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どんな人でも時間という平等な価値を持っている
堀田 教育や介護に関しては日本でも予算が出やすいのですが、一般的な地域通貨での支援費というのは難しいのが現状です。
 おっしゃられたように、皆が生きがいを持って支え合って生きるということは、行政の言葉でいえば介護予防に役立ち、失業時の生きがい保持に役立ち、いろいろな観点から行政にとってもプラスなのですから、基本的なところは行政が支援するよう運動していくことも必要だと思っています。
カーン 教育分野なら支援しやすいということですが、たとえば我々は、十分な教育を受けられずに育った大人への再教育、非行を防止し子どもたちの自立を促す教育を行っています。高齢者、受刑者、失業者も含めて、一般的に役に立たないと思われている人、学校から、見放された子どもたちが、それぞれの持ち味を生かして互いに助け合うことで、良い人生を送れるようにするのが教育の意義だと思うのです。
 人は誰も、時間という平等な価値を持っているのです。相互の絆を深め、本当の意味での教育ができる地域社会を再構築しようというタイムダラーの考え方は、一般にいわれる「良い教育」とはまったく異なりますし、それが実現できるのが地域通貨の存在価値なのです。
堀田 日本の教育の仕組みも、今、大きな問題点を抱えています。子どもたちの人間性や心を破壊し、不登校や引きこもりの子ども、ストレスから非行に走る子どもが増えています。地域通貨を生かして子どもたちを救いたいというNPOも出てきています。何かアドバイスがあれば、お聞かせください。
カーン 学校から見放されて非行に走る子は自信を失っています。しかし自分自身が勉強についていけなくても、下級生になら教えることができるはずですね。周りの人に感謝され自分が役に立つ存在であることを実感し、だんだん自信を取り戻していくのです。
 難しい知識は必要ありません。アルファベットの違いもわかるだろうし、あるいは犬とキリンの違いならわかるでしょうと。それを下級生に教えてください、と言うのです。あるいは近所のお年寄りに代読したり、老人ホームにメモを届けたり、それでタイムダラーを受け取れます。タイムダラーを使って、やればできることを証明するのです。そうすれば受け身ではなく、積極的な姿勢で人生を切り開く力を発揮できるようになると思うのです。
堀田 素晴らしいですね。まったく同感です。
 
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『この世の中に役に立たない人はいない』
信頼の地域通貨 タイムダラーの挑戦
エドガー・カーン著
へロン久保田雅子・茂木愛一郎訳
(創風社出版)本体定価2000円
タイムダラーが生み出した新しい概念、コ・プロダクションを中心に、地域をいかに再生するかを、具体的な事例とともに提言する。
地域通貨はやさしさ、思いやりに対して支払われるもの
堀田 ではもう一つの連携として、地域通貨と市場財、マーケットとの関係をお伺いしたいのですが、アメリカにはイサカアワーズ(Ithaca HOURs)など市場の貨幣価値と連動する地域通貨があります。これについては、どういうお考えをお持ちですか?
カーン イサカアワーズの推進者は友人ですし、彼のやろうとしているコミュニティーづくりを尊敬しています。ただ、農家など生産者のレベルではうまく行っているようですが、商店ではあまり成功していないようです。お店の人は単なる割引だと考えてしまうので、地域通貨として循環しないのです。地域通貨は使うことで信頼の輸が広がっていき、共同体づくりにつながるからです。
堀田 タイムダラーと市場のつながりはどのようですか?
カーン たとえば慈善団体がお店の余分な食料、衣料、備品などを集めます。お店ではそれに関して税の控除がなされ、またタイムダラーでそこの店で買い物ができることもあります。
堀田 そうして獲得した地域通貨をドルに替えることは認められていますか?
カーン 単純な両替はできませんが、たとえば1イサカアワーは10米ドルの価値があると見なされているので、相当分を値引きするという形で使えます。ただし、レッツやイサカアワーズといった地域通貨は課税されますし、ドルの価格に、連動します。タイムダラーはそうではありませんが、各人が得たタイムダラーの点数によって、割引されたり買い物ができる場合もあります。特定の商品やサービスにしか使用できないわけですが、それが地域の助け合いのために流通していくことが大事なのです。つまりやさしさや思いやりに対して支払われる通貨だと理解されることが大事なのです。
堀田 ある限度を持って、国の通貨と柔らかな交換は認めるというお考えですね。地域通貨を広めることは、私たちがもっと良い人生を送りたいと願い、人にもそうであってほしいと願う気持ちが基本であろうと思います。ぜひ、これから地域通貨を広めていくためのアドバイスなどを最後にお願いします。
カーン 時々、地域の中に複数の地域通貨があったら混乱しないかといった質問があります。それに対する答えは、地域の中に複数の地域通貨があっても全く構いませんし、そもそも一つの地域通貨・考え方で地域すべてを支配するのは間違いだと思います。選ぶのは地域の方です。健全に競争し、互いに尊重し合い、どうすればより良い社会をつくり出せるかを皆が考えていけばよいのです。同様に、もし地域通貨を使わなくても良い関係がつくり出せるならば、無理に導入する必要はありません。地域通貨はただ広めればいいのではなく、どのような内容でどんな成果を上げるかが重要です。そのためには目標をしっかり定めることが必要でしょう。
 地域通貨は、思いやりや誠意を取り戻す助けになるのなら使ってみようという、試み、挑戦といっていいでしょう。愛と信頼に基づく新しい関係が将来育まれることを願って、それぞれの場で努力してまいりましょう。
 最後に、前の妻が亡くなるとき、最期の日々に一緒に読んだある本の一節を引用します。「人は、この世にひとりで生まれてきて、この世をひとりで去っていく。けれどその間の時間は、ずっと誰かと共有することができる」―。私たちは一人ひとり、素晴らしい宝の時間を持っているのです。どうぞこのことを忘れないでください。
堀田 まったくその通りですね。これから私どもも日本で頑張って地域通貨を良い方向に広げていきたいと思います。今日はすばらしいお話をありがとうございました。(会場拍手)
 
(本稿は2002年10月19日に東京・四谷の主婦会館で行われた「時間通貨フォーラム」内の対談を編集要約したものです)







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