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Session 2
海の安全保障その2:海洋環境の保護
Session 2-1
陸上起因による海洋汚染−東シナ海、中国−
Session 2-2
海上起因による汚染からの海洋環境保護
Session 2-3
新たな海洋レジームにおけるジレンマとアプローチ:資源利用と環境保護の統合
Session 2-4
船舶と海洋汚染防止のパラダイムシフト
Session 2-5
WSSDにおける海洋問題
討議概要
 
Session 2-1
陸上起因による海洋汚染
東シナ海、中国
Li Daoii
 
はじめに
 過去20年問、揚子江流域および沿岸地域における人間の活動や人口の増加によって、東シナ海の環境は大きく影響を受けている。陸上汚染源から出る汚染物質(下水、油類炭化水素、堆積物、富栄養物質、農薬、ゴミや海洋投棄物、有毒廃棄物など)が海に流れ込んだ結果、沿岸地域および海洋のエコシステムにとって最大の脅威となっている。あるいは、脅威となる潜在的危険性を含んでいる。さらに、植物プランクトンの成長が阻害され、魚介類が死滅し、富栄養化を拡大させ、赤潮が頻発し、漁獲高は減少し、生態系の健康状態に不可逆的な変化をもたらし、沿岸地域の住民の健康状態をむしばんでいる。さらに、山峡ダム(TGD)の建設、利水プロジェクト(Water Transfer Engineering)、地球温暖化による海岸線の後退などが、将来的にさらなる打撃となるであろう。したがって、東シナ海周辺の諸国家および地域の海洋の生態系を保護し、持続可能な社会的・経済的・環境的発展を推進させるには、こうした大きな影響を持つ要因に対する詳細な研究および客観的な評価が必要不可欠である。
 
 70年代以降、先進国は沿岸海域の環境に関する基礎研究を続けてきた。そして、90年代に入って状況は顕著に改善した。ごく最近になって、エコシステムサービス、エコシステムの健全性、エコシステムの修復、エコシステムの多様性の保護などの課題が脚光を浴びるようになり、こうした研究におけるマクロ規模での国際協力が重要視されている。1992年にリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国連会議」(UN Conference on Environment and Development)、および「中国アジェンダ21」(Agenda 21 of China)では、海洋資源の持続的な利用と人類の持続的な発展を推進する上で、沿岸資源とエコシステムの健全性を保つことの重要性が提唱されている。
 
 1958〜1960年の期間、中国は「National Ocean Integrated Investigation(国家海洋統合調査)」という大規模計画を実施した。さらに1980〜1986年の期間にNational Coastal Zone Resource Integrated Investigation(国家沿岸資源統合調査)、1989〜1992年の期間にNational Islands Resource Integrated Investigation(国家島部資源統合調査)がそれぞれ実施された。その後も沿岸海域に関する複数の大規模調査計画が実施されており、これらは沿岸海域のエコシステムの健康状態および海洋資源の現在を理解する上で一定の基礎知識を提供してくれる。現在、中国では100億元を投資して、渤海のエコシステムを統制・回復する大規模計画「Verdure Sea(緑の海)」が始動している。また、同様のプログラムが広東省Pearl Riverの河口でも開始される予定であり、人間活動が沿岸海域の環境に及ぼす影響を効果的に軽減することが期待されている。さらに、揚子江の流域に位置する各都市では、環境保護プロジェクトが実施されている。一方、揚子江の河口およびこれが流れ込む東シナ海では、環境改善へ向けての行動や投資は停滞しているのが現状である。この地域の経済規模や、経済発展に投資されている金額は、前述の各地域よりも遥かに大きいにもかかわらずである。
 
現職 華東師範大学河口海岸研究所教授
学歴 青島海洋大学卒
 華東師範大学で河口と沿岸部の生態系の研究に従事。1989−1990年オランダ海洋研究所、デルタ海洋生物研究所客員研究員。現在は、国家重要研究機関に認定された河口海岸研究所で、揚子江流域の環境汚染が揚子江河口域と東シナ海に与える影響や、揚子江河口域と東シナ海の生態系および生物地質化学について研究中。環境および生態系に関する論文多数。
  
 
 本論文では環境評価の手法を提案し、東シナ海の環境について現状評価を試みる。エコシステムに影響を与える諸問題について包括的かつ高レベルの議論を促進し、東シナ海の海洋汚染を効果的に防止し、エコシステムを保護する政策を将来的に実現することを目的としている。
 
中国沿岸海域における海洋汚染の現状
 中国の沿岸省の人口は約5億であり、加えて沿岸地域に滞在する多くの移動住民が存在する。国内の中西部から東部沿岸地域への住民移動の傾向は2020年まで変化しないと予測されており、毎年8千万〜1億人が新たにこの地域に定住するものと推測されている。沿岸地域の巨大な人口は、生活空間の不足、重大な公害問題、汚水の増加など一連の環境問題を引き起こしている(図1)。特に海洋汚染物質の約8割が陸上から運び込まれるものであり、発生は避けられない。汚染物質の大半は海洋に直接排出投棄されている。沿岸部の工場や都市から排出される汚水および主要な有害物質だけでも、それぞれ年間100億トンおよび1.46億トンに達している。
 
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図1−中国における汚水排出量の推移(1990〜2001)
 
 中国の沿岸地域で、海水の水質が中国政府の定める“Sea Water Quality Standard(SWQS,GB3097−1997)of Chlna”のClass Iの基準を下回った地域は2001年には173,000km2に達した(図2)。また、SWQSのClassIVを下回る重度の汚染が見られる地域は約32,000km2に達しており、中規模都市〜大都市圏の沿岸海域と人口密度が高い河口域に集中している。さらに、極めて重度の汚染か見られる地域も2000年と比較して4,000km2拡大した。沿岸海域の汚染の原因は、依然として下水の汚染が1位の座を占めている。主要な汚染物質は無機窒素、リン酸塩、油類炭化水素、有機化合物、重金属などである。1999年以来、工場から沿岸海域に直接流れ込む量は減少傾向にあるものの、生活排水および雨水の汚染物質は増加傾向にある。赤潮の発生も、10,000km2に達した回数が2000年には28回、15,000km2に達した回数が2001年には77回あった。2001年の無機態の窒素およびリン酸塩による汚染は、軽度の汚染地域が25,000km2、中程度の汚染地域が14,490km2、重度の汚染地域が32,490km2であった。沿岸海域のリン酸塩による汚染は、中程度の汚染海域が13,000km2、重度の汚染海域は9,232km2であった。
 
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図2−
中国の沿岸海域で水質がSWQSのClass I以下に分類された海域面積の推移
 
 堆積物の監視データ(2001年)によれば、全銀、銅、カドミウム、鉛、ヒ素、DDT、PCB、油類炭化水素、硫化物、有機物などによる中国の沿岸海域の汚染は、程度は異なるがいろいろな地域に集中している。
a. 大連湾(Dalian Bay):全銀、銅、鉛、油類炭化水素、硫化物、および有機物による重度の汚染。硫化物の最大値は969mg/kgに達した。これはMarine Sediment Quality Standard(MSQS,GB-interim of China)のClass IIIの基準を上回る量である。油類炭化水素の最大値は7,795mg/kgであった。これはMSQSの規定する値を5倍以上も上回っている。T−Agの最大値はMSQSの規定する値の3倍であった。
b. 錦州湾(Jinzhou Bay):重金属、全銀、カドミウム、および鉛の値はMSQSのClass Iの基準値を超えてた。全銀の値はMSQSの基準値の3倍を超えていた。ヒ素および硫化物の値はMSQSのClass I基準を満たさなかった。約7km2に及ぶ海底では、生物を発見できなかった。
c. 秦皇島(Qinhuangdao)およびその近海:油類炭化水素、硫化物、有機物、銀および銅による汚染。油類炭化水素と硫化物の最高値はMSQSのClass IIIの基準を超えていた。また、有機物、全銀、銅の値はMSQSのClass Iを超えていた。
d. 揚子江の河口域および近海:DDTの値がMSQSのClass Iの値を超過した。
e. 渤海の沿岸海域:DDTの含有量がMSQSのClass Iを超過。
f. 欽州湾(Qlnzhou Bay):高密度のDDTを検出。MSQSのClass IIを超過していた。
g. ビン江(Minjiang)の河口域および近海:銀および油類炭化水素による汚染。油類炭化水素の最大値はMSQSのClass IIIの値を上回っていた。
 
 汚染物質の含有の有無について11の省にまたがる50の検査地点から採取した20種類の貝類を採取してサンプル調査を行った結果、沿岸海域の海洋生物の状態は2001年には基本的に良好であった。しかし、一部の調査地点で有害汚染物質(主にカドミウム、油類炭化水素、ヒ素)が検出された例も見られた。
 
 中国の沿岸経済の発展と歩調を合わせるように、海洋に流れ出す汚染物質も増加しており、近い将来に値が減少する兆しは見えない。特に、残留性有機汚染物質は増加傾向にある。したがって、中国の沿岸海域における環境の状況は楽観視する事はできない。今後十分に注意を払って行く必要がある。
 
陸上汚染物質が東シナ海に流出する主要な経路
 東シナ海は浅海と深海の両方の特徴を兼ね持つ縁辺海である。東シナ海の海底地形は非常に複雑である。その西側は東シナ海全体の2/3を占める大陸棚となっており、南部は大陸斜面を経て最大深度2,700m以上の西南諸島海溝に落ち込んでいる。東シナ海の西側では年間12×1011m3/年に及ぶ揚子江からの河川水の流入があり(図3)、西側には20〜30SV前後の流量を誇る黒潮が流れている。さらに、海上には年2回方向を変える季節風が吹いている。東向きの黒潮および夏期の季節風に乗って東シナ海に流れ込む物質は汚染されていない。したがって、この季節に流入する汚染物質は、主に黄海および中国東部(河川、沿岸地域、大陸内部上空の大気)に起因している。東シナ海へ流入する陸上起因の汚染物質の主な発生源は揚子江である(図4)。
 
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図3−揚子江の集水域
 
 揚子江は中国最大の河川であると同時に、世界屈指の大河としても有名である。揚子江は両岸に比較的大規模な工業地帯や農業地帯を持ち、人口密集地を流れている。さらに、河口部には中国最大の都市上海が位置している。したがって、揚子江流域の環境汚染は、東シナ海の海洋環境の状態と密接に関係している。
 
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図4−東シナ海に流入する陸上汚染物質の主な経路







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