さわやかインタビュー
病院と家族を結ぶ
市民の力で日本の医療環境を変えていきたい
国立大学病院の医療情報部で、情報技術を医療に生かすシステムづくりに取り組んできた長瀬さんは、3年前、病気の子どもに付き添う家族のための宿泊施設を建設・運営する「マクドナルド・ハウス財団」の事務局長に就任。東大病院から民間へ転身を果たした契機は何だったのか。これからは社会が医療を支える時代、という長瀬淑子さんを、新緑のまぶしい「せたがやハウス」に訪ねた。
(取材・文/森山 恵美)
マクドナルド・ハウス財団
事務局長 長瀬 淑子さん
ながせ としこ:青山学院大学卒業後、東京大学医学部文部教官に。1993年より同医局長を務める。99年4月、ドナルド・マクドナルド・ハウス財団事務局長に就任、難病と闘う子どもと家族を支援する宿泊施設の建設、運営に奔走する。またNPO法日本音楽国際交流会理事長として、国の内外を問わず、若い世代に邦楽を広めるボランティア活動に取り組む。山田流箏曲演奏家でもある。 |
守られるべき弱い立場の、子ども、病人対象のボランティアはわかりやすい
現在「マクドナルドハウス」は全米に200以上の宿泊施設があり、年々増加しているそうですね。建設の条件や、運営管理のノウハウは、システムが確立されているのでしょうが、それでもやはり日本ならではの、思いがけないご苦労もあったのでは?
長瀬 もう、それを語ると大変なことに(笑)! ここは、自宅から遠方の病院に入院している子どもの、付き添い家族が利用できる宿泊施設です。東京都世田谷区の国立成育医療センターに隣接していまして、利用者は、ここの入院患者さんの家族が主です。症状、治療内容などを考慮して、病院と連絡を取り合いながら、宿泊の優先順位を決めていきます。遠方からの家族が多いですが、世田谷区内の方で宿泊された例もあります。重症未熟児のお母さんで3時間ごとに授乳があったからなんですね。
この距離ですと、病室からここの灯が見えて、お互いに安心です。キッチンで子どもの好物を詰めて温かいお弁当を届けることもできます。病気の子どもや家族の応援というのは、賛同しやすいことではないですか? ボランティア活動としても非常にわかりやすいですよね。結局は、こうした事業の素晴らしさが理解されて、各方面からの協力を得ることもできたのだと思います。
これまでの経験がとても生かされたということでしょうか?
長瀬 東大病院にいたときから感じていたことですが、家族との関係は、治療効果にまで影響してきます。特に難病と闘う子どもにとって、少しでも長く家族といられるというのは、大きな励ましです。
私は、長らく病院に勤務していまして仕事柄、全国の医療機関、産業界、担当の行政ともつながりが深く、培ったネットワークや経験を、どういう形にしろ社会に還元したいと思っていました。同時に、仕事を持つ母親として育児もしましたし、家族をがんで失った経験もあります。ですから患者さんと病院と、両方の立場がわかるということで、緩衝剤として役に立てるのではないか、と思っています。つまり病院と家族を結ぶ役目ですね。患者さんの家族を支えるのは大切な医療活動の一環だという思いがあります。
ボランティアが温かな医療をつくり出す
ここは、患者さんの家族の宿泊施設であると同時に、ボランティア活動の拠点でもあります。実際にはどのような活動をしているのですか?
長瀬 共有スペースの清掃や受付事務が主です。ホテルではないので、各部屋の清掃、整頓は利用者がしますし、また寝具も洗って、返却することになっています。台所の後片付けなども、使った人がします。実際の活動は清掃や受付事務ですが、温かい家庭の雰囲気づくりが大事なんです。「行っていらっしゃい」「お帰りなさい」と、ちょっと手を止めて、送り出したり迎えたり、何気ない心遣いがとっても大事です。ボランティアは初めて、という方も多いので、背中を押してあげるために勉強会やミーティングを開きます。そうした場で、いい提案が出ればどんどん実現していく。
たとえば、利用者のためのエプロンを手作りしましょう、とかサロンコンサートをしましょう、とか。美容師さんがボランティアでヘアカットの出前の予約を取ったり、アロマテラピーをかって出る方もありましたね。そんなふうに300人近い方の親睦も図ります。というのは、ローテーションを組む協同作業ですので、それぞれ責任を自覚して、仲良くしないとできません。ここでボランティアをしていてよかった、という充実感を持っていただくため、さまざまな「出会い」を用意します。患者家族との付き合い方について臨床心理士さんに話を聞く会を企画するとか、病院の医師に講演会を開いていただくとか、そういう意味では、成育医療センターのボランティアの組織とともに、地域のボランティアの輪の広がっていく拠点になればいい、と考えています。
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