日本財団 図書館


12. 視覚障害のある人の生活ニーズ(具体的制限・制約・困難・不自由)
12.1 移動・歩行に関わる領域
 視覚障害となった場合、最も影響を受けるのがこの領域です。キャロルやローウェンフェルドも言及していたように、人間として社会生活を営む上で多大な影響を被り、時には主体性や自発性、独立心をも失わせてしまうことがあります。この課題を解決する方法として、視覚障害のある人本人に対する歩行訓練や指導を提供することや、ガイドヘルパーによる手引き(誘導)を活用することによって目的を達成するのが通例です。
 
12.2 コミュニケーションに関わる領域
 重度の視覚障害のある人にとって、普通文字の読み書きの不自由は大きなものですが、それだけに止まらず話し相手のジェスチャーや顔の表情がわからないこと。さらには、視覚的な各種の情報が遮断されることで、異なった問題を引き起こすこともあります。例えば、知識が主として情報によって構成されるとすれば、よほど本人が意識的に努力しない限り、知識の欠如を引き起こしてしまうことになります。
 情報障害とも言えるコミュニケーション領域の問題を解決するためには、まず基本となるのが、視覚障害のある人の識別可能文字形態である点字の読み書き指導ですが、さらに墨字(普通文字)の知識や書字する指導(ハンドライティング)や視覚代行のコミュニケーション機器としてのパソコンを活用した活字を読むための読書器、墨字文章を書くための点字あるいは音声ワープロ、弱視の人用の拡大読書器などの使用方法の指導が提供されています。しかし、視覚障害のある高齢者や他の障害や疾病を有する視覚障害のある人の場合、点字の読み書きやコンピュータ操作の学習ができ難い人もいるため、音訳や代筆の援助も必要です。
 
12.3 日常生活動作に関わる領域
 1つ1つの動作は些細なことであっても、日常生活において不便や苦痛を感じる生活は、視覚障害のある人に絶望感さえも生じさせてしまう結果になることがあります。特に中途で重度の視覚障害になった人の場合、以前は何気なくしていた食事や衣服の着脱、掃除や洗濯など日常生活上の基礎的な動作にでさえ戸惑い苦しむのです。
 苦しみを少しでも和らげ自立を図るために、やはり個別的な指導は欠くことができないものです。しかし、身辺自立の困難な視覚障害のある人に対しては勿論、単身あるいは視覚障害夫婦世帯などで、完全に身辺自立しているように見える視覚障害のある人であっても、時にどうしても視覚による確認が必要となることがありますので、ホームヘルパーなどの派遣は効果的です。
 
12.4 教育・就労に関わる領域
 都道府県に1校以上ある全国の盲学校70校のうち数校を除く殆どは、小・中・高等部を設置し、遠距離通学の困難な児童・生徒のために寄宿舎を併設しています。そのため盲学校に入学すると児童・生徒は週末や長期休みには帰省したり、近隣の学校との交流学習や通級学級制などの方法がとられて、家族や視覚障害のない児童達との交流が図られているものの、至って限られた社会環境の中で成長しています。したがって、課題を持ちながら卒業することになるのです。また、最近の盲学校の状況としては、小・中学部では在籍児童・生徒数が激減傾向にあり、さらには障害の重複化の傾向が顕著となり、新たな盲学校の役割・機能が問われています。このような状況下では、障害のある児童と障害のない児童に「共に生きる思想」を形成させようとしても非常に難しいのです。そこで、本人及びその保護者の希望で、自宅近隣の学校に通学させる統合教育の実践が各地で行なわれるようになってきました。統合教育の目的は、盲学校のような特殊環境がもたらす経験領域の狭さ、劣等感・社会性の欠如などから視覚障害のある児童を解放し、個々の視覚障害のある児童の能力を開発し、スムーズに社会参加を可能にすると同時に、障害のある児童に対する偏見の形成を予防し、正しい理解を深めることによって、障害のある児童の社会参加の基盤を作り上げることにあります。ただし、この教育方式の実践において不可欠な制度として、視覚障害に関するさまざまな特性を熟知し、それらを考慮した指導ができる特別指導教師(resource teacher)あるいは巡回教師(itinerant teacher)の指導・援助が受けられる体制がなければなりません。
 全ての視覚障害のある児童にとって、盲学校教育より統合教育が望ましいとは断定できませんが、少なくとも視覚障害のある児童本人及びその保護者の選択によって可能なかぎり統合教育を推進していくことが肝要であると考えるべきでしょう。しばしば統合教育推進主張論の中に、盲学校不要論が見受けられますが、本来は決してそうではありません。最も重要な視点は、その視覚障害のある児童の現時点の状態において、どちらの教育方式がその障害のある児童と周囲の児童・生徒にとって教育効果をもたらすことができるかということです。この点を十分考慮して選択されなければなりません。
 就学前の視覚障害のある児童とその保護者の生活ニーズとしては、早期発見・早期治療と共に早期療育・指導があります。特に、保護者はどこで専門的な相談にのってくれるのかわからず、時期を逸してしまっていることがしばしばあります。したがって、専門機関への紹介や専門機関との連携は非常に重要です。
 視覚障害のある人の就労については、職能と適性に合った就労と雇用を希望する視覚障害のある人が多いにもかかわらず、一般企業での雇用率は、他の身体障害のある人に比べ最も低いのが実情です。また、伝統的な職種としての按摩・鍼・灸、いわゆる三療での就業率が高く、中途で視覚障害になった人は原職復帰(視覚障害前に就業していた職種や、職場で就業を継続すること)を目指そうとしても、精神的な状態や周囲の人々の理解不足から断念せざるをえない者が多いのが現状です。
 
12.5 社会参加に関わる領域
 スポーツやレクリエーション活動への参加は、視覚障害のある人のみならず、全ての障害のある人にとって最も重要なことです。しかし、障害のある人とない人がお互いにどうしたら一緒に行うことができるかを知らなかったり、誤解や偏見のために充分参加できているとは言えません。とりわけ地域サークルや町内会など自治会活動への参加は、ノーマライゼーション思想形成のために障害のあるなしを問わず全ての住民にとって有意義なことです。
 視覚障害はしばしば情報障害とも言われるように、地域情報の入手や地域図書館の利用において困難なことがあります。全国各地に点字図書館(視聴覚情報提供施設)が約100館存在しますが、自宅から遠距離であったり蔵書が少ないため不十分なこともあり、地域図書館を活用してプライベートの音訳・点訳サービスが、地域ボランティアグループの協力を得て行なわれることは望ましい方法であり、情報障害を多少なりとも解決することになります。
 
<引用文献>
1)Mary K.Bauman and Norman M.Yorder(1966): Adjustment To Blindness,(pp10-13)Bannerston House
2)佐藤泰正(1974):視覚障害児の心理学(p15)学芸図書
3)前掲書(pp15-17)
4)Thomas J.Carroll(1961): BLINDNESS, 松本征二・監修 樋口正純・訳(1977):失明(pp23-54) 社会福祉法人 日本盲人福祉委員会
5)長嶋紀一・佐藤清公 編著, 一原浩・長田由紀子・加藤伸司・河合千恵子・須藤演子 著(1994):介護福祉士選書・7 改訂 老人心理学(pp15-18)建帛社
6)佐藤泰正 編著(1996):視覚障害心理学(P165)学芸図書
7)市川隆一郎・堤賢・藤野信行 編著、大村実・芝敬一・志村洋・中山茂 著(1998):介護福祉士選書・8 障害者心理学(p193)建帛社
 
<参考文献>
1)点字毎日(墨字版):毎日新聞社
2)視覚障害者:社会福祉法人 視覚障害者支援総合センター







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION