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特集 新しいふれあい社会を考える
官民の人事交流はどこまで進んでいるのか?
 
 百聞は一見に如かずというように、やはり物事、自分の目で見、体験することは大きな意義がある。これから市民との協働が求められる行政マン、あるいは教職に立つ者にとっても外に飛び出し地域の息吹を肌で感じることは大いに役立つはずだ。それを個人レベルでなく、長期派遣研修あるいは出向という形で官民交流が広がってきている。前頁までの座談会では、当財団に来ている研修生の思いをご紹介したが、では一般にこうした研修はいったいどんな効果を与えているのか。研修を終えた人たちのその後を含めてリポートする。
(取材・文/阿部 まさ子)
研修派遣を終えて介護保険担当へ
 公務員の職からさわやか福祉財団への研修派遣は1997年度(平成9年度)から行われている。研修を終えてすでに職場に戻った「卒業生」たちは、財団での経験を、日々の仕事にどんなふうに生かしているのだろうか。2人の「卒業生」の今をご紹介しよう。
 益田結花さん(現・京都府介護保険室介護保険管理係主任)は地方自治体からの当財団研修派遣第1号。直前の職場は土木建築部で、同僚に「何しに行くの?」と聞かれても、益田さん自身、福祉についても財団の具体的な活動についても何も知らなかったという。
 さわやか福祉財団では、主に組織づくり支援グループに属し、助け合いのボランティア活動を行う団体のリーダーを養成する「リーダー研修」、団体の設立・運営への助言や支援を行うインストラクターを養成する「インストラクター研修」などにかかわり、札幌、山形、新潟、福岡など各地を回った。企業訪問、学校訪問のほか、都内のボランティア団体で1か月余りの体験実習にも参加した。
 「公務員の仕事はメニュー通りのサービスを公平にやることだけれど、研修を通して知った民間の自由な発想、自由なやり方、そして単に仕事をやっているというのとは違う、思いの強い人たちの集まりが生み出すエネルギーは新鮮で驚きでした。個人の思いから発して個人で完結できる仕事があるということも、役所しか知らない私には発見でした」と益田さんは振り返る。
 
益田結花さん
 
 1年の研修が終わって戻った先は、介護保険準備室。さわやか福祉財団で高齢者福祉にかかわるさまざまな活動を見てきたことが、まさに新しく始まった介護保険制度に取り組む上でとても役立ったという。
 「ヘルパーの仕事やボランティアの働きなどが想像ではなくわかるし、グループホームの必要性が言われるようになったときも、研修で千葉県のグループホームを見学していたので、すぐに納得できました」と話す。NPO法が施行されることになったときも、研修で出会ったボランティア団体の人たちを思い浮かべて、「NPOで活動する人たちがどういう人たちなのかを肌で感じ取ることができた」と言う。
 京都府から当財団への派遣研修は2001年度現在で計4人。また、この他にも、さわやか福祉財団には、神奈川県、北海道、長野県、千葉県栄町から職員が、1年から2年という長期にわたって研修でやってきている。
 益田さんの他にも、すでに研修を終えて戻った人たちの中には、研修時に培った経験や人脈を存分に生かして、新しい地域行政のあり方を模索しようと奮闘している人たちがいる。また、地域福祉や市民活動などに直接関係ない職種に戻った人たちにとっても、ボランティアやNPOといった市民同士による助け合いの現場や、意欲的に行政にも働きかけながら活動している人たちの行動を身をもって知ったことは、今後の大きな財産になることだろう。
地域の中で新設高校を育てる
 さて、前掲の座談会の顔ぶれでもご紹介しているとおり、さわやか福祉財団には教員の皆さんも派遣研修生としてやってくる。これまで東京都教育庁と神奈川県教育庁から2001年度までに計8名が在籍。そのうちの一人、柳久美子さんは1999年4月からの1年間、教頭になるための任用前研修という位置付けで派遣され、翌春、開校したばかりの東京都立桐ヶ丘高校に教頭として赴任した。
 
柳久美子さん
 
 都立桐ヶ丘高校は不登校や中退の経験などを持つ子どもたちに対応して東京都が新設した5つの高校の最初の高校で、運営方法なども非常にユニークだ。生徒が自分のペースで学べる単位制を敷き、普通科目と専門科目の両方を学習できる。また、生徒は自分の興味に応じて3つの系列(福祉・教養、情報・ビジネス、アート・デザイン)から好きな科目を選択することができる。
 「前任校は普通科の進学校でしたから、これまでの経験だけでは解決できない新しいことが次々とあって、さわやか福祉財団での研修で実地に体験したことにずいぶん助けられました」と柳さん。たとえば福祉・教養系列の科目に、地域の老人施設に出向いてお年寄りの介護を手伝ったり、児童館で子どもたちの遊び相手になったりするボランティア体験がある。こうした体験学習を通して、自信がなかった生徒が明るく積極的になっていくのだが、柳さんはこれまでの職場で高校が地域に出て行くという経験をしたことがなかった。
 「小学校などと違って地域との関係が薄い高校がどうやって地域に出て、地域の人とふれあっていくか。それをやることができたのは、財団で主に“社会参加”のシステムづくりにかかわり、地域に開かれた学校のあり方を学んだからです。前例がないからできないのではなく、こちらに強い思いがあって働きかけていけば道は開けるということを実感しています。出て行くばかりでなく、地域の人に学校に来てもらう機会もつくり、地域の力を借りて生徒が育っていけたらと思っています」
 座談会の発言にもあったように、地域に開かれた学校はトップの姿勢、考え方で実現できるということだ。
人材育成の一環として民間派遣
 ところで、民間に研修生を送り出す自治体の人事交流の仕組みはどのようなものなのか。北海道、東京都、神奈川県に聞いた。
 北海道は1984年(昭和59年)から「民間企業等派遣研修」を実施している。初年度は7名を派遣、一時は年間26名まで拡大したが、1999年以降は17名を派遣しているという。現在までの派遣人数は延べ300名余り。派遣先はシンクタンク、銀行、情報産業、精密機器メーカー、化粧品メーカーなど多彩で、2001年度の場合は、さわやか福祉財団への研修生も含め、17名中11名が東京の事業所に派遣されている。
 研修目的は「官にいては体験できないことを民間の企業、団体の仕事を通して吸収する」(人事課)というもので、対象は入庁5年から10年の若い職員だ。制度導入からしばらくは主に上級行政職を対象に選抜で研修生を決めていたが、3年前からは公募制に変更。職種を限定せず在籍年数、経験年数、年齢の3つの条件を満たせば誰にでもチャンスはある。公募制になってからの倍率は「おおむね3人に1人の割合」(人事課)とか。研修を終えて戻るときに、研修の成果が生かせる職場に異動するケースも多いとのことだ。
 東京都は幹部候補生を1年間民間の企業や団体に派遣する「民間派遣研修制度」を設けている。派遣先はホテル、広告代理店、銀行、鉄道会社などで、年間20名を派遣している。
 研修派遣の目的について、派遣元のひとつ東京都教育庁の人事部教職員人事担当副参事の藤森教悦さんは、次のように話す。
 「教頭に任用されるまでのジョブローテーションの一環として、民間企業、団体、行政職など学校以外のところに派遣しています。派遣先での仕事を通して多様な体験をしてもらい、管理職に必要な幅広いものの見方、考え方を身につけて学校に戻ってくることを期待しています」。研修生は選抜で決まる。ジョブローテーションの一環ではあるが、派遣中の身分は都職員のままである。
 神奈川県は約20前より民間企業などへの研修派遣を行っている。期間は1年間で、派遣先は金融機関、シンクタンクなど7社。研修生は人事部門によって選抜され、1社につき1名、年間7名が派遣されている。
 これとは別に、一般公募による短期の民間派遣研修もある。期間は2週間で、デパートの売り場やメーカーの生産ラインなどに就いて、普段は体験できない民間の仕事を体感しようというもの。「この中で商品管理の知識やコスト感覚、接客マナーなどを学び、行政の現場で生かしてもらう」(総務部人事課)ことが目的だ。これには年間30名から35名が派遣されている。
 こうした都道府県レベルの地方公務員の民間への研修派遣の実情について、総務省では、この4月にも「多様な社会活動等を通じた職員の能力開発」と題する報告書にまとめる。この中で主だった自治体の派遣事例も紹介する。「研修を含む民間への派遣は、広い意味での人材育成の一環と位置付けている」(給与能率推進課)というのが総務省の考えだ。







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