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「夫婦別姓」 国会に届かない法案
91年から夫婦別姓の検討を開始
 前述してきたとおり積極的賛成、容認、断固反対と様々に意見が分かれる「選択的夫婦別氏制」(以下選択的夫婦別姓)の導入をめぐっては、すでに11年にわたって政府与党の検討課題になっている。
 まずこの間の流れを整理しておくと、法務省の法制審議会民法部会でこの問題が話し合われるようになったのは1991年7月。男女平等の見地から夫婦の氏を含む婚姻と離婚に関する法律を見直すとして取り組まれたもので、この背景にあるのが75年の「国際婦人年」とそれに続く「国際婦人の10年」の活動だ。世界女性会議が開かれるなど国際的に女性の権利擁護が大きなうねりとなり、また国内的にも女性の社会進出が進み、結婚や離婚によって女性が不利にならないよう制度改正を求める声が女性たちの間で高まった。
 5年余りの時間と100回を超える審議を経て、96年に法制審議会が選択的夫婦別姓を盛り込んだ婚姻と離婚に関する民法改正要綱を答申した。この時の答申内容は左頁図表内のとおりである。しかし、改正案は自民党の反対によって国会への法案提出には至らず、以後6年にわたって法案の先送りが続くことになる。
 2000年12月、男女共同参画基本計画が閣議決定され、この中で改めて選択的夫婦別姓の導入が打ち出された。内閣府の男女共同参画会議に基本問題専門調査会を設置し、別姓推進に向けて審議を重ねるとともに、2001年8月には内閣府が世論調査を実施。42・1%の人が法改正に賛成と答えた。なかでも20歳代、30歳代は男女ともに半数以上が賛成と答え、これから結婚する可能性のある当事者層に期待が大きいことが改めてわかった。こうした動きを受けて法務省は同年11月に改めて別姓の選択肢を設けた試案を提示したが、自民党の猛反対でお蔵入り。 今年4月には反対派に譲歩して「同姓を原則とし、別姓を例外とする」という「例外的夫婦別氏制試案」を提示したが、これも自民党内の慎重派の反対によって退けられ、夫婦別姓を導入する民法改正案の国会提出はことごとく見送りとなった。
 
夫婦別姓の関する法案の主な点
法制審議会答申(1996) 選択的夫婦別氏制試案('01) 例外的夫婦別氏制試案('02)
別姓夫婦の姓と子の姓の定め 別姓夫婦の姓と子の姓の定め 別姓夫婦の姓と子の姓の定め
(1)夫婦の姓については、同姓又は別姓の選択を認める。
(2)婚姻時に子の姓を定める必要がある。
(1)左に同じ
(2)婚姻時に子の姓を定める必要がある。ただし、最初の子の出生時に届け出ることによって、婚姻時に定めた子の姓と異なる姓を子の姓とすることができる。
(1)夫婦の姓については、同姓を原則とし、別姓を例外とすることを本文と但し書きという形式で明らかにする。
(2)左に同じ
同姓夫婦と別姓夫婦との間の転換 同姓夫婦と別姓夫婦との間の転換 同姓夫婦と別姓夫婦との間の転換
別姓夫婦から同姓夫婦への転換も、同姓夫婦から別姓夫婦への転換もいずれも認めない。 左に同じ 別姓夫婦から同姓夫婦への転換は認めるが、その逆は認めない。
別姓夫婦の子の姓 別姓夫婦の子の姓 別姓夫婦の子の姓
父母が婚姻時に定めた姓を称する(子の姓は統一する)。 (1)父母が婚姻時に定めた姓を称するが、父母が最初の子の出生時に姓の届け出をした場合は、その届け出た姓を称する。
(2)別姓夫婦の複数の子は、すべて同じ姓を称する(子の姓は統一する)。
(1)左に同じ
(2)左に同じ
根強い反対派の意見 子どもへの影響を危惧
 法改正に反対する人はやはり高齢者に多く、先の世論調査では70歳以上の60%を超える人が現行制度の夫婦同姓を支持した。反対派の一番の危倶は「家族や夫婦の絆の崩壊」。さらに、子どもへの悪影響を心配する人は賛成派の中にもおり、世諭調査では66%の人が「子どもに影響がある」と答えている。また、別姓夫婦の子どもの姓は夫婦のどちらかの姓とは異なるため、婚外子のような社会的差別を受けかねないと懸念する声もある。
 他方、改姓によって不便・不都合を被っている多くの女性の声も切実だ。「敢えて法制化せずとも、職場で柔軟に通称や旧姓使用すればいいのではないか?」という声も時に聞かれるが、たとえば、現在、国家資格の職業では、いまだ戸籍名を使用することが義務づけられているものが多い。専門的な仕事を持つこうした女性たちに夫婦別姓を望む人が多く、日本弁護士連合会や全国司法書士会女性会、女性税理士会などが法案の国会上程を求めてきた。国の行政機関ではようやく旧姓使用が認められたが、一般の会社でも通称使用を好意的に認めてくれるところばかりではなく、こうしたひずみの中、婚姻届を出さない「事実婚」や、形式的に離婚届を出して旧姓に戻る「ぺーパー離婚」といった“強行策”が徐々に広がってきている。
 この夏も、自民党内にひとつの動きがあった。党内の別姓推進グループが夫婦別姓を実現する改正案の議員立法を目指して「例外的に夫婦の別姓を実現させる会」を結成した。慎重派の意向も汲み、「家裁による許可制」を提示。原則は夫婦同姓とした上で、「職業生活上の事情」や「祖先の祭祀の主宰」などに限定して家裁に申請し許可を得る、というもので、また既婚夫婦の別姓選択は認めないなど、従来に比べると、かなり反対派に配慮した内容になっているが、これに対しても党内から反発が続出。一方、反対派は通称使用法案を提起、これは戸籍姓とともに旧姓を通称使用することを法律で認めようというものだ。しかし、このいずれの法案も党内の了解を取り付けることができず、今回も結局、国会審議は見送られている。
社会の調和と個の確立の過渡期 新たな時代の制度づくりとは?
 時間の経過とともに内容が後退していくかに見える日本の夫婦別姓の現状を法律家はどのように見ているのだろうか。弁護士で夫婦別姓推進の市民運動にかかわっている吉岡睦子さんは、「96年の法制審答申で一応の道筋がついたと期待していたが、法案の提出にこんなに時間がかかるとは予想していなかった。自民党案は法律家としては到底認めがたい内容だが、現実に切実な思いで夫婦別姓の実現を待っている人たちがいる限り、これに反対と言う訳にもいかない」と複雑な心境を語る。
 この問題は、日本における「家」制度の在り方・意識にかかわるだけに、確かになかなか一筋縄ではいかない。しかし具体的に議論が進み始めて11年、いずれにしてもそろそろ何らかの結論付けは必要だろう。
 夫婦別姓が日本でも検討されるようになった大きな背景には、もちろん女性の社会進出の加速がある。夫婦は同姓でなければならないとする法律が、結婚後も働き続ける女性が増えてきた現代社会に合わなくなってきたからだ。一方で、昨今の少子化を考えると、改姓に伴うさまざまな苦労を経験する男性がますます増えることも想像に難くない。一人っ子同士の結婚が増えていくからだ。「友人の男性が、結婚時に改姓したが、その後死別して旧姓に戻した時の、子どもを含めた心身の苦労を見て考えさせられた」(新潟県・65歳男)という声も届いた。
 また「家意識」は反対意見の大きな拠りどころのように見えるが、実は、「一人娘だから自分たちの姓は何としても残したい」という逆の意味での賛成の理由付けともなっている。さらには政治の世界の議論ひとつを見ても、働く女性の中でも推進派・慎重派に分かれるという複雑な現状で、そうなると、「別姓にするかどうかは、個々の事情でそれぞれが判断する方向以外にないのではないか?」(神奈川県・70歳男)というのもうなずける。
 よくも悪くも、これからの社会構造を考えると、「個の自立・責任による選択」という大きな流れには逆らえない。「夫婦別姓というのは、実は構造改革の大きな試金石になり得ると思う。だから反対論も多いのかもしれないが」といった意見が複数寄せられた。そうした個人個人の選択の基礎をつくるためには、やはり土台となる法整備は必要ではないだろうか。
 これからの制度づくりにおいては、画一的に当てはめる内容でなく、個々がその長所短所を判断したうえで柔軟に選択できるものが求められる。夫婦別姓もその一つといえるだろう。さて、改めて尋ねたら、皆さんのご意見はどうだろうか?
諸外国は同姓? 別姓?
 日本のように夫婦同姓を規定している国はインドやタイ、トルコなど実はごく少数だ。アメリカ、イギリスなど先進諸国から、ロシア、スウェーデン、フィリピン、台湾、南米等多くの国は複数の姓をつなげる結合性などを含め何らかの別姓制度を導入している。
 女性の社会進出が進んでいる北欧・ノルウェーでは1964年に旧姓使用法ができ、80年に夫婦別姓選択制が法律で認められた。旧姓使用法では生まれてくる子どもの姓に旧姓を使うことはできなかったが、夫婦別姓選択制となってからは子どもの姓は夫婦のどちらの姓でも結合性でもよくなり、夫婦の姓をつなげた結合性をつけるケースが多いという。旧姓使用法の時にはこれを利用する人はそれほど多くなかったが、子どもの姓を自由に選べる夫婦別姓選択制になって別姓は市民社会に定着した。
 一方、日本より伝統的に「家」思考が強い中国や韓国はどうだろう?「家の崩壊」というのは日本の夫婦別姓反対の一番の理由だが、実は両国でも夫婦別姓が原則。たとえば現韓国の大統領金大中氏の夫人は李姫鎬さんという。韓国では戸籍にその姓の始祖の土地を記し姓の種類を区別している(本貫という)が、これは家族の血筋に重きを置く伝統的な家制度によるもので、儒教的な父系の血統主義に則った男性優位社会の象徴ともいえるもの。姓にかける「家」意識は日本より強いが、その結果が「別姓」というところが興味深い。







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