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6−8 本調査で用いたモデルの特徴と課題等の整理
 本調査における需要予測モデルは、答申第10号における需要予測モデルをベースとし、平成12年に出された東京圏における計画である答申第18号の需要予測モデル等を参考に、改良を加えたものである。本モデルで得られた成果と今後の検討課題についてまとめた。
 
a)需要予測モデル全体における特徴と課題
 本モデルの大きな特徴として、鉄道経路選択モデルを下位モデルとして、発生交通量予測モデル(上位モデル)に至るまでの予測をフィードバック的に行うことで、下位モデルでの予測値変化による影響が上位に及ぶ(例えば、鉄道整備による時間短縮効果が、最終的に自由・業務目的の発生交通量増加に影響を及ぼす)ことが再現出来たことが大きな特徴である。ただし、予測精度については、今後の検討課題として以下の事項の配慮が必要である。
前提条件・入力データの精度と整合性
 人口指標等、モデル構造以上に前提条件の正確さや、入力・検証データの整合性による誤差が大きい事が予想される。特に入力データまたは検証データの整合性については、本モデルでは
■ PT調査結果による各交通量・分担率
■ 都市交通年報断面輸送量結果(収入ベース値または改札通過ベース値)
■ 国勢調査結果による通勤通学OD
を入力データもしくは検証データとして用いているが、これらの値どうしの整合が必ずしも取れるとは限らず、配慮が必要である。(例えば、収入ベースの駅間通過人員では、実際の日々の交通量より大きめの数字になることが知られており、一定の補正などの対応が必要である。また、抽出調査であるPT調査は全数調査である国勢調査にくらべて精度が落ちることが避けられない)
 
b)分布交通量
 分布交通量の予測に「目的地選択モデル」を採用したことで、時間短縮等の交通特性の変化や人口分布の変化など社会的変化の影響による、目的地選択確率の変化=分布パターンの変化を明示的に考慮したことが特徴である。将来の土地利用変化による交通需要への影響を見る上で既存のモデルでは再現が難しい現象を取り扱うことが出来るが、一方今後の検討課題として次の事項が挙げられる。
入力条件の精緻化
 将来の土地利用変化の影響等を精度良く求めるには、目的地選択モデルで扱う入力条件の精度向上が求められる。
ゾーン単位での予測
 目的地選択モデルは、本来であれば市区町村レベルより細かいゾーン単位における分布パターンの変化も予測できた方が望ましいが、今回のモデルは、人口等その他のデータの入手制約の関係で、市区町村単位での分布パターンを予測している。市区町村からゾーン単位へは、従来通りの人口指標等による按分で行っている。そのため、細かいゾーン単位での分布パターンの変化に対応しておらず、これに対応するには、ゾーン単位での入力条件の精緻化が必要である。
推定の誤差
 大阪圏全域などの広域な範囲における分布パターンの一意的表現を行うには、推定結果の誤差が非常に大きくなる。
パラメータ推定の時間
 経路選択モデル等の単純なロジットモデルとは異なり、パラメータの推定に幾つかのステップを必要とし、非常に時間を要するなど、モデルのハンドリング・操作性に課題が残る。
ターミナルおよび大阪圏内外交通の分布パターンの予測
 ターミナル等、大阪圏内外交通の分布パターンは、ターミナル調査等による実績値から分布パターンを推計し、大阪圏内々交通に上乗せしている。今後、神戸空港や新幹線新駅が整備された場合、航空や新幹線旅客の分布パターンの変化が予想される。
 
c)交通機関別交通量
 本モデルではネスティッドロジットモデルを採用することで、下位モデル(鉄道経路別交通量)との整合が取れるモデルの構築が出来、例えば鉄道新線の建設による手段分担の影響などを適切に反映することができると考えられる。残された課題としては以下の通りである。
LRT等中量軌道への対応
 本モデルでは、交通手段を自動車・バス・鉄道の3分類で推定している。LRTなどの中量軌道についても、技術的には予測可能ではあるが、駅間隔が短いことや車両定員が違うこと、鉄道端末としてのLRT利用(主として都市内々の短距離の移動)など、鉄道とは異なる機関選択行動が予想される。本予測は近畿圏全体におけるマクロ的な予測を目的としており、こうした中量軌道の輸送需要の検討にあたっては、別途、都市の特性にあったLRT等中量軌道のあり方を踏まえ検討するのが適当と言える。
乗り継ぎ円滑化施設(EV、ES)設置の評価
 モデルの説明変数として、段差のあるなし、乗り継ぎ円滑化施設の設置に関する変数を考慮している。これらの変数についての感度分析が今後必要である。
 
d)鉄道経路別交通量
移動円滑化指標の取り扱い
 本予測における移動円滑化指標として、データ制約の関係から、初乗旅客については、5m以上の段差の有無、ES・EV施設の有無のみを考慮して予測を行った。また、乗換旅客については移動距離(水平)とエスカレータ・階段利用によるエネルギー消費量を乗換抵抗として扱っている。初乗り旅客についても、例えば出入口からホームまでの移動距離などの指標をエネルギー消費量により換算した移動抵抗として取り扱うなどの対応が望ましいが、入力データ制約の問題もあり今後の検討課題としたい。
近畿圏における鉄道経路選択モデルの構造化プロビットモデルの導入要否について
 東京圏における答申第18号では、需要予測における経路選択モデルにおいて、「構造化プロビットモデル」と呼ばれるモデルを採用している。そのため、本予測においてもこのモデルを適用することの妥当性について、需要予測ワーキンググループにおいて検討を行った。以下にその概要を記す。
 東京圏の今後の鉄道計画においては、混雑の解消が重要課題であったために、また、大阪圏に比べて非常に密に鉄道経路が存在していることから、新線や既存線の延伸等、代替路線の整備による混雑緩和を図る路線が多数挙げられた。また、経路重複による影響を出来るだけ小さくすることが、大きな課題であった。従来のロジットモデルは似通った経路が複数ある場合、その似た経路の予測値が過大推計される可能性が指摘されている。(これはロジットモデルが、各経路がまったく関連しない(独立している)というIIA特性と呼ばれる仮定をおいているため。)構造化プロビットモデルは、この問題に唯一対処しうる方法であるとされ、答申第18号において採用されている。近畿圏の鉄道需要予測において構造化プロビットモデルを適用することの必要性と適用の可否について、需要予測ワーキンググループにおける検討の中で、以下のような課題が整理された。
・モデル構造上の課題
 構造化プロビットモデルは、解の安定性やモデルのハンドリングに関して課題が残されていることは、モデル発案者自身においても指摘されているところである。2
・計算時間の増大
 ロジットモデルに比べて計算が非常に複雑となり、また、多大な計算時間を要し、モデルの操作性を大きく低下させる。
・費用対効果分析における便益の計算方法が確立していない
 プロビットモデルのパラメータを用いた便益の計算方法が確立していない(東京圏ではロジットモデルのパラメータを援用)。
・選択肢数による安定性
 パラメータ推定の際のサンプル抽出条件としての選択肢数は、主観的な判断の結果が大きく、また、パラメータの推定が不安定になる可能性も指摘されている。また、実際東京圏で予測された分散パラメータ(選択肢・経路同士の独立性を0〜1で表す、0であれば完全独立)の値を見ても、0.16〜0.51(運輸省資料)と、交通目的によっては低めの値となっており、IIA特性を仮定した場合に近いとも考えられる。
 一方で、東京圏で構造化プロビットモデルを採用した背景として、各路線の混雑緩和を適切に把握することが必要とされたが、東京圏ほど鉄道路線密度が高くなく、また重複経路(例えば京浜東北線と山手線の関係など)が少ない近畿圏において、政策課題として混雑緩和への対応と精度向上の重要性のランクは低いと考えられる。そのため、以上のような問題を抱えた構造化プロビットモデルを用いるよりも、IIA特性が仮定できる地域が多くを占める近畿圏においては、あえてパラメータ推定の困難な構造化プロビットモデルの採用の必要があるとは言えないと考えられた。
 以上より、本調査における経路選択モデルには、マルチロジットモデルを採用することとなった。
 
e)その他
 鉄道利用の駅勢圏の大きさについては、PT実績により設定しているものの、設定する大きさによって経路選択率が大きく変化することとなる。このことはモデルの現況再現性に直結する大きな課題であり、慎重な検討が必要である。
 

2 屋井鉄雄ら:非IIA型選択モデルの選択肢集合とパラメータ特性土木学会論文集No.702/IV−55,2002.4







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