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特集 新しいふれあい社会を考える
歩けなくっても街に出よう!
各地で進むモビリティのある町づくり
 
 年を取って足が弱くなっても、体が不自由になっても、元気だった頃のように自分で買い物もしたいし、食事にも行きたい。そんな願いを実現する電動スクーターの貸し出しサービスがイギリスで始まって20年。海を渡ってこのサービスが我が国にも導入され、ここ数年、全国各地でサービスが広がっている。「タウンモビリティ」と呼ばれるこの取り組みを、広島と仙台で取材した。
(取材・文/阿部 まさ子)
電動スクーターは高齢者の「足」
 電動スクーターをご存知だろうか。長い距離を歩くことができないお年寄りや体の不自由な人などが、移動の手段として乗るイス型のスクーターである。速度は歩く速さとほぼ同じ、歩道上を移動し、運転免許はいらない。荷カゴが付いているので、一緒に荷物も運べる。現在、自動車メーカーなど20社余りが製造・販売に参入している。
 この電動スクーターの利用についてこんな調査結果がある。調査の対象となったのは島根県石見町のお年寄り。石見町は1994年から高齢者の外出手段を支援する施策として、電動スクーターの購入費の半額を助成している。この補助を受けて電動スクーターを利用している人は約90人。調査は電動スクーターの利用者と非利用者の行動範囲を調べたものだ。
 電動スクーターを利用するようになって、Aさんは自宅から4キロ離れた役場や公民館まで1人で出かけるようになった。Bさんの行動圏も農協、病院、親戚宅、スーパーと自宅から3・5キロの範囲に広がった。一方、電動スクーターを利用していないCさんの場合は、行動圏は自宅の周囲1・5キロにとどまる。(タウンモビリティ推進研究会編著『タウンモビリティと賑わいまちづくり』第5章「新たなモビリティとしての電動スクーター」・学芸出版社)
 つまり、電動スクーターが高齢者の「足」となって、1人で行動できる生活圏を格段に広げているということだ。石見町の隣町の桜江町でも電動スクーター助成事業を行っており、両町の電動スクーター利用者に聞いたこんなデータもある。利用先で最も多いのは買い物で、次いで農協、通院、床屋・美容院と続き、「必要なものや欲しいものを自分の手で選ぶ機会が増えた」と答えている。また、地域の行事や会合に参加する機会が増えて、その結果「知り合いや友達が増え、人とよく話をするようになった」という(同書より)。
 これらの調査結果について、同書の執筆者の1人である白石正明さん(国際プロダクティブ・エージング研究所代表)に話を聞いたところ、「モビリティが生活の基礎であるという証でしょう。元気に生きていくためには自分で外に出て行って人とふれあうことが大事で、それを保障するのがモビリティです」と指摘する。モビリティは移動性、機動性などと訳されるが、つまり「移動できること」である。
 家に閉じこもりがちだったお年寄りが電動スクーターで外に出るようになった効果を、白石さんはこんなふうに話す。「これまでは家族に送り迎えしてもらわなければ病院にも行けなかった人が、家族に気兼ねせず1人で外出できるようになった。その結果、多くのお年寄りが、心に張り合いが出て、前より気持ちが明るくなった、余生が楽しくなった、と答えています。この心の変化は大きい。モビリティを確保することは、生活の質を高めることなのです」
イギリスで誕生したショップモビリティ
 人が人らしく暮らすためにモビリティは不可欠だと説く白石さんは、イギリスのショップモビリティを日本に紹介した人として知られる。ショップモビリティとはショッピングセンターや商店街で長距離の歩行が困難な人に電動スクーターなどの移動機器を無料で貸し出すサービスで、必要であればボランティアが同伴し、ショッピングセンター内を自由に移動して買い物や食事などを楽しむことができる。1979年にミルトン・キーンズで第1号のショップモビリティがスタートし、10年足らずで全英の270都市に拡大している。
 石見町と違うのは、一人ひとりが電動スクーターを持つのではなく、ショップモビリティのオフィスに置いてある電動スクーターを無料で利用するという点。イギリスの法律ではショッピングセンターの駐車場から貸し出しのオフィスまでの距離は40メートル以内と定められている。40メートルの根拠は、杖をついている人が休まずに歩ける距離ということ。利用者は自宅からショッピングセンターまで車でやって来て、駐車場に近接するショップモビリティのオフィスで電動スクーターを借り、行きたい所へ出かける。
 白石さんはイギリスで出会った老婦人の言葉が忘れられないという。「これができる前は、いつも駐車場の車の中で主人が買い物を終えるのを待っていたけれど、今は一緒に売り場をまわって買い物ができるようになった。とてもうれしい」と老婦人は言い、その傍らでご主人も笑顔で頷いた。
 「この老夫妻に会って、モビリティが確保されれば、本人はもちろん家族も幸せになれると思いました。ショッピングセンターにとっても貸し出しのオフィスのスペースを提供するだけで確実に来店客は増える。誰も損をしないどころか誰にとってもよい結果が得られるサービスだと確信しました」と、白石さんはイギリスでの体験を振り返る。
 電動スクーターなど機器の調達は企業からの寄付によるものが多く、オフィスの係員の人件費や設備費は自治体が負担する。ボランティアには交通費など実費を支払い、積極的に寄付金を集める。これがイギリスのショップモビリティの運営方法で、行政と企業と市民が三位一体で取り組んでいる点に特色がある。
我が国独自のタウンモビリティが開始
 白石さんによって我が国にショップモビリティが紹介されたのは1996年1月、建設省(当時)主催の「すべての人にやさしい福祉のまちづくりシンポジウム」においてである。さっそく96年度に社会実験が予算化され、ショップモビリティの導入が決定。この時点で名称を我が国独自のタウンモビリティとした。そして、同年11月に広島市、東京・武蔵野市、千葉県・柏市で初めてのタウンモビリティ実験が行われた。
 名称をタウンモビリティに変えたのは、ショッピングに限らず病院、役所、郵便局、公民館、公園・・・と、町の中を自分のペースで自由に移動してもらうことが目的であり、幅広く活用してこそモビリティの意味があると考えたからである。運営の基本はイギリスの場合とほぼ同じだが、運営主体は商店街やボランティア組織、社協など地域によってさまざまである。
 98年の金沢市横安江町商店街を皮切りにタウンモビリティの取り組みは全国に広がり、現在、オフィスや貸し出し拠点を常設している町は北から青森市、秋田県鷹巣町、仙台市、水戸市、金沢市、横浜市、神戸市、広島市、福山市、大分市、長崎県小浜町など20か所余り。常設を目指してデモンストレーションや実験に取り組んでいる町を加えれば札幌市から熊本市まで全国40か所に及ぶ。
 中でもタウンモビリティの先進地といわれるのが広島県で、県内の常設拠点は商店街や公園など5か所。その一つ、広島市佐伯区の「らくらくえんオフィス」を訪ねた。







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