24. 介護老人施設における高齢者ターミナルケアの現状と課題
― 介護療養型医療施設、介護老人保健施設、介護老人福祉施設における先駆的取り組みの事例研究と今後の課題 ―
九州大学大学院医学研究院医療経営 管理学講座・教授 高木安雄
I. 研究の目的・方法
高齢社会の進展とともにがんの告知やホスピスケアなど末期医療における新たなケアの提供については、わが国でもようやく整備されつつある。
しかし、高齢者のターミナルケアについては、高齢者の末期についての医学的判定の困難さに加えて、高齢者自身の自己決定の難しさ、高齢者を取り巻く家族・親族等の社会的な関係などが影響して、ターミナルケアのあり方、ケアの提供については確立されておらず、暗中模索のなかで現場の医師・看護職らのケア提供者の苦労が続いている。
また、高齢者のターミナルケアについては本格的な研究もなされていない。これは、高齢者のターミナルケアの提供が介護療養型医療施設、介護老人保健施設、介護老人福祉施設と分立して、ターミナルケアといってもその内容は医療・保健・福祉の体系の下でそれぞれ異なること、医師・看護職・介護職員の配置基準や勤務体制に大きな違いがあり、高齢者の末期について認識が異なること、さらに医師にとっても高齢者の末期の判定が医学的にも困難であること――などが影響している。
このため、高齢者のターミナルケアのあり方についてはその議論も慎重にならざるを得ない。とくに、医療費抑制の観点からの「高齢者の医療の切り捨て」という患者や家族の慎重な態度・警戒などもあって、研究が困難であった。
本研究では、こうしたこれまでの高齢者のターミナルケアについての先行研究をふまえて、高齢者ケアを担う介護療養型医療施設、老人保健施設、特別養護老人ホームの老人施設においてどのようなターミナルケアがなされ、どのような問題を抱えているかを調査・研究する。一般的に医療系施設においては社会的な支援が少ないこと、福祉系施設においては医療的なサービスが少ないことが指摘されており、高齢者のターミナルの判定がどのようなプロセスでなされ、その後に高齢者本入・家族との合意・理解のもとにどのようなケアが提供されているのかなどを分析・考察した。
具体的な研究方法としては、全国の介護療養型医療施設、老人保健施設、特別養護老人ホームから高齢者のターミナルケアについて先進的な取り組みを行っている施設の事例研究・フィールド調査を実施し、それをふまえて高齢者のターミナルケアの現状と課題を明らかにする。とくに、3つの異なる老人介護施設について、以下の調査項目についてそれぞれの共通点・相違点を明らかにして、これからの高齢者のターミナルケアのあり方を考察した。
(1)高齢者の末期の判定プロセス:誰が、いつ、どのような基準・場で行うのか。
(2)高齢者本人・家族の末期医療についての意思の確認のプロセス・手続き。
(3)末期医療における高齢者ケアの内容:高齢者本人への医療の具体的な介入、高齢者本人・家族に対する精神的な支援などの内容。
(4)死亡時の看取りのケアの具体的な内容。
(5)死亡後の手続き・家族へのケアの内容。
こうした具体的な老人介護施設を通じた事例研究にもとづく高齢者のターミナルケアの研究はこれまで行われておらず、とくにケアの内容の違いに焦点をおいたものは少ない。介護保険制度の下で医療・保健・福祉に分立した老人施設の体系は一体的に運営されるようになったが、ケア提供の核となる医師・看護師・介護職員などの構成はこれまでの歴史を継承したために大きな相違が残されており、高齢者のターミナルケアの研究を通じてケアの質の向上と統一的な高齢者ケアの実現を考える意義は大きい。
II. 研究の内容・実施経過
事例研究を軸とした研究について研究班を組織して、調査項目の妥当性の検討のほか、高齢者のターミナルケアについて現状と問題点についてケアの現場からの問題提起をふまえて、事例研究・フィールド調査の実施とその検討、考察を行った。
研究班は、下記の5名の共同研究者から組織し、調査計画の立案・検討のほか調査結果の分析・検討、最終報告の取りまとめ、意見交換などを行った。
片桐 英彦(九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座大学院生・医師)
松原 紳一(九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座大学院生・医師)
中川 翼 (北海道・定山渓病院院長、介護療養型医療施設協議会ターミナルケア分科会代表)
佐藤 忠興(大分・特別養護老人ホーム「温水園」理事長)
廣江 研 (鳥取・老人保健施設「よなご幸朋苑」理事長)
事例研究は、介護療養型医療施設については静岡県浜松市の「湖東病院」、介護老人保健施設については鳥取県米子市の老人保健施設「よなご幸朋苑」、介護老人福祉施設については大分県湯布院町の特別養護老人ホーム「温水園」において、高木、片桐、松原の3名が実施し、施設長や医師・看護職や介護福祉士など現場のスタッフから高齢者のターミナルケアの実際と課題について聴取し、必要な資料の収集を行った。調査項目は次のとおりで、入所段階でのターミナルケアについての家族や本人の意思の確認方法、ケアの変化やケアの選択に係る意思の確認、死亡時におけるスタッフの関わりなどについて、広く現状と課題を調査、検討した。
(1)高齢者の末期の判定プロセス:誰が、いつ、どのような基準・場で行うのか。
(2)高齢者本人・家族の末期医療についての意思の確認のプロセス・手続き。
(3)末期医療における高齢者ケアの内容:高齢者本人への医療の具体的な介入、高齢者本人・家族に対する精神的な支援などの内容。
(4)死亡時の看取りのケアの具体的な内容。
(5)死亡後の手続き・家族へのケアの内容。
III. 研究の成果
事例研究から明らかになった介護老人施設におけるターミナルケアの現状は別紙のとおりで、要約すると次のようにまとめることができる。
(1)末期の判定プロセス、すなわち誰が、いつ、どのような基準・場で行うのかについて介護療養型医療施設では、医師にすべて任せられており、統一的な基準はない。したがって、介護老人保健施設や介護老人福祉施設においても明確な基準・マニュアルはなく、発熱・食欲低下などの高齢者の症状から医師、看護職が適宜、判定しているといえる。
(2)本人・家族の末期医療についての意思の確認のプロセス・手続きについては、いずれの施設においても入所時・末期と判断した時に家族の代表者に実施している。しかし、文書等による明確な確認はいずれの施設も行っておらず、口頭で確認したことをカルテ、看護記録等に記入しているにすぎない。尊厳死など末期医療についての意思を明確にした高齢者はいずれの施設でも数名程度にとどまり、多くの職員は経験していない。
(3)末期医療におけるケアの内容、すなわちIVHや人工呼吸器など延命を軸とした具体的な介入については、介護療養型医療施設においても医師によって大きく異なることが明らかとなった。とくに、内科の医師と精神科や耳鼻科、皮膚科など特殊な診療科の医師とでは末期の判定とその後の処置に大きな相違があり、内科の医師と比べて特殊な診療科の医師は末期の判定が遅いこと、その後の処置も延命治療の濃厚な治療を行うケースが多いことが明らかとなった。また、介護老人保健施設においては、施設の制約上から濃厚な延命治療を提供することはできないために、医師は家族に延命治療を諦めさせ、説得する立場に立たされることになり、医師としての戸惑いも感じるという。高齢者の末期医療、ターミナルケアについて、医師の間でも指針が確立していないことに問題があろう。
(4)死亡時の看取りのケア、家族へのケアについては、介護療養型医療施設は除いて葬儀への参加、弔辞の朗読などの取り組みが明らかとなった。施設職員として高齢者の人生の最期を看取ったゆえに、葬儀に自然と参加するようになるのであろう。施設のケアの質、評価の上でもこうした姿勢は大切なことである。「死は敗北である」としてきた医療施設が今後、その発想を変えてどのような看取りのケアを始めるのか、注目される。
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