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■増田秀暁 株式会社スワン・カフェ&ベーカリー取締役店長
「店長は怠け者だ!」
 スタッフの一人、ダウン症を障害に持った男の子が、私に向かって「増田さん、そろそろ1年になるけれども、まだパンをつくれないですよね」と言うから、「つくれないよ」と言ったら、「コーヒーもつくれないし、レジは全然できないですよね。仕事をやっていないですよね」と言ったから、「いや、ちょっと待てよ。お客様が3人で来たときに2人分しか席がなかったら、椅子を1つ都合してこなきゃいけないのに、おれがレジをやっていたら全体が見えない。全体を見るのがおれの仕事だよ」と言ったんです。
 発達障害の人には、見ているだけの仕事というのを理解するのは、今の段階ではちょっと無理かなと思っていたら、とどめを刺されまして、「お母さんが、仕事をしない人は怠け者というんだよ」と言われました。
 がっくりして、健常者のスタッフに、「彼に怠け者だと言われちゃったよ」と言ったら、「あれ、増田さん、今そう思ったんですか。障害者のスタッフはみんな増田さんのことを怠け者だと見ていますよ」と・・・。
 
スワン赤坂店の誕生
 日本財団の曽野綾子会長が私の上司である小倉昌男に、このビルの1階に障害者が輝いて働ける職場ができないかという話をして、小倉が、それならパン屋さんをということから白羽の矢が私に立ち、去年8月急遽辞令をもらって、赤坂店開店準備担当になりました。
 リサーチやマーケティングの結果、食パンが売れるような立地環境でないから、パンを主体にせず思い切ってカフェをメインにやりたいと小倉に言いました。
 大変な協力をいただいている高木ベーカリーの高木社長のコンセンサスも得て、カフェ7割、パン3割ということでスタートしました。
 小倉も私も最初からノンプロフィットは頭に無く、フォープロフィット以外のことは考えていませんでした。行政からお金をもらって、その枠の中で数字を合わせるような仕事はしたくなかった。
 
3つの夢
 1年前のスタート時、精神障害者を5名、内訳は精神分裂病4名と、20年ぐらい引きこもりをやっていた精神障害1名、ダウン症2名、自閉症1名、知的障害7名の計15名を雇用しました。
 当然、経営責任者として戦略やビジョンやミッションといったことを考えなくてはならないのですが、私はいつも責任を任されたときにまず夢を描く。そしてその夢を実現するためにどうすればいいのかを考えるというやり方をしてきました。
 夢の一つ目は、1981年に国際連合が提起した「ノーマライゼーションの理念」−健常者も障害者も同じ地域社会にともに生きる−をこの赤坂で実現したいということ。
 二つ目は、同業他社に障害者の雇用をしてもらうこと。この赤坂店で障害者が戦力として働けるということを実証し、スターバックスやタリーズも障害者を雇用してもらえたらそのインパクトというのは計り知れないという大きな狙いがありました。
 これは厚生省が抱える障害者9,000人の雇用創出にも大きくプラスに働くという思いがありました。
 三つ目は、カフェ業界以外の異業種に障害者雇用を目的として雇用率を達成していただくことにより、多くの障害者の雇用の場が確保できるというわけで、その手段としてカフェ・ベーカリーを始めてもらうことでした。
 
こんな悪い立地はない
 設備に大変なお金がかかりましたので、リースできるものは全部リースし、銀行から大きな借金を背負うようなことは避けました。家主の日本財団からも、色々な法的規制があり、安く貸せないということで家賃もまともに払っています。給料も最初から10万円以上払う考えでしたが、職業安定所の指導もあって、時給750円からスタートしました。
 また、非常に驚きましたのが、このビルは東西南北全部が交差点なのです。例えば目の前の特許庁ブロックの人は国会議事堂に歩いていく。ビルの横のこちらの人は溜池山王に歩いていく。反対側の横のJTビルのビルブロックは虎ノ門に行く。後ろはアメリカ大使館、ホテルオークラ、TBSだとかある千代田線の赤坂駅へ行く。
 通行量調査をしたときに全く青ざめました。ここには殆ど通行量がない。財団の職員をお客様、リピーターとしては私の計算では1割としか見ていませんでしたから、それ以外の9割をどこから引っ張ってくるのかというのが後の問題になった。
 それから何と周辺にスターバックスが13店舗もある。その他、タリーズ、ドトール、プロント等がひしめき合っている環境であった。スターバックスの戦略はさすがで、もうあきらめなさいと言わんばかりです。赤坂の土地に乗り入れいている地下鉄の上に上がったところ、ないしは改札を出たところのすべてにスターバックスがある。
 
スターバックスに勝つための戦略
 この13店舗に囲まれたところでどうするかと悩んでいたところ、昔マッキンゼーの懸賞論文で金賞を取った論文を勉強したことを思い起こし、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネージメント)の「スコープの戦略」を思い出した。
 イノベーションはスピードがすべてですが、CRMはスコープの範囲を広げるという戦略で、スターバックスの戦略を逆手にとって共食いしている状況なので、彼らのお客を取ればいいということです。
 そのためには、品質はスターバックス以上のものでないと駄目。スターバックスやタリーズは一応世界最高という豆を船で運んでいますが、コーヒー豆は劣化が早いので飛行機でアメリカから取り寄せることにしました。 それから、私以外はすべてのメニューをスターバックスより100円から150円安くするという意見だったところ、私はそれでは勝てないと思い、逆に150円程高くするということにし、少しずつスワン・カフェのイメージができてきました。
 世界のスターバックスですから、同じ土俵でやっても勝てません。チラシや宣伝広告は一切止めて口コミだけで行きました。開店1カ月というのは、どんな商売でも売り上げが上がりその後徐々に下がってくるのですが、口コミで広がっていくまで最初の1カ月の収益は気にしませんでした。
 それから、お客様のターゲットはOL一本に絞りました。何も広告していなから、OLに口コミで伝わるストーリーをつくりました。
 A:「あそこの店に行った?」B:「行ったよ」A:「どうだった?」B:「すごく高かったよ。カフェラテがスターバックスでは280円なのに、何と420円もするの」A:「何でそんなに高いの?」B:「だけど、すごく美味しかった」。
 この「すごく美味しかった」というところにフォーカスして、このストーリーを一つの戦略としました。後はひたすら待つだけでした。
 今、商品力だけで勝負するのは、全ての業界で非常に難しいことです。強いブランド力を維持するのに、サービスや商品力だけではなかなか勝ち抜いていけない。しかし、我々には絶対的な強みがある。
 それは、小倉がやってきたことも大きな力になるし、社会責任、地域の中で環境だとか人権に常にフォーカスして、地域社会の中で活動していくこと。これはスターバックスにないもので、これで勝てると思っていました。
 
知的障害者は集中力がすごいのでエスプレッソの品質が安定
 イタリアやシアトルでは、エスプレッソをつくる技術者のことを“バリスタ”といい、地域の中のあらゆる業界の平均給与の倍の給与をもらっているのです。
 スターバックスが一番悩んでいるエスプレッソを出すときの品質の安定、これは健常者がやっているからなかなか安定しない。これを知的障害者にやらせると、色々な事を考えないで教えたとおり集中してやるから品質が常に安定すると最初から見込んでいました。スターバックスが見学に来た時、知的障害者のバリスタが見せた技術に非常に驚かれていました。
 レジもセブンイレブンのレジに立っている人と同じスピードで、それも障害者用のレジスターではなく、東芝テックの最新型レジを操れる。
 それからパンの製造、サラダ、サンドイッチ、コーヒーゼリー等も、1年も経たない内に全ての障害者が仕事をできるようになった。
 
いろんな所から出店の引き合いがきている
 このように、スターバックスに勝つために色々な戦略を考え、結果的に夢の実現がどうなったかというと、一つ目の「ノーマライゼーション」については、初めて来るお客様はどの人が障害者かわからない。それぐらいみんな輝いて働いています。
 また、最初は2時間しか働けなかった分裂病の人が、今では5、6時間働けるようになりました。あとは、この赤坂の地に生活寮のようなグループホームをつくるとかなりノーマライゼーションの実現に近づく。厚生労働省にまじめに言っているのですが、旧総理官邸を生活寮にしてくれたら小泉首相の人気ははね上がりますよと。
 二つ目の夢、6月にスターバックスがスワンを見学に来て、その後すぐ8月1日付で障害者5名を採用しました。タリーズ本社からも見に来られたり、大阪に本拠地のある珈琲館も、3〜4名来られました。
 三つ目のこれからの出店計画ですが、了解を取ってないので名前を伏せますが、国立大学、私立大学のキャンパスの中で、株式会社として初めてスワンを始めたいという申し出がある他、行政では既に群馬県太田市の清水市長が代表になってスワン・カフェをやっていますし、長野県の田中知事からは去年12月話が来ていますし、福岡県の福岡市役所は既に活動が始まって、近いうちにオープンにこぎつける予定です。
 また、世界的な大企業である製薬会社が、一等地でスワンをやりたいのでどこか探してほしいと言ってきたり、大手石油会社が地方に展開する全ての無人のGSの横にスワン・カフェを併設していくことを21世紀に生き残るための戦略としたいという話も来ています。
 先日、霞ヶ関のお役人が残業食を仕入れに来た時、「増田さん、ここに来るとほっとして、とても温かな気持ちになって役所に帰れる」と仰いました。「ミスタードーナッツやマクドナルドはマニュアル的な笑顔だけれども、ここへ来ると自分だけに歓迎の笑顔を浮かべてくれる。最初は障害者だというのを知らなかったけれども、わかってきてから障害者の笑顔というのはマニュアルでなくてすてきですね」とも言われました。
 それはとてもうれしかったです。新しい日本をいい方向へ持っていくプランを作成している人々が心和ませる笑顔を障害者が提供する。障害者の笑顔が日本の社会をいい方向に大きく変えていくのかなと思いました。







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