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2.3 理科の教科書にみる「海」
 次に、義務教育教科書の詳細な分析に入る前に、小中高校の『理科』の教科書にどれだけ「海洋」が取り上げられているかを概観してみよう。
 
 小学校では、前述のように、理科は第3学年から教えられる。指導要領で取扱いが述べられている内容を整理していく。小項目を省略し、大項目、中項目で整理する。
 大項目は、生物とその環境(Aと表記、以下同。)、物質とエネルギー(B)、地球と宇宙(C)、の3領域に相当する。これらはそれぞれ後の生物、物理と化学、地学につながるものである。
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−第3学年(授業時数70)
A(1)身近な昆虫や植物、育ち方の順序や形態
B(1)光の進み方、B(2)電気の流れ、B(3)磁石の性質
C(1)日なたと日陰、太陽と地面
−第4学年(授業時数90)
A(1)身近な動物や植物、季節との関わり
B(1)空気・水と圧力、B(2)物質と熱、B(3)電気の働き
C(1)月や星、C(2)水の状態変化
−第5学年(授業時数95)
A(1)植物の発芽から結実まで、A(2)動物の発生や成長
B(1)溶解、B(2)てこ、B(3)おもり
C(1)天気、C(2)流れる水、川
−第6学年(授業時数95)
A(1)呼吸、消化、循環と体のつくり、A(2)生活、養分の取り方
B(1)水溶液とその働き、B(2)燃焼、B(3)電磁石
C(1)土地のつくり(地層)と変化(火山、地震)
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 上掲のとおり、指導要領の小学校理科、同解説の中に「海」という文字はまったく登場しない。つまり、小学校では、海岸を含めて「海」は教えられていないということである。しいて言えば、5年のC(2)が最も近く、ここには台風や雨、川の増水はあるが、海に関する記述はない。4年のC(2)でも、水は蒸発し、水蒸気となって空気中に含まれるとあるが、地球上に存在する水とその97%が海水であることなどは何も触れられていない。魚は登場するが、淡水魚である。
 なお、3年生以上には総合的な学習の時間というのがあるので、「海」に関する副読本のようなものをつくって、この授業時間に取り上げてもらう余地はあるかもしれない。
 
 中学校の理科は、第1分野=物理と化学、第2分野=生物と地学、である。ここでも小項目とその説明は省略し、大項目と中項目(かっこ内に)のみをあげる。
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−第1分野 物理学と化学につながるもの
(1)身近な物理現象(光と音)(力と圧力)
(2)身の回りの物質(物質のすがた)(水溶液)
(3)電流とその利用(電流)(その利用)
(4)化学変化と原子、分子(物質の成り立ち)(化学変化と物質の質量)
(5)運動の規則性
(6)物質と化学反応の利用
(7)科学技術と人間(エネルギー資源)(科学技術と人間)
−第2分野 生物学と地学につながるもの、環境保全を含む
(1)植物の生活と種類(生物の観察)(植物の体のつくりと働き)(植物の仲間)
(2)大地の変化(地層と過去の様子)(火山と地震)
(3)動物の生活と種類(動物の体のつくりと働き)(動物の仲間)
(4)天気とその変化(気象観測)(天気の変化)
(5)生物の細胞と生殖(生物と細胞)(生物の殖え方)
(6)地球と宇宙(天体の動きと地球の自転・公転)(太陽系と惑星)
(7)自然と人間(自然と環境)(自然と人間)
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 ここでも、小学校同様、「海」という語は1つも出てこないのである。指導要領及びその解説の全文章にもない。あえて「海」に関係するものを取り上げるとするならば、地球が関係する部分に、以下のような語が登場することは指摘できる。
 宇宙、大気、天気、気象、津波、台風、洪水、地球、地層、火山、地震、堆積岩。
 つまり、中学校の理科でも、「海」はまったく教えられていないと言っても過言ではないのである。
 なお、中学校でも総合的な学習の時間が計210から335時間あるので、小学校同様、これらを利用できれば、海に関する教育がまったくできないわけではないであろう。
 
 高校の理科では、必修科目は、理科基礎(2)、理科総合A(2)、理科総合B(2)、物理I(3)、化学I(3)、生物I(3)、地学I(3)の7科目のうちの2科目であるが、最初から3科目のうちの1科目を必ず含まなくてはならない。残り5科目と物理II(3)、化学II(3)、生物II(3)、地学II(3)の計9科目が選択科目である。なお、IIを付した科目については、原則として、それぞれに対応するIを履修した後に履修させるものとする。
 ここでは、各科目の内容の大項目と中項目をすべてあげ、「海」に関係の深い地学についてのみ小項目まであげる。
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理科基礎
(1)科学の始まり
(2)自然の探求と科学の発展
ア 物質の成り立ち(原子、分子の探求)(物質の合成への道)
イ 生命を探る(細胞の発見と細胞説)(進化の考え方)
ウ エネルギーの考え方(エネルギーの考え方の形成)(電気エネルギーの利用)
エ 宇宙・地球を探る(天動説と地動説)(プレートテクトニクス説の成立)
(3)科学の課題とこれからの人間生活
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理科総合A
(1)自然の探求(自然の見方)(探求の仕方)
(2)資源・エネルギーと人間生活(資源の開発と利用)(いろいろなエネルギー)
(3)物質と人間生活(物質の構成と変化)(物質の利用)
(4)科学技術の進歩と人間生活
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理科総合B
(1)自然の探求(自然の見方)(探求の仕方)
(2)生命と地球の移り変わり
ア 地球の移り変わり(惑星としての地球)(地球の変動)
イ 生物の移り変わり(生物の変遷)(遺伝の規則性)
(3)多様な生物と自然のつり合い
ア 地表の姿と大気(多様な景観)(大気と水の循環)
イ 生物と環境(生物の多様性)(生物と環境のかかわり)
(4)人間の活動と地球環境の変化
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物理I
(1)電気(生活の中の電気)(探究活動)
(2)波(いろいろな波)(音と光)(探究活動)
(3)運動とエネルギー(物体の運動)(エネルギー)(探究活動)
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物理II
(1)力と運動(物体の運動)(円運動と万有引力)
(2)電気と磁気(電界と磁界)(電磁誘導と電磁波)
(3)物質と原子(原子・分子の運動)(原子、電子と物質の性質)
(4)原子と原子核(原子の構造)(原子核と素粒子)
(5)課題研究
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化学I
(1)物質の構成(物質と人間生活)(物質の構成粒子)(探究活動)
(2)物質の種類と性質(無機物質)(有機化合物)(探究活動)
(3)物質の変化(化学反応)(探究活動)
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化学II
(1)物質の構造と化学平衡(物質の構造)(化学平衡)
(2)生活と物質(食品と衣料の科学)(材料の化学)
(3)生命と物質(生命の化学)(薬品の化学)
(4)課題研究
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生物I
(1)生命の連続性(細胞)(生殖と発生)(遺伝)(探究活動)
(2)環境と生物の反応(環境と動物の反応)(環境と植物の反応)(探究活動)
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生物II
(1)生物現象と物質(タンパク質と生物体の機能)(遺伝情報とその発言)
(2)生物の分類と進化(生物の分類と系統)(生物の進化)
(3)生物の集団(個体群の構造と維持)(生物群集と生態系)
(4)課題研究
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地学I
(1)地球の構成
ア 地球の概観(太陽系の中の地球)(地球の形状と活動)
イ 地球の内部(地球の内部構造と構成物質)(火山と地震)
ウ 地球の歴史(野外観察と地形・地質)(地層の形成と地殻変動)(化石と地質時代)
エ 探究活動
(2)大気・海洋と宇宙の構成
ア 大気と海洋(大気の熱収支と大気の運動)(海水の運動)
イ 字宙の構成(太陽の形状と活動)(恒星の性質と進化)(銀河系と宇宙)
ウ 探究活動
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地学II
(1)地球の探究
ア プレートの動きと地殻の変化(プレートの動き)(大地形の形成)
イ 日本列島の変遷(島弧としての日本列島)(日本列島の地史)
(2)地球表層の探究
ア 地球の観測(重力と地磁気)(気象と海洋の観測)
イ 大気と海洋の現象(気象と気候)(海洋の現象)
(3)宇宙の探究
ア 天体の観測(天体の放射)(天体の様々な観測)
イ 宇宙の広がり(天体の距離と質量)(宇宙の構造)
(4)課題研究(特定の地学的事象に関する研究)(自然環境についての調査)
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 さすがに、高等学校になると、「海」が登場するが、最も多く登場するのは、『地学』のIとIIである。『学習指導要領』にも「海洋」などのキーワードは登場するが、『解説』に記された、より具体的な文言を含めて説明すると次のようになる。
 Iでは、まず、惑星の中で地球に生物が存在するのは、大気と海洋が存在するからだと述べ、大気・海洋の構成の所で、海水の運動を取り上げる。ただ、海洋の層構造と大循環及び海流は扱うが、エルニーニョ現象は平易に扱い、潮汐は扱わないことになっている。また、その探究活動の例として、衛星による海面温度の分布の分析があげられているが、その他の例はすべて気象関係である。
 IIでは、地球の観測の項で、海洋観測として、海洋研究船による水温や流速の観測、音波による深度や海底地形の観測、人工衛星による海面水温の観測があげてある。また、海洋の現象の項では、気候の形成に対する海洋の働きにも触れ、津波も扱うが、海洋の現象の羅列的な扱いはしないこととある。具体的には、海流による熱と物質の輸送、深層水の形成、海洋潮汐、風によって発生する水面波などを扱うが、これらの現象の関連を考えることに重点を置くことになっている。最後に課題研究の例が32あがっているが、海という文字が入っているのは、“海洋資源と海洋開発”および“地域に見られる海面変動の証拠を探す”だけである。むしろ“地球環境問題について地学的観点から調べる”の地学に「海洋学」が入るとすれば、この方が近いといえる。
 以上のように、「海」はそれなりに取り扱われているのであるが、高校における『地学』という授業科目自体が、徐々に取り上げられなくなってきているということを認識しておかねばならないであろう。
 
 平成14年度は、中央教育審議会による教育基本法の見直し論議をはじめとして、「教育」をめぐる論議が広く行われた年であるといってよい。そのなかで、いくつか目にとまった事柄がある。
 その第一は、JR東海、トヨタ、中部電力の3社が中高一貫教育の男子私立校を設立すると発表したことである。これについて、葛西敬之JR東海社長は、「今の学校システムは、「ゆとり」と称して学校の授業のレベルを落とし、あとは塾へ行けといっているに等しい」と述べている9)。教育全般について様々な議論がなされているなかで一石を投じる事業といえるだろう。このなかで「海洋」がどれだけ取り上げられるかは、まったく未知数だが、是非、重点的に取り組む柱の一つになるよう期待したい。
 第二には、理科の検定外教科書(厳密に言えば、検定外であれば教科書とは言えないが、ここでは一般的な表現としてそのまま用いる)の出現である。上述の「学校の授業のレベルを落とし・・・」という認識そのままに、「学習内容が3割減った今の理科教科書では十分な教育ができない」として作成されたもので、『新しい科学の教科書I、II、III』がそれである10)。このなかで“海洋”についてもどれだけ取り上げられているか注目されるところである。
 第三に、日本海洋学会でも海洋教育のための対策をたてつつあり、2003年春をめどに、副読本として使用可能な刊行物として「海を学ぼう−身近な実験と観察」という本の出版準備をしているとのことである11)。同学会でも、単に専門家集団の殻に閉じこもることなく、国民の海洋に関する関心や知識の向上に積極的に関与するような方向が打ち出されようとしている。このなかでも、「海洋」をしっかり取り上げてもらいたいものである。
 今後は「理科」のみにとどまらず、「社会」や「歴史地理」「政治経済」などの科目も取り込んだ総合的な海洋に関する『海の教科書』も将来的には必要があるといえよう。







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