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◆五 「不安定な均衡」と多国間協議
 イラク戦争の開始にもかかわらず、北朝鮮は再処理施設を稼働させることには慎重であった。また、四月九日に開催された国連安保理事会は北朝鮮のNPT脱退について非公式に協議したが、議長声明なしに終了した。そこには、米朝が互いに相手側の行動を牽制し、先に手を出さないという「不安定な均衡」が存在したのである。しかし、その間にも、イラク戦争の推移を注意深く観察しながら、北朝鮮はバグダッド陥落後に展開する外交攻勢を準備していたようである。四月一二日に北朝鮮外務省が対話の意思を示したのは、適当なタイミングを選んで、政治と軍事を織り交ぜた外交的な攻勢を開始するためであった。北朝鮮の指導者は米国が休む間もなく大きな戦争を開始できないし、そのような交渉の機会は長く続かないと判断したのだろう。(※1)
 北朝鮮外務省の談話は、(1)米国が敵対政策を放棄する政治的な意思をもっているかどうかを確認しなければならない、(2)周辺諸国は核問題の平和的解決を望んでいる、(3)米国に敵視政策を転換する用意があれば、北朝鮮は対話の形式にそれほどこだわらない、という三つの部分から構成されている。北朝鮮が最も重視しているのは、言うまでもなく、米国政府関係者から「政治的な意思」の表明、すなわち武力不行使と体制保証を獲得することである。
 また、四月一八日の北朝鮮外務省談話は北京で開催される会合を「米朝会談」、中国を「開催国」と表現し、北朝鮮が「再処理作業までの最終段階」にあると警告した。要するに、昨年一〇月にケリー国務次官補が平壌を訪問したときと同じく、北朝鮮は米国に外交交渉か、軍事対決かの二者択一を迫っているのである。(※2)「バグダッド効果」がそれほど大きくなかったのか、それに屈して「強力な物理的抑止力」を放棄することが体制崩壊を招来するとの結論に到達したのだろう。しかし、そうであるとすれば、米朝中会談に出席するケリー国務次官補も、昨年一〇月に獲得できなかったもの、すなわち核兵器開発計画を完全かつ早急に放棄するという北朝鮮の「政治的な意思」の表明を獲得しなければならない。政府内の強硬派の強い反発からみて、米国もまた原則論に固執せざるをえないだろう。
 もちろん、どのような状況にあっても、われわれの目標は同じである。ウラン濃縮型であれ、プルトニウム型であれ、北朝鮮は核施設を全面的に廃棄し、十分な査察を受け入れなければならない。核開発問題の再度の浮上を阻止するためにも、クリントン政権との差別化のためにも、ブッシュ政権は従来の「合意枠組み」とは異なる「新しい合意」を必要としているからである。それは日本も同じである。しかし、戦争に伴う犠牲の大きさや韓国の立場を考慮すれば、われわれは金正日体制の即時転覆ではなく、核兵器を含む大量破壊兵器の開発や輸出を阻止することを目指さなければならないのである。平和的な問題解決のためには、「より大きなアメ」と「より大きなムチ」を組み合わせるしかないだろう。
 しかし、暫定的にしろ、双方が相手方の原則的な立場を承認すれば、北朝鮮がより大きな多国間協議に参加するかどうかが焦点になる。それに参加すれば、多国間協議は南北朝鮮に米国、日本、中国、ロシアから構成される六者会議になる。しかし、北朝鮮が参加しなくても、関係諸国は多国間協議を発足させて、北朝鮮の核兵器開発を阻止するための共同提案(ロードマップ)を作成することが望ましい。おそらく、そのような関係諸国の共同行動が北朝鮮の多国間協議への参加を促すことになるだろう。
 ただし、多国間協議は必ずしも北朝鮮との二国間の直接交渉を排除するものではない。われわれが何よりも必要としているのは、「テロ支援国家の核兵器開発を阻止する」という目標の優先が日米間で確実に共有され、それに韓国が加わることである。幸いにも、すでに指摘したように、盧武鉉政権はその方向に一歩踏み出した。そのような共通の認識が確保されれば、米国は必ずしも日朝国交正常化や南北対話に反対しないだろう。米韓両国との緊密な連携の下で、適当な時期に、小泉首相が高いレベルの特使を平壌に派遣し、日朝交渉を再開する可能性が検討されてよい。米朝交渉と日朝交渉を交錯させるようなダイナミックな対米補完的連携外交こそが、北朝鮮の核兵器開発を阻止し、北東アジアの平和を確保する道である。

(※1) 『RP北朝鮮ニュース』二〇〇三年四月一四日。
(※2) 『RP北朝鮮ニュース』二〇〇三年四月一九日。
 
 
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