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Session 1
海の安全保障その1:海上テロ、不審船等の新たな脅威
Session 1-1
海上テロリズムの可能性と脅威
Session 1-2
不審船事件の経緯と最近の事例
Session 1-3
海上からの工作員の侵入
討議概要
 
Session 1-1
海上テロリズムの可能性と脅威
Stanley B.Weeks
 
はじめに
 海上テロリズムヘの関心は、2001年9月11日に米国で発生した同時多発テロ攻撃以前から存在する。事実、海上テロヘの脅威が注目を集めたのは、2000年10月にイエメンのアデンで米艦コールがテロ攻撃を受けた時からである。しかし、9月11日以来、艦船や商船を対象とした海洋や港湾での海上テロリズムの潜在危機に対して、深刻でかつ持続的な関心が高まっている。海上テロ問題の対象範囲が新しい広がりを見せている現在、その問題に対応するため、米国やその他の国の主導による組織的、実践的、技術的な改善が計られている。そしてまた、それらの国々は海上テロリズムに対処するため国際的な協調関係を強化している。
 
海上テロリズムの範囲
 この2年間の数々のテロ事件は、米国や国際コミュニティにとって、海上テロリズムの潜在的危険性を認識する警鐘となった。その脅威について広く認識することは、海上テロに対抗するために組織的、実践的、技術的変化を理解し、国際協力を強化していく上で必要不可欠な事である〔1〕
 
 世界貿易の大多数は船により輸送されていて、海上輸送される貿易量は今後15年間で倍増することが予想されている。次第にグローバル化していく世界では、海上テロリズムは、世界的繁栄と経済発展の基盤である世界経済の根幹を揺るがすことを意味している。端的に言えば、海上テロリズムの危険性は無視できるような末梢的問題ではなく、中心的で重要な問題なのである。
 
 分析の目的上、このレポートでは広義の海上テロリズムを2つの大きな脅威に分類する。一つは艦船や海軍基地への脅威で、もう一つは、航海中または停泊中の商船に対する脅威である。今までのところ、最も有名な艦船への攻撃方法は自爆テロである。例えにじ2000年の米艦コールの事件だけでなく、最近明らかになったことだが、モロッコに潜伏しているアルカイダメンバーによるジブラルタル海峡での英国船や米国船への攻撃計画がある〔2〕。しかし、海洋上または停泊中の艦船に対する海上テロリズムの脅威は、自爆テロだけではない。例えば、航空機(有人または無人)、爆弾を持ったダイバー、小さな潜水艦による攻撃が考えられる。また海上テロリズムは、港湾内(米国内および外国)や航海中(公海、海峡、航行制限水域)の商船にとっても脅威である。商船には、オイルタンカー、化学物質や液化天然ガス(LNG)を輸送するタンカー、再処理のための核物質を輸送する船舶、また大型客船やフェリーが含まれる。
 
現職 アメリカ国際応用科学協会上級研究員、アメリカ海軍大学客員教授。
学歴 アメリカ海軍兵学校卒、アメリカン大学から修士・博士号取得。
 1970−1990年アメリカ海軍の軍政立案部門で国家戦略や軍事戦略の立案に従事し、1990年から現職。NATOのミサイル防衛研究チームの一員であり、国防総省でアジア太平洋地域の安全保障問題の分析、港湾保安計画なとに従事。アジア太平洋安全保障協力会議(CSCAP)の海上協力作業部会の米国代表。多国間安全保障協力、ミサイル・ディフェンス構想、海洋安全保障などの分野で活躍中。
  
 
 小さなボートや飛行機を使った自爆攻撃や潜水しての自爆攻撃だけでなく、商船に対するさまざまな海上テロが考えられる。そして、米艦コールのケースのような小さなボートによる攻撃でも、商船が対象になり得る。実際、このレポートの作成中の2002年10月6日にもイエメン沖でフランスのオイルタンカー「ランブール」が爆発炎上し、テロ行為である可能性が強く疑われている。その損害は、実際に目標にされた船の損失だけてなく、海洋環境への潜在コストや、世界の石油および海運産業に及ぼすコストもあり、その額は甚大である。他の可能性は、米国で9月11日に旅客機が使われたように、テロリストが商船を占拠し、他の船、港湾、商業施設(石油精製所を含む)、石油・ガスの海上プラットフォームに体当たりするなど、その船自体を武器として利用することも考えられる。また、客船がシージャックされ何千もの乗客を乗せていることも考えられる〔3〕。海上の石油/ガス施設が、海上テロリストによって攻撃または占拠され、何百もの人命が奪われることもありうる。または、石油や化学物質を積んだタンカー、LNGや核物質の輸送船が使われ、エクソンバルディーズ号以上に環境にとって壊滅的被害を与えることもあるのだ。また、海上テロリストは、商船やコンテナ船を使って武器や人員を輸送している可能性も高い。アルカイダのテロリストネットワークは23の船舶を保有していると報告されている。そのため、アラビア海/ソマリア周辺エリアでは、2001年の秋以降、国際的な「禁令措置」か敷かれ、アルカイダのメンバーが海から脱出することを防止している。
 
 海上テロリズムで最も深刻な脅威は、大量破壊兵器を輸送するプラットフォームとして商船やコンテナが利用されることである。以下に説明するように、海上テロリストは、商船やコンテナを使って、核爆弾、放射性物質を撒き散らすダーティーボンや生物・化学兵器を持ち込む可能性もある。
 
海上テロリズムへの対処
 2000年10月に起きた米艦コールヘのテロ攻撃以降、米艦に対する海上テロ政策は強化されている。そしてその経験は、海上テロから商船を守る観点からも参考になることが多い。コールヘのテロ攻撃以来、米国海軍は対テロリスト政策を見直し、いくつかの重点エリアに焦点を当てることにした。諜報機関の政策や警戒手続きが改善され、訓練も行われている〔4〕。また、センサーや設備の改善が計られ、テロリストの発見や包囲に対応している。おそらく最も重要な手段で、そして海上テロの脅威から海運を守る最善の手段は、ゲートから海岸まで港湾の安全性を強化することである。これには、埠頭の海側で侵入禁止ゾーンを拡大することを含む(例えば、ロサンジェルスタイム誌は500ヤードのセキュリティゾーンと100ヤードの侵入禁止ゾーンの設定をレポートしている)〔5〕。埠頭側では、安全パトロールや検問所の強化がある。海軍基地・軍港の入口では、セキュリティが強化され、陸上からの侵入を防ぐために検問所を設けている。海上での艦船に関しては、海上テロリストの脅威から守るための防衛強化が計られている。アラビア湾/ソマリア周辺海上では、正式な航路情報が要求され、「米国や同盟国海軍に対して敵対する意図があれば、商船を破壊する」と警告して不審船を停止させ捜査している。同時多発テロ以降、米国はマラッカ海峡にパトロール船を配置し、テロリストや海賊に対処している(このような重要な航行制限水域においては、海賊の接近や海賊行為を海上テロリズムと区別することは、事実上不可能である)m〔6〕。2002年4月中旬には、マラッカ海峡内の米艦は、インド海軍の艦船と共同してパトロールを始めた。〔7〕このようなマラッカ海峡での対テロリズム/対海賊パトロールでは、まだ実際にテロリストや海賊を拿捕できていないが、近年マラッカでの海賊行為は減少していると指摘されている。
 
港湾セキュリティ
 海上テロリズムに対処するためには、港湾セキュリティ(特に伝統的にオープンで通航量の多い商港において)は明らかに最重要課題てある。商船やコンテナで大量破壊兵器(核兵器、放射性兵器、化学兵器、生物兵器)の持ち込みが海上テロリストの最大の脅威であることからも、港湾セキュリティは最も重要である。米国には361の港(50は主要港)があり、毎年7500億ドルもの貨物が通過している(それは米国経済の20%に相当する)。これらの港では、600万ものコンテナが陸揚げされるが、税関によって実際に調査されるのはその内の2%に過きず、テロリスト、爆弾、銃、大量破壊兵器を運び込むことができるのである〔8〕。ここでの問題点は明白である。つまり、どのようにして、商船やコンテナがテロリストに利用されないようにするかである。その問題は単なる仮定ではなく、非常に現実的問題である。1998年に東アフリカにある2つの国でアメリカ大使館が爆破されたが、アルカイダか使った爆弾は海からケニアに持ち込まれたことがわかっている〔9〕。2001年9月下旬には、コンテナ内に潜み、カナダのハリファックスまで行こうとしていた1人のアラブ系の男性がイタリア当局によって逮捕された。その男は衛星電話、コンピュータ、航空技術者の証明書、カナダの空港でセキュリティを通るパスを携帯していたのである。2001年5月、米上院議員のBob Graham氏(上院情報委員会委員長)は、最近25人の過激派が貨物コンテナに潜んで米国内に潜入したことを報告している〔10〕
 
 合衆国は組織面、実践面、技術面で、対海上テロリズムに対する港湾の安全保証を強化している。まず組織面では、ブッシュ大統領は、6月6日に国土安全保障省の設立を発表し、沿岸警備隊、税関、移民局など港湾の安全保障上重要な機関を統括する。港湾の安全保障上で1番重要な要素は機関間の情報共有の促進であり、これからは新しい省の元で、FBI、CIA、麻薬取締局、海軍諜報機関などとの情報共有が強化されるだろう。そして実践面では、港湾の安全強化のため陸上と海上でセキュリティゾーンが設置された(24時間体制のパトロールと不定期的な潜水調査を含む)。また、強制捜査ができるような法的整備も必要となっている。2001年9月以降、米国の沿岸警備隊は、特定の船が港に入るには96時間前の事前通達を港に行うことを要求している。しかし、忙しい(組合が組織された)商港では、埠頭への自由アクセスや港での労働者を審査することは難しい。また、Sea Marshalの新規プログラムも設立され、海上での船舶への立入検査や、港へのあるいは港からの誘導ができるようなった。米上院や下院が最近通過させた法案(1文をめぐって審議中)は、米国の沿岸警備隊に対して米国と外国の港湾の危険度を評価することを要求している(対テロリズム措置が取られていない外国からの船が米国の港に入ることを拒否する)。またその法案は、積荷の証明書と検査システムを発展、管理して、米国に出荷されるコンテナと米国が出荷するコンテナ全てにそのシステムを適用することを要求している〔11〕
 
 同時多発テロ以降、米国沿岸警備隊は港湾の安全を強化するため、米国だけでなく国際的にも主要な役割を担ってきている。沿岸警備隊は、港湾組織で伝統的に主要な役割を担っていて、荷役監督、海上検査、海洋汚染管理の任務を遂行してきたが、港湾の安全は沿岸警備隊の日常業務の2%以下に過ぎなかった。しかし、同時多発テロ以降は、港湾の安全保証は沿岸警備隊の日常業務の50%−60%になった〔12〕。沿岸警備隊は海側のセキュリティゾーンを拡張し、入港するには96時間前の事前通達を要求するなどしている。また、港から12マイル(以前は3マイル)の地点で船を止めることを制度化するように政府に要求している。2001年11月には、沿岸警備隊長官のJames Loy氏は、ロンドンで開かれた国連国際海事機関(IMO)の162ヶ国に対して、テロリストの脅威に対処するために、海上での安全保障を改善する提案を行っている〔13〕。IMOは、その提案を支持し、全ての大型船が船舶自動認識装置(AIS)を装備すること、船舶、港湾施設、沖合ターミナルのセキュリティを強化すること、テロ攻撃に対する港の脆弱性を評価することを要請した。しかし、IMOはまだ2つの提案を承認する必要がある。一つは、船舶の最終所有者についての情報共有で、もう一つは、全ての船員についての身元チェックと身元証明書の携帯である(この場合、船員の身元証明書の偽造は深刻な問題である)〔14〕
 
 沿岸警備隊だけでなく、米国関税局も、毎年米国の港に入港する600万に及ぶコンテナの大部分は調査されておらず、それらは潜在的な脅威であると主張している。これに対処するカギは、「発送元」調査の考え方であり、米国の港が目的地であるコンテナの証明書を発行することである。米国の関税局長官が説明するように、「コンテナの安全保障の第1歩」は20の国際的主要港について政府間で合意することだ。20の主要港との取引きは米国へ来るコンテナの68%を占めているため、その安全が保証できれば、関税局員が港湾職員を支援してさらにリスクの高いコンテナを米国に入る前に調査することができる。(いずれは、コンテナに変更できない装置付の証明用タグと追跡可能なGPS技術を取り付けることになる。)〔15〕2002年3月に、米国はカナダの主要な3港に関税調査官を派遣した。(カナダも調査官を米国にある2つの港に派遣している。)9月には、米国は「発送元」についての同じような取り決めを、シンガポール、マレーシア(ジョホールのポートクラン港とタンジュン・ペラパス港)、香港、日本(東京、横浜、神戸、名古屋の各港)と合意した。また、同しような合意が、オランダ、ベルギー、フランス、ドイツの主要港と取り決められている。国によっては、技術を導入するコスト増を嫌い、また外国の港湾での米国の強行的で押し着せがましい関税検査に憤慨しているケースもある。しかし、「発送元」の考え方が、米国へ入港する調査対象の船荷を、現実的に調査可能なレベルにまで減らすことがてきる唯一の方法であることは確かである。また二重底構造のタンカーの要求と同じように、米国の要求については、国際海運コミュニティやその他の国にとって、世界最大の経済国への輸送で入港を拒否されたり、遅れたりすると採算が合わないと結論付けることが予想される。
 
 それでも、海上テロリズムによる攻撃に対して、まだ弱点かいくつか残っている。第1に、港湾の安全を守る技術を改善する必要がある。命令、管理、連絡、監視センサー(レーダーやソナー)、周辺感知センサー、無人海上偵察船(例えばSAICのUnmanned Harbor Security Vehicle)〔16〕、港湾上空を監視する無人偵察機、コンテナを調査するコスト的に可能な検査方法(例えばSAICのVACIS)の技術が必要になってくる。それから、危険な積荷についての情報をオープンにするような海運産業の伝統的行為は慎む必要がある。IMOはまた、船舶や乗組員の証明書偽造の問題に取り組むべきである〔17〕。そして、将来港を発展させていく時は、石油精製所、ガソリンタンク、化学性廃棄物施設など危険な産業エリアが港湾に近すぎる現在の問題を考慮していく必要がある〔18〕。そして、テロリストを拘留、起訴するための国際法律制度を整備し、特に、1988国連会議で可決された「海上航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(ローマ条約)」に基づいた強化が必要である。
 
海上テロリズムに対処するための国際協力
 本質的に海は国際環境であるため、海上テロリズムの脅威に対処していくには国際協力が必要である。その協力は、国際的な軍事、政治およひ経済協力により始まり、テロリストの集中を排除し、その支援組織を根底から殲滅することが目的だ。マラッカ海峡などの重要な海峡では、テロリズムと海賊行為が共通の脅威であることを認識し、それらに対処するために地域で協力してパトロールを行う。NATOの大臣同士の対テロリズム合意や、2002年5月のマレーシア、インドネシア、フィリピンの対テロリズム合意、上海協力機関憲章など、地域合意やサブ地域での合意が対テロリズム対策に役立っている〔19〕。そして、各国が対テロリズム能力を持てるように支援していくことも大切である〔20〕。最近では、米国が沿岸警備用の監視船やパトロール船をフィリピンに提供した例がある。またアジア太平洋地域について、米国の太平洋軍総司令官は、今までのような2国間協力に加えて、多国間の軍事演習や軍事協力こそが各国が地域レベルでテロリズム(またはその他の国際的脅威)に対処していく上で大切であると強調している。海上テロリズムは世界的な脅威であり、文明社会にとって共通な脅威である。そのために、国際協力が必要である。
 

参考文献
1.
"Terrorism From the Sea," Naval Forces, 6/2001 , Vol. XXII, pp. 7-8.
2.
"UK Warships Go On Alert After Attack Warning," Financial Times, June 12, 2002.
3.
Gribbin, Anthony, "Seaports Seen As Terrorism Target," Washington Times, January 22, 2002.
4.
Scott, Richard, "USN Ups Tempo for Anti-Terronst Force Protection," Jane 's Defence Weekly, January 9, 2002, pp. 28-29.
5.
Simon, Richard and Sahagun, Louis, "Officials Propose Senes of Steps to Tighten Security at Seaports," Los Angeles Times, December 7, 2001.
6.
McMichael, William H., "Navy on Lookout for Pirates in Indonesia," Navy Times, January 28, 2002, p. 10.
7.
McMichael, William H., "U.S. Vessels Patrol for Pacific Pirates," Navy Times, June 17, 2002, p. 28; India and U.S. Free to Patrol Malacca Strait'," The Straits Times, April 24, 2002.
8.
Washington Times
9.
Ibid
10.
"FBI Chief: Suicide bombers Will Hit U.S.," CBS News.com, May 20, 202.
11.
"House Passes Maritime Bill," Inside the Navy, June 10, 2002, p. 19.
12.
Conroy, Joe, "Mantime Homeland Defense Team" Armed Forces Journal International, January 2002, pp. 44-47; "Border Security Initiative Boosts Coast Guard Funds," afisnews, January 30, 2002.
13.
"Coast Guard Port Security Plans Taking Shape; Navy may Play Role", Inside the Navy, January 28, 2002; "US Seeking to Extend Cargo Secunty," Wall Street Journal, January 7, 2002, p. A10;
14.
"US May Try for Deals on Screening of Seafarers," Financial Times, February 26, 2002; "US Terror Concerns Transforming Maritime Trade," STRATFOR 2300 GMT, 020109.
15.
"U.S. Agents Going to Singapore," Washington Post, June 5, 2002, p.E2; "U.S. in Efforts to Make Cargo Shipping Safer," Financial Times, May 22, 2002.
16.
"Maritime Force Protection With No Risk to Personnel," Naval Forces, 6/2001, Vol XXII, p. 15.
17.
Watkins, Eric, "Shipping Fraud Heightens Terror Threat," BBC News, February 6, 2002.
18.
Wood, Daniel B., "America's Ports Vulnerable, Even Wih More Patrols," Christian Science Monitor, December 26, 2001.
19.
Sherman, Jason, "Asia Tackles Terror," Defense News, June 10-16, 2002, p. 1.
20.
"U.S. Sends Military Aid to Philippines," Inside Defense com, December 20, 2001.







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