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III. 研究の成果
(1)QOLの構成概念
 QOLの構成概念は、時代とともに変化してきたといえる。QOLが治療との関係で注目された当初は、その構成概念は身体的側面のみであった。つまり、身体状態や機能が良好であればQOLは高いと考えられてきた。そのためQOLを測定する尺度も身体機能を測定するものが主であった(Karnofsky & Burchcnal, 1949)。しかし、身体的側面だけでは病気を持つ人の全体を捉えることは出来ない。人が病気になることで反応する、社会心理的側面について考慮されていないからである(Schipper, 1984)。病気をシステムの中でとらえるバイオサイコソーシャルモデル(Engel, 1977)が発表されたこともあいまって、1980年代以降、QOLは身体的領域の他に社会的、経済的、精神的、心理的領域など、人間の生活全般を捉える複数の領域が、その構成概念に含まれるようになった。この時期、QOLを評価するための尺度も複数の領域を反映するものが開発された(Spitzer, 1981;Schipper, 1984;Ferrans, 1990)。しかし、この尺度では、ガン患者や治らない病気を患う患者のQOLを評価することが出来ない。死にゆく過程に従って重要性が増すといわれる、人生の意味・安らぎ・死を乗り越える希望といった領域が含まれていないからである(Belcher他、1989)。ホスピスケアが広まるにつれ、患者のQOLを考える際無視できない領域として、スピリチュアリティや実存性の領域は次第に注目されるようになった。
 O'Conell (1996)は、QOLの構成概念としてスピリチュアリティへの関心が高まった理由を、これまで死をコントロールできる−つまり死を避けようとし、また死が避けられるものと考えてきた−現代の文化や医学の失敗と反省にあると言う。スピリチュアルな領域がQOLの構成概念に積極的に加えられた理由は、この領域が死に際して重要性を増すだけでなく、スピリチュアルな領域が他の領域での限界や危機を乗り越えるのを助ける領域だと考えられるからである(Mount & Cohen, 1995)。そして90年代後半にはQOLの尺度もこれまでの身体・社会・心理的領域に加えてスピリチュアルな領域を加えて開発されるようになった。現在では、QOLは身体的・心理的・社会的・スピリチュアリルな領域を構成概念とすることでコンセンサスが得られているといえよう。スピリチュアリティは、全米ホスピス緩和ケア協会のホスピスケアの定義においても認められ、WHOの健康の定義においても検討されている(WHO, 1999)。
 
(2)スピリチュアリティの意味するもの
 スピリチュアリティは何を意味しているのか。スピリチュアリティがQOLの1領域として注目されてきた当初、スピリチュアリティは宗教性(Religiosity)と同一のものとして捉えられていた。したがって、スピリチュアルな領域での良好さ(Spiritual Well−being)は特定の宗教やその信仰が研究の対象とされていた。しかし、ガン患者や死にゆく人のスピリチュアルな痛みやニーズは必ずしも宗教との関係によってのみ表出されるものではない。人間存在の意味や人生の目標などについては、宗教や信仰生活にその答えが求められることも多い(Matthews, Larson, & Barry, 1993)が、特定の宗教とは結びつかない形で表されることもある(Doyle, 1992)。
 1990年代の研究では、スピリチュアリティ(Spirituality)は宗教性を含む、より広い概念(Reed, 1987)とされている。では具体的にそれは何を意味しているのだろうか。
 Sulmasy(1999)はスピリチュアリティを、人生の目的や意味を探索する領域と説明している。Tate & Forchheimer (2002)は、これまでの研究を分析し、スピリチュアリティにはある程度一致した概念構成が見られるとし、3つの概念を示している。1つめは、宗教や宗教性に関するものであり、これは、宗教や信仰が個人のスピリチュアルな生活(Spiritual Life)を豊かにするという側面に注目したものである。2つめは、超越性をテーマとするものであり、これは、身体的、社会的、心理的領域を超え、これらの領域とは全く別に位置付けられる領域である。3つめは、スピリチュアリティは、身体的、社会的、心理的領域におけるニードと同様、全ての人がスピリチュアルな領域で持つニードに関するものであるとしている。
 また、Oldnall(1996)やFish & Shelly (1988)は、スピリチュアリティを構成する重要な概念として、「自己(Self)」、「他者(others)」、「神(God)」をあげ、その(正しい)関係がスピリチュアルな良好さに大きな影響を与えていると主張する。Burkhardt(1989)もまた、スピリチュアリティは、自己や他者との調和、神とつながっている感覚であるとする。Hay (1989)は、「自己」「他者」「神」の3つの要素の中心をなすものがスピリチュアリティであり、スピリチュアルに良好な状態は個人の内的リソースを強めるという。つまり自己の内面にある内的な強さはスピリチュアルな良好さの結果と考えられる。また、他者との関係もスピリチュアリティにおいて大きな意味を持つ。個人のもつ社会的関係や他者との関係は、個人の内的な資源に影響を与える(Hay, 1989)。つまり、信頼関係や相互関係といった安定した関係を持つことがスピリチュアルな良好さに影響を与えるのである(Stoll, 1979; Sodestorm & Martinson, 1987)。
 神との関係は、従来宗教や宗教性としてとらえられてきた。もちろん特定の宗教における神との関係は、信仰をもつ者にとってスピリチュアリティの重要な部分を占める。宗教性や信仰はスピリチュアリティを表出するものとして捉えられ、信仰は心理的ストレスを緩衝したり、病気や高齢期のライフイベントに対処する力になる。アメリカ・イギリス・カナダのように多様な民族が共生する国にとっては、文化的価値観や慣習を理解する際、また患者のケアにおいても、異なる宗教によって表されるスピリチュアリティの違いについて理解することが重要だろう。
 この「神」の定義には宗教より広いものも見られる。Stoll(1979)は、人生における最も高い価値をその人の「神」と定義し、「神」は必ずしも宗教でいう神と同一ではなく、その人の生き方に影響を与える何かであり(Jourard, 1971; Clark, 1987)、個人が人生において最高の価値をおくものや信条だとする。ここでいう「信条」もスピリチュアリティの概念を構成するものである。つまり、個人的信条は、宗教的信条と非宗教的信条を含んでいるといえる(Dyson, 1997)。個人の信条は個々ユニークであり、個人が持つ一連の信条が生きる意味を説明する。したがって宗教的なものに関わらず、その個人が人生において価値を置くもの、またその価値観は、宗教的な神と同様、崇高な価値をもつものと考えられる。
この他に、スピリチュアリティを構成する概念として、「希望」や「人生の意味・生きる目的」があげられている。
 「希望」は全ての人が共通にもっているスピリチュアルなニードである(Nowotny, 1989; Herth, 1990)。Kubler=Ross(1969)も希望は死にゆく全ての過程で患者が持つものであるとしている。そして、死にゆく過程で希望は様々に変化し、病気を知った頃の「治りたい」という希望から「安らかに死にたい」という希望へと変化する。このように希望は、生きる意欲(Ross, 1995)や個人が本来持つ以上の力や可能性につながる(Francis, 1986)。
 「人生の意味や生きる目的」もまた、スピリチュアリティの重要な部分を占めている。人生の意味を見つけるというニードは人生そのものにとって普遍的なものである。人生の意味は個々人に特別なものであって、それはその個人によってのみ認識される(Frankl, 1959)。そしてその意味を見出すことができれば、その病気や死に対する危機がいかに大きなものであっても平安を見出すことができる(Dickinson, 1975)。
 
(3)スピリチュアリティとQOLの関係
 これまで述べてきたように、全ての研究者や臨床家の間でコンセンサスの取れているスピリチュアリティの構成概念は見られない。またスピリチュアリティを測定する尺度も構成概念妥当性や信頼性が確立され標準化された尺度も存在しない。そのため、スピリチュアリティとQOLの関係についての実証研究はごく僅かである。しかし、スピリチュアリティがQOLに影響を与えることや、生死に関わる病に対処するものであるという認識は共通してもたれているといえよう。その意味で、スピリチュアリティの構成概念は統一されてはいなくとも、スピリチュアリティがQOLとどのような関係にあるのかを見ていくことは、今後のガン患者のスピリチュアル・ケアにとって有効であると考える。
 スピリチュアリティとQOLの関係を検証したものにRileyら(1998)の研究がある。彼らは、スピリチュアリティの構成概念よりもスピリチュアリティの種類(タイプ)に注目し、慢性病と身体的疾患によりリハビリにある患者を対象にスピリチュアリティと健康、生活満足度、QOLとの関係について調査した。スピリチュアリティの測定にはSpiritual Well−being Scale(SWBS)が用いられた。この尺度は一般人を対象に開発されたもので、身体的機能的側面を一切測定しない尺度である。SWBSは2つの領域から成り立っている。1つは宗教的良好さともいえる神との個人的な関係、もう一つは宗教性と切り離した、人生に目的があるかという実存的良好さである。クラスター分析によってスピリチュアリティのタイプを分析したところ、宗教的(religious)、実存的(existential)、スピリチュアルなものを持たない(Non−spiritual)グループの3つに別れた。宗教的側面がスピリチュアリティを構成しているグループは他の2グループに比べて強い信仰をもち、将来に対して不安感が低く、スピリチュアリティがQOLに強い影響を与えていると考えている。スピリチュアリティを持たないグループと比べてQOLを高く評価していたが、実存グループと有意な差は見られなかった。実存性のグループは身体、社会、情緒的、精神的(mental)機能が最も高く、身体的・情緒的良好さはスピリチュアリティのないグループよりはるかに高く、宗教グループより少し高かった。スピリチュアリティのないグループは身体、社会、情緒的、精神的機能が最も低く、病気に対処するためと思われるアルコール摂取量が最も多かった。宗教・実存グループは、スピリチュアリティのないグループと比べて、人生の意味や内的統合のレベルが高かった。これはHungelman(1985)の結果をサポートしていた。つまり、人生の意味や内的統合のレベルはQOLにプラスに貢献するということがいえる。
 Baets & Griffin (2002)は、National Population Health Survey (NPHS)の70,884人を対象にスピリチュアリティについて、スピリチュアリティのタイプとWell−Being、精神的疲労感との関係を調べた。その結果、宗教的/スピリチュアルグループは有意に高いwell−beingを示し、有意に低い精神的疲労感を示していた。一方、自分自身を宗教的またはスピリチュアルな人間だといいながらも、宗教的儀式に参加せず全く個人的信条に依存しているグループには、有意に低いwell−beingと有意に高い精神的疲労感が認められた。
 現在スピリチュアリティを測定するものとして内的一貫性の認められた尺度は、Functional Assessment of Chronic Illness Therapy−Spiritual Well−Being Subscale(FACIT−Sp−12)(Cella、1997)である。FACIT−Sp−12は、宗教的信条に関わらずスピリチュアリティを測定するものであり、「私は人生の意味を感じている」「私の中の内的調和を感じる」といった質問で構成されている。Rhodes & Kirsteller (2000)は、FACIT−Sp−12を用い、スピリチュアルな良好さがQOLの他領域−抑うつ、不安、治療に対する満足度、身体的・社会的・情緒的・機能的良好さ−と相関していることを明らかにした。
 同様にFACIT−Spを用いてスピリチュアリティとQOLとの関係を調査した実証研究はいくつか見られる。Bradyら(1999)は、1,300人のガン患者を対象に調査を行い、スピリチュアリティとQOLの評価に正の関係があること、QOLを構成するスピリチュアルな領域は身体的、情緒的、社会的領域と独立したものであること、スピリチュアルに良好である人ほど生活を楽しんでいることを見出した。またCottonら(1999)も、スピリチュアルな良好さとQOLが有意な正の相関を持つこと、つまり、スピリチュアルに良好であるほどQOLが高いことを明らかにした。
 しかし、QOLの構成概念としてのスピリチュアリティと全体的QOLに直線的関係があるのかについては議論されつつある。つまり、スピリチュアルに良好な状態が直接QOLに影響するというより、むしろスピリチュアルに良好な状態は、ガン告知や病状の変化のような危機的ライフイベントに伴う不安や抑うつ状態を緩衝する働きがあるのではないか(Young他、2000)というものである。今後は、スピリチュアリティとQOLの関係性についても研究が進められなければならないだろう。
 
(4)スピリチュアル・ケアとホスピスケア
 ホスピスにおいて、スピリチュアル・ケアは、そのケアの真髄であると考えられてきた。しかし、現代ホスピスに於いてはその重要性が必ずしもケアに反映されているとはいえない。それは個々のホスピスプログラムによってスピリチュアリティの捉え方が様々であったことや、具体的アプローチが明確でなかったことによると思われる(Millson、1995)。しかし、終末期の人と関わるスタッフにとって、死にゆく人のスピリチュアルニードを満たすことが、本人や家族にとっていかに重要であるかは知られているところである(O'Connor and Kaplan, 1986)。それゆえホスピスプログラムの枠組みの中でスピリチュアリティやスピリチュアルケアを取りあげていくことは重要である。
 死にゆく人は人生を締めくくる人であり、彼らにとって人生の意味や目的を見出すことは重要な課題である(Corr, 1997)。Weiler(1975)は、手術前の患者がチャプレンに祈ってもらうことに高い優先順位をつけていることから、精神的に弱く傷つき易い状態にある人たちにとって宗教的ケアやスピリチュアリルケアが必要であるとする。しかし、スピリチュアルケアを提供する側が十分訓練されているかというとそうではない。Highfield & Carson(1983)は、35人のオンコロジーナースを調査し、彼らが心理的問題とスピリチュアルな問題を区別することが出来ず、間違った介入を行っていることを指摘している。スピリチュアルな領域では、苦しみの意味を見出したり、苦しみを成長への機会に変えたりすることが重要である(Canda, 1988)。O'Connor (1988)は、スピリチュアルな領域に関わることはホスピスケアの基本であり、スピリチュアルな問題が表出でき、またそれについて考えていくことのできる環境作りの重要性を主張している。







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