、高効率、低NOx、高出力密度が得られる(第2−2図)。天然ガスエンジンは上記のように、点火方法その他若干は異なっているが、基本的には従来の舶用ディーゼルエンジンの置き換えである。従って、世界中のディーゼルエンジンメーカーは、各要素を天然ガス用に変更した天然ガスエンジンを発売している。これらの天然ガスエンジンは負荷変動の少ない発電用のものが主流であるが、次第に舶用のものも多くなっている。船舶の過渡負荷に耐えるエンジンやそれに適した推進システムの開発が遅れているので、天然ガスエンジンがディーゼルエンジンを急激に駆逐することは考えにくいが、今後益々利用されることは確実である。
 
(船舶への適用実験)
 現在米国は一種のフェリーブームであり、また、多くの航路で天然ガスエンジンへの換装が試みられている。バージニア州のTRT(Tidewater Regional Transit)は、バージニア州ポーツマ
スとノーフォークを結ぶ航路を3隻のフェリーを使って年間500,000人の乗客を輸送している小さなオペレータである。連邦、州、地方政府はTRTのようなオペレータに対し、代替燃料を使って石油への依存度を減らし、環境にプラスとなるよう指導している。この結果、1989年TRTのフェリーの1隻をCNG燃料化することがバージニア天然ガス社との間で決定された。
 まず、フィージビリティ・スタディを実施し、投資を受ける基金が決定された。次に、この地方のキャタピラー・エンジンのディーラーであるカーター・マシーナリー社がフェリーの既存のディーゼルエンジン2基(各6気筒、2サイクル、180bhp)の性能分析及びCNG化した場合の運航上のメリットを洗い出した。カーター社はまた、キャタピラーのガスエンジン或いは混焼エンジンの適用例を比較し、ディーゼルエンジンに比しオーバーホール間隔が圧倒的に長いことを見出した。CNGは天然ガスを250Barに圧縮してボンベ中に蓄えたものを船上に保管しなければならないので、USCGの燃料規則の改正を伴う多くのブレーク・スルーが必要とされた。具体的には、CNGエンジンの適用は、USCGの新しい安全規則を必要とすることから、CNGの船上貯蔵、移動、安全使用、モニタリング、船員訓練に関する規則を作った。TRTは船舶設計コンサルタントJ.J.HenryにCNGの船内貯蔵に関する仕様書作成を依頼し、USCGに提出した。採用されたエンジンはCat3401SINA(Spark-Ignition Naturally Aspirated)215bhp、1,800rpm 2基である。本エンジンは防爆型32V発電機や空気起動モーターが取り付けられている。船舶の後部に3日間の運航に必要な燃料に相当する1,260立方メートルのCNGが20本のタンクに入れられ、特設の棚上に分納され、モニタリング及び警報システムが設置された。なお、CNGは格納タンク内では3000psiに加圧されているが、機関室に入る前に125psiに減圧して使用される。
 
(天然ガスとディーゼルエンジンの比較実験)
 2001年10月、バージニア州ノーフォークのHRTA(Hampton Roads Transit Authority)が運航するほぼ同型の2隻のフェリーで、ディーゼルエンジンと天然ガスエンジンの排出比較テストが実施された。HRTAは上記のTRTを傘下に有している。比較テストに参加した機関はUSCG、HRTA、DOE、MARAD、EPA、Lyons造船所等である。
 比較対象の1隻はCat3401天然ガス、火花点火、4ストローク・エンジン2基で駆動された上記のTRTのフェリーであり、他は671デトロイトディーゼル、2ストローク・ディーゼルエンジン2基で駆動されたフェリーである。運航状態を種々変更し、ウエストバージニア大学及びDOEから供与された計測器により、NOx、CO、CO2、HC及びPMが計測された。また、これらの計測値と比較するため、EPAは別に手持ちモニタリングシステムを供与した。
 試験の結果によれば、エンジンの各負荷で両船の排出量に著しい差が認められた。ガスエンジンはディーゼルエンジンに比しPMは1/10−1/100であり、COは2−3倍高め、THC(Total HC)は2.5倍高め、NOxレベルはほぼ同じであった。PMが低いことはあらかじめ予想されたが、他は比較的高い値である。2隻の船舶の4基のエンジンはテストに先立って検査され調整を施された。上記の記録を得た後、ガスエンジンの燃料・空気比を変え、空気を多くしたところ、高馬力では有害物質の排出量が大幅に減少したが、馬力の低下も大きかったという。このため、装備された空気/ガス混合機が全運転状態で低排出と充分な馬力を与える空気・燃料比を維持できるものであったのかという疑問が出ている(空気/ガス混合機に閉ループ酸素コントロールを付けると、出力を維持しながら排出が減ることが分かっている)。ちなみに、本ガスエンジンは舶用可変速エンジンとしては米国で最初のものである。
 
第2−1図 ディーゼル油と天然ガスの有害排出物比較
(拡大画面:141KB)
 
 
SATNDARD MARINE DIESEL
(iMARPOL VI)
NATURAL GAS(iTYPICAL)
4000 hours @ 1000kW
4000 hours @ 1000kW
CO2=(830x4000x1000)= 3320 Tonnes
CO2=(642x4000x1000)= 2568 Tonnes ⇔ (-22.6%)
CO=(15.5x4000x1000)= 62 Tonnes
CO=(4x4000x1000)= 16 Tonnes ⇔ (-74.0%)
NOx=(9.8x4000x1000)= 39.2 Tonnes
Nox=(1x4000x1000)= 4 Tonnes ⇔ (-89.7%)
HC=(1x4000x1000)= 4 Tonnes
HC=(0.5x4000x1000)= 2 Tonnes ⇔ (-50.0%)
PM=(0.15x4000x1000)= 0.6 Tonnes
PM=(0.05x4000x1000)= 0.2 Tonnes ⇔ (-66.6%)
 
第2−2図 天然ガス・エンジンのリーン燃焼方式
出典:ワルチラ
(拡大画面:87KB)
 







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