Session 4-2
海洋の安全保障と国際協力
−中国の視点−
Ji Guoxing
海は生命のゆりかごであり、資源の宝庫である。そして、地球環境の重要な調整装置であり、人類の生存、維持、発展の基礎である。海はアジア太平洋において重要な地位を占めており、その地域の中心的要素である。東南アジアには、スマトラから台湾にかけて1800マイルにも及ぶ広大な水域である南シナ海があり、インド洋や太平洋に接している。北東アジアの国々は、東シナ海、黄海、日本海、オホーツク海、ベーリング海に面していて、広い意味では太平洋に面している。
アジア太平洋地域の安全保障は、海洋の問題と密接に関連している。東シナ海における不審船(工作船)の沈没など、最近のこの地域における安全保障に関連する出来事は、主に海洋における安全保障の問題でもある。この海域の安全保障問題には、海洋管轄権の帰属問題、海上交通路(SLOC)の安全性確保、特に海賊や国際テロリズム対策、海洋環境汚染、排他的経済水域(EEZ)内における航行の自由と資源に関連する沿岸国の権利などの問題が含まれている。海洋安全保障の国際協力は、その地域に存在する全ての国の国家利益と一致する。
海洋管轄権に関する論争
海洋管轄権をめぐる論争は、島の主権の問題やEEZと大陸棚の境界問題を含んでいる。北東アジア水域における主権をめぐる論争は、中国と日本間の尖閣諸島の帰属問題、日本と韓国間の竹島の帰属問題、日本とロシア間の北方領土問題がある。東南アジア水域では、南沙諸島をめぐって最も激しい論争が繰り広げられていて、またマレーシアとシンガポール間でもジョホール海峡にあるPulau Batu Putih島の帰属問題を抱えている。マレーシアとインドネシア間ではセレベス海にあるシパダン島(Sipadan)とリギタン島(Ligitan)の帰属問題が存在している。
島の主権は非常に繊細な問題であり、関係国の国家主義的感情を煽りやすい。現在の暫定措置は一時棚上げするべきである。私の見解では、地域における政治的・経済的な依存関係が深まれば、国家主義的感情が緩和され、東アジア諸国がもっと穏便に島々の主権の問題を議論できると考える。そうすれば、争いは二国間合意で解決できるか、または国際法廷に調停を任せることも可能になる。
職歴 上海環太平洋戦略国際問題研究所副所長、同政治学教授
学歴 上海外国語大学卒
ハワイのイースト・ウエストセンター、ヨーク大学国際安全保障研究所、スタンフォード大学国際安全保障軍備管理研究所などの客員研究員を経て現職。アジア太平洋地域の政治・安全保障、海洋安全保障について研究中。「南シナ海問題や航行問題と信頼醸措置」「アジア太平洋における海上交通路の安全保障」など著作多数。
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国連海洋法条約の200海里EEZ規定によって境界を定めることは難しくはない。しかし島の主権や所属の問題になると、進展は一向に見られない。大陸棚の境界画定でも、別の原則(等距離線理論や大陸棚自然延長論)を適用するなど困難が多い。しかし、私の見解では相互依存関係が深くなれば、これらの問題は予想より早く解決できるかもしれない。中国とベトナムはトンキン湾の境界線問題で合意したが、これは問題解決の好例である。
近隣諸国との間で存在する海洋問題を解決することは、中国の長期にわたる関心事である。2002年8月にブルネイで開催された会議でASEANのメンバーに配布された方針説明書では、中国は平和的交渉によって近隣諸国との諸問題を解決するため精力的に活動していて、「陸地と海洋における領土問題は、中国と近隣諸国が友好的に協力して地域の安全を確立していく上で障害とはならない」[1]。中国は、2000年に日本、韓国、ベトナムと漁業権に関しての二国間合意に署名した。中国農業省によると、この3つの合意のため、漁業や水産加工産業に従事する100万人の中国人民が職を失い、中国の年間漁獲高は約100万トン減少すると推定されている。
海上交通路(SLOC)の安全保障
東アジア経済にとって航路は生命線である。輸出主導型経済で資源が不足している東アジア諸国は、海運による貿易に非常に依存している。SLOCの安全保障は東アジアの経済発展にとって基本問題である。物資の大量輸送は、アジアが商船隊や海運施設を発展させていく上で重要である。アジア諸国は、世界の商船隊の34%を所有し、72%を建造している。東アジアの港におけるコンテナ貿易は継続的に増加している。世界で20ある主要なコンテナ貿易航路の内、半分は東アジアにあり、東アジア諸国が所有している。一般的に地域のSLOCを通航する産物で金額的に1番高いのは消費財であるが、量的に1番多いのは原油である。現在は、アジアで消費される石油の60%は輸入に頼っていて、2010年までに石油の輸入依存度は少なくとも75%に増加することが予想されている。
東アジアのSLOCにはいくつかの海峡があり、地域航路はこれらの海峡が不通になれば大きな影響を受ける。東南アジアには、マラッカ海峡、スンダ海峡、ロンボク海峡、宗谷海峡(ラ・ペルーズ海峡)がある。世界の商船隊の半分以上は、マラッカ、スンダ海峡、ロンボク海峡を通過している。マラッカ海峡では、1日に両方向に通航する船舶を合計すると、250−275隻もの船が通過している。その多くは、中東から東アジア諸国に原油を運ぶオイルタンカーである。「オイルを満載してアジアの港を目指すスーパータンカー3隻を含む約26隻のタンカーが海峡を毎日通過している」[2]。これは、950万バレルの原油が毎日同海峡を通過している計算になる。マラッカ海峡を頻繁に使う国は日本で、次に韓国、中国、台湾の順番である。海峡を航行するタンカーは、2010年までに今日の2倍から3倍になると推定されていて、マラッカは世界最大の通過港になると予想される。
ここ数年は、東アジア水域で海賊行為、麻薬取引、不法移民、密輸などの脅威が増加しており、SLOCの安全保障に影響を及ぼしている。中でも海賊行為がもっとも深刻である。今日の言葉では海賊は海上テロと言えるだろう。「海賊行為と海上での不正行為による経済損失は、年間160億USドル以上に達すると推定される」[3]。海賊が頻繁に出没する水域は、マラッカ海峡、スンダ海峡、ベトナム/カンボジア近海、香港−ルソン−海南(HLH)の三角海域、フィリピン周辺海域、インドネシアの群島水域、台湾の北東水域、黄海エリアである。東南アジアでの海賊被害は、世界中で報告されている海賊被害の約60%を占めている。国際海事機関(IMO)によると、1998年から1999年の海賊件数は47%も増加していて、2000年には57%増加し469件にのぼったと報告されていて、このような事件の3分の2はアジアの水域で発生し、マラッカ海峡に限定しても75件も発生している。2001年には世界中での海賊件数が29%減少し335件になったが、それでも依然として多い。
海賊の戦略は一般的に3種類に分類できる。それらは、単純に海上での窃盗、船の積荷を狙った攻撃、船自体を盗む行為である。第3の行為は、「幽霊船攻撃」と呼ばれ、シージャック、船舶の偽装登録など他の犯罪とも関連している。船舶の窃盗と積荷の処分には、高度に組織化された犯罪組織が関与している。攻撃の計画はある国で行い、第三国の水域内にいる別の国の船に襲いかかり、奪った品物を他国で売りさばくのである。
沿岸国が海賊に対処していくには、まず解決すべき問題がいくつか存在している。1つは、海賊行為の定義である。国連海洋法条約では、海賊行為は公海上での違法行為に限定されている。しかし、ほとんどの攻撃は領海やEEZ内で行われているのが現状であるため、正式には海賊の定義に当てはまらない。また海賊行為や海上での暴力行為を規定する法律が存在していない問題もある。多くの国では、海賊の容疑者を逮捕しても、彼らを告訴できる法律がない。3つめの問題は、海上における管轄権の相違である。地域の国々による海洋における合意では、管轄権をまたいで海賊を取り締まることが制限されている。この地域で海洋の管轄権と主権は繊細な問題であるため、沿岸国家間で管轄権をまたぐ行為は明白に欠落している。いくつかの例では、海賊はこの法律の空白を利用し、意図的に領海/群島水域内を航行し、所属についての議論が行われているエリアを通航している。そのようなエリアで一方的に海軍力を行使することは非常にリスクを含んでいる。
東アジアの海賊行為で国際テロリズムが拡大していることは注意する必要がある。国際テロリズムは、東アジアの過激派や独立派と連絡を取っていて、その若者、失業者、抑圧された国粋主義者を利用して、何かを計画していることが予想される。フィリピンの外務大臣であるテオフィスト・ギンゴナ(Teofisto Guingona)は「国際海上テロリズムは、社会の分離論者やイスラムの好戦主義者と関連している」と言及している[4]。海賊がテロリズムの温床である以上、国際テロリズムの広がりは東アジアの海をそのターゲットにし、海賊行為を行って地域の海上安全保障を脅かすことも考えられる。
海事機関は、国際犯罪組織が利益の上がる東南アジア水域での海賊行為に加わることを警戒している。また、オイルタンカーや液化天然ガスを運搬している船が自爆攻撃のターゲットにされる可能性も指摘している。その上、テロリストが使う物資の購入や輸送に海路が使われることは非常に現実味がある。海での輸送は空輸や陸上を輸送する荷物と比べて発見されにくい。IMOからの情報では、アルカイダのテロリストネットワークはマラッカ海峡での海賊事件に関与していて、核爆弾を組み立てる目的で核物質を探していることを示している[5]。
中国は現在、東アジアのSLOCで主要なプレイヤーであるが、中国だけではSLOCを防衛することはできない。中国は現状を維持し、自由航行を希望している。中国は、海運における非合法活動に関する1988年ローマ条約に署名していて、地域で活動する海賊に対処する用意がある。また海賊を取り締まる多国間協力にも参加する用意がある。中国は1999年初頭から海賊の一掃と南地域の腐敗した担当官を一掃するため、実際に行動を起こしていて、2002年9月には対テロリズム委員会を中央政府内に設立し、国家規模でテロズムに対処している。しかし、現在の法律では海賊を取り締まる条項はなく、「海賊」という言葉すら法律に存在していない。そのため、関連する事例を処理する際には法律的な抜け穴が存在していることも事実である。
海洋環境汚染
海洋環境は人類の生存に影響を及ぼしている。中国のような発展途上国は自国の経済を発展させる上で環境保護の重要性を認識している。1992年にリオデジャネイロで開かれた「環境と開発に関する国連会議」ではアジェンダ21を採択し、海洋開発と海洋保護を持続可能な発展戦略の1つとして取り上げた。
東アジアにおける海洋環境の悪化は深刻な問題であり、生態系環境、地球気候、海洋生物資源を脅かしている。海洋環境汚染には、陸上活動による海洋汚染、船舶による汚染、炭化水素による汚染、海洋生物の減少などがある。そして大きな関心事は、石油タンカー事故による大惨事である。最初の石油による大規模汚染は日本海で発生し、座礁したJuliana号から6400トンもの原油が流出した。1987年には、韓国の仁川湾沖40マイルでタンカーが座礁し、バンカーC重油80トンが流出する事故が起きた。マラッカ海峡などの通航量の多い海峡では、大事故により海峡が閉鎖されたり、通航が制限されたりする可能性もある。また、タンカー関連の海洋汚染のもう1つの原因はタンク洗浄水の排出である。200,000トンのタンカーが航海するたびに約1,000トン、つまり300,000ガロンの水がタンク洗浄水とともに海に排出される。
中国の例を見てみると、人口の急増、資源の乱獲、深刻な環境汚染により、「前例のない生態系危機」が起こっている。海洋環境汚染、特に港湾内、河口、中/大規模の都市に隣接する海洋での汚染は深刻である。海岸都市近くの海、河口、港湾での環境は毎年悪化している。中国国家海洋局(Chinese Oceanic Administration)の統計によれば、主なものだけでも217種類の汚染水が沿岸地域に排出されていて、毎年86億トンもの汚水が未処理のまま海洋に流されている。陸上活動による汚染が海を汚す汚染物質の80%以上を占めていて、海洋からの汚染は15−20%である。陸上活動による汚染の約50%が東シナ海に排出されていて、21%は南シナ海、16%は渤海(Buhai Sea)、12%は黄海に流されている。このように生態系環境か破壊されている。例えば、海岸の25%が珊瑚礁である海南地域では、80%の珊瑚礁が既に破壊されていて、いくつかの地域では珊瑚礁が消滅しかけている。中国はこの問題の重大さに気付き、次の10年間では環境保護に尽力する予定である。2005年までに、生態系の破壊を食い止め、主な汚染物質の排出を2000年と比較して10%カットする予定である。最近になって、中国は京都議定書を批准した。また、中国は、他の先進国も京都議定書に署名して今年末までに議定書が発効することを希望している[6]。
1 |
"China Vows More Co-op with ASEAN", China Daily, 2 August 2002. |
2 |
Sumihiko Kawamura, "Shipping and Regional Trade: Regional Security Interests' , in Sam Bateman and Stephen Bates ed., Shipping and Regional Security, Canberra Papers on Strategy and Defence, No.129, Australian National University, 1998, p.16. |
4 |
Middle East News Online, Durham, 26 February 2002. |
5 |
"Singapore Daily Warns against Dangers of Terrorists Taking over Pirate Network", The Straits Times website, Singapore, 24 July 2002. |
6 |
People's Daily, Beijing, 4 September 2002. |
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