Session 3-3
群島水域における安全保障と環境、および国家の主権と管轄権
Hasjim Djalal
本論文では、群島水域の性質、群島水域内外での群島国家の主権と管轄権、および群島国家の安全保障、環境問題、その他の関連項目について取り上げる。
国家領域の一部としての群島水域
群島水域(archipelagic water)の性質に関して、まず群島水域は群島国家の領域の一部であることを認識する必要がある。1982年国連海洋法条約(UNCLOS1982)の第49条1項では、「群島国の主権は、第47条の規定に従って引かれる群島基線(archipelagic baseline)により取り囲まれる水域(その水深又は海岸からの距離を問わない)に及ぶ」と明記されている。さらに、第49条の2項では、「群島国の主権は、群島水域内の上空、群島水域の海底及びその下ならびにそれらの資源にも及ぶ」としている。これにより、群島国家による主権は陸上に加えて次の事柄も含むことは明白である。(1)群島水域(2)群島水域の上空(3)群島水域内の海底およびその下(4)群島水域内の天然およびその他の資源。
群島水域、内水、領海
群島水域、内水、領海は全て本質的に領域であるが、群島水域は他の水域とは区別されるべきである。群島水域は内水、領海とは異なる。内水、つまり領海基線の沿岸側の水域では、通常は無害通航の自由はない。つまり、内水の主権はその領土における主権と非常に似ている。領海、つまり直線基線(straight baseline)または直線群島基線(straight archipelagic baseline)から海洋側へ12マイルの水域では、外国船の無害通航の権利は認められている。群島水域では、外国船の無害通航権およびは群島航路帯通航(archipelagic sea lanes passages : ASLP)(国際航行又は飛行に通常使用されている通航のために、特別に設定された航路および空路の通航)の権利が認められている(UNCLOSの第53条を参照)。この条項は、航路を指定する方法も規定している。すなわち、関係する群島国家はその要点について提案し、審理国際機関に採用するように委ねる。国際機関は、群島国家と同意できるように、航路と分離通航方式(TSS)だけを採用する。その後、群島国家はそれらを明示し、指定する、もしくは変更する。
現職 インドネシア海洋評議会委員、イントネシア海洋漁業大臣上級顧問、インドネシア海軍幕僚長上級顧問。
学歴 インドネシア外務大学卒、ヴァージニア大学で修士号・博士号取得、インドネシア防衛研究所卒。
インドネシア外務省条約局長、外務省研究開発庁長官、国連大使、カナダ大使、ドイツ大使、海洋法条約関連大使などを歴任。第3次国連海洋法会議のインドネシア代表、国際海底機構理事長、海洋法発展途上国グループG77およびアジアグループの代表などを務める。海洋法、地域問題に関する著作多数。
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内水での無害通航の自由は、「第7条に従って直線基線により設定した内水が、従前、内水とみなされていなかった水域」にのみ認められる。第7条は、次の場合において、内水を確立する目的で直線基線を引くことを認めている。(1)地形上海岸線が深くいりこんでいる。(2)海岸線に沿って中間位置に島の外辺がある。(3)デルタ地帯や他の自然地形により、海岸線が非常に不安定である。(4)入江が24海里以内の場合、その自然の入口に閉鎖線を引くことができて、その入江内が内水となる。
群島水域内での内水域を決める閉鎖線は、UNCLOS 1982の第50条に従って引くことができる。つまり、河口、湾の入口、港湾の前方がその対象である。
群島国家と群島
群島水域の概念は、群島の概念からは切り離して考えるべきである。群島国家は必ず1つ以上の島嶼から形成されている(第46条a項)のに対して、日本のような群島が自動的に群島国家になるわけではなく、群島水域も必ずしも形成されるわけではない。群島は地理的な概念であるのに対して、群島国家は法的な概念である。群島とは「島の集団又はその一部、相互に連結する水域その他天然の地形が本質的に一の地理的、経済的及び政治的単位を構成しているか又は歴史的にそのような単位と認識されているものをいう」(UNCLOS 1982第46条b項)とされている。群島内の水域は一般的に「内水」として認められ、群島国家内の水域は一般的に「群島水域」として認められる。なお、閉鎖線で区切られたエリアは「内水」となる。
無害通航と群島航路帯通航(ASLP)
無害通航権と群島航路帯通航権には多くの違いがある。第1に、無害通航では、潜水艦などの水中を航行する船舶は、海面に出て旗を掲げて航行することが要求される(UNCLOS第20条)。一方、群島航路帯通航では、「通常のモード」で航行することが許されていて、潜水して航行できる。第2に、無害通航では空中を通過する権利はないのに対して、群島航路帯通航では航路帯上を飛行することが許されている。第3に、無害通航権は停止することができるが、群島航路帯通航権を停止することはできない。また航路帯は変更が可能である。第4に、無害通航では、群島国家は管理や規制する権限が多く与えられている一方、群島航路帯通航ではそのような権利は限定されている。第5に、無害通航での軍艦の航行について、事前の通知または許可が必要なことを規定する国際法はない。国によっては事前通知または事前許可を要求しているが、このことに強く反対している国もある。この問題については、国際法は何も規定していない。第6に、必要な航行や安全を維持するシステムの構築や船舶からの汚染を防止、削減、管理するシステムを利用国と群島国家が協力して行うことについて、群島航路帯では明確に規定されていない。しかし、国際航行で海峡を通過する権利に関する規定(第43条)では、存在しており、これを群島航路帯にも適用するべきだと考える。
隣接する国家の権利
内水では他国はいかなる権利も有しないが、群島水域では限られた権利がある。UNCLOS 1982第47条6項では、「群島国の群島水域の一部が隣接する国の二の部分の間にある場合には、当該隣接する国が当該群島水域の一部で伝統的に行使している現行の権利及び他のすべての適法な利益並びにこれらの国の間の合意により定められているすべての権利は、存続しかつ尊重される」とされている。これは、インドネシア群島水域内のマレーシアの利権を守る特殊なケースであり、南シナ海のアナンバス諸島(Anambas)とナツナ諸島(Natuna)周辺のインドネシア水域によって、西側のマレー半島と東側のサラワク(Serawak)サハ(Sabah)が分断されている。そこでインドネシアとマレーシアはこれらの権利を行使することを1982年に合意した。
伝統的な漁業権
群島水域では、群島国家は他国との既存の合意を尊重し、群島水域の特定地域(第51条1項)における直接隣接している国家の伝統的な漁業権と他の合法的権利を尊重すべきである。しかし、この条項はそのような権利を行使する場合の条件を明確に述べていて、適用範囲とその性質は二国間の合意に基づいて規定することになっている。このような権利は、第三国やその国民に移管することはできない。このような合意を、インドネシアは現在のところ、南シナ海のアナンバス諸島周辺の群島水域およびインドネシアのEEZに関して、マレーシアと唯一結んでいる。
海底ケーブル
群島水域では、群島国家は他国が既に敷設した海底ケーブルを尊重し、陸地を通らずに水中を通過することを認める。また、群島国家は、このような海底ケーブルが敷設された場所での修繕や交換について、事前報告を受けた上で許可しなければならない(第51条2項)。
群島水域での主権
前述のとおり、群島国家はその群島水域の主権を持っているが、群島水域では特定の管轄権も保有している。群島国家は、最も外側にある島や乾いた岩礁から直線群島基線を引く権利を持っている。その基線内には、主要な島と一定水域を含んでいる必要がある。その水域と陸地(環礁を含む)の面積の割合が、1:1から9:1の間であること(第47条1項)。基線の長さは100海里以内である必要があるが、群島を包括している基線の総数の3%までは、125海里までにすることができる。第47条は直線群島基線の引き方についても明確に規定している。「通常」の沿岸国家の直線基線の長さに関して、また基線によって包括される水域と陸地の面積の割合についても、UNCLOSには明確な規定はない。
直線群島基線(SAB)および直線基線(SB)
直線群島基線は、通常の沿岸国家の直線基線とは区別する必要がある。直線群島基線は、他国のさまざまな権利を保障して、群島水域を形成しているが、直線基線は他国の権利を認めない内水を形成する。その例外としては、直線基線の線引きによって、従来、内水として認められていなかった海域が内水に含まれる場合で、その水域での無害通航の権利が存続するケースである(第8条2項)。
直線群島基線と直線基線には似ている点もある。両方とも領海、接続水域、EEZ、大陸棚を測定する基準として使われる。(第3、33、48、57、76条)
沿岸国と群島国家は似た義務がある。どちらも「海図または測定原点を明示した各点の地理学的経緯度のリストを表示し、その海図又はリストを公表するとともに、その写しを国連事務総長に提出しなければならない(UNCLOS 1982第16条)」。第47条8項と9項で、群島国家にも直線群島基線について同じような義務を課している。インドネシアの直線群島基線に関する限り、2002年6月30日のGovernment Regulation No. 38/2002で183の基線のポイントを発表した。もちろん、インドネシアは海図またはリストを国連事務総長に提出するはずである。
群島航路帯通航(ASLP)と通過
UNCLOSの第53条にある通り、群島国家は群島水域では主権を有し、群島水域を通る群島航路帯とその上空の空路の設定に対しては管轄権がある。群島航路帯通行は、隣接する公海やEEZから群島水域を通過して別の公海やEEZへ通航する上で、外国の船舶や飛行機が連続して迅速に通過できるように設定する必要がある。条約に基づき、ロンドンにある国際海事機関や海洋大国との長期にわたる協議を行ない、インドネシアの提案が採用された後、インドネシアは2002年6月30日にGovernment Regulation No. 37/2002により、インドネシアの群島水域を南北に通る3つの航路帯の座標を決めた。その政府規則は、3つの航路帯と分岐航路の転換点の座標を明確に定めている。UNCLOS 1982第53条3項に従い、連続して迅速に障害のない航路帯を通常モードで通航する権利が認められた。群島航路帯通航では、船舶と航空機はその座標ラインから両側に25海里以上離れてはならず、航路帯と接する島の1番近いポイントからの距離の10%以上沿岸に近づいてはならないことが決まった(第53条5項)。このような制約は、国際航行で通過通航する時には存在しない。UNCLOS第53条6項に従い、インドネシアは、船舶が航路帯の細いチャネルを安全に航行するため、分離通航方式(TSS)を規定した。しかし、マラッカ海峡やシンガポールでのTSSを除き、インドネシアの群島水域で航路帯の航行にTSSを導入するのは例がない。国際航行での通過通航制度と群島航路帯通航の制度には類似点があるが、法的にはASLP制度は国際航行での通過通航とは異なる。例えば、通過通航は「航行と上空通過の自由」(第38条2項)と定義されていて、そのような通過は「妨害」してはならず「停止」もできない(第44条)。しかし、ASLPは「通常の方法で航行と上空を通過する権利」であり、「妨害」してはならないが(第53条3項)、「停止」(第53条7項)することはできる。
UNCLOSの第54条や第42条に基づき、群島国家は、航行の安全性、汚染の防止、外国船による漁業、関税、財政、移民、衛生に関する法律で定められている以外の荷物、通過、人の積み下ろしに関連して、群島航路帯通航に関する法律や規則を採用することができる。さらに、第54条や第19条に基づき、外国の船舶や航空機が、無害通航または群島航路帯通航を行ないながら、主権や領土や政治的独立を脅かすような武力行使や威嚇をしたり、国連憲章(第19条、39条、54条)による国際法の原則を破るような行為を阻止したりするために、群島国家は法律や規則を設定することができる。インドネシアと海洋大国との長期にわたる交渉の結果、インドネシアの群島航路帯通航と上空通過について19のルールが合意された。これらのルールのほとんどは、2002年3月30日のGovernment Regulation No. 37/2002内に組み入れられている。
群島水域上の主権として、群島国家は法律や規則を設定できる権利を所有している。海洋環境を保護するための法律や規制を採用したり、また、他国の船舶や航空機が無害通航や群島航路帯通航をしながら海洋科学調査や海洋観測をするのを規制や禁止したり、さらには、群島水域、その上空、海底およびその下、ならびにそれらの資源に対する群島国家の主権や管轄権を、他国の船舶や航空機が侵害する行為を禁止するために法律や規則を設定したりする権利がある。その法律や規則には、群島水域内での他国の船舶による漁業の阻止を含む。(第49条)
安全保障問題
不法操業
インドネシアの群島水域は多くの安全保障問題を抱えている。まず挙げられるのは、外国船による密漁問題である。最近では、インドネシアが法律を執行する力か弱くなっているためか、不法操業が増加し、その漁獲高は合法的な漁業以上であると推定されている。インドネシアは1年間に17億US$を輸出しているが、不法操業による経済ロスは20億から40億US$と予想されている。最近の6ヶ月だけでも148隻もの外国船が不法操業で拿捕され、その70%はタイの漁船だった(Media Indonesia,October 5,2002)。これに怒った地元漁民の一部が、不法操業船を燃やすという事件も起こっている。これはインドネシア政府にとって大きな問題であり、特に西側の群島水域での漁業資源の枯渇を引き起こしている。同時に、資源の枯渇と外国の違法操業船問題のため、インドネシアとその周辺地域で摩擦が生じて、沿岸の漁業資源の争奪戦が起こっている。
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