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(3)スウェーデン
(1)都市部での民営化の進行
 スウェーデンでは80年代終盤まで、基礎自治体(コミューン)が一元的に介護サービスの供給を担っており、これがスウェーデンモデルの特徴であった。現在も全国的に見れば、民間事業者による介護サービスの供給は8%程度で、アメリカ、ドイツ、日本に比べれば、介護サービスの生産及び供給における公的セクターの役割が大きい。
 ところが特に90年代以降、大都市部においては介護サービスの民間委託が進行し、2002年現在のストックホルム市で、介護サービスの約30%が民間事業者によって供給されている。大都市部では介護サービスの供給における多元化が進行しており、この点は注目される。
 スウェーデンの高齢者介護サービスにおける民営化の進行は、(1)80年代終盤、(2)90年代前半、(3)90年代後半の3段階に分けて説明できる。
 まず第一段階は80年代終盤までの「前時代」と呼ばれる状況で、ナーシングホームが不足している都市部、あるいは設備の少ない過疎地などで、基礎自治体が民間団体から「ベッド購入」という形態がみられた。基礎自治体が一定の期間使用料金を支払い、民間団体からベッドを借り受けるというものである。
 第二段階は90年代前半にみられ、「委託契約の急増期」と呼ばれる。この時代にはEU加盟に前後して、競争入札による「委託契約」が急増し、介護サービスの民営化についてイデオロギー的な論争が集中的に行われた。
 また当時は、基礎自治体が介護サービスの競争入札制度に慣れていなかったために、落札価格の抑え過ぎに起因する介護スキャンダル等が頻発した。たとえば低い価格でナーシングホーム運営を落札した民間事業者が、人件費を節約するために十分な人員配置をせず、入居者に対する虐待事件を起こすケースがみられた。
 第三段階は90年代後半以降であり、基礎自治体でも競争入札の技術を習得し、競争入札による契約委託の安定的な増加が続いており、「公的直営サービスと民間サービスの混在期」と呼ばれている。90年代当初に活発だったイデオロギー的な論争が弱まり、公的運営か民間サービスかという単純な論争ではなく、両者を混在させてサービスの質を向上させるための方策を議論するようになってきた。
 
(2)民間委託の3種類の形態
 スウェーデンにみられる介護サービスの民間委託の形態には、3つのタイプがある。
 一つめが「ベッド購入」であり、これは比較的昔から存在しており、財団法人や宗教系の法人からナーシングホームのベッドを一定の期間、借り上げるという方法である。「ベッド購入」は事務手続が簡単であるという長所がある。一方で、価格競争やサービス競争がないこと、またトラブルがあった場合、責任の所在が不明確になりがちであるという短所もある。
 二つめは「入札による契約委託」で、これがスウェーデンで最も注目されている方法である。介護付き住宅やホームヘルプ地区の運営について競争入札を行い、公民を問わず、落札した事業者が契約期間においてサービスを提供するという方法である。契約期間は3〜5年程度が一般的で、場合によっては、基礎自治体直営事業が入札を通じて契約を結ぶこともある。この方法はEUの影響を受けたもので、EU内では公共事業に関して「事業者間の競争を妨げてはいけない」というルールがつくられている。このルールのもとで、スウェーデンでは自国の入札法を改正し、入札による委託契約を通じて、介護サービスの民間委託を促進している。
 「入札による契約委託」は、「ベッド購入」に比べて、営利法人の参入が多く、また近年では大規模事業者による寡占化が指摘されている。もともと介護サービス事業者の多元化を目指して導入された方法であるにもかかわらず、大手の民間事業者による市場独占につながっているという指摘もある。現実に上位9社は外国資本の国際企業で、スウェーデンにおける民間事業者が供給する介護サービス全体の約8割のシェアを占めている。
 大規模事業者による市場の寡占化が進む背景には、入札による契約委託は事業者にとって事務手続き等が煩雑で、新しいタイプの協同組合やコミュニティビジネスといった零細事業者には不利に働く傾向がある。
 スウェーデンで入札による契約委託が評価されている理由は、価格競争が発生するという点である。入札のときに、運営内容、つまりサービスの質の評価もあるが、同時に価格競争が発生する。
 一方、基礎自治体の入札技術が十分でないために、過度に価格を抑えすぎて、サービスの質を低下させているという指摘がある。
 三つめは「バウチャー制度」である。これは、小さい企業をうまく多元化をするために有効なものであり、長所として利用者がサービスを選ぶため質の悪いサービスは淘汰されていく点が挙げられる。現在、バウチャー制度を採用する基礎自治体は全国で3%に留まっており、しかも都市部に限定されているが、今後増加する兆しがある。
 バウチャー制度を採用する基礎自治体は、同制度の利点を利用者がサービス事業者を選択できることとしている。同時に利用者の選択によって、悪質なサービスは市場から淘汰されるというものである。90年代以降、介護サービスの民営化が進んできた背景には、選択の自由を求めてきたことにある。バウチャー制度を採用する基礎自治体でも、利用者からの評判はまずまずである。
 しかし課題も多い。最も多く指摘をうけている課題を5つに整理すると、(1)実際には利用者はサービスを選べていない、(2)制度が複雑になった、(3)施設サービスは供給量が少なく、待機者が増えており、選ぶことができない、(4)サービスの価格競争がない、(5)高所得者が多く住む地域には多くの事業者が発生するが、低所得者地域には事業者数が限定される、という点である。
 
(3)介護サービスの質の管理は基礎自治体の責任
 スウェーデンの社会サービス法は、高齢者福祉や障害者福祉の基本法である。社会サービス法には「質の高いサービスを提供することは、基礎自治体の責任である」ということが明記されている。
 またスウェーデンでは、介護サービスの財源は、主に地方所得税となっており、その上でも、介護サービスの質の管理は基礎自治体の責任となっている。
 先に述べたように、介護サービスの供給における多元化の必要性については、90年代中盤まではイデオロギー論争となっていたが、現在ではその必要性が定着しつつある。ただし国民感情として、介護サービスの半分以上は基礎自治体が供給した方がよいと感じている人が多いようにみえる。基礎自治体の直営サービスが6割あって、残りの4割の範囲で多元化が進むことを望んでいる。今後この嗜好がどのように変化していくのかは未知数である。若い世代には介護サービスの供給について、公民の違いを意識する声はあまり聞かれない。その意味では、時間がたつにつれて、介護サービスの民営化、民間委託はもっと進むだろうという指摘もある。
 
(4)質の管理に向けた具体的な取り組み
 介護サービスの質を保持するために、大都市にはいくつかの取り組みがみられる。
 高齢者オンブズマン制度は90年代の終わりに、ストックホルム市を始め、ストックホルム近郊の3つの基礎自治体で導入されている。サービス査察官制度はストックホルム市にあり、定期的に施設を訪問し、各地域の介護サービスの質について毎年報告書を作成している。2002(平成14)年9月総選挙で、社民党は2003(平成15)年1月より全国で100名の査察官を増員すると公約した。
 また、介護つき住宅の利用者で組織される入居者委員会を設置している自治体もある。
 福祉の基本法である社会サービス法には、サーラ条項と呼ばれる虐待の通報義務が盛り込まれた。90年代末にストックホルム市近郊のソルナ市にある民間事業者が運営する介護つき住宅で虐待事件が発生した。それはソルナ市が委託費用を抑えすぎた結果、委託事業者が十分な人手を配置していなかったことに起因している。その介護つき住宅で働いていた介護職員のサーラ・ウェグナットが虐待の事実を市当局に通報し、その後、国会を巻き込んで、大論争に展開した。サーラ条項は、虐待の事実を知った職員は必ず関係部署に通報しなければならないという規定であり、内部告発を奨励するものである。
 
4 まとめ
 それぞれの国で、介護サービスの質の保持における取組は異なるものの、政府あるいは保険者の責任を議論している。
 公的セクターが介護サービスの生産を一手に担っていたスウェーデンでさえも、供給の多元化を認め、その中で、新たな基礎自治体の役割を模索している。
 日本でも介護サービス供給の多元化が進む中で、基礎自治体は介護財政を含めて、介護保険制度をトータルマネジメントを行うようになった。
 介護サービスの質に関する議論はどうだろうか。実際には、ボランティアを前提とした介護相談員事業や第三者評価のみの議論で、強制力を持たない状態である。問題が起きたときに、あるいは問題を防ぐために、保険者である市町村が立入調査をできる権限など、強制力を伴う質の管理も必要であろう。
 日本の介護保険制度は、市町村が保険者であり、行政としての役割も持ち合わせており、その意味で基礎自治体が質の管理に対して責任を果たせるような仕組みをつくって考えていく必要があるのではないだろうか。
 (なお、本稿の内容は研究の途中である。)







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