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出会いから学んだこと
市民と行政の連携を意識して
 
堀田 今までの職場で感じていた「市民の心」というものが、どんなふうに変わったか、あるいは変わらなかったのか。鳥海さんはそのへんはいかがですか?
鳥海 私は保健婦として8年保健所に勤務してきましたから、行政マンというより看護職だという意識のほうが強かったんです。日々いろいろな相談に応じたり、時には家庭訪問して在宅介護の方法を訪問看護婦と一緒に考えたりして、自分は住民に一番近いところにいる自治体職員だと思っていました。
堀田 で、どうでした?
鳥海 やっぱり行政マンだったなと再確認しました(笑)。ここに来ていろいろと体験して、市民、市民と言っていたけれど、実は私が接していたのは民生委員さんとか自治会長さんとか、まだほんの一握りの人たちだったんだと改めて感じました。
堀田 なるほど。松宮さんはどうですか?
松宮 私の場合は2年間でしたが、やはり貴重な体験でした。ボランティアや高齢者福祉について学んで来なさいと言われたんですが、それ以上のこと、福祉だけではなくて、まさに市民の皆さんと直にふれあえて、これまでは見えていなかった人たちの存在や活動がよくわかりました。
門脇 私は正直なところ、ここに来るまで「市民」という言葉はほとんど使ったことがなかったんです。市民と言ったときに、精神的に自立した個人という言葉が何を指しているのか、この1年間で体験的に学んだ気がします。
世古口 確かに財団や関連の団体には理念も考え方もしっかりしている方が多くて、世の中にはこういう素晴らしい人たちもいるんだという発見はありました。でも、私は、意識のギャップはあまり感じなかったですね。
堀田 もともと想像していたとおりだった。
世古口 ええ、実際に地域の活動に個人的にも興味を持っていましたし、自治体職員は市民の暮らしに直結した仕事をしているのだから、市民感覚から離れちゃいけないとずっと思ってきました。自分自身が市民に他ならないのだから、努めて地域の中に出るようにしなくてはと。
松宮 ちょうど今が転換期というか行政のあり方も変わってきているんですよね。あとはいろいろな思いのある地域の人たちをどう私たちがつないでいけるのか。私も積極的に庁舎から出て足で出向いていくことを増やしたいなと。
鳥海 本当に地域には魅力的な人がいるんだなと、それを知ったことが宝物ですね。それと、私の場合は、徳島の麻野信子さん(NPO法人さわやか徳島)のように保健婦という同じ経験を積まれた方で、生き方のモデルとしていずれ自分が目指したいと思える人に出会えたこともうれしかったです。公務員、保健婦の世界で何となく先を考えていたけれども、視野がすごく広がりましたし、人生の勉強もさせていただけました。
 
世古口 育子(せこぐち いくこ)
神奈川県庁職員
 
堀田 皆さん素敵な発言ですね。行政はこれからもどんどん変わっていくと思うし、また変わらないとやっていけない。地方分権の象徴として介護保険が始まったことの意義はとても大きいし、それに地域福祉計画では、法律で市民参加を義務づけているわけですから。10年前にぼくが始めたころは、まだアンチ行政、アンチ社協で、自分たちでやるしかないという空気がみなぎっていたけれども、今はずいぶん変わってきましたね。行政が一緒にやろうというなら、いつでもみんなで一緒にがんばろうという協働の機運が、ずいぶん出てきました。
松宮 実際に平塚市に出向いて地域通貨の取り組みを見たりして感じたのは、地域にはそういう行政と市民をつなぐコーディネート役がいて、いろいろな意見をうまく橋渡ししているんですね。平塚の例は、地域の人も行政も、互いに「よかった」と言える仕組みづくりを考えるうえで、大変勉強になりました。
松本 私は学生の頃から福祉というのは「やってやる」とか施しではなくて、みんなが自由に参加して一緒に楽しみながらやるものと考えてきたし、それで生協に就職したんですが、研修を通して神戸の中村順子さん(NPO法人コミュニティ・サポートセンター神戸)や近隣助け合いで木原孝久さん(わかるふくしネットワーク)の考え方に自分と同じものを感じました。自分の将来を考えてもやっぱり楽しんで受けたい。財団も、ぜひもっとそうした仕組みづくりを、具体的にリードしていってほしいと思っています。
 
松本 勝蔵(まつもと かつぞう)
神奈川ゆめコープ職員
ネットワーク型と自己決定方式
堀田 ところで財団の組織はピラミッド型ではなくネットワーク型、そして運営は自己決定方式。だから研修も自分で目標を決め、自分でプランを立て、自己責任で学んでいってもらうというやり方ですが、戸惑いはありませんでしたか? たぶんいろいろあったとは思うけれど(笑)。
松本 堀田さんに「休みたければ休んでいいよ」と言われて、それも全部自己責任なんですよね。ネットワーク型ということでは生協のデイサービスの運営も同じで、職員やボランティアなどサービスに携わるすべての人が、どうかかわっていけばいいのかなあ、といつも思ってます。まだこれという回答は出ないけれど、課題ですね。
悪原 ネットワーク型というのはリーダーの命令で動くわけではないから、その人に思いやヤル気がないと成り立たないよね。
門脇 これって、校長と教頭のほかは皆同じ、という学校の先生のシステムと同じじゃないかと思うんです。学校も実はピラミッド型に見えてネットワーク型に近いところがあるなと、だんだん思うようになりました。
川尻 私も同感で、教師の思いを生かすということでは、子どもの教育の場にピラミッド型はそぐわない。そうなるとネットワーク型のリーダーの役割は大きくて、みんなが情報を共有するうえで全体をコーディネートする人が必要なんだなと改めて思いました。
松宮 私は初めネットワーク型がどういうものか経験がないのでよくわからなかったんです。とにかく自分で動かなきゃいけない。情報も外からも中からも自分でとって来ないといけない。財団は微妙なバランスを取りながら動いているなあと(笑)。
 
松宮 さと美(まつみや さとみ)
京都府庁職員
 
堀田 ネットワーク型というのはある種やっかいなものだからね。それぞれの思いを生かしてどんどん自由にやれる。でも実際にそうすると、今度は、自分は情報を欲しがるけど人にはあげないとか、自分の思いで突き進むから何やってるかわからない人も出る、あるいはおいしい仕事は取り合い、いやな仕事は手をつけないとか、ネットワーク方式では必ずそういう欠点は出てきます。人の性格、思いが全部出てくる。でも市民団体は、それぞれの人の思いを生かすことがエネルギー源なのだから、ピラミッド型になってはいけないし、だからぼくはネットワーク型を変える気はないんです。細かい問題はそれぞれにこれもネットワーク方式で解決していかなくてはいけないけどね。
 
川尻 富士枝(かわじり ふじえ)
東京都公立小学校教諭
 
川尻 確かにやりづらい面もあるんですが、でも、それでいいんだとも思いました。欠点を消そうとするとかえって本来の良さも消えてしまうんだなと。きちんと完璧に受け入れてくれる態勢よりも、何かよくわからないけれど、自分から聞きに行くとか、これをやってみようとか、そうした自主性というか積極性が養われたと思っています。
門脇 確かにそうなんだけど、正直にいえば、ぼくは最初のある時期まで不安でした。どのくらい動いていいものかどうか。だからある程度は大まかな指針があってもいいのかなとも思うんですが。
鳥海 役所では、新しいところに異動したら、まずペーパーを見ながら、ある程度のことはしていくという仕事の仕方をしてきているので、たとえば基本的な繰り返しの業務については残したものがあってもいいなと思いました。
堀田 貴重なアドバイスですね。どうもありがとう。それでは最後に一言ずつ、これからの抱負というか、ここでの経験をこんなふりに生かしていきたいということがあったら聞かせてください。
松本 一番の財産はやはり生協にいただけなら恐らくなかなか会えなかったであろういろいろな人とのネットワークができたこと。研修生仲間でも世古口さん、悪原さんといった神奈川県内でのつながりができたので、これからの具体的な活動にぜひ役立てたいと思っています。
鳥海 同じ立場の研修仲間がいたことは本当によかったです。お互いに聞き合ったり、時にはちょっぴり愚痴を言い合ったり(笑)、それでやってこれた部分も大きいなあと。私ももっと外に出ていろいろな人と出会いたいし、あとはそれをどう生かしていけるか、それがこれからの課題です。
 
鳥海 優子(とりうみ ゆうこ)
北海道庁職員(保健婦)
 
川尻 私はずっと教職だけできて、でも自分なりには校外の活動もやったりしてそれなりに思いもあったんですが、財団に来てみて、自分は何も知らなかったんだという事実が目の前にガンガン迫ってくる毎日でした。何の役にも立たないなあと落ち込んだり。そういう意味では、この1年、ここに来たということ自体が人生の中での一大トピックでした。この間に知り得たいろいろなシステム、仕組みを、ぜひ学校の中にも根付かせていこうと思います。
門脇 ぼくは地域通貨事業を担当させてもらいましたが、皆で互いに助け合うということの大切さがよくわかりましたし、こうしたツールもどんどん学校でも活用していきたいですね。
松宮 これまでは言われたことをやればいいというところが確かにあったし、財団に来て、意見を言いなさいと言われて、えっ言っていいんですか?という感じでした。自分で動くということを身をもって学ばせていただいたので、ぜひこれからもそれを実行していこうと思います。
悪原 学校に戻って具体的にまず何から始めようかと考えたとき、学校は学校の中だけという枠に閉じこもらないで、休みの日には皆さんと一緒にボランティア活動をするとか、もっと個人のレベルでも地域市民の方たちとかかわりを持てたらいいんじゃないか、そんなふうに考えています。
世古口 市町村は市民の人たちと直接つながってどんどんやっていけばいいと思うんですが、ならば、都道府県の役割って何だろうって考えてしまうところが実はありました。この研修中に、もっと他の都道府県を訪ねていけばよかったなとそれは反省なんですが、自分なりの方向性としては、主役となるべき市町村のまさに後方支援、住民参加の仕組みづくりをうまくやっていけるようにサポートしていきたい、そんなふうに思います。
堀田 どうもありがとう。この誌面が出るころは皆さん財団を「卒業」されているわけですが、ぜひいろいろと経験したことを、これからの職場で生かして活躍されるよう期待しています。頑張ってください。







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