4. 盲導犬の誘導訓練
4.1 誘導意識
歩行訓練においては、犬の誘導意識を育てます。がむしゃらな前進意欲ではなく、主人と歩調を合わせ先導していくことが重要になります。犬は抵抗に対し反発します。誘導意欲とハンドルの曳きの強さを混同しないことがポイントです。誘導意識はあくまで主人と歩調を合わせその作業を率先して行うものです。
<写真 誘導意識>
4.1.1 導入段階
直線歩行の定着段階からトレーナーは盲導犬の作業全体をイメージした歩行を行います。まず、基本歩行でハンドルによって、後ろへの抵抗や前に押し出す抵抗を繰り返し与え、それらに影響されることなく歩かなければなりません。ハンドルを引っ張らずに歩くことを賞賛します。そのためにもハンドルヘの抵抗は微妙に変化させることが必要です。
4.1.2 学習段階
良い行動を肯定し悪い行動を取らせない方法が最も大切です。全ての科目で言えますが、特に誘導訓練でそれを強く感じます。よく見かけるのは、犬が上手に歩いているときは声をかけたり賞賛したりせず、犬が匂いを嗅いだり、わき見をしたりした時だけ、強く叱ることに一生懸命になっている光景です。これでは犬の作業を否定し、叱ってばかりで、上手に歩いていることを肯定し賞賛していないため、犬は何も学ばないことになります。
誘導訓練では、犬が率先して進むべき正しい方向に主人を誘導することが重要です。犬が進む方向に迷っているときに間違いを教えるのではなく、一旦犬を止め考えさせ、少しでも正しい方向へ行く気配を見せたとき素早く賞賛し自信を持つようにします。要は犬に作業に対する自信と喜びをいかに育てていくことが鍵になります。
4.2 目的物、目的位置への誘導
「カイダン」「ドアー」「イス」「ゲート」「レジ」「エスカレーター」など、近くにあるであろう目的物を探し主人が触る位置まで誘導する訓練です。
始めはリードによる誘導を行い命令語とその物を結び付けます。作業に喜びを感じている犬は面白いように誘導するようになります。この訓練で必要なことは経験です。他の訓練と違い現地訓練が必要な科目でもあり、また、いつも決まった場所ばかりで訓練すると予想で行動してしまい、目的物と言葉とを結び付けず歩行ルートで反応してしまうようにもなります。場所が違うとまったく誘導しない犬になることもあり注意が必要です。
4.3 障害物の回避訓練
障害物回避の基本は、犬が障害物を回避するためには、主人と犬との幅を理解しなければなりません。また障害物が主人側にくるのではなく、障害物と主人の間に犬がこなければならず犬に障害物そのものを意識させ回避させようとしてもなかなかうまくいきません。また、一口に障害物といっても、犬にとってあるいは歩く者にとって自分以外のものはすべて障害物であるともいえます。
道路には、電柱、道路標識、街路樹、工事中の標識、商店の前に置いている商品などさまざまなものが混在しています。それ以外に、通行人、自転車、駐車場への進入車両、散歩中の他の動物、乳母車、ゆっくりした歩行スピードの老人、あわただしく動き回る子供達、雨の日の水たまりなど、移動する障害物も数多くあります。これらの障害物はその時々によりその状況は変化しています。犬に一つ一つの障害物を認識させ、その時々で最も望ましい回避方法を教えていくことは非常に時間のかかる難しい訓練です。
盲導犬に障害物を回避させるには、主人(トレーナー)の身体を犬自身の身体の一部と感じるようにするのが、犬にとって最も理解しやすい方法といえます。なぜならば、犬自身障害物にぶつかりながら歩くことはあり得ないからです。主人の体を自分の体の一部として理解させることで障害物を回避するようになります。
4.3.1 導入段階
基本歩行で定着段階に入る犬に障害物となる物体があることを知らせる必要があります。
そのため、歩行中、犬がわかりやすい障害物(歩道上の駐車車両、自転車、看板など)を叩いて音を発て、一旦立ち止まり犬に示します。最も難しい動く障害物は導入段階ではあまり意識させる必要はありません。
4.3.2 学習段階
犬が障害物を少し意識し始めたら、リードを使い障害物と主人との間に犬がくるように導きます。その繰り返しの中で犬が障害物を意識し正しい方向へ行く様子を見せたとき素早く賞賛を与えます。この賞賛のタイミングがいちばん大切です。障害物の1〜2メートル前から、犬にいつもより落ち着いた言葉を使いゆっくり障害物を意識させます。犬の頭部が正しい方向へ動いた瞬間もしくは動きそうな様子を感じた時素早く賞賛します。障害物を回避中にも軽い賞賛が必要です。障害物通過後においても、犬の作業全体を誉め、犬の前進意欲を高めるよう賞賛を与えます。
犬の自主的な行動が見始めたら、その状態をしばらく続け、時として反対方向(障害物側)へのハンドルの抵抗を与えハンドルに反発させます。この段階から、主人と犬自身の体が一体化した状態を実感させるために、望ましい回避ができない障害物には、ハンドルを引きながらぶつかり、大きく犬側に倒れこむと同時に障害物をたたいて犬に知らせます。
4.4 複合障害物回避
固定した障害物を正しく積極的に回避するには、ハンドルの抵抗をうまく利用します。障害物にぶつかるように動きをとり、何度かぶつかった演技をオーバーに見せ意識を高めます。この訓練を数回行うと、犬は障害物から離れようとする動きが出てきます。そのタイミングを逃さず賞賛を与えます。この時は必ず人間側の障害物を意識させ、決して犬側の障害物を強く意識させないことも必要です。障害物その物に接近できない状態にすると、複雑な複合した障害物を回避できず、通過可能な状況でも歩道から下りて回避しようとしてしまいます。複合した障害物を回避する場合、主人側の障害物は比較的大きく回避し、犬側の障害物に対しては接近して回避する動きを繰り返し練習することが必要です。
高さの障害物の訓練は、それを回避することが難しく、複合してある場合は認識することも難しくなります。そのため高さの障害物の場合は回避行動の前に、その前で止まることから教えていきます。また、高さを調整できる模擬障害物を利用し、高さを変えながら繰り返し教えていく必要があります。
移動している障害物を回避する場合重要になるのが、歩行スピードを落とすことです。犬自身がスピードを落とすことにより、ユーザーも前方の状況の変化を認識し、さらに犬に注意を促すことができます。また、通行人、自転車などからも、犬の存在を確認しやすくなり、注意を喚起する時間的余裕を与えることができます。
特に相手が人間である場合、万が一接触した時の衝撃を和らげることも利点として考えられます。
4.5 歩道が塞がっている場合
歩道上が工事や駐車車両のためそのまま回避し通過できない時は、一旦歩道から車道に出て迂回し再び歩道に上るようにします。このような場合に最初から犬に正しい迂回ルートを要求するのではなく、一度正しい迂回方法をリードの誘導で経験させます。障害物の位置からU夕ーンをして歩道から下りる場所の縁石を探さなければならない場合は、特に誘導が必要となります。楽しく積極的に歩行するよう訓練してきたなら、一度正しい迂回方法を経験させれば、ハンドルの誘惑的な抵抗にも負けずに正しく歩行ルートを見つけることができます。
ここでのポイントは、縁石から下りる時の注意と上る動作の積極性です。下りる場所に来たら通過車両音に注意し一旦車道へ下り縁石に沿って進行方向を向き、犬から遠い方の足を半歩前に出します。この動作は、縁石の高さから勢い良く車道に飛び出さないためのものです。次に縁石に沿って歩きながら『ホドー』の命令で上る場所を探させます。犬は上る時に一旦縁石に前足をかけ主人に確認させます。これらの動作を積極的に行わせるために、ハンドルの抵抗を利用します。
4.6 階段の昇降
視覚障害者にとって階段の昇降は非常に不安であり慎重になる場所です。とりわけ降りる時は一段一段が緊張の連続といってもいいでしょう。訓練においては、これらのことを念頭に置き進めていく必要があります。すなわち、ゆっくりと一定のペースでの歩行です。
<写真 階段の昇降>
4.6.1 導入段階
始めにトレーナーは階段の選定が必要です。直進の昇りで段段の高さが少し低めのタイプが良いでしょう。(例えば小学校近くの歩道橋など)「カイダン」への命令を発し、ゆったりと歩きます。階段に対して直角にアプローチし、一段目に両前足をかけた状態で止めます。(特に作業意欲の強い犬には落ち着いた態度と声が必要です)
なるべく中央に位置どり、リード補助をしながらゆっくりと犬と平行になりながら昇ります。踊り場での一旦ストップも必要です。
降りる時も基本的には同じです。一定のリズムが大切で、特に階段途中での停止はさせないように声かけや、リードコントロールが必要です。
4.6.2 学習段階
一口に階段といっても様々です。高さの違い、材質の違い(金属、コンクリート製、タイル、Pタイル等)、形状の違い(クランク型、螺旋型、簀の子状で地面の見える型)と、犬にとっては結構高いハードルです。それぞれ慣らしながらクリアーしていく必要があります。
一般的に昇るより降りる方が不安になるのは犬も人も同じようです。
駅、デパート、公共建物といった人込みの中での昇降も十分に反復する必要があります。
4.7 エスカレーターの訓練
今はどんな建物にもエスカレーターが設置されている時代です。盲導犬ユーザーもほとんどの方が利用しています。ただ、たまに爪をはさんだ等の話を聞くこともあり、訓練の反復の必要性を強く感じます。
<写真 エスカレーターの訓練>
4.7.1 導入段階
初めてエスカレーターに出会ったほとんどの犬達は恐がり、スムーズに乗れません。始めはやや広めの幅がある上りを利用します。恐怖心の強い犬は横腹に手を添えたり、やさしい声がけで対応し、それでも無理なときは抱きかかえて乗せる方法が良いでしょう。
トレーナーが先に乗る方法もあります。一度体験させると、次からは楽しんで乗り込む場合がほとんどです。
下りる時にも注意が必要です。ここで爪をはさんだりすると、次回から跳ぶようになり、後々の矯正が大変です。トレーナーが先に下り、リードで対応するのが良いでしょう。上りがスムーズにできるようになれば下りの訓練に入ります。基本的には上りと同じです。
4.7.2 学習段階
エスカレーターの場合、それほど多くのタイプはありませんが幅の狭いものがあります。この場合はトレーナーが犬を後ろにします。当然ハーネスは持てないのでリードで対応します。
また、通行人や買い物客など、人込みの中での利用も必要です。要はエスカレーター上では落ち着いて静止状態を保つように、リード、手、声がけ等が大切です。
4.8 プラットホームおよび乗り物の利用
プラットホーム上の事故は生死にかかわるケースもあり、視覚障害者にとっては最も慎重にならざるを得ない場所です。盲導犬ユーザーも利用に関しては基本的に同じです。駅のもつ特殊性の一つとして乗降客の動きが挙げられます。なにしろ急いでいる人達が多く、ざわめき(音の暴力)も大きく、そんな中で、盲導犬が落ち着いて安全な仕事をするには、訓練中から確実な作業を教えることが最も大切です。
4.8.1 導入段階
始めにホーム側に犬を持ち、ゆっくりと歩きます。犬に恐怖心を感じさせないように、無理にホームに近づけないよう、少しづつ寄せていきます。不安感の強い犬の場合、リード歩行で行うのも効果的です。
次にホームに対して直角に立ち、前進の命令をします。ホームの端に来たら、必ずトレーナー側に曲がり込むように教えます。
ホームの型は片側ホームと島型と言われる両側ホームの二通りあります。どちらの場合も、反復しておくことが大切です。
4.8.2 学習段階
ホームの訓練と電車の乗降は関連動作として教えると理解が早いようです。特に電車に乗り込む時には、電車を待つ位置がポイントです。扉と扉の中間地点にあたる場所で待ち、扉が開いた時必ず曲がり込む動きで扉まで誘導する方法をとります。(例えば、左手でハーネスを持っている時は右寄りの扉へ誘導)これによって、車両とホームのすき間に足を落とすことがなくなります。また、車両とホームの間が駅により微妙に違いますが、基本的には車両に前足をかけ、待つ姿勢で教えます。
その後、命令で車両へと誘導させ、席が空いている場合「シート」を教えます。席の前についたら座り、その場所をトレーナーに教えるように訓練をします。前述したように確実な作業をさせるには同じホームではなく、地下鉄、JR等、多数の駅での訓練が大切です。
4.9 雪道歩行
北海道や東北地方の積雪地域では冬期の訓練を行う必要があります。降雪後は道路状況が変化するだけでなく、雪質や降雪量によっても環境が変わります。積雪により路面が高くなり、雪のない時期には問題とならなかった街路樹の枝、商店の看板などが、高さの障害物となってしまうこともあります。特に交差点は除雪作業によりその変化が激しく、夏季では縁石を下りて渡っていたものが、雪山を乗り越えて渡らなければならず、渡りきった所でも確実に雪山を乗り越え歩道まで誘導しなければなりません。
雪道の歩行は、犬の積極的な誘導が何よりも頼りとなります。普段から犬に自信と積極性を待たせる歩行を心がけた訓練が最も重要なことです。
4.10 アイマスク歩行
<写真 アイマスク歩行>
アイマスク歩行はその犬の訓練進歩状況や歩行コースにより訓練内容や目的が異なります。同行トレーナーに歩行中の失敗や間違いはできる限り事前に知らせてもらい、事前の判断が遅れた場合は直ちにコントロールできるよう合図を決めておくなどの工夫も必要です。
アイマスク歩行は、訓練の完成を確認する目的で行うよりも、訓練経過の確認と作業の目的や誘導の意識をよりいっそう高めるために実施するものです。そのためアイマスク歩行は訓練最終段階だけに行うわけではなく、実施時期により歩行コースおよび内容を変えて行う必要があります。
4.11 不服従の服従
主人の命令に従わず、主人の安全を優先する行動をとることを『不服従の服従』といいます。盲導犬に求められる最も重要であり最も難しい作業です。
道路を横断する時(この項目を交通訓練と呼ぶ)、工事中の危険な場所、駅のホームなど、主人の状況判断を誤った命令に対し確実に安全を優先した行動をとらなければなりません。また、歩行状況により危険個所へ近づくことに抵抗しなければなりません。
この主人の安全確保に関しては、一般的に犬の献身的な行動として評価されますが、これは訓練による学習と経験による判断の積み重ねによって生まれる行動です。
4.11.1 導入段階
歩行訓練の最初から道路を横断する時には、事前に状況を判断し通過車両が来ていないときを選ばなければなりません。特に、ストップ訓練時の『オッケー』の訓練中には最大の注意が必要です。交差点に止まり『オッケー』の反応ばかりに気を取られ、将来の『交通訓練』時の危険判断距離に通過車両が来ているにもかかわらず、歩き出してしまうことは通過車両に対する注意を削ぐことになります。
その他、実際に駅のホームや工事現場を使い正しい行動が取れるように訓練します。ここでも、ハンドルに対する抵抗を利用し、徹底した反発を要求し、ホームの端、工事中の穴側にハンドルを引きそれに抵抗するようにします。
4.11.2 学習段階
学習段階に入る犬は、『オッケー』の命令に対して確実に反応しなければなりません。反応が不安定な段階から交通訓練を行うと大きな混乱を生じます。
第一段階として、通過車両を犬が認識しやすいよう大型車両が目前を通り過ぎる時に『オッケー』の命令を与え、反応し動いた場合に言葉を使わず『チョーク』を掛け元の位置に犬を戻します。車両との距離を離して行き、危険距離、危険スピードを確実に体感させます。また、通過車両を小型にしていき、協会車両を利用した訓練も行います。
横断時の通過車両は、近い車両(左方向からの車)から初め、遠い車両(右からの車)へと移ります。一方通行や道路幅の狭い道のほうが判断しやすくなりますが、車音が小さいため距離が伸びてくると判断が難しくなります。交差点では、横断中に右左折の車両を利用し目の前を通過させ、『チョーク』を掛けます。その『チョーク』と車とを結び付けて理解するようタイミングを計ることが大切でありトレーナーの技術です。
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