日本財団 図書館


グループホームの窓辺で
生活支援も介護もする長屋
障害や病気があっても
 市営地下鉄の駅から地上に出ると、北国の街は前日までの寒波が収まって、やわらかい日差しがあふれていた。駅から歩いて4〜5分の2階建てアパートが、年齢や障害の種類、程度にかかわりなく誰でも入居できる「なんもさ長屋」だ。
 「なんもさ」とは土地の言葉で「なんでもないよ」という意味。英語なら「ノー・プロブレム」というところだろう。「大変ですね」と声をかけられて「なんもさ」と答える。長屋の経営者Kさんがよく口にする言葉がそのまま長屋の愛称になった。
 なんもさ長屋はもとは学生アパートだった。長い廊下の両側に6畳ほどの部屋が並び、ドアに入居者の名札がぶら下がっている。1階と2階、2階と屋根裏をつなぐ階段は、手すりこそ付いているが、かなりの急勾配だ。この階段を80歳代、90歳代のお年寄りもヨッコラショと昇り降りする。
 ここには障害を持つ60歳以下の11人を含む24人が暮らしている。最高齢は93歳。高齢の入居者の中には介護認定を受けている人が多く、ここからデイサービスに通ったり、居室でケアサービスを受けている。
 「うちは食事や洗濯といった日常生活の支援から、障害や病気の介護、それから最期のお世話まで、何でもしますよ」とKさん。常勤の10人のスタッフは全員ヘルパーの有資格者だ。
狭くても段差があっても
 Kさんの案内で、1階の居間、台所と食堂、風呂場、洗濯コーナーなどを見せてもらう。居間も食堂も風呂場も24人が生活するには狭いし、トイレは共用だ。あちこちに敷居もある。
 「お年寄りは何十年もの間、段差があったり、ごちゃごちゃ家具が置いてあったりする家で暮らしてきてるでしょ。だから不思議と怪我しないもんですよ」
 古い家屋を無理にバリアフリーにする必要はないというのがKさんの持論で、2階に住んでいる視力障害のお年寄りが怪我ひとつせずに暮らしているそうだ。
 8畳ほどの居間ではデイサービスから帰ってきたNさんとOさんがソファに並んで座って、テレビの「水戸黄門」を見ていた。ふたりとも軽度の痴呆症で要介護1だが、「お生まれはどちらですか?」と話しかけると、生き生きとした表情で身の上話を聞かせてくれた。
 Nさんは92歳。女性の入居者の最高齢だ。8人の子を育て、43歳から30年間私立学校の用務員をしてきた働き者だ。娘の家族と暮らしてきたが、孫が結婚し、ひ孫が生まれ、「みんな忙しいからね、迷惑かけられんと思ってここに来たの。ここは気がねがなくていいねえ」と言った。時々ひ孫が遊びに来るが、Nさんは孫だと思っている。「来ると小遣いをねだるから、わざと知らん顔してね。小遣いをあげた時は娘に電話で言っておく」としっかり者は健在だ。
時間の経過とともに
 Oさんは81歳。娘とふたりで暮らしてきたが、娘が仕事に出ている間一人で家にいられなくなって入居した。Oさんは「そうね、もう2年になるね」と話してくれたが、Kさんによれば入居は10か月前で、半年ほどは家に帰りたくて黙って大通りに出て行ってはスタッフに連れ戻されていたという。娘に会いたいのに、当の娘はいっこうに訪ねて来ない。寂しくて、部屋にこもって泣いてばかりいた。
 それが今では「毎日、上げ膳据え膳で、ここが一番いい。話し相手もいるし」と言う。週3回のデイサービスが楽しみで、毎朝出かける支度をして部屋から出て来ては、「今日は行く日じゃないよ」とスタッフに言われるのだそうだ。
 そんなOさんの変化に、Kさんは「時間の経過とともに、ここの生活に慣れて笑顔を見せるようになった。時間とはありがたいものですよ」としみじみと言った。
夜は妻の部屋で介護
 Kさんの後について2階、屋根裏へと急な階段を昇った。屋根裏にも天井は低いが6畳の部屋がいくつかあって、一番奥の部屋にTさん(75)が住んでいる。1階には妻(74)もいる。脳血管障害による痴呆がある妻は要介護4。病院に入院中は要介護5で全介助だったが、ここに帰って来てからは丸いパイプ椅子を杖代わりに居間や廊下を歩き回るようになった。
 Tさんは日中は3度の食事で1階に降りるほかはほとんど自室で過ごし、夜は妻の部屋で寝る。朝晩の着替えと夜間のトイレを介助するためだ。妻が病気になるまで介護などしたことがなかったから、スタッフのように手際よくできなくて、妻がイヤがって大きな声を出すこともたびたびという。
「抵抗されると俺のほうもカッとなって、よけい力が入ってしまう。難しいものだな」とTさん。日中を自室で気ままに過ごすのは、介護の疲れをためないためでもある。
 Tさん夫婦も2年前まで市内の家で娘の家族とともに暮らしていた。入居のきっかけは、孫たちが大きくなって、それぞれに部屋が欲しい年齢になったからだという。
 「年寄りが出ていけば簡単だものな。それにここは食事の心配がないのが一番ありがたい。年寄りが煮炊きして火事でも出したら大変だものな」と話すTさんは、誰にも気がねのいらない屋根裏の一人暮らしを心底満喫しているように見えた。
 元気なTさんも痴呆があるNさんも、異口同音に「ここは誰に何の気がねもいらない」と言った。一人暮らしの気楽さと、部屋から出ればスタッフや仲間がいる安らぎ。これが「なんもさ長屋」の身上だ。
どのような立地条件が望ましい?
 グループホームの立地条件は、都市部での土地情報を考えれば理想どおりにいかない面はあるが、可能であれば以下のような項目を考慮するとよいだろう。
  
(1)
市街地からあまり遠くなく、交通の便がよいこと。
 
(2)
保健・医療・福祉施設などの連携機関や、公園や地域のコミュニティーが近くにあること。
 
(3)
敷地があまり入り組んでおらず、平坦で地盤状況がよいこと。
 
(4)
敷地面積に駐車スペースや避難ルート、屋外のイベントに対応できる余裕があること。
 グループホームは居宅であるが一般の個人住宅よりも大きく、入居者が高齢者であるという特殊性があるため、建設に当たっては近隣の地域との関係を良好に保つ配慮も求められる。
 具体的には、建物の種類や入居者について理解してもらい、地域の仲間として受け入れられるよう、計画立案の段階から地域へ説明するなどの働きかけが必要だ。特に隣接する土地の地権者にはよく説明して理解を求めることが大事だ。また、10人規模の入居者が生活するため、排水問題では末端の水路がどこかトラブルがないように調べておくとよい。水利組合などの管理団体があれば、そちらにも理解を求めておこう。
 建設時に発生する騒音や通行の妨げなどを最小限に抑えるよう、機材の搬入路や仮設の電気や水道などを業者任せにしないで確認しておくことも大事だ。
 建築確認に際しては、土木事務所では集合住宅、宿舎、保養所などの形態で登記するよう指導されることが多いようだが、税制上(固定資産税、不動産取得税)不利にならないよう、ホームの趣旨をよく説明して居宅に即した税制となるよう注意しよう。
 以上は土地を取得、あるいは借地してホームを建設する場合の留意点であるが、初期投資を抑え、入居者の負担金を軽くするという観点からは、既設の社員寮やアパートなどを借り上げ、最小限のリフォームをして開設する方法もある。右ページのエッセイは、学生アパートを1棟借りして開設したケースである。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION