3 介護の質をどう保持するか―アメリカ、ドイツ、スウェーデンの取組―
以上のような、介護サービス供給における多元化が進む中での諸課題に対して、保険者である自治体はどのような役割を果たすことができるのか。ここでは諸外国の事例を紹介する。これらの3つの国は、比較福祉国家論にみられる三類型を代表する国で、自由主義福祉国家レジーム(アメリカ)、保守主義福祉国家レジーム(ドイツ)、社民主義福祉国家レジーム(スウェーデン)に分けられる。
結論からいえば、3つの国の介護サービスにみられる供給システムは、基本的な構造が異なるものの、供給の多元化の進行となんらかの公的な質の管理のしくみを導入している点では共通性がみられる。
(1)アメリカの場合
(1)シルバービジネスと政府の役割
アメリカは残余主義的な福祉国家モデルであり、社会保障給付は貧困者に限定される。このモデルにおいては、介護サービスは市場原理に基づいて供給され、必要とする人が私的に購入するしくみになっている。
介護サービスにおいて民間事業者による供給が最も多いのがアメリカである。ナーシングホーム事業者の場合、民間事業者の中でも営利法人の供給シェアが最も大きい。全米でナーシングホームは約15,000箇所あるが、そのうち、営利法人が経営するものが全体の75%を占めている。1営利法人が100箇所以上のナーシングホームを一社で経営する場合もあり、このような巨大チェーン企業が全米に9社ある。そのうちの1社は、800箇所のナーシングホームを経営するほどであり、まさに介護サービスは巨大ピジネスとなっている。
一方で、在宅サービスが普及していないことがアメリカの特徴である。在宅サービスは、一定の場所に人が集まって住んでいるから成り立つもので、アメリカの広大な国土という地理的条件も壁となっている。
在宅で介護サービスを受けて生活をするという選択肢というのがない現状において、ナーシングホームにおける虐待が深刻化している。ナーシングホームでの虐待は、アメリカではすでに80年代から社会問題となっている。ナーシングホームで働くケアワーカーは低賃金労働で、職業的地位が確立されていない。例えば、アメリカにやってきて間もない移民労働者が従事していることも多い。ケアワーカーは自分たちの生計のために、幾つかのナーシングホームをかけ持ちで仕事しているケースも多い。恵まれない労働環境のもとで働くケアワーカーから、質の高いサービスが提供されることはない。また経営者は収益を上げるために、介護に十分な職員を配置していないケースも多い。アメリカには職員の配置基準がなく、現在、ナーシングホームを改革しようとしている市民運動では、連邦政府がナーシングホームの職員の配置基準を決めるべきであることを訴えている。
これまで完全な市場原理の中で供給されてきたアメリカの介護サービスであるが、90年代に入り、特にサービスの質の管理における行政の役割が議論されてきたように思われる。
ナーシングホームにおける虐待は、メディケアやメディケイドの不正請求を意味するという主張がある。市民が払った税金や公的資金が適切に使われていないということは、報酬の不正請求と同じという考え方である。メディケアやメディケイドという公的資金がきちんと使われているかを監視するのは行政の役割という議論が行われている。
このような考え方のもとで、連邦政府は「ナーシングホームにおける介護の質向上プロジェクト」を開始した。プロジェクトの第一弾では、新聞紙上でナーシングホームの比較情報を公表した。ナーシングホームのサービスの質を評価する指標として、褥瘡の発生率などの数字を使い、新聞で公表するという強硬策をとったのである。連邦政府が、これほどまで積極的に介護問題に介入することは従来のアメリカの福祉国家モデルでは考えられないことである。また連邦議会では、市民運動を受け、ナーシングホームの介護職員の配置基準を策定するよう要望が高まっている。
また州レベルでは、例えばカリフォルニア州では州司法長官室がナーシングホームの抜き打ち査察プログラムを開始した。州厚生省による定期監査では実効性に乏しく、司法長官室が取り締まることにより、民事事件、刑事事件として、虐待問題を解決していこうとするものである。さらに州法による規制の強化、介護職員に対して虐待の通報義務を課す法律の制定、不正事業者に対する罰則の強化などの取組がみられる。またオンブズマンプログラムも、介護サービスの質に関する州を単位とした取組である。
郡・市レベルでは、虐待被害者の保護サービスを始めるようになった。介護市場における自由競争、シルバービジネスの国アメリカでも、介護サービスの質の確保のために、政府の役割が生まれてきている。
(2)在宅福祉に力を入れる−ナーシングホーム以外の選択肢をつくる−
連邦政府の働きかけで、ナーシングホーム以外の選択肢をつくる、つまり在宅福祉の普及を図る取組も試行されている。
ペースプログラム(PACE)は包括的在宅ケアプログラムで、ナーシングホームに入る資格、つまり重度な介護を必要とするという認定を受けた高齢者が、在宅で生活する場合に、メディケイド、メディケアから1人当たり月額約4,000ドル支払いを受け、それを元に在宅サービスを受けることができるというプログラムである。財源をメディケイドにする場合、メディケアにする場合など取組方法は州で異なり、1人当たりの金額も州で異なる。
ペースプログラムの事業者は、この1人当たり月額約4,000ドルの中で、医療サービスや福祉サービスを提供する。在宅で生活する要介護高齢者にパッケージで医療・介護サービスを提供するという面で、日本の介護保険制度のケアマネジメントに似ている。しかしペースプログラムには入院費や緊急医療費などが含まれている点が、日本の介護保険と異なる。
ペースプログラムの利用者は、全米で6,800人程度で普及しているとはいえない。興味深いのは、ペースプログラムが始まったのは、サンフランシスコの「オンロック(安楽)地区」という中国系アメリカ人が比較的密集して住む地域で始まったという点である。
包括的在宅ケアプログラムは、ペースプログラム以外にもあり、政府はこれまで高齢者介護の分野では、ナーシングホームのみに適用してきたメディケアやメディケイドを、在宅福祉サービスにまで範囲を広げて、柔軟に運用しようとする方向性を示している。施設ではない選択肢を増やすことによって、施設サービスの質を上げていこうとする取組である。
(3)介護サービスの外部評価
アメリカには、医療機関等の経営や提供するサービスに対する民間の外部評価機関がある。創立50年という医療保健機関評価機構(JCAHO)は、アメリカで最も大きな外部評価機関の一つである。
医療保健機関評価機構によれば、“評価”には3つのカテゴリーがある。アクレディテーション(accreditation)、サティフィケーション(certification)、ライセンシュア(licensure)である。
アクレディテーションは、いわゆる第三者による外部評価である。医療機関が組織構造や業務手順や成果において、継続的な向上を求めることを目的とし、あくまでも自発的に行うものである。専門知識を有する第三者によって、それらが一定の水準を満たしているかの評価を受け、第三者の外部機関によって認証を受ける。
サティフィケションは、医療報酬等を受ける上で、ふさわしい水準に達しているかを認証するものである。
ライセンシュアは、主に行政が強制力を伴って実施する評価であり、事業者の指定、その指定の取り消しなどの行為を指す。
アメリカの医療保健機関評価機構という外部評価団体は、まさにアクレディテーションを行っている。アクレディテーションは医療機関の自発性にゆだねられているため、同機構によるアクレディテーションを利用するナーシングホームは全米でわずかに16%にすぎない。
一方、医療保健機関評価機構によるアクレディテーションを受けている病院等は全米の80%に達する。病院とナーシングホームにみられる数値の差は、病院の場合、医療保健機関評価機構の外部評価が州の事業者指定や監査に替わるという「みなし指定」の制度として認められるためである。つまり、病院の外部評価の利用率が高いのは、行政のライセンシュアの機能を医療保健機関評価機構が肩がわりをしているからだといえる。
アメリカにおけるナーシングホームの外部評価をみると、以下の3点のことがいえる。まず第一に、自発的な外部評価は、利用率が低く、財政的に豊かな上に施設運営に前向きな優良事業者しか利用していない状況がある。
第二に、ナーシングホームが外部評価を受けるメリットは、損害賠償保険への加入契約が結びやすくなるということである。虐待問題を含め、ナーシングホームに関するトラブルが訴訟に結びつくケースは非常に多い。そのため、各事業者は民間の損害賠償保険に加入することが一般的である。外部評価を受けているナーシングホームは民間の保険会社と契約を結ぶ際に有利である。
ナーシングホーム利用希望者や一般の市民は、ナーシングホームの外部評価の情報を利用しているのだろうか。ナーシングホーム入所に立ち会うことの多いソーシャルワーカーにたずねてみたが、外部評価の情報を見てサービスを選んでいる人はいなかった。ソーシャルワーカーの間でも、外部評価の認知度は高くない。ソーシャルワーカーによれば、アメリカでナーシングホームを選ぶ基準は、まず利用者の支払い能力だという。たくさんのナーシングホームのリストや情報があるが、ナーシングホームによって価格が相当に異なる。多くの場合、一人の高齢者のケースで、その人が入居可能なナーシングホームは数件に絞られるという。
日本でも介護サービスの外部評価の試みが始まっている。外部評価はその事業者が介護サービスの質を継続的に向上させようとする上で大きな支援となるが、悪質なサービスを取り締まるものではない。メリットや限界など、外部評価の特徴を踏まえた上での議論が必要である。
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