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2. 国際協力
 海の安全保障を確保するためには、全ての国が参加している機関が、全ての国に適用できる法の下、それを実行できる力を持たなければならない。しかし、各国の事情そして認識があまりにも異なる現状において、一挙にその様な機関を設置しようとする努力は現実的ではない、ばかりか無用な摩擦を引き起こしかねない。出来るものから、一歩ずつ着実に、枠組みを作る努力および共通の認識を向上させる努力を重ねる事が肝要である。
(1)国連海洋法
 国連海洋法に対する評価と問題点およびその原因についてはすでに述べた。もう一点付け加えれば、この条約には原則を定めた部分が多く、それに則った地域的あるいは地球的レジームを必要としている枠組み条約であるということである。これらを総括すれば、国連海洋法は未完の法であり、遵守させるだけのパワーを持っていないと言える。
 当然、2004年の改定を始めとして、完全なものとする努力をしなければならない。しかし、海を「人類共通通の財産」と捉えられない現状において、理念は高く掲げなければならないが、結果を急ぐことは禁物である。結果を急いで妥協したり、押し付けをすれば、状態は何ら進展しないことになる。意識・認識を向上させる施策と相俟って、納得がいくまで議論を尽くすことが必要である。そこで始めて、国連海洋法はパワーを持ち、海洋を真に律する法となり、理念を実現できるのである。
 一方、海洋における活動は日々行われており、それを律するものは現在の国連海洋法であり、そこには種々の摩擦や衝突が生起するであろう。その際、次の2点で示す如く柔軟に対応することが必要と考える。
・その様な状態を、「曖昧な状態」として解決を急がない。
・例えば、領有権や解釈の違いから排他的経済水域の線引きができない状態の場合、関係両国の話し合いによる「暫定管理海域」を設定する。
 
(2)国際協力の枠組み
ア、実施機関・条約・協定
 現在、IMO、UNPAOといった国際機関がそれぞれの分野で活動している。これらの機関への参加国を増やし、連携を強め、活動分野を広げることにより、大きい枠組みを作る努力は必要である。しかし、それだけで一挙に海の安全保障を担保する枠組みとするのは難しい。このような努力ともう一つの努力、すなわち協力の容易な2、3ヶ国間でしかも対象を限定する等できるものから始め、育てて行く努力とを糾合すれはいいのではないだろうか。このように枠組みを作り上げて行くことは、単に枠組みを作るということだけでなく、その過程で、法の力となる共通の認識・意識を高めることにもなると考える。
 例えば、日韓・日中漁業協定のような比較的合意の取れやすい二国間協定を作り、それを日韓中漁業協定へと結び付けて行き、協定の内容を漁業資源の確保ということをもっと前面に打ち出したものに、さらには環境問題にも発展させるといった、目的も参加国も限定はされているが実効的で着実な糸を張り、その糸を蜘蛛の巣のように地域全体に、また地球全体に張り巡らせて大きい枠組みにするということである。
 地中海の環境汚染に歯止めをかけたといわれる「バルセロナ合意書」も、目的を限った関係諸国の協力の例として参考になる。このレジームは、すでにバルト海や日本海にも適用できないかという検討が進められていると承知しているが、目的を船舶の安全通行としてマラッカ海峡について適用出来るのではないだろうか。安全通行のための施設や事故処理、さらには船員教育といった総合施策を実施する機関を関係諸国が協力して設立、運営する。そのための資金は、人類共通の財産に関わる事項として国連活動の一環とする、あるいは適切な出資基準の下に関係各国が協力する、といった方策も検討に値すると考える。
 それさえ難しいかもしれない。とするならば、西太平洋諸国の海軍間(WPNS)で実施していることであるが、人や艦船の相互訪問、セミナーや会議等、信頼醸成という細い糸を張り、その糸を救難等人道上の活動の訓練と共通マニュアル・基準作成等で太くし、以下で述べる実行動のための訓練及びマニュアル・基準等の作成に結び付け、さらに相互通報、共同監視、相互取り締まり等の協定、実施に発展させるという方法もある。
イ、共通の認識の向上
 現在、IOI、SEAPOL、MIMA、APCSS等多数の研究機関が各種の分野で活躍している。スウェーデンのマルメ海事大学のように世界中からの留学生を受入れ、卒業生が各国で活躍している例や、日本財団の尽力による国際的な海事大学の海事大連合の例もある。これらの努力は、海に関する課題の研究と共通の認識の向上に多大な貢献をしている。既存の機関・学校を基盤として海洋に関する国際協力を更に増進し、海の安全保障に貢献する方策について纏めてみた。
・情報の共有による研究・教育の効率化、高度化、自由化のためにIT技術を利用したネットワークを作る。
・各国の実状に基づいた研究による質の向上、海の安全保障に対する共通の認識醸成のために、一国一機関を目指して研究機関(当面は、コンタクト・ポイントでも良い)を設置する。また、研究機関相互に研究員の交換を積極的に行う。海事大学では、留学生を積極的に受け入れる。
・New Challenge Super Projectでは人脈(人のネットワーク)作りに努力しているが、同様の趣旨で、海洋を主対象としていない研究機関・学校に属さない研究者が参画できるネットワークを作る。
 
(3)トラックIとトラックII
 海洋の安全保障には全ての国、全ての事象が密接に関連し総合的に対処しなければならないこと、各国に事情や認識が大変に異なることについては既に述べた。この様な状況を踏まえ、政府機関はともすれば縦割りの弊害が出やすく、公式折衝では各国の事情を真に汲み上げかつ認識を高めることは難しい事を合わせ考えれば、豊富な人材を擁し、柔軟にかつ根底からの議論を起こせるトラックIIの意義は極めて大きい。一方、政府機関は施策にするという重要な役割を有する。とするならば、各国が協力して海洋の安全保障を確固たるものにするためには、トラックIとトラックIIの密接な協力が必要ということになる。
 SEAPOLがAPECにオブザーバーとして参加し協力しているような、また、インドネシア外務省が自国の施策のドラフトをトラックIIの会議に提示し、反応を見て法律化したような事例は参考になる。少なくとも、トラックIIの会議・セミナーヘトラックIのメンバーを積極的に招聘する必要がある。
 
(4)狭義の安全保障(海軍力について)
 最近の国際情勢は、「大規模な侵略という事態の可能性は遠のいたが、小規模な紛争は続発しており、新しい脅威が出現している」と言われており、見通し得る将来においても変わらないだろう。
 しかし大規模な侵略の可能性が無くなったわけではなく予防、抑止、対処の機能は重要であり、小規模紛争にも対処しなければならない。すなわち、世界の安定のために果たしている軍事力の役割は依然として大きいのであり、この中には海上交通路の安定使用も含まれる。この様な観点に立って海軍力と海の安全保障を見た場合、海軍力は、資源・環境問題に十分な配慮を払いつつも自由に航行する事が必要である。
 新しい脅威には、近海やチョークポイント等での海賊行為、並びにチョークポイントやハブ港での船舶攻撃あるいは重要港湾に対する海からの攻撃等を企図するテロ行為がある。1991年頃始まった東支那海における海賊の跳梁が、ロシア海軍の出動により93年には鳴りを潜めたという事例が示すように、海軍は海賊対処には極めて有効な手段であり、関係機関との協力による海軍の行動が必要になる。直接テロに対処した事例はないが、同様であろう。
 海軍力の海の安全保障に対する貢献として、大規模災害対処、麻薬等の密輸の取り締まり、難民対処等がある。また、資源や環境保護に関連した地域あるいは国家間における取り決めの遵守状況のモニタリング等海洋管理への参画といったことも考えられる。海賊対処を含めて、これらは平時における軍事力の使用と言われるものであるが、平時の使用には反対する意見もある。自衛権に基づく軍隊の行動と警察権に基づく機関の行動の本質的な違い、平時の任務に時間をとられることによる練度低下への危惧等が理由だと思われ、理解できる。
 しかしこれらの反対意見は、思考の転換、工夫により克服できるものであり、資源の有効活用、並びに平時の使用における各国の協力を通じて培われた諸国の一体感の海洋の安全保障協力に対する貢献を考慮すれば、海軍は平時おいても使用されるべきである。海軍関係者は、本来の任務と同様海軍の平和時の活用について真剣に考える必要がある。英国においては、海軍予算の半分を平時の使用に使うことを考えていると聞いている。
 海軍力の国際協力について述べる。海の安全保障の特性で述べたように各国の協力は極めて重要であるが、アジア地域は国情の差が大きく大変難しい問題でもある。また、他国海軍の自国近海での行動を回避する傾向は依然としてあり、武力行使を前提とする場合および海洋法上係争のある海域での共同は特に難しい。
 ともあれ、西太平洋地域では困難を乗り越え、海軍同士で協力する努力が続けられている。2年に1回海軍の首脳が集まり、海洋に関する種々の問題について自由な討議をする「西太平洋海軍シンポジューム(WPNS)」である。会議自体は決議をする訳でもなく、各国の海軍施策を拘束するものではないが、実質的成果として人の交流、艦艇の交流、二国間の捜索救難訓練、手順書(WPNS Management,情報交換マニュアル、簡単な訓練の手順書等)の作成、機雷掃海訓練、ウエブサイトの構築と進展してきており、多国間捜索救難訓練、災害救助、インターオペラビリティ等についての話が始まっている。やがて、本来任務のための訓練や平時の任務における協力・共同に発展する可能性は十分にあり、西太平洋における海の安全保障に関する国際協力の基盤ができつつある。
 海軍の地域における協力の形態としては、地域を分けた間接的な協力と同一海域で伴に行動する直接協力がある。間接的協力は海上交通路の安定の場合に主用されるが、能力的に不足している国もあり、米海軍との協力が必須であろう。直接的協力は、チョークポイントにおけるテロや海賊(すでに一部実施されている)対処や、協定もしくは合意による特定海域においる密輸、海洋汚染の監視・取り締まりのために適用できる。行動を支える機能として、情報共有のための協力はいかなる場合も必須である。
 
3. 終わりに
 1992年、リオデジャネイロで開催された地球環境サミットにおいて、平和と並んで地球のトリレンマと言われる環境および開発のための課題への答申として「アジェンダ21」が採択され、海洋問題もその中に盛り込まれている。本年8月下旬から9月上旬にかけて、ヨハネスブルグにおいて10年振りに国連環境開発会議が開催され、「アシェンダ21」の実施の促進とその後に浮上した地球的規模の課題への対応を採択した。会議は紛糾し、対応として採択された実施計画には数値目標の抜けた項目もあり、妥協の産物であった言われている。その原因は、途上国と先進国、米国と欧州と日本、異なる宗教と生活環境等、多様な国・地域の考えが錯綜したことにあるが、今回は議論の対象とならなかった海洋問題も同様であろう。
 海と陸、共通の問題もあり違った間題もあり、どちらが難しいとも言えない。しかし、相互に関連し、どちらも人類生き残りのために早急に解答を出さなければならないことは間違いない。
 海洋に関心を持つわれわれとしては、陸の問題と相互に関連していることに留意しつつ、海洋問題の検討が陸の問題を引張って行くぐらいの気構えを持って、真摯な努力を重ねなければならない。
 早急に解答を出さなければならないとは言え、安易な妥協は問題を解決することにならず、一方的な押し付けは破滅を意味する。
 意識・認識、条約(法)、力(政策)のバランスを取ることを念頭において、議論と、今回のヨハネスブルグ会議において「まず出来る事から実現させよう」という意図の下できあがった「約束文書」のように、出来る事から実施する努力とを合わせて、弛まず継続することが必要と考える。







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