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Session 2-4
船舶と海洋汚染防止のパラダイムシフト
工藤栄介
 
はじめに
 急遽プログラムに分け入ってプレゼンをさせて戴くことになりました。十分な時間がなかったため、細かな数字やデータを持っての説明になりませんが、お許し下さい。
 まず初めに、どうしても時間をいただきたかった訳を述べさせて戴きます。
 それは船舶、ここでは荷物が積載され、船員が乗り、日々動いている船舶をイメージして話しております、が昔の船舶でなくなった、この認識に立って本日の「海を護る」というテーマを議論したかったからであります。本日私が問いかけるキーワードは「旗国責任とは」「船主責任とは」ということであります。
 
1. タンカー、バルカー事故の教訓
 船舶起因の海洋環境汚染といえばすぐ想起するのはタンカー事故であります。しかしながら、IMOの統計でも今や海洋汚染の主たる原因者は我々陸上生活者であって事故時汚染は油に関しては17%ということであります。
 
 89年のエクソンバルディーズ号事故を契機に、タンカー構造規制即ちダブルハルの義務づけが進み、また、2000年暮れにフランス沖で発生した「エリカ号」により、原則2015年までにシングルハルタンカーはフェーズアウトされ、あと10年ほどで大型タンカーの事故時流出はかなり減少するものと思われます。
 97年のロシアタンカー「ナホトカ号」事故、また「エリカ号」事故を覚えておられるでしょうか?いずれも船体が真っ二つに折損した事故であります。
 この二つの事故は、船体縦強度に問題がありました。即ち適切なメンテナンスがなされなかったため鋼板の厚みが衰耗し波浪に耐えることが出来なかったと考えられております。
 同じような原因即ちメンテナンス不良で折損する事故が90年代初めから、タンカーよりもむしろバルカーで数多く起こっております。積荷が鉱石や石炭であるため、油タンカーのように一般の人には知られておりませんが、この種船舶の燃料油の量は海洋汚染にとって無視できない量であります。また、平均して、年間60名以上の船員が亡くなっています。このため現在IMOでタンカーに続いてバルカーも二重船体構造を義務付けようとする提案もなされています。
 船体を健全に保つことは本来船舶所有者の責任であるはずであります。しかしながらメンテナンスの実際は他者に任せられております。
 
現職 シップ・アンド・オーシャン財団常務理事、特別研究員
学歴 大阪大学大学院工学研究科造船学修士課程修了
 運輸省入省。英国大使館一等書記官、海上技術安全局技術課長、海上保安庁第8管区海上保安本部長、海上保安庁装備技術部長の要職を歴任し、1999年退官。船舶技術や船舶起因海洋汚染などの分野で活躍中。
  
 
 これら事故が何を教えたか?それは船主に代わって管理する船舶管理会社や、用船者の管理責任を追及することが安全対策の近道であるということでありました。具体的にはISM(船舶管理コード)による国際規制と発展してきた訳であります。
 
2. 次なる海洋汚染問題
 現在船舶に関連し海洋汚染或いは地球汚染が問題になっておりますのは、事故時汚染もさることながら、日常の運航に伴って必然的に発生する環境汚染問題であります。
 船舶からのビルジ排水などは既に規制下にありますが、他に船上発生のごみ、生活汚水といった問題もあります。また汚染という概念で捉えることが適当か否か議論を呼ぶところでありますがハラスト水問題がクローズアップされております。
 更にこれは直接海水を汚すと言うことではありませんが、酸性雨や地球温暖化の原因になる船舶からの排ガス問題も議論され始めました。
 また船舶の運航上の責任にから外れますが、船舶解撤時の海洋汚染問題も未解決の問題が残っております。このような新しい海洋環境保全問題について、旗国又は船舶所有者はどのような責任をとれるのかを考える前に、それぞれについて最近の動きを簡単に補足させて戴きます。
 
1)バラスト水
 これは汚染の問題と言うより生物多様性条約の問題の範躊でありますが、まず問題の量的把握をしていただくため一例を申し上げます。
 我が国では年間3億トンのバラスト水が積み込まれ世界各国へ運ばれております。そのうち約8000万トンが豪州向けの船舶に積載されております。豪州全体で海外から移入されるバラスト水が1億6000万トンと推計されておりますので、もし途中バラスト交換していなければ、豪州沿海で捨てられるバラスト水のちょうど半分が我が国海域で積み込まれたバラスト水ということになります。
 我が国各港湾の水質はどの程度のものか実際のところ知りませんが、「ペスト」などと呼ばれるほどには悪いものではないと信じます。しかしながら、豪州では外来微生物に対し予防保全の意識も浸透してか国民は大変鋭敏になっております。
 同国への航海途中のバラスト交換は、その航路海域が殆ど各国のEEZのところばかりであります。他国EEZのなかで仮に交換が許されないとすれば残るは公海でありますがもしここで荒天に遭遇しようものなら全くバラスト水は交換できないことになります。
 現在IMOでは「船舶のバラスト水及び沈殿物の排出規制及び管理に関する新条約」の審議が行われ、2003年秋に予定される外交会議で採択の予定と聞いております。
 外来種が入って来ることををどの程度まで国際間で許容するか、この根源的議論は長期に亘って続きそうであります。実に難しい問題を人類社会は突きつけられております。
 
2)生活汚水
 先月9月ノルウェーがIMOに寄託書を提出したことにより、採択後20年来店晒しになっていたMARPOL付属書IV即ち船舶からの糞尿・汚水の排出規制の発効要件が満たされ、いよいよ2003年9月から発効することになりました。
 当初の付属書IVは、10人を超える搭載人員200総トン以上の船舶が規制の対象となっていましたが、15人を超える総トン数400総トン以上の国際航海の船舶が対象となる方向です。
 
3)船舶排ガス
 NOX及びSOX排ガス規制については既にMARPOL条約付属書VIとして採択されており、発効の暁には2000年竣工の船舶に遡及して規制値を満足するエンジンの取り付けが強制化されることになります。付属書VIも来年前半には発効要件を満たす可能性が高くなっています。
 北欧など急峻な山裾にある港湾や、東京湾のように閉鎖性の海湾では風向によって船舶からのNOX・SOXが酸性雨として住民に悪影響を及ぼすことが知られて約20年になります。大気拡散のシミュレーションも発達し定量的にも影響を推計出来るようになりました。
 地球温暖化ガス削減策の検討が航空機と船舶について、始まっていることはご存じでしょうか?当SOF海洋政策研究所の最近の調査結果によれば、地球上で発生する温暖化ガス(CO2)の[1.7]%は外航船からのものであると考えられております。
 元来、重さ×距離当たりのエネルギー消費の少ない輸送効率の良い機関として、船舶は最も地球にやさしい輸送手段でありますから、船舶の前にトラックなど陸上輸送の排出削減が真剣に議論されるべきところでありますが、そんな事も言ってられないということのようであります。
 
4)TBT塗料
 昨年10月「船舶についての有害な防汚方法の管理に関する国際条約」が採択されたことをご存じでしょうか?
 TBT塗料が海洋性生物へ与える影響を懸念し、我が国では92年から世界に先駆け国内造船所に於ける塗布の完全自粛、国内塗料メーカーの製造中止を実施してきました。
 この条約はこうした実績を背景に日本のイニシアチブで出来た条約であります。発効要件を満たすには未だかなりの日数がかかると思われますが、最近EUがTBT船舶用塗料の使用禁止を発表しております。
 
5)船舶解撤−船舶リサイクリング
 船舶のスクラップに関して問題が二つあります。
 まず一つは船舶が抱える有害物質、汚染物質が除去されないまま国境を越えて移動していると言うこと即ちバーゼル条約上の問題の可能性も検討されています。
 二つ目は解撤現場の話になります。世界の大多数の船舶が現在インド亞大陸で解体されているおります。海洋汚染防止設備も殆ど施されない浜辺でその作業が行われております。
 経済と国際取引の問題とクール割り切って船舶を解撤国に売船するだけで、これを建造し、利用して来た者の責任は全くなくて良いのか?
 現在IMOとILOとUNEPの協力の下、単に解撤の問題だけでなく、船舶が生まれてから死ぬまでということで、船舶のリサイクリングという課題で、IMOを中心に検討が行なわれています。世界の海を遊弋した巨大人造物の終末処理をめぐって、人類は新しいパラダイムづくりを模索しなければなりません。
 
3. 海洋環境保全の責任を誰に求めるか
1)旗国責任の限界
 船舶が掲げる国旗が国際法上の権利と義務の点で一致していた時代がありました。先進国だけが外航海運を牛耳っていた時代であります。或いは便宜置籍制度が考えられるまでの海運世界っといっても良いかも知れません。
 即ち真のオーナーが国内に存在し、オーナーの近くに海運会社が存在しその国で船員が養成され、船舶全体が国の資産として認知され、従って同国に検査制度と検査(代行)機関が存し、船舶の安全が旗国の責任としてチェックされていた時代であります。40年前の日本はほぼこれに近い海運国家であったわけであります。
 然るに、現在は複雑なファンディングによって、本当のオーナーは誰か特定が難しくなってきております。先進海運国の支配船の殆どは便宜置籍国内の、極端な場合電話一本だけのペーパーカンパニーに所有されております。
 こんな国から船舶は世界中に転々と用船に出され、マンニングはマンニング会社又は船舶管理会社に委ねられ、船舶は老齢化と共に船級をホッピングすることになります。
 船舶登録税を得るだけで、自国の荷物や海運に関係せず、自国人か船員として乗り組みもせず、新船建造と同時に用船に出され自国には全く姿を見せない船舶に、旗国としての責任感が生まれるでしょうか?
 事故が起きたときには多分一番困る者が船主として登場するはずで、旗国は事故の時まで真の船主探しなぞする必要はありません。これが現在の世界海運の実態であることは皆様の方がよくこ存じの通りであります。
 海運先進国が生み出したこうした鬼子とでも言うべき「便宜置籍制度」に、船舶安全や海洋環境汚染の責任が委ねられているのであります。この制度の弊害にやっと反省の気運が生まれ、IMOでは旗国の条約履行問題をとりあげ、最近では「旗国に対するIMO監査プロクラム創設」の動きまでに議論を高めております。
 しかしながら、世界の海運経済が今なお安価な船員労働力をベースに成立している以上、同監査プログラムが採択されたとしても、違反国に対する制裁措置が盛り込まれない限り、またもやIMOのペーパーワークだけに終わることでしょう。
 
2)個船毎に監督が徹底される時代
 船舶による海洋環境保全問題が上述したように大変複雑化しつつあるなかで、国際社会は「旗国主義」と付き合いながら、その責任主体を徐々にどのように変えてゆくか?我々はそれに充分な解答を未だ見つけだしておりません。
 ご存じの方もおられると思いますが、エクソンバルディーズ号を契機に米国ではOPA(Oil Pollution Act2000)のもと、米国沿岸海域航行船はすべからく米国内に該船の船舶管理の責任者を置かねばならないとしております。端から所謂「船舶所有者」を信じていないわけであります。簡単にもうしますと、PSC(沿岸国による外国船監督)で条約違反船と烙印を押されたボロ船に「無害通航」を与えるなと言うことかもしれません。
 PSC(Port State Control)が欧州で始まって20年近く、アジア太平洋地区でのPSCも10年近くになりました。これらPSCでの検査データはEQUASIS(国際船舶データシステム)に代表されるように、船舶個船ごとに蓄積され世界中で利用されるようになりました。船舶に関する透明性が期待される分野であります。
 また一方で、電子技術或いは情報技術の進展は船舶をして隠れ場のないほどに高度になっております。電子海図ECDISに加え、例えばAIS(船舶識別装置)の導入によって時々刻々の個別船舶に対する監視が特に昨年の9月11日以降徹底されようとしております。
 先日イエメン沖で発生したフランスタンカーテロは、一隻毎の監視強化に格好の理由を与えるものであります。
 船舶一隻一隻の徹底監視或いは管理監督時代を予測してか、メジャーの海運会社は傭船管理システムや安全管理システムなど独自の環境マネージメントプログラムを持って、自社支配船舶の優秀性を積極的に売って出るいわば自己証明システムを作り始めております。即ち他船舶と差別的に取り扱ってくれるように沿岸国、特に先進国にプレッシャーをかけ始めようとしているわけであります。
 
 こうした動きと連動して、先進海運国間では「クオリティーシッピング」或いは「チェンオブレスポンシビリティ(責任の輪)が標榜されつつあります。
 
まとめ
(1)何年かに一度書き換えられる数枚の国際規則適合証を形式的に持っていれば、世界中どこへでも入港が許された時代が過ぎようとしております。即ち、船舶は個別に時々刻々自己証明が必要な時代を迎えております。
(2)海洋環境保全は沿岸国による外国船コントロールに大きな口実を与えてくれるが、これをどのように自国の海洋管理上の権益につなげてゆくか総合的な国家戦略が必要であります。
 
終わりに
 従来船舶による海洋汚染問題はIMOだけで解決が図られて来ました。しかしながらこれだけ海洋汚染問題が広範囲に議論されることになりますと、IMO以外の色々な国際機関との連携なしに解決が不可能になります。
 このことはとりもなおさずオーシャンガバナンスのぶつかり合いが多方面に広がっていることを意味します。国内で「海を護る」視点から従来の所管の枠組みにこだわらず議論が急がれるところかと考えます。
 大変雑ぱくなプレゼンになりました。少しでも皆さんへの話題が提供できていれば幸いです。







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