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堀田力のさわやか対談
“誰でも人に役立つ才能があるのです”
広く地域を支えるタイムダラーの新たな挑戦
 
ゲスト
タイムダラー研究所所長
エドガー・S・カーンさん
 1935年生まれ。タイムダラーの創始者。エール大学卒業後、同大学で博士号を取得。アンティオク・ロースクール、全米法律扶助プログラム(National Legal Service)の共同設立者であり、コロンビア大学、マイアミ・ロースクールなどで教え、現在はDCロースクールで教鞭をとる。主な著書に『Hunger USA』『Time dollar』『No More Throw-Away People』他。
 
 世界経済をリードするアメリカで、相互扶助を基本理念とする地域通貨「タイムダラー」は、発足以来約20年、着実にその存在価値を高めてきた。そして今、個人間でのやりとりからさらに一歩進め、公的サービスや市場経済とも連携し新たな社会の枠組みづくりに役立つものになろうとしている。昨秋、創始者のカーン氏が来日、東京でフォーラムを開催した。アメリカでの多彩な取り組みが説明され、参加者の関心も高く、会場との質疑応答も積極的に行われた。熱心な市民運動家でもあるカーン氏が、タイムダラー、そして21世紀の地域通貨が果たす役割を熱く語る。
 
■タイムダラー
 タイム=時間・ダラー=ドル、誰もが平等に持つ時間を単位として、活動した時間に応じた点数を受け取り、自分が必要とするサービスを受けとることができる地域通貨の一つ。皆が共に支え合う地域の相互扶助を目指している。日本でもふれあい切符・時間預託制度等、時間を単位とした地域通貨がある。
地域通貨が発展してきたそれぞれの背景
堀田 ここ数年、日本でも地域通貨への関心の高まりは目覚ましいものがあります。何とか自分たちの地域は自分たちの手で良くしたい、そんな気持ちの表れでしょうし、近隣助け合いの普及に大きく役立つであろうと期待しています。ただ一方で、その次の段階、たとえば地域通貨と公的サービスとのつながりや市場との関係についてはまだ暖昧で、暗中模索の状態から抜け切れていません。今日の皆さんは地域通貨に精通された方々が多いようですので、そのあたりに焦点を当てて、日本での将来に向けた取り組みへの示唆をいただければと思います。
 まずその前提として確認したいのですが、タイムダラーが誕生し発展してきた社会的背景はどのようなものだったでしょう。日本とアメリカで何か違いがあるのかどうか。
カーン 私がタイムダラーを考案した1980年代当時は、レーガン大統領も英国のサッチャー首相も、「社会福祉サービスの予算は削減すべき」と言っていた頃でした。もう政府資金がないので社会サービスに大金を費やすことができないと宣言したわけです。その頃にスウェーデンやドイツの人と話す機会があったのですが、彼らはすでに高齢化を見据えて、社会サービスだけでは財政が破綻することを指摘していました。
 一方、アメリカでも、女性の社会進出が進み、子どもへのケアを提供する人が不足してきたのです。高齢者と子育てという年齢の両端で、何らかの対応方法が必要となっていた、そんな時代でした。
堀田 その2つの事情は日本でも同様ですし、これからさらに進んでいくことでしょう。それと日本で地域通貨が広まってきたもう一つの背景として、人々の要求が物質的なものから精神的なものへ変化してきたことがあるように思います。経済大国にはなったけれどやはりもっと安らぐ環境がほしい、温かい社会にしたい。それは政府や企業では難しい。だから市民の手で行う、その道具として地域通貨が広まってきたのではないかと。この点、アメリカはいかがですか?
カーン そうですね、アメリカでは2つの異なったことが起きています。
 一つは今のお話とは全く逆に、精神的な満足は物の豊かさに比例して得られるという物質主義の考え方。これも若い世代に根強くあります。しかし一方で、環境運動など精神的なものを追求する若者の姿も多くあります。その点、日本の背景とは少し違うかもしれません。
堀田 一つ質問ですが、「シェーン」という有名な映画で、主人公がならず者をやっつけて重い傷を負いますよね。でも子どもに弱いところを見せたくないので黙って何でもないように去って行く。私なんか「あのままじゃ死んでしまう、イイかっこしないで助けてと言えばいいのに」と思ったのですが(笑)、アメリカ人もなかなか「助けて」と言えないのでしょうか?
カーン みんなプライドを持っていますし、自分の子どもに電話をかけるよりも、暗闇で座っていることを選ぶ、そうした姿勢が強いですね。哀れみのような形での助けはいらないと。だからこそ何らかの方法を模索して恥ずかしく思わずに共に助け合える仕組みが必要なのです。
堀田 そのために大きな役割を果たすのが地域通貨ということですね。
NPOと行政がいいパートナーシップをつくる
堀田 ところで、カーンさんは「コ・プロダクション」という考え方を打ち出されています。地域通貨と公共財、市場財が良いパートナーシップを築いていくこともそのお考えの一環かと思います。日本でも特にここ数年、行政とNPOが地域通貨の形を採る場合を含めて、協力し合って公共の利益を実現しようという動きが出てきています。しかし、日本の行政当局は未だに民間の団体、NPOなどと対等であることを感覚的に嫌がります。
 何か良いアメリカでの連携事例をご紹介いただけますか?
カーン たとえばテキサス州のあるところでは、タイムダラーを使って選挙での投票を高めることにもつなげています。
堀田 それはとてもユニークな発想ですね。どのようにかかわるのですか?
カーン 投票所に誰かを車で乗せて行ったらタイムダラーがもらえるとか、また、投票しても仕方がないと考えているような貧しい人たちにも働きかけて、その投票が意味あることだと教える役割も果たしています。また、サンディエゴでは、女性が出所した後にタイムダラーのプログラムでサポートし、必要なセラピーを受けて麻薬依存症を克服できるように使われています。あるいはエイズに関しての啓発・教育にも使われています。女性の社会復帰プログラムもあります。
堀田 本当に多彩ですばらしいですね。以前、英国のレッツ(LETS=地域通貨の一つ)を視察してきたのですが、地域の会合にその地区の行政官が来ていました。一人だけネクタイをしていたのでわかったのですが(笑)、聞けば運営費を負担しているので参加しているとのことでした。こうした活動は失業問題の支えになる、というのです。
 失業保険で暮らしている人が助け合い活動に参加することで生きる喜びを継続でき、また、その能力や働く意欲を失わずに再就職を可能にするから、結局は行政にとっていいことなのだというわけです。日本では残念ながらまだここまで考えてくれる行政はいません。アメリカでは行政がタイムダラーの事務運営費などを予算を組んで援助することはあるのですか?
カーン 少しずつ増えてきています。3年あるいは4年以上存続したプログラムに関しては、タイムダラーの活動の多くを政府が担うようにもなってきています。ただ、民間財団の資金がありますから、行政当局の援助によって支配されることもありません。
堀田 NPOの活動に税金から援助しようという理由はどのようなものですか?
カーン 市民が公益のために努力しているということであれば、それに政府が資金を投じるのは政府としても有効な活用方法だと考えられているのです。今述べたように、我々タイムダラーも隣人の手助け以外の面でも様々なサポートに取り組んでいます。
 アメリカでは行政当局が何か良いことをしようとしている場合には、彼らは積極的にNGO・NPOと連携してその成果を高めようとしています。
 
堀田 力(ほった つとむ)
さわやか福祉財団理事長、弁護士
 
■コ・プロダクション・・・(Co-Production)。
直訳すれば「協働で、生産する」。NPO諸活動を「非市場経済」「第2の経済」と位置付けて、行政サービスや市場経済だけでは手の届かない分野を連携して支えるという考え方。サービスの受け手も主体的なサービス提供者となるという相互扶助が基礎にある。







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