(4)ホスピスの特徴
イギリスには、1967年にシシリーソンダースがst.christpher's hospiceを設立して以来約200の独立型のホスピスが建てられた。70%が独立型のホスピスである。それに対して日本では90%が病院内にある緩和ケア病棟である。また、入院施設数は人口10万人に対しイギリスでは4.3、日本では0.8である。このことから、日本のホスピスの特徴・問題点として(1)病院に付設しており、病院医療の枠内に留まっていること(2)専門の在宅ケアチームをもっているところが少ない(3)ソーシャルワーカーなどの人材が十分ではないという。3)欧米ではあらゆる難病を対象としているが、日本ではがんとAIDSのみを対象としている点でも異なっている。
ノースロンドンホスピスの収入の内訳は、35%を寄付金、21%をショップの売り上げ、15%が地方行政からの援助である。4)ノースロンドンホスピスに入院する患者は、ユダヤ人など助け合うことをモットーとしている人種やまた、裕福な人が多い地域だから恵まれているとのことである。中には、収入不足で倒産してしまうホスピスもあるとの話である。
収入の多くを寄付金でまかなうという仕組みが、利益を追求する日本の病院とは異なっていることにとても驚いた。しかし、1967年から36年間の歴史があり、独立型ホスピスの概念がしっかりとイギリスに根付いている。国民もお互いに助け合うという考え方があり、寄付をするのは当然であるという考えを持っているようだ。また、ボランティアをしている人の動機も当然なことだからやっているという感覚である。自分の余った時間を費やす、娘の介護をしているがその空いた時間にボランティアをする。だからこそ、寄付金でまかなうことができているのであると思う。
日本では9割が病院内の緩和ケア病棟である。緩和ケア病棟は病院の一部であり先ほど記述したようにその病院内の枠内に留まってしまうことがある。独立型ホスピスは、開放的でありスタッフも細分化されている。そういった独立型ホスピスの利点が日本に導入されるととてもいいと思う。ソーシャルワーカーが社会的な問題に介入してくれたり遺族ケアをしたり、コミュニティチームが在宅ケアを促進してくれる。ただ、日本の家族構成が在宅ケアを困難にしていることがあるので、日本にイギリスとまったく同じシステムのホスピスを作るのではなく日本の社会構造に合わせて考えていくべきである。
(5)ホームケア(在宅ケア)
研修先のノースロンドンホスピスには、コミュニティチームがある。この、在宅に居る患者をみる「在宅ケアチーム」には、コミュニティナースがおり患者やその家族の電話の対応、訪問をしてアドバイスをしている。コミュニティナースはまた、clinical nurse
specialistであり質の高さが求められる。GP(General Practitioner:一般開業医)やDistrict Nurse(地区保健師)との連絡、調整をしている。また、ソーシャルワーカーもコミュニティチームの一員であり社会的、心理的サポートをしている。
また、デイケアといって患者がホスピスに来て10時から15時の間、他の患者とお話をしたりグラスペイントなどの作業をしたりランチをとったりすることもホームケアの一つである。ホームケアにはナースが二人いて患者の近況や問題点を把握している。ボランティアも3人いてティーを出したりお話ししたりクラフト作りを手伝っている。患者は週に一度ホスピスにくる事で励みになるのだと思う。
日本におけるターミナルケアの現状の問題点として、「病院ではなく、自宅で最期まで過ごしたいと希望する人もいる。しかし、日本の緩和ケアシステムの現状では、多くのがん患者の希望に対応できる状態ではない」ことがある。これは、日本の家族構成が、病人を家の中で世話することを非常に困難にしていることがある。5)志真は、課題として「緩和ケアの医療システムは病院と緩和ケア病棟・ホスピス、在宅ケアが相互に有機的な関連をもって運営される必要がある。」6)と述べている。イギリスにおいては、病院と緩和ケア病棟・ホスピスと在宅ケアの3つが協力し合って患者をケアしている。
(6)遺族ケア
Bereavement Service という。ソーシャルワーカーチームによって提供されている。
患者がホスピスで亡くなると、病棟ナースがBereavementのアセスメント表を記入してソーシャルワーカーの介入が必要かどうかを点数にして表す。
ソーシャルワーカーの中にこのサービスのコーディネーターが1名いる。ロンドンには様々な人種が住んでおり、文化や儀式も異なる。コーディネーターの方が、亡くなった人に対して敬う儀式は国によって様々であると言っていた。実際にこのサービスを行っている様子は見学することはできなかったが、サービスの内容は簡単に説明してくれた。以下のとおりである。
患者が亡くなってから14ヶ月サービスを提供する。最初の1ヶ月は遺族の心理的な問題点などのリスクをアセスメントする。リスクの高い人にはカウンセリングをする。3ヵ月後と6ヵ月後にはCoffee morningといって他の遺族と一緒に集まってグループで話し合う。その話し合いのときに、招待状のようにカードを作成して送る。
イギリスのホスピスでは当然のようにこのBereavement Serviceが組み込まれている。遺族も患者同様にひっくるめてケアしていく。日本にはこのようなサービスはほとんどない。ソーシャルワーカーのように専門的に資格制度として確立したスタッフがいないことが原因だろう。緩和ケア病棟の中に、遺族ケアのようなものが含まれているかもしれないが、利用する人も少ない気がする。一般病棟では、患者が亡くなると家族との関係はそれで途切れてしまう。その後の生活は家族自身でやっていくしかない。その家族任せとなってしまう。以前、患者が亡くなったあとその家族と会ってお話をしたことがあるがやはり夜に亡くなった人のことを思い出して目を覚ます、といった悲嘆が続きつらいものだと思った。遺族に対する心理的サポートがあればと思った。看護師が、個人的に遺族ケアをしていくことは大変である。ソーシャルワーカーなどの専門家の養成と資格の確立が整う事が日本には必要だと考える。
(7)リンパ浮腫
イギリスでは女性では乳癌が多く、手術後、リンパの流れが悪くなり腕がむくんだりする。ホスピスと連携をもつリンパ浮腫ナースがいる。彼女と一日、患者の訪問を見学した。
リンパ浮腫の患者は、主に女性で乳癌の術後の片側のリンパ浮腫、糖尿病をもつ下肢のリンパ浮腫であった。見学した患者はほとんど寛解期の状態であった。前回訪問したのが半年前という。まず、腕の場合、肩の付け根から指先までメジャーを用いて4センチメートルの間隔で印をつける。そしてそれぞれの太さを測り、左右差を表にして表す。特殊な計算機を使用してリンパ浮腫のあるほうが例えば17%のexcess volume(浮腫)だとする。前回は30%だったから、13%も改善したと数字で表すことができる。患者の意欲を促進する事にもなる。自宅で過ごしており下肢の皮膚の手入れや弾性包帯を巻くといったセルフケアが求められる。
リンパ浮腫ナースはイギリスでも数は多くないとのことだった。総合病院で養成講座を開いておりそこで単位をとったとのこと。やはり、専門はさらに細分化されているものだと感心した。
(8)Clinical Nurse Specialistの養成
community nurseは、緩和ケアのclinical nurse specialistである。彼女たちは、病院での看護師、または地域での保健師として働きその後、ホスピスで働いている人が多かった。CNSになるにはどうするのかと聞いたところ、そのホスピスがCNSを必要としている場合、大学の授業料なども補助するとのこと。日本ならば、看護大学の修士をとるためには今の仕事を辞めなければならない。そういったハードさもあり、日本ではCNSは数が少ないのだろう。働きながら、専門家になるための勉強ができる環境がシステムとして整っていくとよいと思う。
(9)スピリチュアルケアと宗教
ロンドンにはアジア系、東欧、ユダヤ系、アフリカ系など様々な国から集まって住んでいるため、宗教の信仰も様々である。ホスピスの患者のカルテの患者情報には必ず、Religion(宗教)、 Ethnic group (white UK, white other, Black African, Black Caribbean, Black Other, Indian, Pakistani, Bangladeshi, Chinese, Other ethnic group)、 Language (言語)、Spiritualityを記入する。患者からの情報は、入所時に医師が患者から聞いて記入している。看護師同士の申し送りの時には、カルテの情報(キーパーソン、出身の国、話す言語、スピリチュアルティ)も読み上げてから患者の状況を話す。この点でも日本とも異なっていて、特徴的である。チャプレンは宗教別に数名いるとのことであるが、残念ながら話す機会はなかった。スピリチュアルティについては、様々な宗教もあり国民性も富んでいるということだけわかった。
(10)文化の違い
ロンドンには、様々な国の人が住んでいる。患者は、「自分のことは自分でする」という考えを持つ人が多いように感じた。イギリスには西欧的個人主義がある。「個人と個人の集合が社会であって、その社会は約束とか契約とかいった理性の支配するルールで成り立っている。この意味でのルールは、主観的感情であるところの義理だの人情に優先するというのが、西欧的個人主義の基本なのである。」7)コミュニティナースの家庭訪問を見学したときに見た患者の中に、88歳の女性がいた。その女性は、ターミナルの慢性腎不全である。夫とは他界し一人で暮らしている。定期的に開業医や保健師が訪問している。あるとき、肩が痛くなり、部屋の掃除や見繕いなどができなくなった。訪問したとき、部屋の中は掃除していないためか臭いがし、髪の毛はぼうぼうで汚れたズボンをはいていた。コミュニティナースは、「いつもはきれいにしていてかわいらしいレディなのよ」と嘆いていた。その患者は、それでもヘルパーを薦められても断り、自分でやると言っていた。翌週訪問したときには、肩の痛みも改善して部屋もきれいにしてあった。このように、頑なに他人からの援助を拒否して自分でするという意思は彼女の性格もあるだろうが、イギリスの社会のシステムや文化の違いだろうと考える。日本では、自分のことは家族と一緒に決めるという場合が多い。個人の考えだけで決定することはあまりない。そのことから、日本では、患者・家族を一つの単位として捉えてケアしていくことがさらに強調されると思う。
(11)Motor Neuron Disease
イギリスのホスピスには、がんやエイズ以外の難病も対象となる。Motor Neuron Disease(筋萎縮性硬化症:ALS)の患者とお話しすることができた。私は今までは病名は有名で知っていたが実際に患者に会ったことはなかった。ホスピスでもデイケアナースが、スタッフに対してこの病気のレクチャーをし、私も参加して興味を持つことができた。構音障害が出現して話すことも聞き取りにくい。嚥下障害も出現している。それでも患者はいつも明るく私にもあいさつをしてくれていた。相手が何度も聞き返すことも本人にとっては苦痛だし、伝えたいことを伝えることができないのは、孤独感を持つ。抑うつに陥りやすいこともわかった。この病気は進行が早いことも特徴である。
コミュニティナースとの患者の家庭訪問のときにMotor Neuron Diseaseの患者の自宅を訪れた。ナースの話しによると、車椅子を注文したが、出来上がってきたときにはすでに患者の病状が進行し自分で車椅子の操作をすることができなかったという。進行が早いので、素早くサービスを提供するシステムが整うべきだと思う。
参考文献
1)岡田美賀子ほか:ナースによるナースのためのがん患者のペインマネジメント, 日本看護協会出版会, p.119, 1999.
2)恒藤暁:最新緩和医療学, 最新医学社, p.15, 1999.
3)志真泰夫:日本におけるホスピス・緩和ケアの発展, 12:287-291, 2002
4)North London Hospice Annual Review 2001/02
5)日野原重明:世界のホスピス運動の現況とアジア・太平洋地域における活動の展開, ターミナルケア, 12:292-300, 2002
6)国立がんセンター東病院緩和ケア病棟のパンフレット
7)林望:豚の個人主義、イギリスは愉快だ, 株式会社平凡社, 158-174, 1991
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