Session 2-3
新たな海洋レジームにおけるジレンマとアプローチ:資源利用と環境保護の統合
Merlin M.Magallona
I. 会議の目的
本論文の位置づけに関わる理由から、本会議の主題について説明する必要がある。本会議の主題は「地球未来への企画“海を護る”」となっている。そして、この主題に沿って「1. 環境保護、2. 海洋の平和維持、3. 海洋秩序の法的・政策的枠組みの形成と実行」という3つの課題について検討することになっている。
このように、我々は海洋の保護という目標に取り組むためにこの場に招待されているわけである。したがって、本会議の主題に沿って、より大きなコンセプトの枠組みから海洋の保護の問題を捉えられるべきである。環境問題を採り上げる上で「人間と海の関係の深まり」が見られたことは喜ばしい限りである。海洋保護の問題を海洋における安全保障の観点から捉えることが提唱され、「生命維持の基盤としての海洋を保護するというところまで海洋の安全保障の概念を拡大する」ことが示唆された。本会議の目的に照らし合わせれば、明確になった3つの課題について「全く新たな発想に基づいた海洋の安全保障」に則って議論を進めてゆくことが大切である。すなわち「全く新たな発想」に基づけば、海洋の安全保障は「地球の将来のために海を守る」という発想になる。
会議の目的を追求する過程で、国家の枠組みや社会的経済的な枠組みにとらわれ過ぎることがないように、全人類の共通利益という観点から海洋環境の現状を捉えて行くことを肝に銘じておきたい。バイオスフィアの重要なパラメータのひとつとして、また、地球という惑星の生命を維持する上で、海洋環境はこれまでにないほど重要な要素になっている。そして、一般に言う海洋の領域を超えて、多くの要素と相互に関係しあっている。国際海底機構(International Seabed Authority)が承認した「鉱区の調査や探査に関する規制」で指摘されているように、海洋環境は「海洋生態系、海水、上部の大気、海底およびその下の生産性、状態、条件、および質に影響をおよぼし、それらを決定する物理的、化学的、地質学的、生物学的な要素や状態、因子」を含んでいる〔1〕。このように解釈の拡大された海洋環境の保護について論じるには、グローバル・ガバナンス委員会(Commission on Global Governance)の言葉を借りるのが適切かもしれない。すなわち、同委員会の目的である「人類そして惑星自体に脅威をもたらす経済的、社会的、環境的、政治的、軍事的条件を排除して、地球の生命維持システムの整合性を維持する」という目的の中で用いられている「新時代の安全保障」という言い回しを用いるのがよいのではないか〔2〕。
現職 フィリピン大学法律学部教授
学歴 フィリピン大学法学部卒
フィリピン大学法学部の教職として30年以上勤務。1995−1999年法学部長。1999年最高裁判所陪席判事に任命。2000−2002年外務省次官。国際司法裁判所におけるフィリピン国の顧問や代弁者、国際商工会議所の国際仲裁裁判所の仲裁メンバーなどを務める。国際法、海洋法の造詣が深く、「海洋法入門」「条約入門」などの著作多数。
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「全く新しい見方」によれば、海洋の安全保障では、物事を見る角度を変えてみる必要がある。国境線や主権的権利といった既存概念の束縛を取り払い、グローバルセキュリティの観点から人類の生命維持システムを保護・維持することによって、人類全体の生存を確保してゆく必要がある。人類の生産システムおよび発展の速度は、もはやこの惑星の許容範囲を超えつつあるのである。
30年前、研究船カリプソ号の地球一周航海から帰還したジャック・クストーは海について、人類の酷使と軽視によって海は病み、そして死にかけていると語った。海洋の健康状態はひどく悪化していた。以来今日までに、海洋生物資源はさらに40%減少した。1000種以上の海洋植物が死滅し、100平方キロメートルの海底が投棄場になった。人類の活動を広範囲に渡ってサンプリング調査した結果、海洋環境に対する総合的な打撃は、人類の生命維持システムを一気に危機的状況に陥らせるに十分なものであることが判明した。地球の表面の約71%は海によって覆われており、水圏の94%は海に覆われている。したがって、海洋安全保障に対する「新しい概念」は、地球の安全保障を意味している。
ここで会議の議題である、ものの見方を変えるというところに話しを戻す。環境の保護がそれ自体で正当性を持つという考え方は、国際法のめざましい発展に伴い、国家や組織の安全保障ということ以上に、またそのこととは関係なく保護の理由として認知されるようになってきた。国連海洋法条約(UNCLOS:UN Convention of the Law of the Sea)の第192条には、国家が海洋環境を保護・保全する義務を負っていることが記されている。また第235条には、結果に対して国家が負うべき義務および責任について規定されている〔3〕。国際海底機構の第30条には、鉱床の調査および探査に関して、国家または任意の団体が損失または被害を被ったかどうかに関わらず、「行動の遂行に際して、特に海洋環境に対して」背任的な行為を行った場合の契約者の責任について明記されている〔4〕。いかなる国家や団体の利益とも無関係に、「海洋環境への被害」それ自身の価値に対して賠償責任か生じると法律は定めているのである〔5〕。
このように、人間社会と海との問は切っても切れない関係にあるのである。海の死は、すなわち人類の死を意味している。海洋環境の保護および保全は、いまや地球上に棲む全人類の安全保障の問題になっているのである。そしてそれは、惑星としての地球の安全保障問題でもある。
II. 国際海洋管理体制におけるジレンマと挑戦
1982年12月10日、ジャマイカのモンテゴ・ベイにおいて開催された第3次国連海洋法会議において国連海洋法条約への署名が行われた。以後20年の間に、海洋に関する新しい国際体制のコンセプトおよひアプローチ方法に対する挑戦として幾つかの開発プロジェクトが出現した。既存のパラダイムや慣習に根本的な改革がもたらされない限り、21世紀に入ってもしばらくの期間は、このジレンマがグローバル社会を悩ませ続けるであろう。
1. 地球の温暖化に伴って、人類の存亡そのものが脅威にさらされるようになりつつある。しかも、地球温暖化による気候の変化は「大気の成分構成を変化させるような人間活動に直接的、間接的に起因して」おり〔6〕、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)において「人間活動が世界の気候におよぼしている顕著な影響」が決定的インパクトとなり、覆い隠しようもない現実として表面化したのが地球温暖化であり、その中でも特に顕著なのがオゾンの減少である。気候変動枠組条約(Framework Convention on Climate Change)は「今日、地球的規模で進行中の歴史的とも言える量の温室効果ガス排出は、その大半が先進諸国によるものである」としており〔7〕、したがって「気候の変化および、それによってもたらされる負の影響への対処に際しては、先進国が主導権を握るべきである」との方向性を義務化している〔8〕。
予想されるカタストロフィーは海水の熱膨張という形で、すでに始まっている。最終的に15〜60cmに及ぶと予測される大幅な海面上昇が、嵐や洪水などを伴って押し寄せてくる〔9〕。この大破局の影響をすべて計算し尽くすことは不可能である。世界人口のうち沿海地域に住む30%と、沿海地域に位置する巨大都市のうちの3/5が最初の被害者になるであろう。世界人口の推移に基づくと、海面上昇に伴い6千万〜3億人が影響を受けると予測されている〔10〕。
2. そして、環境を支配する崇高な理念として、持続可能な開発という考え方が認知されるに至った。第3次国連海洋法会議から10年後にリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議において、この基本理念の待望論が大々的に発表された。そして、これを専門機関として発足させることを目的とした、国連主導のシステムヘの道が開かれた。このアジェンダ21の第17章では海の管理の問題が、持続可能な開発の枠組みの中に盛り込まれた。一方、国連海洋法条約が持続可能な開発の法律面での骨組みとなった。この章の輝かしい功績は、持続可能な開発の概念を海洋分野に導入するために、協調して取り組む各国の強い意志なくしては、決して結実しなかったであろう。
期待されたとおり、持続可能な開発は海洋資源の探査および割当てに決定的な条件を付けることになった。環境と開発に関する世界委員会(World Commission on Environment and Development)の報告書に規定された、持続可能な開発の理念に基づく基準および広範な適用範囲は、海の管理の未来を方向づける基礎となるであろう。この報告書の中で、次のように宣言されている。
−資源へのアクセスとコストおよび利益の配分を変えるような考え方に、開発に関する政策が変わらない限り、物理的な持続可能性を保証することはできない。狭義の物理的な持続可能性とは、世代間の社会的な公正性を意味し、さらには各世代内の公平性を合理的に広げていくことを意味する。〔11〕−
このように、同報告書は資源の探査および利益の分配に関して、公平性を保証する包括的システムヘ移行するための制限メカニズムヘのラジカルな移行を概念化している。持続可能な開発の概念は基準や規則の形で法律に組み込まれて行くが、現実の社会的・経済的開発の過程で、人や国家の問に存在する既存の不平等と向かい合わなければならない。国家間や住民間の経済的、社会的不平等のみならず、資源力も考慮に入れる必要がある。さらに、今の世代間の平等だけでなく、持続可能な発展では将来の世代まで含めた平等性を考慮している。海洋資源はこの星に住む全ての人のために役立てるべきであり、経済的、技術的に可能な者だけに利用が許されるものであってはならないというのが根底にあるビジョンである。あらゆる国家は経済的開発能力や社会・政治システムの如何によらず、資源維持の具体化に向けた意志決定に参加する権利を有するという仮定の上に、持続可能な開発の考え方は立脚している。同報告書は「何らかの圧力の下に結ばれた不平等な関係は、良好かつ強固な相互関係の基盤として好ましくない」としている〔12〕。このことは、確かな決断ができるように、資金的、技術的、科学的に必要な手段を国家に提供する必要があることを主張している。
持続可能な開発に対する要求は、単なる「経済および社会の進歩的な変革」以上のものであると同報告書が位置づけているところであるが〔13〕、海洋を管理する既存の法律行政の枠組みにとっては足かせになっている。国内法の適用外の資源については特にそうである。持続可能な開発に関するより一層完成されたビジョンについて、国連海洋法条約のコンセプトおよび機関においてどこまで調整できるかは、今後10〜20年の大きな課題になるかもしれない。
3. 持続可能な開発の必要条件に関連して、21世紀半ばには世界人口が現在の2倍にまで増加すると予測される中、人間活動による環境の悪化に伴うリスクが深刻な危機として迫ってきている。現在、世界人口は61億だが、今後の50年でさらに30億増加すると予測されている。アフリカ、アジア、およびラテンアメリカで増加傾向が続く見込みである〔14〕。
世界人口の半数、25億の人々の総財産と同額の富を358人が所有しているという事実がある。極端な例ではあるが、貧富の格差を端的に示す値である〔15〕。極めて貧しいと分類される貧困層の数は、1993年の13億人からさらに大きく増加している。この値は先進国全体の人口を少し上回る程度で、世界人口の1/5を占めている〔16〕。
世界人口の60億人の約80%が、人口増加が集中している最貧国に棲んでいる。世界人口の年間増加数を9000万人と推定すると、そのうちの75%が世界の総収入の15%しかない発展途上国に生まれていることになる〔17〕。
この統計結果は、国家および人々が世界の資源−特に海洋資源−を得られるかどうかを如実に物語っている。持続可能な海洋開発の枠組みの中で、「資源へのアクセスと、経費および利益の分配」の規則の下、いかにして互いに分かち合ってゆくかと言う問題は、人類の置かれている苦境の一部として繰り入れられてしまう。
1 |
Part I, para. 3(c) in Annex, ISBA/6/A/18. The Regulations were approved by the Assembly of the International Seabed Authority in its 76th meeting (sixth session) on 13 July 2002. |
2 |
Our Global Neighborhood. Report of the Commission on Global Governance, 1995, pp. 84-85 (New York Oxford University Press). |
3 |
See Alan Boyle, Marine Pollution Under the Law of the Sea Convention, American Journal of International Law, vol. 79, 1985, pp. 349, 366-367. |
5 |
See Andre Nollkaemper, Deep Seabed Mining and the Protection of the Marine Environment, Marine Policy, vol. 15, no. 1 (January 1991), pp. 55, 63. |
6 |
Framework Convention on Climate Change, Article 1(2), 9 May 1992, International Legal Materials, vol. 31 , p. 849 (1992). |
7 |
See preambular paragraphs, supra, note 6. |
8 |
Article 3, supra, note 6. |
9 |
See International Panel on Climate Change, Second Assessment Report (1996). |
10 |
See Crispin Tickell, Environmental Refugees: The Human Impact of Global Climate Change, in Terrel J. Minger (ed.), Greenhouse Glasnost: The Crisis of Global Warming, p. 189 (1990). See also Hans-Peter Martin and Harold Schumann, The Global Trap: Globalization and the Assault on Prospenty and Democracy, 1998 (London: 2ed Books Ltd.) pp. 30-31. |
11 |
World Commission on Environment and Development, Our Common Future, 1987 (Oxford: Oxford University Press), p. 43. |
14 |
UN Population Fund, State of the Worlds Population 1992 (New York, 1993), p. 1; Manila Times, citing Associated Press report, 3 August 2001, p. 7A. |
15 |
Hans-Peter Martin and Harold Schumann, op.cit, supra note 10, citing UNDP, Human Development Report 1996 (New York, 1966). |
16 |
See Our Global Neighborhood, supra note 2, p. 139. |
17 |
See Peter B. Payoyo, Cries of the Sea. World Inequality, Sustainable Development and the Common Hentage of Humanity, 1997 (The Hague: Martin Nijhoff Publishers), p. 17. |
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