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5. 視覚障害のある人に対するリハビリテーションの目標
 かつては経済的に独立し、他人の介助を必要としない状態を「自立」と考えていました。しかし近年、自立生活運動やノーマライゼーションの思想及びさまざまな実践活動が普及し、日常生活上の介護を受けなければ独立した生活ができなくても自立は有り得るという考えが広く定着してきました。それは、その人自身でできることは最大限自分でやり、できない部分だけを社会的介護を受けることによって独立した生活を営もうとするものです。障害者自身が依存心を断ち切り、自立を志向する努力を怠ってはなりません。言い換えれば、自立とは社会において自己実現が可能な状態、すなわち自らの潜在能力、あるいは可能性を主体的に実現化して行くことを意味しています。正に、リハビリテーションはこの実現化して行く過程そのものであって、個人と制度とを効果的かつ効率的に関連を持たせて、側面的に援助するのが社会福祉であると言えるでしょう。
 
5.1 生に対する積極的な姿勢の獲得
 キャロルの主著「失明(Blindness)」の冒頭に「視力の喪失は死を意味する。」とあるように、死になぞらえられた失明は、程度の差こそあれ、人間の生理的な機能としてだけでなく、人間の個体的存在、及び社会的存在にとっても重大な事実であることを意味しています。中途失明した人の多くは、失明後1度は自殺を決意するものです。筆者は長年視覚障害のある人のカウンセリングに携わり、障害(失明)の告知を眼科医、看護師、MSW(医療ソーシャルワーカー)や視能訓練士などのコ・メディカルスタッフとともに、本人及びその家族に対して積極的に実施してきました。その中で、中途視覚障害の90%以上の人が自殺を考えていました。
 視覚喪失は、視覚を活用しての社会生活、例えば生活手段・方法、他人との関係、環境への適応などさまざまな局面が終焉したことを意味しています。すなわち、失明は本人の意識に関わらず、今までの生活によって得た自己像に対する非可逆的な破壊であり、さらには人間の存在そのものに対する打撃であるとも言えます。しかし、失明という事実を受容し、視覚障害に関わる問題に対して真正面から取り組むように援助して行かなければなりません。それは、数回の相談面接や技術指導だけで達成できるものではありません。すなわち視覚障害のある人に対して、一定期間実施される多面的且つ全面的な回復(復権)への専門的援助活動としてのアプローチが不可欠であって、それがリハビリテーションなのです。
 以上のことから、リハビリテーションの第1の目標は、本人に生きる意欲を主体的に獲得してもらうことであると言えるでしょう。
 
5.2 可能性の拡大あるいは追求
 中途で視覚障害になった人の多くは、初期の段階において、その現実を全く主観的に捉え、全ての事柄が他大の介助なしにはできないと思い込む傾向があります。この状態で放置された障害のある人は、依存心を増大させ、障害そのものを客観的に受容することなく社会生活を営むことになります。この時期に、視覚損傷によって生じたさまざまな不自由・困難・制限を系統的・組織的な指導によってできるだけ軽減させ、各個人の能力を可能な限り引き出すことが重要です。また、とかく経験領域に制限のある先天性あるいは早期に視覚障害になった人にとっても、多種多様な事象を通じての経験学習は重要です。これによって、視覚障害のある人は具体的な制限を打破する方法を単に習得するだけではなく、これからの人生をはじめ、生きる姿勢を学び取って行くのです。いずれにせよ、重要なことは、それぞれの指導の結果がその人自身の能力の極限であるか否かということです。主体性とは本来、このようにその人なりの能力が最大限発揮される状況の中から生じるものなのです。
 すなわちリハビリテーションの第2の目標は、潜在能力を引出し、それを可能な限り伸ばすことであり、その可能性は限りなく拡大していくものであると言えるでしょう。
 
5.3 正しい自己理解と評価
 視覚障害のある人がリハビリテーションを受けることによって、自らの可能性を拡大、追求して行くことは人間としての最も基本的な姿勢であると言えますが、その半面、視覚損傷という重大な事実のため、解決・克服できない制限が残されることも現実です。視覚障害のある人は自己の可能性と能力をふまえ、残された制限を認識し、合理的な解決、たとえば援助依頼や制度の利用、視覚代行機器(福祉用具)の活用などを積極的に行い、自己の限界を打破して行かなければなりません。この限界を正しく自己理解できない、あるいはそれを合理的に解決できない視覚障害のある人は、社会生活において人間関係上、不適応現象を引き起こしてしまうことになるのです。
 したがってリハビリテーション終結段階においては、指導員やケースワーカー、カウンセラーが各個人の評価について本人と話し合い、客観的評価を伝えることを通じて自己理解を図らなければなりません。
 
 「失明の告知(障害の告知)」は、かつては失明の宣告と言われていました。それは、死刑の宣告という用語のように、「宣告」という言葉の中には、言わば「すくいようのない」とか、「一方的に告げる」といったイメージがありました。まさに、その言葉の後にはこれ以上話し合う余地がないことを意味しています。しかし、「告知」という言葉の響きは、「今からあなたの人生が始まるのだ」という意味がこめられているように感じられます。すなわち、「障害の告知」は障害のある人としての新たな人生の出発点を意味しているのであって、それは決して人生の終焉を意味しているのではありません。
 中途失明した多くの人は、「治療経過がはかばかしくないため、あちこちの病院を転々とし、その間、病状も好転せず、最終的には自分自身で失明した事を悟った」という体験をしています。病院で、はっきりと失明が告げられる事もなく、むだな時間を費やしてしまっています。それは、多くの眼科医をはじめ医療関係者が患者の失明を確認していても、その後の指導をどのようにしたらよいかわからず、また、患者に対する敗北を認めたくないという気持ちから失明を告げることができにくいのでしょう。しかし、中途失明した人にとっては、無駄な時間を費やしてしまったという気持ちだけが残り、「どうせ見えなくなるのなら、早くはっきり伝えて欲しかった。そうすればむだな時間を過ごさなくてもよかったのに・・・」と訴える者も多いのです。
 眼科医をはじめ看護師、患者にかかわった医療関連スタッフ、MSWあるいは視覚障害関係施設のケースワーカやカウンセラーたちとチームを組み、患者と家族に対して失明の告知をすべきです。この際、真に障害を負った人間の可能性と主体性を信じることができないかぎり、正しい告知はできません。また、告知なしにリハビリテーション訓練を開始しても望ましい効果が上げられないだけでなく、時間の浪費になってしまいます。
 だからと言ってどのような状態の人にも告知をすればよいということではありません。例えば、完全失明していない中途障害弱視の人に対しては、障害の告知をあえて焦る必要はありません。一般的に弱視の人は、保有視覚がいつ、どこまで低下するのだろうかという不安(身体的不安)を強く持っているため、障害を受容したくない気持ちは全盲の人より強いのが普通です。したがって中途障害弱視の人に対しては、いま不自由な部分だけの解決法を視覚障害専門職員から指導を受ける事によって、思いのほか視覚障害に適応して行くものです。
 病院内の障害の告知とカウンセリングでは、患者の家族状況や学歴、職歴などを考慮した話し方や伝え方をしなければなりませんが、さらに注意しておかなければならない事には、次のような事柄があげられます。
(1)障害の告知後、患者の行動を充分把握・観察する。万が一の場合には、即座に制止できるように考慮しておかなければならない。
(2)「点字、白杖」などあまりに視覚障害者のシンボルとなるような言葉を使用しない。そうでなくても、患者は「見えないこと、見えにくいこと」について過敏になっている。
(3)障害の受傷直後は非指示的力ウンセリングが良いと言われていたが、この時期は指示的カウンセリングの方が効果的であることが多い。視覚障害のある人で成功した事例を紹介するとともに、ガイダンス的意味合いで可能性を説明し、なにげなく考えさせるのは良いことである。
(4)時には患者の訴えをひたすら聞く非指示的カウンセリングを行い不満を聞く。とくに、医療関係者に対する不満を強く表すことがあるが、それを受けとめることによって精神的には落ち着くものである。
(5)患者が目だけに気をとられているため、身体の健康や体力回復と維持にも注意を向ける。この時に正しい誘導のされ方を教えることによって散歩などを励行させ、体力の維持・向上に努めさせるとともにリハビリテーション訓練への橋渡しをする。
(6)リハビリテーション訓練や教育、視覚代行機器や補助具など福祉用具についての情報を提供する。視覚障害者の可能性は努力によっては、無限に拡げられるかもしれないことを話し合う。
(7)障害の告知からリハビリテーション訓練や教育への移行は短ければ短いほど良い。退院後、長期間なにもせず在宅状態になると、後にリハビリテーション訓練を受けても時間的には長期間必要となってしまう。
 人間の可能性を信じ、ひとりの視覚障害のある人に対して関係者が一体となって取り組んでいくことができれば、さらに素晴らしい支援システムが構築されていくに違いありません。机上で考えるよりも誠意のある実践を積み重ねることによって、そのシステムは視覚障害のある人とその家族に取って有効なものとなり、自明のものへと発展していくでしょう。
 
 視覚障害のある人のリハビリテーションは、他のそれと同様、各分野別に対応して存在しますが、ここでは視覚障害のある人の場合に最も基本となる生活訓練(社会適応訓練)について述べることにします。これらの訓練・指導は3ヶ月から1年間程度継続して受けることが望ましく、訓練形態は各個人の状況に応じて、入所・通所・訪問・混合型などから適宜選び実施されることが効果的です。
 
7.1 歩行(orientation and mobility)訓練
 歩行訓練とは、「視覚障害者が自らの判断で自らの環境を理解し、その中の有効な手掛かりを活用することによって、時間的、空間的な方向を定め、合目的的な単独自立歩行ができるよう援助すること」15)を目的とする一つの訓練課程です。視覚障害のある人の歩行訓練においては、異なる二つの側面についての指導が重要です。その一つの側面は、自分の体と環境の中に存在する重要な事物との関係、及び自分の身体の位置を認知するために保有感覚から入る情報を有効に使用する過程のことで、一般的にはオリエンテーション(orientation)と言われる側面です。他の一つの側面は、a地点からb地点まで動くという意味の移動(mobility)の側面です。16)白杖や盲導犬使用技術は、主としてこの移動を向上させる一つの方法です。
 現在、視覚障害のある人の歩行の方法には、1. 手引き(誘導)による歩行、2. 白杖を使用しての単独歩行、3. 盲導犬を使用しての単独歩行、4. 電子歩行補助具(超音波探知機やナビゲーションシステムなど)と白杖あるいは盲導犬との併用による単独歩行などがあります。視覚障害のある人の障害の程度、能力・適性、行動範囲などによって、どの方法を選ぶかを自己決定してもらうのが基本です。ただし、手引きや白杖を使用しての歩行は基本となるものなので、できる限りそれらから始めることが望ましいと考えるのが原則です。
 
7.2 コミュニケーション(communication)訓練
 基本となるのが視覚障害のある人の識別可能文字形態である点字の読み書き指導ですが、さらに、中途で視覚障害になった人に対する書字指導については、本人の運動感覚を駆使し、墨字(普通文字)を書字する指導(ハンドライティング)が、一方早期視覚障害の人には正しい日本語の理解やワープロ使用のために漢字知識の学習が重要です。また、視覚代行機器として、パソコンを活用した活字を読むための読書器や書くための点字あるいは音声ワープロ、弱視の人用の拡大読書器などのコミュニケーション機器使用の指導も含まれます。
 
7.3 日常生活動作(techniques of daily living)訓練
 日常生活動作訓練には、いわゆる日常生活上の身辺処理と、家事・家政が含まれますが、高度な家事・育児でない限り男女の別なく全ての視覚障害のある人に指導されます。各々の内容は、それ自体は小さなことであっても、視覚障害のある人が毎日の生活において繰り返されるさまざまな困難を効果的に解決できるようにするためのものです。また各種の視覚障害のある人用の福祉用具や共用品の紹介・活用も指導されます。
 
7.4 レクリエーション(recreation)活動
 スポーツやレクリエーション活動への参加は、視覚障害のある人のみならず、全ての障害のある人にとって最も重要なことです。全身を使っての運動やスポーツ、趣味・娯楽などは、視覚障害のある当事者グループ内で行うか、あるいは障害のない人と共に一寸した工夫や配慮・援助を受けながら行うかであれば充分楽しむことができます。特に、この分野のボランティアの導入は非常に効果的です。
 
7.5 各種講義
 視覚障害のある人がさまざまな諸制度を学ぶことや、視覚障害のある人の福祉に関する日本及び諸外国の事情、新しい視覚代行福祉用具などについて知っておくことは、社会生活を営む上で有効なので、グループ・ディスカッションや講義を通じて指導されます。
 
7.6 職業判定
 一般的に視覚障害のある人の職業指導としては、職業ガイダンス、一般職業適性検査や職業興味テストの実施、職業前訓練、職能適性検査(特定の職種に関する適性検査)の実施、職業カウンセリングなどが実施されます。また、視覚障害のある人の職種拡大及び各個人に適した就労を図るためには、個別的に就労可能な職種の業務分析による方法もとられることがあります。
 なお、現在視覚障害のある人のために実施されている職業教育・訓練コースには、1. 理療科、2. 理学療法科、3. 音楽科、4. ピアノ調律科、5. 情報処理科、6. 構内電話交換科、7. 機械科、8. 特別教員養成科、9. 録音タイプ科などがあります。
 
7.7 ケースワーク・カウンセリング
 各個人に対して、個別援助及び心理的指導が行なわれ、視覚障害のある人としての家庭生活や地域生活、社会生活への主体的な取り組み及び適応が図られます。さらに、必要に応じて、進路相談、社会参加への動機づけ、家族との連絡・調整、集団生活への適応に関する助言、並びに社会福祉・社会保険等関係機関との連絡・調整に関して援助が行なわれます。それに当たっては、利用者の人格を尊重し、各人が主体的・自立的に問題解決できるよう援助することが基本とされなければなりません。
 
7.8 ローヴィジョン(low vision)訓練
 一般的に、弱視の人は視覚依存傾向が強く、視覚だけでは日常生活が営み難いような視力・視野であっても、その視覚情報だけに固執し、それで全てを判断しようとしてしまいます。弱視の人の多くは、各々の視覚の限界を頭では解っていても正しく理解することは難しいのです。基本的な指導は名人の視覚障害の程度に応じて行われますが、視覚で行動したことについて触覚や他の感覚器官で確認してもらうなど、保有視覚を十分に活用しながら、その不足を他の感覚や補助具の活用で補完して行く方法が指導されます。







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