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マウント・サイナイ病院
 NYに移動しての最初の訪問先は、マンハッタンのセントラルパークに隣接するマウント・サイナイ病院である。
 まず、ソニ・ムン医師によるレジデントを対象とした「ペインマネジメント」の講義を参観。てきぱきとした講義の中にもジョークや質問をおりまぜ、約10人のレジデント相手にインタラクテイブな応答を絶やさない講義手法は、大いに学ぶところがある。続いてダニエル・フィッシュバーグ医師による「Do Not Resuscitate」の14人のレジデント対象の授業を参観。米国で悪性疾患の告知が進んだ理由を、70から80年代への市民の自立意識運動と解析。授業の最後には、告知に関するRPGを2人組で行わせ、終了直後に授業の評価シートを配布していた。ここでの緩和ケアについての医学教育システムは、医学生(3、4年)、レジデント、フェローを対象とし、基礎医学・老人学・悪いニュースの伝え方・緩和ケアとホスピスの違い・生命倫理・急性期緩和ケア・腫瘍学・神経学・精神医学と多岐にわたる分野を、年次を追って、体系的に進めている。
 緩和ケア部門のチーフであるダイアン・メイヤー医師(老人学出身、50歳)へのインタビューによると、自分でグラントを確保して6年前よりマウントサイナイ病院内に緩和ケア部門を創始。きっかけは、ホスピスと病院治療とのギャップに問題があると感じたことによる。「緩和ケア」とは両者を包含する概念であり、治療と背反するものではないという概念の元、粘り強くトップの理解を得る努力を行ってきたという。緩和ケアベッド以外の患者は、他科依頼がないとコメントは行えず、以前も現在も、「麻酔医で充分」「痛いのは当然」「痛みそのものに無関心」な専門医が少なくない。特に、若い医師は興味を持ってくれるが、年配の医師は理解が少ない傾向があるとの事であった。多くの逆風を受けながらも緩和ケアがようやく院内で認められるようになってきたのには、自分たちのマーケテイングの努力が欠かせなかった。彼らが作成した豪華なパンフレットには、下記のような「病院で緩和ケアを行う理由」が記載されていた。
● 17%の州病院が緩和ケアプログラムを保持。少なくとも26%の大学病院が緩和ケアサービスか緩和ケア病棟を保持。(AHAレポート)
● 医療の質の向上:積極的・専門的な治療と併用できる、変化への即時対応が可能
● 患者中心の医療ゆえ、病院や施設への評判の向上
● 主治医やスタッフの重荷を軽減し、スタッフの満足度、看護師の維持
● LOS短縮により、ベッド回転率上昇、コスト削減
● 医療機能評価:疼痛コントロールの基準
 さらに特記すべきは、この病院独特の模擬患者診察スタジオの存在である。専門のアクターによる、白熱した演技によるRPGの質の高さに、NY中からレジデントが集まってくるという事であった。
 
モンテフィオーレ病院
 最後の訪問先のモンテフィオーレ病院はマンハッタンの北部の比較的貧困な人々が多く住むブロンクス地区にある1100床の病院である。緩和ケア部門のチーフ、ピーター・セルウイン医師によると、1999年よりICUと腫瘍学とコラボレイトし、コンサルテーションする事から地道に創始した。その存在が認められ始めた2002年からは、8床の緩和ケア病棟をオープン。マウントサイナイにおける緩和ケア部門と同様、いかに緩和ケアの重要性を病院のトップに理解させつつ、他科の医師にこの部門の存在によるベネフィットを見せることができるかが、非常に重要であると語って下さった。
 
4. 考察
 東京女子医科大学病院では平成14年8月に緩和医療を目的とした一般病棟が22床で試験的に開始した。よってその、前年の平成13年(2001年)年間のデータの集計をした。
 看取った患者の平均年齢は65歳で、老人医療費の対象年齢よりはるかに若く、患者の医療費負担の重さが推測された。医療のみならず、社会資源をいかに活用するかといった福祉の関与、家族も含めたケアと多職種の関わりの必要性が示唆された。
 悪性腫瘍患者の入院は外科系に多いが看取り入院の割合は外科で16%であったことに比し、内科では40%に上っていた。近年、医療分化の明確化が進められているが、悪性腫瘍では看取りに至る症例の割合は高く、また、平均在院日数も46日と高度医療機関に求められる17日、19日ともにはるかに越えていた。また、毎日院内には50名以上の看取りを目的とする患者が急性期病棟に入院していることがわかった。
 このことを医療スタッフはどのように捕らえているかアンケート調査にて明らかにすることが試行された。
 急性期と終末期患者の混在によって、環境要因、医療技術・知識などに問題を生じているとしているものは50%からそれ以上をしめ、ストレスを感じているものは6割に達している。
 そのストレスを感じているものに焦点をあて統計解析をおこなったところ、ストレスを感じていないものより環境、医療技術・知識に問題があると2から3倍感じており、治療や看護が行き届いていないと看護師では3倍、医師では5倍感じていた。さらに、誰かに任せてしまいたいと感じているものは看護師では2倍弱であったが、医師では8倍に達していた。
 一方、終末期を学ぶ緩和ケア病棟を必要と答えていたもので、環境、医療技術・知識に問題があるとの設問との関連性はストレスと同様で2から3であったが、治療や看護が行き届かないとの関連性は看護師で2、医師では有意差は認められなかった。(有意水準5%)加えて、誰かに任せてしまいたいとの関連性は看護師、医師とに有意差は認められなかったことは興味深い。ストレスを感じている医師は終末期患者を誰かに任せてしまいたいと強く感じていたが、病棟の必要性を感じている者は、患者の混在環境や技術・知識不足は認めながらも、自ら責任をもって患者の診療に携わるために学ぶ場を必要としていることが伺え、前向きな姿勢が現れていた。こうした病棟を持つことは単に大学病院に留まるのではなく、地域への教育的貢献になると大変強く感じていることも示された。
 また、単純集計から病棟を持つ利点として、それが生み出される経済的効果などは不明であるとしながら、教育機関として緩和ケア病棟は必要であると感じているものが8割に上っていることがわかった。
 緩和ケア病棟の役割には、
(1)急性期緩和医療
 早く症状を取って次のステップ(治療や在宅移行)へつなげていく役割。
(2)療養
 生活の場の提供
(3)社会的入院
 患者の症状は安定していても、家族の介護疲労などのため受け入れる入院
(4)看取り
 死亡までを含めた入院
 
 表8のように、専門病棟が必要と答えたものは医師では(1)を、看護師では(2)、(4)を役割としてとらえていることが示された。医師は急性期医療現場での緩和医療も急性期的役割としている一方、看護師は大学病院であってもケアや療養的役割と考えていることが示された。
 アメリカでは医療制度システムは日本と大きく異なるが、大学研修病院における「緩和ケア」に対する認識については、さほど大きな差異はないと思われた。日本においても、マクロ的には、「死」や「告知」に対する認識の変異が徐々に進んでいる中で、疼痛に対する再認識(徹底的に緩和すべきという概念)と「ペインマネジメント」の専門性の敬虔、「何の積極的な治療も行わないのがホスピス」という狭い概念から、治療と背反しない「緩和ケア」という広い概念への発想の転換も起き始めているのではないだろうか。そのような環境の中、病院組織内で「緩和ケア」の必要性の認識を育成していくためには、自部門の明確な位置付け(理念)と院内マーケティングが重要である。特に急性期・研修・専門病院においては、「緩和ケア」という役割を、病院の目的と矛盾無く存在させ、しかも他部門にとってもベネフィットを与えるような仕組みを構築していかないと、確固たる地位を失いやすい部門であることを、よく認識しておかねばならないと思われた。
 現在、緩和ケアは、2種類の診療報酬によって位置付けられている。緩和ケアチームによる診療加算と緩和ケア病棟による包括医療である。後者は、緩和ケア病棟入院患者の在院日数を病院の在院日数から省いてよいことが明記されており、長期入院症例が緩和ケア病棟を利用した場合、在院日数は減少し、病院全体の利益となる。また、医療よりケアが重視されるような症例では包括医療費が確保される。しかしながら、これらのことは病院が第三者病院評価を受けている条件のもとになりたち、緩和ケア病棟の認可を受けられない病院では一般病棟として稼動しており、在院日数の恩恵を受けることはできない。当院においても看取り入院患者派平均在院日数は40日を越えていたが、緩和ケアの認定病棟であればベネフィットは得られるが、一般病棟ではそれは無い。
 緩和ケアはどの程度の医療の提供が妥当であるかということを考えるとき、緩和ケア病棟の包括医療費が目安のひとつとなる。これは一日あたり3780点の定額性であり、ここには人件費、薬剤などの物品費等も含められる。今回の調査では看取りとなった終末期医療の診療点数最頻値は3000点台であり、高額医療症例も多数認められること、平均点数は5000点を超えていることからも急性期医療の延長線におかれていることは否めない。従来の受け持ち医がそのまま緩和ケアの主治医となった場合、基準を満たす緩和ケア病棟があっても急性期の延長線上の終末期医療となってしまう可能が高い。
 教育、終末期の適切な医療の2点を考えても緩和ケアのトレーニングを受けた専門医が主治医となる必要がある。そのためにはマンパワーの問題があり、診療科や大学特有の講座制との位置付けが明確にならなくては解決されない。
 看取り目的の患者は、平均65歳という比較的若い患者が一日あたり50人以上入院しており、緩和ケア病棟のニーズはある。教育の場として、医療者はその必要性を感じている。しかし、急性期病院の組織中にあって、組織目的に反しない緩和ケアの役割を担うには病院のグローバルビジョンのもと保証されることが必要であろう。認可された緩和ケア病棟を設立すること、標榜診療科と認められること、講座制の中で明確な位置を確保されることなど課題は多い。
 特に、高度先進医療機関の中で療養やケアに重点が置かれる緩和ケアでは、国レベルでの保証、病院単位での組織の中での保証とそれに答えられる一層の努力―急性期緩和医療への取り組みなどを要すると考えている。
 
IV. 今後の課題
 平成15年4月から大学病院などは緩和ケアのみならず包括医療へと移行する。平成16年度から卒後研修は必修となり、地域医療の中に緩和医療は組み込まれる。めまぐるしく変化する医療環境のなかで、今回の調査がどのように変化するか、また、認可された緩和ケア病棟が設立された後、どの程度の変化を生じえるのか比較していくことが今後の課題と考えている。
 
V. 研究の成果等公表予定
 平成15年日本癌学会または日本癌治療学会等での発表を予定している。







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