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詰め込み教育で失われた「考える力」
堀田 学校の先生が詰め込み教育に走る一番の動機は、中学高校なら進学競争、大学なら有名企業へ何人就職させたかという競争です。でも今の時代、企業のほうは、いかに柔軟に時代のニーズに対応するかに必死です。いい企業は、大学名や学校の成績は無視し、お話のような独創性、そして問題把握能力や解決能力、そこをテストで見て採用しています。先生がいいところに就職させたいなら、それこそがらっと教育の方法を変えないといけない。
石川 まず学校の先生自身が、そうした能力を備えているかどうかというと、残念ながら疑わしいといわざるを得ません。たとえば、先生方はよく集まって研修会をやりますね。僕はいろいろな例を見てきたけれども、だいたいは講師から何か聞いて、講習会を理解すればそれで終わりなんです。
堀田 先生自身が完全に受け身になってしまっている。
石川 そう、事前に少し自分で考えてみる、その後に自分で考えてみる、それがないとまったく意味がないんですがね。学問における独創性は、大きくは大学での勉強の仕方によるものだと思うのです。それより下、小・中・高校は、いわば基礎的な知識の養成期間、培養期間なんです。本来、大学で学ぶということは、いろいろな独創性を要求されるものなのです。ところが、大学の先生自身、独創性をあまり発揮されない方もおられますから、困るのですが。
堀田 法学部に限ればそれが大多数ですねえ(笑)。とにかく、今は一般社会を見ても、そうした能力が非常に弱いと感じます。特に問題の把握力ですね。きちんと問題を見つけて、それを自分の頭でどう解決するかという考える能力、これは企業や役所はもちろん、我々のようなNPO・ボランティア活動でも常に必要なのですが、なかなか感じてくれないし、指摘しても理解できない、自分でどうするかも考えない。極めていい大学を出て、難しい試験に受かっていても、です。高校出でも社会の中でしっかり頑張ってきた人のほうが、ずっとそうした能力がありますね。
石川 そうですね。いずれにしてもこれからの学校は、思う存分校長先生なり何なりの責任において、もっと自由に考えられる体制にするべきです。特に、小学校の低学年の先生の役割は重大です。いくつかの科目を同じ先生が教えるわけですから、幅広い興味を持たせることができます。また、人間性の教育においても、この時期の過ごし方はとても大切なのです。もちろん親も学校に押し付けてばかりではだめですし、この時期、どんな生活を送るのか、それが子どもの将来に非常に大事なんですね。
堀田 現場の先生方のリハビリのこつは、とにかく地域に出てみることでしょう。うちの財団に東京都や神奈川県から1年間研修に来られている先生方の多くは、本当に見違えるばかりに、人間性の幅を広げてお帰りになります。地域のいろいろな立場の人たちと接しながら、自分の頭でプランを立て、折衝し、結果を見て、そして考える。この過程の繰り返しが重要なんですね。
真のゆとり教育とは
堀田 従来の画一的でかなり高度なものを一挙に教え込もうとすることで生じた子どもたちのゆとりのなさ、これでは友達と交わる時間もなく人間性も成長しません。どんなに成績が良くても、冷たい自分勝手な人間になってしまったり、あるいは逆に、適応できずに落ちこぼれ、引きこもり、非行に走ってしまうというのが今の社会現象です。だからとにかくまず、そこから脱却する。そのためには、まずは、余分な鎖を解いてやることです。そもそも人間というのは自然に成長する力を持っているものです。非行少年でも、ある機会、ある時期が来ると、たとえばボランティア活動を始めたり、勉強してみたり、急に成長するのです。そういう例をいっぱい見てきました。ですから望むらくは、親や先生や社会が、せっかく伸びる子どもたちの力を邪魔して刈り取らないように。まずはそこから自戒しなければいけないと思っています。
石川 ゆとり教育については、3割減る部分をどう補うような教育ができるか、それが一番の問題でしょうね。とにかく試してみるということは必要です。今度の改革ももちろん実験する価値はあると思いますし、本当は国がつくった国立の小学校などは、いろいろな実験ができますから、やってみればいいと思うんですがね。ただし、もし、何年か経って結果がマイナスに出てきたら、あるいは3割を2割にするとか、またいろいろな方策を考える。そのためにもフォローの体制をしっかりさせておくことです。結果が明らかにされて、その時に直すべきところがあれば直したほうがいい。直すことに勇敢であってほしいですね。
堀田 ゆとり教育については、減らしたことだけが議論されていますが、それだけなら誰が考えてもマイナスです。大事なのは、それぞれに違う個人に応じて、要らないものを減らし、求めるもの、必要なものを与えることです。今度の改革は何を目的としているのか、その議論がないと絶対に正しい答えは出てきません。総合的に考えるというのは学校は大変不得意ですから、社会人もお父さんお母さん方も大いにもっと参加してもらって、子どもたちの個性が生かされ、人間性も併せて育まれるような教育制度になるよう、私どもでも何とか働きかけ、支援していきたいと思っています。
石川 21世紀は複雑かつ激動の時代となるでしょう。そんな変化に我々はどんどん対応していかなくてはいけないけれど、でも、どんなに時代が変わっても人として大切なもの、変えてはいけないものもやはりあるわけです。大切なのは、時間のゆとりではなくて、心のゆとりなんですね。ですから単に学校の授業内容を減らす、時間を減らすというのでは問題の本質には到達しません。我々はいかに子どもたち一人ひとりの心が豊かに満たされるような時間を持たせてあげられるか、それを念頭に考えるべきですし、それが本当の意味での目指すべきゆとり教育なのだと思います。







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