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ありがとうを循環する地域通貨 15
ふれあい促進の思いを込めて
地域通貨「いまづ」
(取材・文/齋藤 達)
 
 松山空港の近く、小さな漁師町西垣生地区で宅老所「あんき」を開設している中矢暁美さん。看護師として特別養護老人ホームに勤務するなど長年福祉活動にかかわってきた彼女が、もっと心の通ったサービスを提供できる場所をつくりたいと、愛媛県初の民間宅老所を立ち上げたその素顔は、昨年、本誌9月号でご紹介したとおり。そんな中矢さんが、さらなる思いを込めて取り組んでいるのが地域通貨「いまづ」だ。
色鮮やかな小石が「通貨」
 中矢さんが地域通貨とかかわりをもった経過は以下の通りである。4、5年前からタイムダラー(アメリカの時間預託制度の一つ)の話は耳にはしていたが、松山市が企画した海外視察旅行の報告会の席上、ヘロン久保田雅子さんと知り合うまでは特に関心を持っていなかった。当時から「あんき」には近所の人たちがよくお茶を飲みに来ていたが、中矢さんはちょっとした手伝いもお願いしていたという。そんな話をヘロンさんにしたところ、彼女に「それは地域通貨の活動そのものよ」と言われ、改めて地域通貨に取り組むことになったという。
 始めたのは2000年のこと。ここで使われている「いまづ」は、赤ちゃんの手に乗るような可愛らしい小石だ。小石といっても、スーパーから買ってきた輸入品で、カラフルに彩色されている。通貨の単位は30分が1いまづ。まさに時間通貨である。「いまづ」とはこの辺りの地域の名前なのだという。
 会員になると、まず、番号付きの小石が20個もらえ、サービス30分につき1個の小石。ただし、小石のやりとりでは記録に残らないため、さわやか福祉財団が開発したふれあいボランティアシールと台帳を併用したりもする。そして手元の「いまづ」は1年たったらすべて精算されてゼロに戻り、毎年新たに20個の小石から始めるシステムである。これは、サービスのやりとりで、通貨をどんどん使ってもらい循環させていくことに力点を置いているからである。
 現在、地域通貨「いまづ」に参加している会員数は15名、そのうち男性は3名。30歳代の若者から、習字の先生だという80代の女性まで年齢層は幅広い。年会費500円は、活動する人のボランティア保険に充てられる。地域通貨に必要な資金は、フリーマーケットなどの活動でつくられる。今までに2回ほどそのためのマーケットを開催した。今年4月14日(日)には、連合愛媛の若い人にお手伝いしていただき、琴と尺八の演奏会も行ったという。
世代を超えた交流を広げたい
 地域通貨「いまづ」は、地域を支える仲間を集めるきっかけを目指している。サービス内容は日常生活での困りごとの手助け。具体的には、ついでのお使い、買い物、荷物の運搬、送迎などである。
 さらに、いまづでの活動の特徴は、世代交流との組み合わせにもある。今年から小、中学校では総合的な学習が始まり、「あんき」にも地元の小学生7人が手伝いに来るようになった。車イスを押すのが好きな男の子もいる。また、高齢者は、たとえば子どもにじゃがいもの皮むきのコツとか、芽をとる理由などを教えたり、包丁の使い方も教える。そこに地域通貨が循環するのである。子どもたちはカラフルな小石が欲しくて最初は集まってきたらしい。また、子どもたちはシールが貯まることも喜ぶ。
 最近では昔の町の地図を子どもたちと作成する活動にも発展している。「昔、ここにこんなものがあったんだよ」ということを、高齢者が子どもに言って聞かせる。そのうち高齢者が生き生きしてくる。帰りに子どもたちに、「また来てね」と言って、新しいつながりができる。
 
 中矢さんは語っている。「地域の福祉がだめになったのは、地域に小店がなくなったせいではないか。みんなコンビニやスーパーになってしまって、声を掛けながら、顔を見ながら、地域の情報や心を交し合う場所がなくなってしまった。お店のお母さんが手に入れた新鮮なもの、珍しいものを料理してくれる。そして私が皆さんと一品ずつ買って店先の縁台で一緒に食べる。そんな温かな関係のきっかけづくりの一つが、いまづなの」。中矢さんの夢は、地域通貨のグループづくりの枠組みを超えて、さらに大きくなっていくのであった。
 
中矢さん(上)と、「いまづ」を使った習字の様子(下)
 
地域通貨を始めるための理念
 地域通貨の活動を始める上で最も大切なことは「使命」といっていいだろう。これをミッションという人もいるし、理念という人もいる。地域通貨は、すでに本誌で解説されているように、様々な目的で使われている。地域商店街の活性化が目的の通貨、環境の改善のために使われる通貨、そして差し伸べられた愛情へのお返しのための通貨など。いずれにしてもその大きな目的は、地域社会の中で、互いに助けられ、助けるという「地域の支え合い」を実現するという共通項を持っている。
 他の市民活動と同じように、地域通貨を始めるための基本ステップも、理念の確立が原点だ。組織の運営は、技術的なことであれば後でも修正は可能だが、理念についてはなかなか変更はできない。時間をかけてでも、このための議論はしっかりと行っておこう。
 さわやか福祉財団の基本的な理念は、「互いに助け合いながら、みんなの生活を大切にして生きるやさしい社会、ふれあい社会をつくりましょう」というもの。こうした理念のもと、地域通貨や時間を軸とする時間通貨を推進することで、仲間づくり、組織づくりが広がっていくことを目指している。皆さんもまず、自分たちの地域をどのようにしたいのか、今どんなことで住民が困り、そのために何が必要とされているのか、そしてそのために自分たちは何をしたいのか、できるのか・・・、などを話し合ってみよう。
 もちろん理念が複雑すぎて、あまりにも精緻なものはかえって逆効果で、団体が行動しにくくなってしまう。また、言い出しっぺの主張が簡単に通るとは限らない。皆で考え、議論をし、そして共通の認識を持つ事が大切だ。互いの力、知恵、時間、モノなどを持ち寄って、支え合いの仕組みを実現していく上での手法が地域通貨、時間通貨なのだ。
 あなたの情熱と地域のニーズが合えば、必ず協力者が現れる。その人たちを巻き込むことが事業成功の鍵ともいえるだろう。







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