東シナ海の現状および傾向
堆積物
東シナ海のメカニズムには大規模な海洋の作用が大きく影響しているが、東シナ海の大陸棚の物理的変化や地形学的な変遷、生態系の健全性に対しては、河川からの大量の水および堆積物の流入が重要な役割を演じている。さらに、東シナ海の生態系の安定には、一定量の水量および堆積物の流入が必要不可欠であることが知られている。したがって、東シナ海へ流入する物質の流量の長期的な変化、特に揚子江からの流入量の変化は大きな意味を持つ。
現在、揚子江下流のDatong Stationでの河川水の流入量は年平均で29,300m3/秒、同じく堆積物の排出量は年平均で10,700kg/秒である(図5)。過去50年間に、揚子江の流域には48,000の溜池が建設されており(図3)、そのうち中〜大規模の溜他は965箇所、運河・水路の総延長に至っては計測は不可能である。溜他による水の確保では、水は一時的に蓄えられるだけであって、河川の流量には顕著な変化は及ぼさないが、海へ排出される堆積物−特に粒子状栄養物−の量には大きな影響がある。Datong Stationにおける河川水の流量および堆積物の運搬量の年平均値を過去50年間に渡って調べると、どちらにも周期的な変動はあるが、堆積物の年平均の運搬量が減少傾向にある一方、河川水の年平均の流量は一定レベルを維持している。したがって、有機的粒子フラックスや、粒子状栄養物質フラックスを含む物質の運搬量も、同様の減少傾向を示すはずである。おそらくダム建設や、揚子江流域の運河・水路建設と密接な関係があるものと考えられる。
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図5− |
Datong Stationにおける河川水の流量および堆積物の運搬量の年平均値の変動 |
残留性有機汚染物質
揚子江河口で採取されたデータに基づいて、表層堆積物中のBHCおよびDDT含有量の過去数十年間の変動を調査した。さらに、堆積層内のBHCおよびDDT含有量の垂直分布を210Pb元素を用いて年代計測した。その結果、1983年に中国政府が有機塩素系殺虫剤の使用を禁止して以来、BHCおよびDDTの含有量が急速に低下していることが判明した(表1)。こうした残留期間の長い殺虫剤は世代を越えて、海洋環境や海洋生物に影響を与える可能性がある。ただし、東シナ海における有機塩素系殺虫剤の濃度は決して高くはなく、SWQSの基準の範囲内に収まっている。
表1− |
揚子江河口域の表層堆積物における1980年代以降のBHCおよびDDT含有量推移(ng/g) |
日時 |
BHC |
DDT |
1981年8月 |
3.26 |
12.38 |
1992年1月 |
− |
0.94 |
1997年10月 |
0.38 |
0.17 |
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汚水問題
1999年に中国の沿岸11省から排出された工業排水の総量は100.2億トンで、うち36.7億トンは直接海へ排出されている。四大海に流入する排水の内訳は渤海が5.6億トン、黄海が7.1億トン、東シナ海が14.8億トン、南シナ海が9.2億トンであった。工業排水の排出量全体の40.3%を占めた東シナ海が、中国最大の排水汚染海域となった。
1999年に中国の沿岸11省から排出された生活排水の総量は100.81億トンで、うち39.5億トンは直接海へ排出されている。さらにそのうち40.3%が東シナ海に排出されており、東シナ海の生活排水は中国の海域で最大であった。
さらに、中国の管轄海域では2000年現在25の天然ガス・油田が操業しており、油を含んだ排水を年間46.48億トンも排出している。特に東シナ海では、たった1箇所の油田が300,000トンを排出している(表2)。東シナ海の油汚染で特に注目を集めているのは、油の含有量がFishery Water Quality Standardを超えている揚子江の河口域、杭州湾および舟山(Zhoushan)漁場の問題である。
表2− |
中国の石油・天然ガス油田の分布および油を含んだ排水の現状(2000年) |
海域名 |
石油・天然ガス油田 |
油含有汚水排出量 (×104トン) |
油の排出量 (×104トン) |
渤海 |
8 |
246 |
54 |
東シナ海 |
1 |
30 |
5 |
南シナ海 |
16 |
4372 |
1302 |
合計 |
25 |
4648 |
1358 |
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陸上に起因し、東シナ海に流れ込む汚水の主原因である揚子江は年間150億トン、中国全体の総量の42%を排出している。内訳は工業排水が114.2億トン、生活排水が38億トンで、これらが中国全体の量に占める割合はそれぞれ45%および35.7%であった。揚子江の主流沿いに位置する21都市が年間に排出する汚水は63億トンで、毎年3.3%の割合で増加している。国の排出基準を満たさない都市が70%に達した。これらの都市を通過する汚染された流域の総延長は500kmを上回り、揚子江がこれらの都市を通過している距離の60%以上を占めている。そして、こうした汚水のほとんどが、揚子江の河口を経て最終的に東シナ海に流れ込む。
栄養物質
富栄養化による汚染は、揚子江の河口域および隣接する東シナ海の代表的な特徴の一つであり、極めて頻繁に赤潮を発生させる原因となっている。過去20年の間、揚子江の河口域および流入する隣接する東シナ海の海域における富栄養化による汚染は、年々悪化している。汚染海域の広がりは1980年代に始まった化学肥料の使用増加傾向と重なっている(図6)。揚子江の河口域および隣接する海域の無機態窒素の平均的な含有量は、1985年にはSWQSのClass I基準を超える程度であったが、1991年には既に基準の9倍まで達していた。含有量が最高値に達したのは1994年で、このときの値は基準の14倍であった。東シナ海の無機リン汚染は1985年にはSWQSの基準を超えていた。中国国内の他海域と比較して、東シナ海の水質汚染は最も深刻である。2000年の東シナ海における窒素およびリンの観察データから、東シナ海の汚染海域は中国の東岸から200kmまで達していると推測される。
富栄養化に伴って毎年起きるようになった有害藻類の大発生は、揚子江の河口域および東シナ海の環境に大きな負荷をかけている。揚子江流域および大気中から流れ込んだ大量の栄養物質は、河口域で植物プランクトンや粒子状有機物質を異常発生させ、海底付近の貧酸素状態(溶存酸素量<2mg/L)を招いている。夏場に揚子江の河口にほど近い東シナ海の海底に広範囲な貧酸素水塊が発生するのは、揚子江からの栄養物質の過剰供給によって、揚子江河口域およびその付近の東シナ海の富栄養化が助長されていることを示している(図8)。
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図6−Dantong stationにおける窒素含有量の推移
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図7−東シナ海における栄養物質の濃度変化
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図8−東シナ海の貧酸素海域(推側)
固形廃棄物
2001年だけで3644万立方メートルの固形物が東シナ海に投棄された。その内容は、港湾、内陸の河川、運河・水路などから掘り出された浚渫(しゅんせつ)泥である。水力学的な条件に加え、洋上投棄される量は季節によって大きく異なっている。一般に、乾季には投棄される量が増加する。東シナ海に投棄される泥の総量の73.2%は上海周辺の海域に、9.5%が江蘇省の連雲港の近海に、16.1%が浙江省付近の海域に、0.3%が福建省の海域に、それぞれ投棄されている。東シナ海に投棄される浚渫物の大半はDredging Dumping Quality StandardのClass IIIに分類される。浚渫物の組成は銅およびその化合物、鉛およびその化合物、亜鉛およびその化合物、ヒ素およびその化合物、カドミウム、クロム、有機物、硫化物、PCB類、DDT、BHC、油類炭化水素などである。この中で銅、鉛、亜鉛、カドミウム、銀、および油類炭化水素は基準値を超える値が検出されることがある。その他の物質の含有量は比較的低い。浚渫泥の汚染の原因物質は主に陸上から持ち込まれている。浚渫工事の増加に伴い、洋上投棄は将来的に飛躍的に増加すると予測されている。
画像:中国で発生した砂嵐(1998年4月16日撮影)
砂嵐は強烈な風を伴った嵐である。砂漠周辺の乾燥地域で発生し、砂や埃の雲を巻き上げ深刻な大気汚染をもたらす。砂挨は陸上の固形物質に起因するもう一つの形態の汚染物質で、汚染物質は大気を経由して洋上に運搬される。中国は国内北部を横断して吹き荒れる砂嵐に頻繁に襲われており、特に近年干ばつ続きの北西部で被害が激しい。近年の国内の干ばつ傾向に世界的な気候の変化が加わり、中国では砂嵐が増加する傾向にある。さらに砂漠の拡大、行き過ぎた伐採や放牧、無計画な水利用、急激な都市化による大規模建設プロジェクトなども気候の悪化に拍車をかけている。中国気象庁(China Meteorological Administration)の統計によれは、砂嵐の出現はこの年の5月中旬までに18回に達した。中国北部、北西部、北東部の一部に砂塵をまき散らし、さらに日本海や北太平洋を横断して北米大陸にまで到達する。黄砂の問題に対処するには、全国規模の植林活動を行ったり、西部の農地を森林や草原に変えるといった強力な対策をセットで行う必要がある。こうした活動により、将来的には砂塵による被害を軽減させることが出来るかもしれない。
揚子江流域における山峡ダムや運河・水路建設の影響
東シナ海へ流れ込む河川水の流量と含有物のフラックスを乾季・雨季を通じて一定の範囲内に維持することは、東シナ海の生態系を安定させ、環境の健全性を維持するための土台となる。したがって、揚子江流域の大規模な運河やダムの完成によって状況は一変するであろう。運河およびダム建設によって、流量だけでなく、堆積物の排出量にも影響する。降水量が地域や年によって異なるため、排出される物質の構成や含有量も違ってくる。したがって、含有物質や生物の生活周期に長期的な影響を与えずに運河・水路を用いることができる可能性は低い。また、水路によって水を取水する時期や量についても同様のことが言える。さらに、将来の人口増加や地球規模の気候変動が揚子江下流域の長期的な水需要にどのような影響を与えるかについても、十分に考慮されているとは言えない。運河・水路の建設後における、東シナ海に流れ込む河川水の乾季の流量についても疑わしい。
東シナ海の汚染を防止するための方策
東シナ海の汚染を防止して環境を保護するには、直ちに以下の対策を講じる必要がある。
1. 東シナ海の海岸線に沿った地域および揚子江河口域での産業構造を規制し、ハイテク産業の発展に主眼を置く。
2. 汚染対策への投資を促進し、経済規模に歯止めをかけ、汚染物質の総量規制を実施する。
3. 沿岸域や揚子江流域における人口扶養能力について研究し、人口増加を制限する。
4. 海洋の保護体制を強化し、海洋汚染を招く行為を排除する。
5. 海洋環境保護の分野において先進国との協力を促進する。
参考文献
[1] Chen Jianfang, Ye Xinrong, et al. 1999. Preliminary study on the marine organic pollution history in Changjiang Estuary-Hangzhou Bay-BHC and DDT stratigraphical records. China Environmental Science. 19(3), p.206-210.
[2] Li Daoji, Zhang Jing et al. 2002. Oxygen depletion in the Changjiang (Yangtze) estuary. Science in China (Series D), Vol.32, No.8, p.686-694.
[3] Report of China Marine Environmental Quality, 1999, 2000, 2001. Issued by the State Oceanic Administration, P.R.China.
[4] Report of China Environmental Quality, 1989, 1990, 1991, 1992, 1993, 1994, 1995, 1996, 1997, 1998, 1999, 2000, 2001. Issued by the State Environmental Protection Administration, P.R.China.
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